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2008年6月21日 (土)

1900年代初期のバギオを支えた日本人

2008年6月20日、バギオでの日本人100年の歴史絵巻が ついにオープンしました。

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戦前、バギオの繁華街である セッション通りには 日本人経営の店々が軒を連ね、多くの日本人が成功者となっていました。

その先駆者であった ベンゲット道路建設の労働者たち。 彼等の力強い姿を この写真展で是非ご覧下さい。

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SMバギオの地下ギャラリーでの オープニング・セレモニー。

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この写真展を 是非 地元のバギオで・・・と奔走し、実現してくださったのが、このお二人の女性です。 左が 著述家のアルカンタラ女史、右がフィリピン大学の米野教授。

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バギオの歴史を、そして日本人のバギオ開拓への貢献を 熱心に見る人たち。

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この写真展と同時に、 JAPANESE PIONEERS という本も販売されています。

販売は、SMバギオの最上階にある「来々軒」でも行っているそうです。

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戦前のバギオにあった日本人学校の写真に見入る おばあちゃん。

させ たもつ の下宿の大家さんです。

お婆ちゃんの友達も たまたまこの写真展に招かれていて、久々のおしゃべりで盛り上がったようでした。

しかし、この戦前のバギオでの日本人の繁栄を 根こそぎ奪ったのは、そして フィリピン人に日本人への憎悪を植え付けてしまったものは、なんだったのでしょう・・・・

父の祖国、母の祖国の間で 双方からスパイと見られた日系人たちの苦しみは 想像するに余りあるものです。

それにしても、今のフィリピン人の この寛容な心は どこから来るのでしょうか。

私たちは「住まわせていただいている。」

忘れてはいけないことだと思います。

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