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2008年9月28日 (日)

伊之助とは何者なのか?

もう数年も前の話だった。

私が随分久しぶりに佐賀県に住む伯父を訪ねた時のことだ。

「今、フィリピンに住んでいるんですよ。」

「ほう、そうか。 う~ん、確かうちの一族の中に昔フィリピンに移住した者がいたな・・・」

そして、詳しい話を聞く間もなく、その伯父が亡くなった。

葬儀が終わって、従兄弟にその話をしてみたが、

「そんな話は一度も聞いたことがないな。 その頃は親父も時々認知症が出ていたから、何か勘違いでもしていたんじゃないだろうか。」

そして、今年、2008年。

ず~っと気になっていたその話を、日系人会を毎年訪問される戦前にバギオで生まれた日本人写真家にしてみた。

そして、私はそのことを忘れていた。

ところが、その写真家の方からメールが入った。

「私の資料で、明治(1890)から昭和(1941)にかけてのフィリピン渡航者リスト、延べ85,000名から、あなたからいただいた名字を検索しましたが、次の二人の方が見つかりました。」

大正時代(1915) XX伊之助 佐賀県 藤津郡 五町田村 xxxx xxxx

なんと、私の父の出身地ではないか。

さっそく、戸籍を遡って調べたところ・・・・

私の祖父の戸籍に載っている住所・所番地まで全くおなじである。

いろいろと戸籍上複雑な関係があるのだが、それを簡略化すると以下のようになった。

        徳一郎(生年不明) (戸主)

           I        I

  +-----+       I

卯作(明治7年生)     伊之助(大正4年渡比)

  I 祖父

  I

民夫(明治43年生) - 智一(伯父)

  I 父

  I

たもつ(私)

 

伊之助は私の先祖の一族の人間であった。

最近の戸籍は除籍から80年間しか保存されないとのことである。

伊之助が大正4年(西暦1915年)に

フィリピンに渡って、その後どこでどうしたのか。

そして、フィリピンのどこで死んでいったのか・・・、それはもう失われている。

もしかしたら、マニラか、ダバオか、あるいは 私が今住んでいるバギオにいたのだろうか・・

仮に伊之助が20歳でフィリピンに来たとすれば、1895年生まれだとすると、終戦の1945年ころには年齢が50歳だったことになる。 そうだとしたら、伊之助は戦争を生き延びたのだろうか・・・・

伊之助という人間が、私を今まで以上にフィリピンに近づけていくことだけは確かである。

 

 

 

 

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