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2008年10月 2日 (木)

「ソルヴェイグの歌」 - 1

 

山本は田舎町の並木が続く道を歩いていた。

穀倉地帯の夕暮れはフィリピンとはいえ心地よかった。

しかし、ここは戦場だ。 抗日ゲリラは毎日のように山本の部隊を悩ませていた。アメリカ軍がいつ上陸反攻に転ずるのか、それは時間の問題であった。

田舎道の遠くに、夕風にかすかに流されてくるピアノの旋律が聴こえている。ヌエバ・ビスカヤ州のバヨンボンは日本軍がマニラ陥落の時には在留日本人を始め傷病兵などが退避すべき町のひとつである。

ピアノの音色はしだいに近くなってきた。

ゆったりとして、そしてあまりにも悲愴で、か細いその旋律は、山本の足を止めずにはおかなかった。 山本はそのピアノの音色に吸い寄せられるようにその軒先にたたずんでいた。 

その曲には聞き覚えがあった。グリーグ作曲 劇音楽「ペール・ギュント」組曲の小品「ソルヴェイグの歌」であった。

ダン・ディゾンはその頃3歳。 しかし、そのピアノ曲のことはしっかり覚えているという。 ダンは、細く、しかし、しなやかに鍵盤をとらえる母の指先を飽きることもなく眺めていた。 母はマリア、ピアニストである。

そして、マリアが弾き終わったその時であった。 

「もう一度弾いていただけませんか。」

いつの間にか、戸口に日本人将校が帽子を手にもって立っていた。

山本であった。

(続く)

注: この話はフィリピン人の体験者から直接聞いた話を元に創作しております。

   尚、著作権は放棄してはおりませんので、ご留意下さい。

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