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2008年10月 5日 (日)

「ソルヴェイグの歌」 ― 3

マリアは、しがみつくダンの髪を撫でながら、黙ってピアノから立ち上がり、台所へ向った。 家の中には、にわとりが餌をついばみ、ひよこがそれを追いかける声だけが聞こえている。 鍋にお湯を沸かす音が、シュンシュンと山本の嗚咽を凌いで部屋に広がっていった。 

マリアはその鍋の前に立ったまま窓から夕暮れの穂波をしばらく眺めていたが、意を決するように紅茶の入った缶とティー・カップ、そして砂糖壷とスプーンを盆にのせると、山本が座っている応接間に進んだ。 ダンは母の顔を見上げながらそれを見送った。

応接間はすっかり暗くなり、山の端のかすかな夕焼けが差し込むばかりだった。 マリアは応接間の明かりを点けようとしたが、ためらったまま紅茶の盆をテーブルの上に置き、紅茶を入れた。 山本の息づかいは収まっていたが、帽子を深くかぶったその顔を見ることは出来なかった。

「どうぞ・・・」

喉がからからになって、それ以上の言葉は出てこなかった。 マリアはそのままゆっくり後ずさりして、ダンのところまで戻ると、ダンの手を握りしめた。

山本はハンカチを隠すようにポケットに押し込むと、紅茶に砂糖も入れずに一口だけ啜った。 そして、その紅茶の缶に書いてある英文字にチラリと眼をやった。 それは抗日ゲリラがアメリカ軍の航空機から補給を受けている支援品に違いなかった。 マリアは、その山本の視線に気づきはっとした。 しかし、もう遅かった。 

「どうも、ありがとう。  またピアノを聞かせて欲しい。」

山本は初めてマリアに真っ直ぐ視線を投げ、帽子を取って几帳面なおじぎをした。 

マリアにはその眼が 夕焼けに染まった目元とともに涼しげに見えた。

「いくぞ!」 くるりと振り返った山本は部下に声を掛けると、腰に下げた日本刀をぎゅっと握りしめて足早に遠ざかって行った。

しかし、マリアはその晩は落ち着かぬ夜となった。マリアの家には カルロスという抗日ゲリラの隊長が出入りしていたのである。

(続く)

  

注: この話はフィリピン人の体験者から直接聞いた話を元に創作しております。

   尚、著作権は放棄してはおりませんので、ご留意下さい。

 

 

 

 

 

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