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2008年10月14日 (火)

「ソルヴェイグの歌」― 10

「ヤマモトさん。 あの夜、エドウィンと話をしたんだよ。 あいつはヌエバ・エシハから来た党員だったんだ。 この地域の指導をしに来ていた。」

薪を火にくべながらカルロスは続けた。

 

「ヤマモトさん。 つまらない夢だと言ったな。 しかし、エドウィンにとってはそうじゃなかった。 私も、つまらない夢だとは思わないが、今はその時じゃないと思っている。 アメリカだろうが日本だろうが人民の解放に来たわけじゃないからな。 フィリピンの資源が欲しいだけだ。 泥棒同士が我が家を荒らしまわっている。 そのとばっちりで死ぬわけにはいかん。」

 

「エドウィンと喧嘩をしたのか。」

「外から来た泥棒の為に フィリピン人同士、家族同士が争ったり、憎しみ合うことになるのは筋違いだ。 バヨンボンではしばらく停戦しようと提案した。 地元の連中は賛成したんだが・・・。」

焚き火がカルロスの顔を高揚させている。

「彼は立場上、そうはいかない、と言う事か。」

山本は炎を見つめながら聞いていた。

 

「エドウィンは末っ子なんだよ。 男兄弟が三人だったんだが。 ヌエバ・エシハとターラック州のゲリラ戦で上の二人が戦死した。 あの婆さんにとっちゃあ最後の男の子だったんだ。 息子達が全員・・・。」

 

その時だった。 マリアの家の戸口が開き、黒い影が叫びながら出てきた。

あの老女、エドウィンの母親だった。老女は山本の方に真っ直ぐに歩みより、泣き叫んだ。

「息子を返せ! 息子を返して下さい! エドウィンを返して! マークを・・・ ステファンを返して!」

老女は山本に掴み掛った。 山本は押されるままに受け止めた。 その身体は軽かった。 しかし、細い腕で山本をぐいぐいと押した。 山本は押されるままに立ち、暗い空を見上げているしかなかった。

 

「婆さん。 この人は戦うのはやめようと言っていたんだよ。・・・・」

カルロスは老女を山本から引き離し、戸口に立っていたマリアに目で頼んだ。

老女は息も出来ないほどに泣いていた。 

カルロスと山本は、その姿が戸口に消えるのを見守った。 戸口に漏れる灯りにその白髪がにぶく光った

 

カルロスは薪を拾うと消えかかった焚き火にそれを差し込んだ。 そして、その火種にふぅーっと息を吹き込んだ。 小さな炎がボッと燃え上がった。

 

「ヤマモトさん。 あなたと私がここにいる限りは戦うのはやめないか。」

カルロスはぼそりと言った。

「私はそのつもりだ。 そうしてくれ。 私もいつ前線に送られるかわからんが・・・。 それに、 バヨンボンだっていつ最前線になるか・・・。」

ヤマモトはジンのグラスを手渡しながら応えた。

「憲兵隊は・・・」

「私がなんとかしよう。」

カルロスは山本のグラスにカチンとグラスを合わせた。

 

老女のすすり泣きを包み込むようにマリアのピアノが夜の空気の中に溶け込んできた。 

カルロスは立ち上がって火炎樹の向こうに顔を覗かせてきた月を見上げた。 山本は西の空とバギオのあるかすかな山並みの陰を見つめながら母と川西康子のことを想った。 アメリカ軍が侵攻し、いずれ自分も飢餓地獄の山行を余儀なくされることなど、今の山本には考えも及ばないことであった。 ベールのようにソルヴェイグの元へ帰る日が来るのだろうか。

 

「ペール・ギュント」の「ソルヴェイグの歌」が老女とマリア、そしてカルロスと山本のそれぞれの想いを乗せてバヨンボンの町に流れていった。 それは戦場のつかの間の平和をもたらす旋律となった。

   

(完)

最後までお読みいただきました皆様に御礼申し上げます。

もし感想などを聞かせていただけるようでしたら yiu18277@nifty.com までお願い致します。

注: この話はフィリピン人の体験者から直接聞いた話を元に創作しておりますが、

あくまでもフィクションですのでご承知下さい。

   尚、著作権は放棄してはおりませんので、ご留意下さい。

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