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2008年10月 7日 (火)

「ソルヴェイグの歌」― 4

何事もなく数日が過ぎた昼下がり。 ダンは庭先のマンゴーの木陰で、煙で眼が痛くなるのを我慢しながら蛙が焼きあがるのを待っていた。 南京袋で作られた半ズボンを穿いたカルロスは、タオルでひたいの汗を拭きふき、手際よく蛙をさばきながら、串に刺し、薪の火加減を調節していた。マリアとその夫ホセ、そしてホセの親友カルロスは、学生時代からの音楽仲間であった。

ダンの父ホセは、フィリピン軍の志願兵として米比軍に参加していたが、2年半ほど前の1942年4月に起こった悲劇「バターン死の行進」で命を落としていた。 ホセは、7万人以上の米比軍がコレヒドール島に近いバターン半島のマリベレスで投降した時には、既にマラリアに冒されていた。 4月といえばフィリピンでは真夏である。 灼熱の炎天下、ターラック州カパスの町に日本軍が造ったオルドネル捕虜収容所までの100キロとも言われる徒歩での捕虜移送には耐えることが出来なかったのである。 命尽きた1万人とも言われる犠牲者の中にホセの名前があったのだが、マリアはその姿を探し出すことはできなかった。 ホセが死んだとは今でも信じてはいなかった。

カルロスが5匹ばかりの蛙を焼き上げたころ、日本人将校と兵士2人が庭先に現れた。 カルロスはそのことを前もって知っていたかのように、平然と、串の一本をダンに手渡し、自分も一本を口にくわえた。 日本人将校は山本であった。 

山本は部下がぶらさげて来た麻袋をカルロスに突き出して言った。

「これも焼いてくれないか。」

麻袋はずっしりとして、中で何かが暴れている。 袋の口を開けてみると蛙が詰まっていた。 二、三十匹は入っていそうだ。

 

「ずいぶん取ったもんだな。」

カルロスが山本を見据えながら言った。

「その子と君が蛙を取っているのを見かけたもんでね。 これはその子とお母さんへの手土産なんだよ。 この二人が随分苦労してね。 あはは・・・」

山本と部下たちのズボンの裾は腰のあたりまでずぶ濡れになっている。

「ほお、こんなにあるんなら、周りにもおすそ分けだな。」

「マリア、連中を呼んでくれ。 エドウィン、ボビット、メリアン・・・」

いつの間にか、外の様子に気づいたマリアが戸口に立っていた。

マリアは、不可解な顔をしながらも、下働きの甥っ子に しばらく何やらぼそぼそと言い含めるように話すと、その連中を呼びにやらせた。

「この前、ここの女主人に素晴らしいピアノを聴かせてもらってね。」

「ああ、マリアは町一番のピアニストだからな。」

「マリアさんか。 私は山本だ。」

「カルロス。 マリアの学生時代からの友人なんだ。」

カルロスは、汚れた手を広げて見せ、握手はしなかった。

 

「その子の名前は?」

「ああ、こいつはダン。 マリアの息子だよ。」

カルロスは、蛙の焼け具合を見ながら、串を一本山本に差し出した。

「そうか、ダンか。 よろしくな。 ダン。」

山本は、そう言いながら蛙の串刺しで乾杯のまねをした。

「こんにちは・・・」

ダンは小さく応えた。

ダンは初めてまともに山本の顔を見た。黒い顔の中に光る小さな眼は笑っていた。

「マリアさんのご主人は?」

「亡くなったよ。 ・・・・二年前かな。」

カルロスは、残りの串を二人の兵隊に渡しながら、それ以上は言わなかった。

山本もそれ以上聞くことは憚られた。

(続く)

注: この話はフィリピン人の体験者から直接聞いた話を元に創作しております。

   尚、著作権は放棄してはおりませんので、ご留意下さい。

 

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