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2008年10月 3日 (金)

「ソルヴェイグの歌」 ― 2

マリアが一瞬ギクリとしたことは、ダンにも伝わった。しかし、白いワンピースの清楚なよそおいの母は、その顔には何事もなかったかのように、もう一度静かにピアノを開いた。ゆっくりとピアノが歌い始めた。 ダンの目には母の指先が震えているようにもみえる。

昭和19年、マニラは緊迫の度を深めていたが、まだこの頃は、ゲリラの散発的な攻撃をのぞけば、比較的静かなバヨンボンだった。 日本軍が持久戦の為の食糧供給基地と定めただけあって、穀倉地帯には地平に延びる稲田はもちろん、椰子の実、ザボン、グワバナなど桃源郷の雰囲気さえたたえていた。

バヨンボンには日本軍の後方支援の拠点があり、陸軍の病院や疎開村などもあったが、年末になって、マニラ近郊から雪崩を打つように在留邦人、日本軍が押し寄せるまでにはまだ時間があった。

ダンは戸口から離れて、母の陰に隠れるように日本人将校の様子を覗き見た。 山本は戸口に近い籐椅子にゆっくりと腰を掛けると、膝に両肘をつき、うなだれるようにピアノの音に聞き入った。 

マリアの指はしなやかさを取り戻していた。 ダンは母のやさしい匂いで鼻をくすぐりながら、ワンピースの後ろを握りしめていた。

マリアの家は昔の名家のたたずまいを今も残している。 竹をふんだんに使った昔風の家ではあったが造りはしっかりして、街並みの中では風格のある屋敷であった。 遠くに広がる山々の稜線が深紅の背景に映えてくっきりと、しかし点々と黒い雲がざわめいている。窓の外には将校の部下らしき制服が二人ほど立って警戒していた。

山本はオーケストラ演奏のレコードを日本で聞いたことがあると思い出していた。 日本を出る前にそれを聞いたのは、田舎の同窓生であり音楽教師をしていた川西康子に「とっても素敵なレコードが入ったのよ。」と誘われて、放課後の音楽教室で聴いたものだった。 「このレコードの中でもこれが一番好きなの。」と康子が言ったのが「ソルヴェイグの歌」だったのだ。  

マリアのそのピアノの旋律は、しかし、オーケストラ演奏で聴いたそれよりも美しく哀愁がひときわこもっていた。 康子はその物語を黄昏の教室で静かに話してくれたのだった。 ノルウェーの文豪イプセンが書いた「ペール・ギュント」。 世界をまたにかけた冒険の物語。 そしてその主人公ペールは、白髪の老女となっても彼を待つソルヴェイグのもとへと子供のように帰っていくのである。

マリアのピアノは夕風の中に消え行くように終わった。 そして、マリアは静かに日本人将校の方に眼をやった。 その将校は頭を下げたまま、じっとして動かない。 しかし、その肩は小刻みに震えているようであった。  軍服の膝の上に小さな水滴がひとつ、ふたつと染みを作っていた。 そして、その将校は肩の震えを必死に抑えるかのように小さく嗚咽していた。 

(続く)

注: この話はフィリピン人の体験者から直接聞いた話を元に創作しております。   

   尚、著作権は放棄してはおりませんので、ご留意下さい。

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