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2008年11月30日 (日)

修学旅行はバギオ! - マニラ日本人学校の六年生

日本人の小学生ってこんなんだったんだなあ~。

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自分の身近に日本人の小学生を見なくなって何年?  バギオに来てそろそろ4年になろうかというだけなのですが、 この子達が珍しいもののように見える 今日この頃・・・

「ふるさと」や「赤とんぼ」の歌声には ぐぐっと来てしまいました。

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おまけに、なんと 和太鼓の お腹に響く音まで聴けるとは・・・

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狭い舞台でしたが、ひとつの太鼓を3~4人で舞いながら叩くという パフォーマンス。 こんなに素晴らしい子供達の演技をバギオで見ることができるなんて・・・

本当に子供って素晴らしい!

この子供達は マニラ日本人学校の六年生達。 20年程前から毎年修学旅行ではバギオを訪問し、地元の小学校や ここ日系人会館(アボン、北ルソン比日基金)での交流会を行っているそうです。

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校長先生に伺ったところ

この太鼓を校外に

持ち出して

演奏するのは

非常に珍しい

ことなのだそうです。

バギオの小学生たちも

びっくりしたに

ちがいありません。

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そして、バギオの日系人の若者たちからのお返しは、「世界にひとつだけの花」のダンス。

各テーブルに 日系人と日本人の子供達が同席しての交換会です。

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そして、バギオで生まれ育ち、第二次世界大戦の時には この子たちと同じくらいの子供であった カルロス寺岡 バギオ日本名誉総領事のお話。

100年ほど前に日本が貧乏でフィリピンに出稼ぎに来ていた時代があった。 「ベンゲット道路」建設の為に 多くの日本人労働者がかかわり、多くの犠牲者が出たこと。 

その後、ミンダナオ島ダバオでのマニラ麻のアバカ産業、バギオ周辺での建設業や農業の開拓などで多くの成功者が出たこと。お手伝いさんを10人も使い、自動車を持ち、立派な生活をしていた時代があったこと。

そして、バギオのジョンヘイ基地に 日本軍の航空機の編隊が現れ、真珠湾攻撃と同日のこの爆撃によって 悲惨な戦争が始まったこと。

親や兄弟が次々に死んでいく中、 山々を逃げ回ったこと。

そして 爆撃が終わり静かな日が訪れた8月15日のこと。 それでも、日本軍は「これは敵の宣伝だ。」と信じなかった為、9月3日に山下大将がジョンヘイで降伏文書に署名しながら、9月中旬まで多くの日本人が飢餓状態に苦しんでいたこと。 

カルロス寺岡名誉総領事の話は、子供達に分かるように やさしい言葉でした。

初めて聴いた フィリピンと日本の大事な話。

子供達には どのように響いたのでしょう・・・・

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「どこから来た子が多いの?」

「東京と・・・神奈川・・・かな。」

「バギオは何日間?」

「二泊三日です。」

子供達は 修学旅行のノートに 一所懸命 寺岡さんの話をメモっていました。

 

(注: セキュリティー上の都合により、写真にノイズを入れております。)

 

 

 

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コメント

isshin さん、
朝礼でふるさとですか?
それも面白いですね。
毎朝 涙ぐんだりしそうです。(笑)

しかし、isshinさんのブログにもびっくりしましたよ。
あの WOWフィリピンの会場でしっかり観覧されたんですね。 パレードより中の方が面白そうですね。

isshinさんの本でちょっとだけ 稼がせていただきます。(笑)

投稿: させ たもつ | 2008年12月 3日 (水) 20時37分

こんばんは、させサン…。

マニラ日本人学校の子どもたちも、日比文化交流の一端を担っているのですね。素晴らしい…。
それにしても年季の入った和太鼓がいっぱい…学校の歴史を感じます。
「ふるさと」は、ダバオのPNJKスクールでも朝礼等で歌われていました。

それにしても、次から次へとお忙氏ですねぇー(^^)。
小生の本、UPしていただきSalamat po!

投稿: Isshin | 2008年12月 3日 (水) 20時20分

MINOLさん、 
はい、最近は日本の学校でも いろいろと難しい問題があるそうです。

市町村や学校によっていろいろだそうですが、
原則は「親の承諾がいる」という事のようです。

マニラの学校の場合は、どちらかと言えば、
日本のような「変質者」対策ではなく、
誘拐とかテロ対策の方かなと思いますが・・・

バギオはのんびりしてますけど、マニラはそうも
いかないようです。

イスダ・アンは はい、その大きな彫像、魚を抱えた
彫像が道路沿いに並んでいるところです。
美味しいフィリピン料理がありますよ。

投稿: させ たもつ | 2008年12月 3日 (水) 19時01分

させさん、フィリピンは子供たちの顔にマスキングをしなければならないほどセキュリティーにうるさいの?それとも、これって無断掲載? ところでイスダアンって、変な木造人形があるレストランのこと? 今度そちらに行ったら是非一度行ってみたいと思っていました。

投稿: Minol | 2008年12月 3日 (水) 09時08分

shino さん、
この行事があったのが木曜日の夜でしたから、
おそらく翌日にマニラに戻る中間点で そうかも。

私なら イスダアンにしますけどね。
バギオに近すぎるけど・・・

投稿: させ たもつ | 2008年12月 2日 (火) 13時47分

この子供たちの金曜日お昼ご飯はターラックのIZAKAYAではありませんでしたか?
私たちが昼食を取っている時にお店の子たちが一生懸命準備をしていました。

投稿: shino | 2008年12月 2日 (火) 13時23分

bayawさん、毎度どうも。
写真に入りきれなかった子供を入れて50人位です。
六年生が二クラスだと聞きました。
やはり 最近は子供の数が減ってきているそうです。
企業や経済の状況の影響も大きいと思いますが・・。

和太鼓は みんなで心を合わせて ビシッとやると
いうのが見ていても気持ちがいいですね。

させ

投稿: させ たもつ | 2008年12月 1日 (月) 18時45分

ご無沙汰です

写真を拝見しますと40人くらいいるようですが全員6年生ですか? 少子化で各学年1クラス(35~40名)が珍しくないこの頃ですがマニラ日本人学校はどのくらいの規なのでしょうか?

和太鼓はここ数年ブームで小学校のみならず幼稚園、保育園でも盛んです。うちの保育園も4年ほど前から年長児が同様の演目で和太鼓を運動会で披露しています。室内での練習はお腹に響きます。

 日本を思い出させる歌や楽器演奏にウルウルという、させ様の気持ち、心地よく伝わりました。

更なる情報発信期待してます。

投稿: bayaw | 2008年12月 1日 (月) 12時16分

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