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2008年6月21日 (土)

「玉砕を禁ず・比島カバルアン丘の死闘」

「玉砕を禁ず・比島カバルアン丘の死闘」
小川哲郎著 白金書房 昭和51年発行

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バギオに住む日本人としては避けては通れない過去の歴史。
バギオ市内での戦時中の様子を直接物語るものは 残念ながら未だ探し出せない。

しかし、バギオ周辺における当時の模様をかなり詳しく物語っている本は高木俊朗著の「ルソン戦記・ベンゲット道」(文春文庫)がおそらく一番ではないだろうか。

この本からは バギオへの入り口であるベンゲット道(ケノン・ロード)キャンプ3を中心とした激戦と、戦前からバギオに住んでいた日本人・日系人の悲劇をも知ることができる。

このルソン戦記には、尾辻ヨシさんという日系人のことが描かれているが、今は亡き尾辻さんを直接知っている私としては、手放せない 一冊でもある。

  

そして、小川哲郎氏のこの著書は、米軍が上陸したリンガエン湾を目前にして死闘を繰り広げた 見捨てられた部隊、旭兵団第七十一連隊・大盛大隊の将兵940名の辿った運命を丹念に記録したものである。

カバルアン丘と呼ばれるところは、マニラからビクトリー・ライナーでバギオに向う途中の休憩所ターラックとシソンの中程、ビリヤシスの町から、リンガエン湾岸のダグーパン市方面への途中に位置する。

この本は既に絶版となっているが、古書としては取り扱っているところもあるようだ。

生き証人も次第に居なくなる中で、風化していく戦争の記憶を掘り起こすのも戦後世代の役割ではなかろうかと思う一人です。

この本の冷静な記録と、心に留め置くべき言葉は、埋もれさせてはならないように感じるのです。

(以下 引用)

長い苦悩ののちに、この決定に達した彼であったが、ただ一つ心残りなのは、こうして死んで行く者の心が、なにひとつ伝えられないままに終わることであった。

「おいどんたちが ここで頑張ったこちゃ、誰かが知ってくれもんどだい」
・・・
自分の死が不可避と悟ったとき、せめてそれに、なにかの意義を見出したいと思うのは、人間としての当然の願いである。

おそらく助かるまいと覚悟したとき、・・・ 脈打っている自分の心臓の鼓動がおのれ一人のものでなく、父から子へ、そしてまた子へと、人類発生以来一分も休むことなく動きつづけてきたものだということをはじめてさとりました。

「死すべき時に死なざれば」という軍歌の教訓は、軍隊の教育目標としては不自然なものではない。 しかし第二次大戦末期の日本軍では、これが極端に歪められ、死すべき時に死なないならば殺してしまえという、常軌を逸した論理に変わっていた。

「一人十殺」とは、敗勢の日本軍がさかんに唱えたスローガンであったが、実際は、アメリカ兵一人に日本兵十名がころされていた。

大盛支隊は、敵に殺される前に味方に殺されていたのである

「戦争は絶対にしてはいけません。 たとえどこかの国が侵略してきたとしても、戦ってはいけないと思います
これは、口先だけの平和論でも空疎な国防否定論でもない。
戦争の持つあらゆる矛盾、醜くさ、悲しさ、苦しさ、そして空しさを身をもって味わった人の痛切な実感であった。

 

 

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1900年代初期のバギオを支えた日本人

2008年6月20日、バギオでの日本人100年の歴史絵巻が ついにオープンしました。

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戦前、バギオの繁華街である セッション通りには 日本人経営の店々が軒を連ね、多くの日本人が成功者となっていました。

その先駆者であった ベンゲット道路建設の労働者たち。 彼等の力強い姿を この写真展で是非ご覧下さい。

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SMバギオの地下ギャラリーでの オープニング・セレモニー。

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この写真展を 是非 地元のバギオで・・・と奔走し、実現してくださったのが、このお二人の女性です。 左が 著述家のアルカンタラ女史、右がフィリピン大学の米野教授。

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バギオの歴史を、そして日本人のバギオ開拓への貢献を 熱心に見る人たち。

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この写真展と同時に、 JAPANESE PIONEERS という本も販売されています。

販売は、SMバギオの最上階にある「来々軒」でも行っているそうです。

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戦前のバギオにあった日本人学校の写真に見入る おばあちゃん。

させ たもつ の下宿の大家さんです。

お婆ちゃんの友達も たまたまこの写真展に招かれていて、久々のおしゃべりで盛り上がったようでした。

しかし、この戦前のバギオでの日本人の繁栄を 根こそぎ奪ったのは、そして フィリピン人に日本人への憎悪を植え付けてしまったものは、なんだったのでしょう・・・・

父の祖国、母の祖国の間で 双方からスパイと見られた日系人たちの苦しみは 想像するに余りあるものです。

それにしても、今のフィリピン人の この寛容な心は どこから来るのでしょうか。

私たちは「住まわせていただいている。」

忘れてはいけないことだと思います。

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2008年6月16日 (月)

フィリピンの日本人 100年の歴史 写真展

あの 「ハポネス」写真展 が いよいよバギオで大公開です!

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2008年6月21日から 8月28日まで。

SMバギオの地下駐車場の出入り口にあたるギャラリーです。

ケノン・ロード(ベンゲット道路)の建設に奮闘した 100年前の日本人の姿を 是非ご覧下さい。

詳しくは バギオの 北ルソン日本人会のサイトで どうぞ。

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