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2010年12月22日 (水)

バナウエから ハパオ、フンドアンへ - イフガオ州の山村

二日目の朝、バナウエ・ホテルからの景色は、ちょっと頼りなかった。

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微かな青空も、一瞬に薄雲に覆われてしまった。

今日のハパオ行きは大丈夫だろうか・・・

なんと言っても、普通車では通行不可。 4WD車か、ジープニーか、地元のトライシクルしか通られない悪路だと聞いている。

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この地図のバナウエ・ホテルから 左下の ハパオ(Hapao)まで 16キロ。 1時間30分の所要時間らしい。

そして、今夜宿泊する予定の宿は、さらに 30分先の フンドアン(Hungduan)郡の   ポブラシオンと呼ばれる郡庁のある町。

バギオからバナウエまで送って来てくれたタクシーは 明日の朝まで バナウエ・ホテルで待機してもらう。

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環境NGOがマニラからのお客様を ジープニーで迎えに来るというので、そのジープニーに便乗させていただくことに。

バナウエ観光の目玉になっている この棚田を見物して、イベントに使う焚き木を探しながらのハパオ行きとなりました。

・・・・・・

ぬかるみ、土砂崩れは 当たり前の山岳道路。

民家のすぐ目の前に大量の土砂。

今度 大雨が降ったら こんな家には居られないだろう。

山腹を切り開いて作られた道路は、左はいつ岩が落ちてくるか分からない、右は路肩が崩れていつ車が落ちるか分からない・・・ それもぬかるみの道。

そんな傾斜地に民家は建てられていた。

1キロの間に いくつの土砂崩れの箇所があっただろう。

ずたずたにされた生活道路。

こんなにあちこちに土砂崩れがあったのなら、その台風、大雨の後、

何日間 山の村は閉ざされていたのか・・・・。

そんな土砂崩れの崖下で 子供達は遊んでいた。

焚き木を求めて 民家に入る。

その民家では、焚き木が燃え、その上に鍋が掛けられ、

そして、その上の棚に 焚き木が蓄えてあった。

「これは自家用だから 売れないよ。」

「これは まだ生木だから だめだね。」

「主人が バナウエに出てるから 決められないよ。」

やっと手に入ったのは 数軒目だった。

そして、ハパオ村が 現れた。

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美しい・・・・・。

この谷あいの村に、日本とフィリピンのアーティスト達が寝泊りして、イベントをやることになっている。

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そして、ハパオ地区から さらに20分ほど棚田の畦道を歩いた バアン地区の 山腹のこの小学校と棚田を舞台として、イベントが繰り広げられる。

「おいおい・・・この道からあのハパオ地区のリゾートまで20分下りるの? さらに あの上のバアンの小学校まで20分上がるわけ?  ・・・・歩くの? 大丈夫かいな。」

日頃 バギオで ほとんど運動らしい運動をしていない、タクシーに乗ってばかりの者にとっては、不安がよぎる。

たった50メートル坂を上がっただけで、息切れがするおっさんなのだ。

イベントは夜である。

今夜の宿舎がある フンドアンのポブラシオンまで行くことになった。

30分の道のりは、美しくて、恐ろしい道だった。

土砂崩れや、路肩の流出。

ジープニーが左右に揺れるたびに、谷底が見える。

その深さ、数メートルもあれば 数十メートルも・・・

私は高所恐怖症なのだ。

太ももの辺りが ズズズ、ゾクゾク・・・と鳥肌が立つような・・・

しかし、棚田は美しい。

田んぼの水面は光り、田植えの前の苗はその青さを輝かせていた。

遠くの山々は重なり合ってどこまでも続いている。

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そして、フンドアンのポブラシオンに着いた。

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ここは フンドアン郡の郡庁がある場所である。

ここから、山々を乗り越えて さらに南に十数キロ行けば、戦争中に 山下奉文陸軍大将が司令部を置いた大和基地があるはずだ。

フンドアンのこの場所にも 日本軍は部隊を置いていただろう。

そして、この周辺でも、地元のイフガオ族の人々と日本軍が闘い、叉、飢餓状態の日本兵や在留邦人が倒れ、殺戮もあったのだろう。

今のこの地は、あくまでも静かである。

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そのフンドアンの役所の前にあるのが、このイフガオ式住居の展示場。

吉野ヶ里遺跡の風情です。

ここにある9つの家は、フンドアンの9つの地区(バランガイ)からひとつずつ集められたものだそうです。

かなりガッチリとした構造で、内部も結構機能的な様子でした。

このタイプの家は、20~30年前までは実際に使われていたそうです。

「この辺りには、山下財宝のトレジャー・ハンターは来ますか。」

「はい、たくさん来ますよ。」

この役所の観光担当の若い女性は、笑いながら言った。

「だれか 財宝を見つけましたか?」

「ぜんぜん・・・」

「あははは、やっぱりね。 この町の観光コースをふたつに分けて、財宝探しコースと一般コースにして、財宝探しコースのお客からぼったくってやりなさいよ。」

「あははは・・・」

その女性の 屈託の無い笑い声と笑顔は、私をほっとさせた。

そして、叉、あの美しくも恐ろしい道を30分戻って、

ハパオ村の入り口に立った。

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いらっしゃ~~~~~い !! 

 

 

 

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コメント

あははは、 その「精神的に」ってのが 一番危ないなあ。

今回 棚田を歩いた日本人の中で 聞いた話では 二人が田んぼに足を突っ込み、一人は途中で怖くなってしばらく休憩したくらいなんですよ。

その人たちは 三十代、四十代、六十代ぐらいだったかな。
それも、その三十代の人は 旅行会社の調査に来た男性ですよ。
お仕事とは言え 大変だったろうと同情しちゃいました。


投稿: させ たもつ | 2010年12月28日 (火) 20時32分

棚田に行けないとは、僕のことをヨボヨボの老人だと思ってるな!
最近は全く運動をしてなくて、メタボのお腹を持て余していますが、精神的には20才から年をとってないのだ!

投稿: 印南 | 2010年12月28日 (火) 20時07分

そりゃあ大変でしたね。
フィリピンは 大抵のトイレに「紙を流さないでください。」「紙はゴミ箱に捨ててください。」などと書いてあります。

水洗式トイレなんですけど、トイレの構造あるいは紙の質が トイレ詰まりを起こし易いのかもしれません。

私の下宿のトイレは大丈夫ですけどね。

投稿: させ たもつ | 2010年12月28日 (火) 19時38分

小国さん、シンガポールの空港で、紙をつかいすぎて、つまってしまい、水洗トイレから水をあふれさせてしまったことがあります。水がとめどもなく流れ出て来て止まらないんです。これには往生しました。 フィリピンの和式のトイレも紙でいっぱいにしたりして?

投稿: 印南 | 2010年12月28日 (火) 17時53分

へえ~~、棚田を歩きたいんですか?

最近 なにかスポーツやってますか?
一緒に行った 私より2つばかり上の男性は、最近ジムに通って ルーム・ランナーなんかで走っていたからなんとか大丈夫だったけど、そうじゃなかったら無理だったって言ってましたよ。

ウンチ問題は、都会の方がかえって悪いと思いますよ。
田舎は 人数が少なくて、責任を持って掃除もしているみたいなので、綺麗です。
ただし、設備は 和式便器のような 古いタイプですけど。

投稿: させ たもつ | 2010年12月26日 (日) 15時03分

小国さん、僕は高所恐怖症ではありませんので、ウンチの問題さえなんとかなれば、ハバオ村までぜひ行ってみたいですね。
ウフフの次はウンチの話になりそう!

投稿: 印南 | 2010年12月26日 (日) 10時29分

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