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2010年10月11日 (月)

思わず うふふ・・・・

読売新聞のサイトにこんな記事があったんです。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101011-OYT1T00018.htm

  

サル降参!窓閉められ「あっ」の顔

   

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2010年10月10日 (日)

生徒に同情・・・日本語は難しい

(A) 「こくみんに国家公務員は財産とけんりょくと名声ために反逆します。」

(B) 「公務いんは人とせきにんにお金と地位とけんりょくのために反逆しています。」

(C) 「おいしい味があるために、土着の馬を焼くし、エターグを入ります。」

(D) 「生徒達は腕白な子供で、難しく教えました。」

(E) 「私を信じていたことが欲しいでした。」

これは、私の日本語の生徒が書いた作文の一節である。

作文を書かせる宿題は、日本語教師にとっては一番の楽しみと言ってもいいかもしれない。

本人にとって 自分が言いたいことを いかに日本語に出来るかという能力がはっきり出てくるからである。

しかし、楽しみであると同時に頭痛の種にもなる。

一読して大意が掴めず、訳の分からない作文は、えらく頭が疲れるのである。

それに、それは 日本語教師に突きつけられた 通知表でもある。

・・・・・・

「訳の分からない」作文の原因は 大雑把に言うと 以下のようなものであろう:

1. 語彙の選択の間違い

2. 助詞の使い方の間違い

日本語は膠着語と呼ばれる言語のひとつだから、単語と単語をニカワでくっつけて意味を表すということでいけば、確かに この二つが間違っているから 頭が痛くなるのであろう。

(A) 「こくみんに国家公務員は財産とけんりょくと名声ために反逆します。」

この文は 私の推測では おそらく正しくは、

「国民 国家公務員は 財産と権力と名声ために 裏切ります。」

文節の並びを変えると、

「国家公務員は 財産と権力と名声のために 国民を 裏切ります。」

となるのだろう。 しかし、作文全体の文意を予想できなければ このように添削することは出来ない。 本人に その真意を聞いてみるしかないのである。

(B) 「公務いんは人とせきにんにお金と地位とけんりょくのために反逆しています。」

これは、

「公務員は お金と権力のために 人と責務を 裏切っています。」

となるのだろう。

「反逆」という言葉と 「反抗」あるいは「裏切り」は どう違うのか。

日本語の生徒が 英語を元に 辞書で それに該当する日本語を探しても、様々な日本語の語彙が出てくるだろうから、その中から微妙な違いを分かった上で選択するのは 至難の技であろう。

私の感覚で言えば、

「反逆」 - 国家や大きな権力にさからうこと。

「反抗」 - 親や先生、あるいはより小さな権威にさからうこと。

「裏切り」 - 友だちや仲間、味方の期待に反する行為をすること。

などの区別が大体分かっているから出来るというだけの話である。

====

(C) 「おいしい味があるために、土着の馬を焼くし、エターグを入ります。」

さて、上の文は 何が変なのか。

「エターグ」と言うのは おそらく この現地の調味料のような物だろう。

そして、「馬」と書いてあるのは作文の内容から判断して「鳥」の間違いであるから、

「美味しい味出すために、地元の鳥を焼いて、エターグを入れます。」

「美味しい味出るように、地鶏を焼いて、エターグを入れます。」

あるいは、文脈から、

「地鶏を焼いて、エターグを入れ、美味しい味を出します。」

となるものと思われる。

この文では、動詞が 「出す」(他動詞) だったら 「ために」、

動詞を 「出る」(自動詞) にしたら 「ように」を使わなくてはならない。

おまけに、その前の助詞は 「」か「」にしなければならない。

他動詞の文型と 自動詞の文型を 知っていなければ 分からない。

おまけに、「エターグを入ります」にしたって、

「入」は 「はいる」、「いれる」、「いる」の読みもある。

「エターグがはいる」、「エターグをいれる」のどちらにするのか。

・・・う~~ん、まったく・・・・

(D) 「生徒達は腕白な子供で、難しく教えました。」

この文だけを見ると、正しい文は もしかしたら、

「生徒達は腕白な子供で、厳しく教えました。」

あたりかなあ、と見えるのだが。

前後の文脈から推測できる文としては、

「生徒達は腕白な子供で、教えることが難しかった。」

「生徒達は腕白な子供で、教えるのが大変でした。」

ではないかと思う。

しかし、これも本人の本意を確かめなければ 正解は分からない。

(E) 「私を信じていたことが欲しいでした。」

さて、お立合い。 上の文は どう思いますか?

上の文だけで 推測できるものをあげてみると、

「私は信じて欲しかったです。」

「私を信じて欲しかったです。」

「私が信じていたことが あって欲しかったです。」

「私を信じていたことが あって欲しかったです。」

しかし、文章の前後の文脈から判断すると、どうも これは、

「私は私(自身)を信じたかった。」

という意味のようなのです。 ・・・多分。

まあ、私たち日本人も 外国語を勉強する場合に、このような苦労をしているのだと思うのですが、 そして、外国人のネイティブ・スピーカーは 意味不明の文に悩まされているのでしょうが、 それにしても、

日本語 って やっかいな言語です。

もう8年ほど前のことだが、私が東京の某日本語教師養成学校で 日本人を相手に教授法の講師をしていた時のこと。

その講座を受講していた引退した元国語教師の婦人がこう言った、

「国語と日本語はまったく違いますね。」

「どう違うんでしょう?」

「国語は 解釈なんです。 日本語を既に理解できる子供に その分析の仕方、解釈の仕方を教えるのが国語。」

「じゃあ、外国人に教える日本語は?」

「日本語は まったく逆のやり方ですね。 どうしたら文を作れるか。 どうやって文を組み立てていくか。 アプローチの方向が全く逆なんです。」

日本語を、日本語教育を なめちゃあ いけない。

 

 

 

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