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2010年10月22日 (金)

げげげっ、 そうだったんだ。 その4

自分のメモ書きで始めたんですけどね、なかなか終わらない・・・

今日は 「お経の本」からの つまみ食いです。

日本仏教の主な経典って どんなんだろう?
訃報に際して 「冥福をお祈りします」は 何宗なの?

・・・・

法華経は 「あらゆる経の中の最勝第一の経」「諸経の王」と見なされ、
その影響は広くアジア世界に及んでいる、そうで、
法華経の歴史は、日本仏教の歴史とともに始まっている、のだそうです。

これは、聖徳太子が、数ある経典の中から 法華経を
仏教の「かなめ」と見なして、日本にこれを植えつけようと考えたからでした。

法華経は、宗派を問わずあらゆる僧侶の必読経典になったとか。

そして、国家鎮護の経典となった法華経には、「方便」」というのがあって、
「悪事を停止し、善事を修する」ことによってご利益をいただくのに対し、
「童子が遊びで砂の仏塔を作っても、悟りの機縁になる。」
「しちめんどうな戒律を守り、厳しい修行に明け暮れる必要もない。」
という簡便な現世利益性が 古代日本における法華信仰の中心だった。
・・・・ もしかして、これって 「うそも方便」の元祖なんですかね?
 
さて、そこで、この即物的な法華信仰を、聖徳太子が考えていたような
形に戻そうと夢見たのが 最澄さん。
唐からやってきた鑑真さんがもたらした著作によって、
この最澄さんが 法華経の真髄に開眼し、日本天台宗を創設。
最澄さんは「釈迦と大日如来は同体だ。」とした。

そのライバルとして現れたのが空海さん。
空海さんは、「仏が秘密に説いた密教こそが大乗仏教の究極の到達地だ」
とし、「大日如来こそが常住不滅の宇宙の本体である。」と言って
独自の道を進む。

そして、最澄さんの天台宗は、日本仏教の総合大学の役割を
果たすようになり、空海は時代を飛んで法然や親鸞へとつながります。

・・・それで、「冥福を祈る」なんですが、法華経に関係ありなんですね。
以下のようなことらしいです。

生者が死者の為に修善して功徳をあの世に振り向け、故人の冥福を祈る、
追善のための法華講がある、と書いてあります。
現世利益のみならず、死者の成仏をうながす経としても信仰されたと
いうことです。

・・・ 浄土真宗までは、なかなか遠い道のりです。

 

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げげげっ !! そうだったんだ。 その3 

「手にとるように宗教がわかる本」からのつまみ食い です。

仏教の経典って そもそも誰が書いたのか?
お釈迦様が書いたの?
すんまへん、つまらん疑問で。
・・・・・

元々 釈迦の教えは 弟子達の口伝によって伝えられていたもので、
記憶力に優れた阿難と呼ばれる人たちを中心に 釈迦の教えを
まとめるための仏典結集というのをやったそうです。

そして、大乗仏教の教義が経典として整備されていきます。
・・・・この時に原典とされるものが書かれ始めたってことですね。

釈迦はあくまでも一人の人間として悟りを開き 仏陀=如来とされました。
釈迦も数々の如来の一人に過ぎないと考えられています。
釈迦は「私を崇拝してはいけない」「葬儀は行わなくてもよい」と
生前に周りに伝えていたのだそうです。

・・・・ところで、「仏陀(ブッダ)」は「真理にめざめた人」という意味で、
「ブッダ」のように悟りを開いた存在が「如来」、
「如来」になるべき修行を十分積んだ聖者が「菩薩」なんだそうです。

中国に仏教が伝わったのは、敦煌を拠点にシルクロードを開いた
紀元前1世紀頃からで、隋や唐の統一王朝で仏教が興隆しました。

インド系の僧、鳩摩羅什が5世紀初頭までに中国に渡り「空」の経典を
漢語に訳し、中国仏教の発展の基礎になります。
・・・・ ここで初めて漢語の経典になったようです。

唐の僧であった玄奘は629年にインドの聖地に学び、原典を持ち帰ります。
645年、大化の改新の年でした。
もともとサンスクリット語やパーリ語で書かれた経典が漢語に翻訳されました。

儒教、道教があった中国では仏教は定着せず、国家が僧侶を国家公務員としたため、
鎮護国家のための仏教となっていきます。
この鎮護国家の仏教が 奈良・平安時代の日本仏教の基本になっていきました。

仏教の経典は、一神教の宗教における聖典、啓典と違い、大乗仏教の経典は
宗派によって異なります。
・・・・ なにも知らない「ど素人」の仏教徒は これすら知らなんだ。

玄奘が漢語訳したものだけで全600巻にもなる仏教の経典。
そのエッセンスが「般若心経」だと言われているそうです。
(「お経の本」によれば、お経の部数は2265部、総巻数は9041巻、
文字数では漢字で約4000万字と言われているそうです。)
・・・・ でも、浄土真宗じゃ 「般若心経」は関係ないんだとさ。

そして、大乗仏教の初期に成立した経典は:
般若経、維摩経、法華経、華厳経、そして阿弥陀三部経といわれる
無量寿経、阿弥陀経、観無量寿経とされています。

ちなみに、法然さんの浄土宗、親鸞さんの浄土真宗でも この阿弥陀三部経が
根本経典になっています。

・・・やっと、仏教のバイブル? が何なのか分かりました。

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2010年10月20日 (水)

げげげっ!! そうだったんだ その2

「釈迦に説法」 とは分かっているものの、ちょっと 自分に言い聞かせる為に 書き留めてみます。

以下、二つの本からの つまみ食い です。

「キリスト教などの一神教では、・・・・ 神なくして一神教も人間も存在しません。」

「仏教は基本的に釈迦に対する信仰ではないのです。 では何に帰依するかというとそれは、この世の成り立つ「法則」を信じるのであり、それを「法(ダルマ)」と呼びます。

そして、

紀元前五世紀ころの人、釈迦の教えは

「諸行無常=万物は常に変化し一定するものではない。」

「諸法無我=存在するすべてのものには実体はない。 自分自身もなく縁起によってのみ成立する。」

「涅槃寂静=煩悩の炎を吹き消せば安らぎの境地に至る」

という三法印に集約される。

のだそうです。

私は 諸行無常くらいしか 知りませんが・・・

で、インドで生まれた仏教がその後どうなったかって いうと・・・

大乗仏教と小乗仏教に関して 次のような話が・・・

釈迦の直弟子による第一回仏典結集の後100年ほど経過した際に、第二回仏典結集が開かれ、 その時、教義そのものよりも財産をもつかどうかで紛糾し、在家の信者からの寄進を蓄える派と、あくまで釈迦スタイルの托鉢によってその日の食事をもらうのみの派に分かれた。 つまり、前者が大乗で、後者が小乗。

ただ、ここでお立合い。 「小乗」と言うのは「大乗」派からの揶揄する言葉、蔑称であって、「上座部」あるいは「南伝」仏教と呼ぶべきものであると。

「上座部仏教」では、修業僧を支える在家信者が その功徳によって現世利益を得、「大乗仏教」では、「利他」を目的とし 大衆を救う為に 独自の仏教世界を構築していったそうです。

つまり、「釈迦はすべての生き物を救済したかったはずだ。」という筋書き。

そこで大乗仏教に出てきたのが 「如来」や「菩薩」。

 

そして、2~3世紀のインドの人、龍樹によって「空」の概念が体系化され、大乗仏教の考え方の中心となった。

出ました、「般若心経」の「色即是空」「空即是色」ですね。

龍樹は元々バラモン教の高僧で、「空」は「ゼロ」の概念に近いとも言われているのだそうで、 この龍樹は中観派と呼ばれているとか。

その「一切が空である」と説いた中観派に対して、「空を認識・感じる心は瞬間的にある」としたのが唯識派の無著や世親という学者でした。

そして、その「唯識」を知る為に 国禁を犯してインドまで留学にいったのが あの玄奘三蔵さんなんだそうです。

ああ、やっと 日本と関係のある人が出て来ましたね。

ところで、この「唯識」というのは、フロイトやユングなどの1000年以上前に 無意識、深層意識の理論を構築していたのだそうですよ。 凄い。

で、結論的に、仏教では物質は存在しない、神や仏すら実在していないのだと考えている、らしい。

万物は神が創造した実在する物体と考える一神教とは ここが根本的に違う。

・・・

のだそうです。

そうだったんですね。

・・・・

その内、その3 を書き留めます。

私のこのつまみ食いが 間違っていても 責任は持ちません。

悪しからず。

  

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2010年10月17日 (日)

げげげっ!! そうだったの?

そろそろ棺おけが見える歳になると こんな本を読みたくなるらしい。

「お経の本」だったり、「手にとるように宗教がわかる本」だったり。

まあ、我ながら なんとも安易な、と言うか、歳相応とでも言うべきか。

「浄土真宗では、死者の冥福を祈らない。」

げげげっ!! なんでえ~~~?

「葬儀は追善供養ではなく、残された人々が真実の教えに出会う、尊い人生に目覚める場なのである。」

へえ~~。

「葬儀は、故人や先祖を偲ぶことによって無常の人生を自覚することであり、(中略)阿弥陀仏に報恩感謝をするための仏事だからである。」

はあ~~ん、そうなんだ。

友だちや知人の訃報にふれた時、ごく普通に「ご冥福を・・・」と言って来た 我が人生はなんだったのか・・・。

とりあえず 私は 浄土真宗の仏教徒・・・、って言っても、実家に仏壇があって 今は亡き両親から「うちは浄土真宗だ」と聞いたに過ぎないのだが・・・。

・・で、この「仏壇」にしたって、浄土真宗では「お内仏(おないぶつ)」と呼ぶのが正しいそうな。 「家庭の内に仏様をいただく」という意味。 

ああ、しらなんだ~~。

「死別は永遠の別れではない。 浄土で再会するからである。」

なるほどね。そのほうが楽しいし・・・。

「『歎異抄』に「親鸞は父母の孝養のためとて、一遍にても念仏もうしたること、いまだにそうらわず」とある・・」

「「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定住家ぞかし」(歎異抄』)という、救われることのない凡夫の自覚と、・・・・感謝である。」」

う~~ん、 そう言えば、そんな文言を 高校時代に読んだことがあるような、ないような。

「絶対他力」 確かに そうだった。

しかし、日本の文化の中にある代表的な仏教の痕跡は、自力本願の仏教が作り出したものが多いような・・・。

     ・・ ことほど左様に、この「仏教徒」は いい加減なのであります。

阿弥陀如来の「必ず救う」という誓いを信じて、「ありがたい」、「おかげさま」と喜びながら合唱礼拝、感謝の日を暮らすことが必要らしい。

それだったら、この凡夫にも出来るかな?

今からでも・・?

「手にとるように宗教がわかる本」には、

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教などの歴史を、それぞれの相互影響の関係を踏まえて紹介してある。 

そして、そこに「異文化コミュニケーションでの意識ギャップは想像以上!」という章があるのだが、 その前に、仏教のことすら知らない「仏教徒」を なんとかせにゃいかんね。

仏教の変遷だけ読んでも、「へえ~~」が多くて。 ガスが溜まりそう・・??

 

 

ところで、 私は、何故か昔から、 「私は無宗教です。」と海外で発言することは 異様な人間であると見られる、というように 刷り込まれてきた。

ところが、この本には、「無宗教と答えた割合」が 国別に掲載されていて、

中国 93.0%、 アメリカ 19.8%、 韓国 36.7%、 

ロシア 48.1%、 フランス 42.5%、 そして 日本は 51.8% とある。

(世界60ヵ国  価値観データブック、電通総研・日本リサーチセンター編)

 

まあ、社会主義国は 割合が多くて当たり前でしょうね。

「特定の信仰をもたない人々が増えているというのは国際的な現象であるともいえるでしょう。」

だそうです。

 

「知ってるつもり」は 恐ろしい。

 

 

 

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