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2010年10月28日 (木)

へえ~~、 そうなんだ。 その1です

さて、紀元前5世紀頃のインドから鎌倉時代の浄土真宗(教行信証1247年
にやっと辿り着いたところで、
今までは 「げげげっ、そうだったんだ」の世界でしたが、これからは まったく
今まで興味もなかった「お経」ってものを知りたいので
「へえ~~~、そうなんだあ~」の領域へ 足を踏み入れたいと思います。

御用とお急ぎでない方は お付き合い下さい。

今からは、つまみ食いの元は 次の4冊です。
「お経の本」
「手にとるように宗教がわかる本」
「面白いほどよくわかる 仏教のすべて」
「新詳説 日本史」(これは「新」とありますが古い教科書です。)

時々 インターネットのサイトも参照します。
すみません、こんな安易な本ばかりで・・・・
なにせ 入門者ですので、研究書を買う程の頭もお金もありません。

・・・・・

「げげげっ・・その3」で そもそも誰が仏教の経典を書いたの
という話をしましたが、
お釈迦様自身は しゃべっただけなんですね。
で、一番最初に書かれた経典は何かっていうと、

お経には 大きく分けて 5つのグループがあって、
一番古いのは 前3世紀ころから始まった「阿含経」のグループだそうです。
それ以外は、「般若経」「法華経」グループ、浄土経典グループ、
「華厳経」「涅槃経」グループ、密教経典グループ となっています。

・・で、原始聖典とされている「阿含経」に何が書いてあるかっていうと・・

「阿含」は「伝承されてきた」という意味だそうでして、
お釈迦さんが話したことをその弟子たちが伝承してきたものを
書き留めたものです。

中身は、「須弥山を中心とした世界こそが仏教の世界観である」 (須弥山の別の訳語は妙高山だそうです。)、
「その世界がどのような構造をしていて、そこに生きる衆生はどのようにあるべきか」
「釈迦の誕生とその言動が伝記風に描かれている」
叉、

「一種の輪廻転生がモチーフとなって、釈迦の過去世が7代に渡って説明されている」
「在家の信者に対する教えを説いていて、善を行い、財産を守ること」
「東西南北上下の六方に礼拝をすること」などが書かれています。

元々、これらはパーリ語の原典で、これらの漢訳経典、サンスクリット語
によるものがあるそうです。

そして、漢訳されなかったものの中に「法句教」「経集」「本生経」など
お釈迦さんの肉声に近いきわめて重要なものも含まれているとか。

・・・ ここで 素朴な疑問なんですけどね。
なんで、世界宗教といわれる宗教は、その創始者?と言われる人が
直接に自分の考えを 自分で書き残していないんでしょうかね~~。

紙と鉛筆がなかった???

そんなことは セクレタリーに任せる???

キリスト教だって、イエス自身が新約聖書を書いたわけじゃなし。
十二人の直弟子の「使徒言行録」とか「福音書」とか言われるもので
構成されているわけですよね。

ユダヤ教は その旧約聖書の部分だけを使っているってことでしょう?

イスラム教はどうなんですかね?
イスラムの意味は「神への絶対的な帰依」ということらしい。

ムハンマドが山に登って瞑想していたら、突然、大天使が
ムハンマドの喉元を押さえて「読め」と命令して、
教えられた言葉をムハンマドが復唱して 啓示を受け取ったんだそうで、

「アッラーの啓示は20数年間にわたってムハンマドに下され続け、
その記録がコーランとなります。」

と書いてあるんですけど・・・・
これだと、ムハンマドが大天使に「書かされた」ってことになるんでしょうか。

でも、「読め」って言われたってことは、書いたものがあったってことですね。 それを見せてくれただけで、もらえなかったんですかね? もらった方が正確に伝わるのにね。

キリスト教が誕生して500年以上後の話だそうです。

モーゼやイエスを預言者として認めつつも、不完全だから、
それを修正するためにムハンマドが現れたんだそうです。

・・・・ つまり、何が言いたいかっていうと、
自分でもよく分からないんですけどね、

ユダヤ教ーーキリスト教ーイスラム教の流れというのは、
仏教の 原始仏教ーー小乗仏教ーー大乗仏教の枝分かれと似てません??

ところで、 仏教の経典にも 「きゅうやく」と「しんやく」があるんですってよ!!

インドの学僧・鳩摩羅什が漢訳したのが「旧訳」で、ご存知 玄奘三蔵(三蔵法師)さんが訳したのが「新訳」の仏典だそうです。

ちょっと「やく」違いですけど。 おそまつ・・・!

  

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2010年10月26日 (火)

げげげっ、 そうだったんだ。 その6

引き続き 「手にとるように宗教がわかる本」 からのつまみ食いです。

・・・・・・

さて、7世紀に、ヒンドゥー教の影響を受けた 大乗仏教の密教が登場。
教義や修行を言葉ではなく、師匠から弟子へと伝える「秘密の仏教」。
密教の経典は「大日経」「金剛頂経」「理趣経」など。
これらは、現世の身のまま如来と一体となる「即身成仏」の方法などが書かれているそうです。
・・・・ 修行なければ成仏なしってことでしょうか?

この密教をマスターしたのが空海さんですね。
812年に日本最初の密教の灌頂を行い、最澄とその門下生も弟子となります。
空海の護摩を焚く加持祈祷などのパフォーマンスで 平安貴族は虜となったようです。
・・・・ 雨を降らせたり、病気を治したり、呪い殺したり、やってたそうです。

武士階級が台頭しはじめ、天災、飢饉、内乱などで末法思想が広まって、
従来の仏教も退廃していた頃、念仏の浄土教が最澄の弟子 円仁によって
中国から輸入されました。
(この時は まだ「宗」じゃなくて「教」ですね。)

そして、親鸞さんが「七高僧」の一人に選んだ天台宗の源信さんが985年に「往生要集」を著し、「南無阿弥陀仏」を唱えれば極楽浄土に行けますよと言う「往生ガイド」
を出してベスト・セラーになったらしい。

極楽浄土をイメージした宇治の平等院鳳凰堂が出来たのが1053年でした。

貴族の間に広まった浄土教は、空也証人が全国を回り、民衆を救済しながら布教。
大衆にも広がります。

法然以前の浄土教は、同じ念仏でも「観相」と呼ばれ、仏の存在を
「心で念じて観る」ものでしたから、庶民には難しかったようです。
それを「ただ仏の名を唱えよ」と言ったのが法然さんでした。
文字を読めない庶民にも 極楽往生の道が開かれたわけです。
・・・ 顧客のニーズに的確に応えたってことでしょうか。

この専修念仏が広まると 既存仏教界の反発を受け、法然さんは
讃岐に島流し。

法然さんのもとに通った親鸞さんは、観音菩薩から「もしも修行者である
あなたが女性を求めるなら玉女となって添い遂げ、あなたを浄土へと
導こう。 この考えを人々に説け」とお告げがあったそうで、
妻帯や肉食もOKの道を開きました。
・・・・ これはかなり過激な考え方だったようです。
     つまりは「破戒僧」ですよね。

「信仰心の追求」「悪人正機説」が親鸞さんのセールス・ポイントになります。
「絶対他力」の登場ですね。

この悪人正機説は、見方によっては、ルターやカルヴァンが説いた
「善行は救済に関係がない」とか「人は信仰心によってのみ義とされる」
という宗教改革の精神に通じるものがあって、叉、聖職にありながら
妻帯したルターに先立つこと300年だそうです。

「親鸞は最もキリスト教に近づいた日本人」だと書いてあります。
・・・・ ルターさんたち 親鸞さんと メル友だったんですかね?
あっ、ちょっと時代が違うか・・・

そして、親鸞さんも 越後に流されてしまいました。
その後流罪を許されて関東での布教をし、「教行信証」を著して
浄土真宗の開祖となりました。

・・・ ああ、やっと浄土真宗に届きました。
しかし、インドで生まれたお釈迦様の仏教が、ここまで流れながれて
来ると、やっぱり 相当変化しちゃいますね。
ちなみに、現代のインドでは 仏教は ほどんど絶滅危惧種みたいな
状態らしいですよ。

ちなみに 日本、世界の宗教分布は こちら

インドの仏教は、日本におけるキリスト教のような感じですね。

ちょっと意外な感じですけど・・・

さらに、 日本国内での宗教・宗派の分布は?

おお、流石に 我が長崎県は クリスチャンが 全国一の比率ですね。

さて、「げげげっ、そうだったんだ」シリーズは今回で終了し、次回からは「へえ~~、そうなんだ」シリーズで お経のこと、日本の仏教のことを勉強してみたいと思います。 主に私の家の浄土真宗関連ですけど・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2010/10/post-e632.html

   

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2010年10月25日 (月)

げげげっ、 そうだったんだ。 その5

ちょっと話が昔々に戻ってしまうんですが、

その2で
空の概念を体系化した2~3世紀のインドの龍樹がいて、元々バラモン教の
高僧だったと書きました。
・・・・ このバラモン教が ちょっと気になるんですね。

バラモン教から派生したものが 仏教とジャイナ教だそうで、
ジャイナ教は釈迦と同時期の ヴァルダマーナによって興され、
マハトマ・ガンジーの非暴力・不服従の思想に影響を与えたそうです。

さて、バラモン教なんですが、これは、
インダス文明が紀元前1800年ごろに滅び、その後にアーリア人(インド・
ヨーロッパ語族の白人)がインドの西部から侵入して、征服者として
バラモン教とカースト制度を作ったそうです。
(バラモン=司祭者階級)
・・・ つまり 支配するためのツールってことですかね。

このバラモン教の聖典(ヴェーダ)が宇宙の根本原理について説いていて、
宇宙の根本原理(梵)は自分自身(我)の中にあるとしているとか。

この宇宙の根本原理と自己をひとつにする「梵我一如」をめざす
ために修行するというのが インド哲学の特徴だそうです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教では、
森羅万象は唯一絶対神が造った被造物であり、神を自分の世界の
外部に置くのに対し、バラモン教や仏教などでは 自分を超えた
存在も自己の内にあるととらえているのです。

ヴェーダの一部分がウパニシャド(奥義書)で、そこに
「輪廻転生」、「業(ごう)」、「解脱」などの理念が語られているそうです。
・・・・ ウパニシャド哲学ですね。

バラモン教は仏教やジャイナ教を派生する一方で、その根本部分は
インドのヒンドゥー教に引き継がれます。
(ヒンドゥーとは インドの民間信仰の呼称で、民族宗教的なもの。)
・・・・ ヒンドゥーは 日本のごちゃまぜ宗教と似たような状態らしい。

アーリア人は カスピ海と黒海の間の北方から、インドへやって来る
一方で、今のイラン方面へも進出し、古代ペルシアでゾロアスター教を
もたらしています。
ゾロアスター教の始祖は 紀元前7世紀頃の ザラスシュトラです。
(ニーチェの著作「ツァラトゥストラはかく語りき」で有名)
・・・ ツァラトゥストラが そういうお方だったとは、今の今まで 知りませんでした。

叉、「火」「光」を崇拝するので「拝火教」と呼ばれ、
善悪二元論の世界観や「最後の審判」の概念において
キリスト教などの西洋の宗教に大きな影響を与えているそうです。
さらに、その思想は プラトンやアリストテレスにも影響を与え、
ゾロアスター教から派生したミスラ教は、キリスト教がローマ帝国で
国教化する以前は一大勢力だったとか。

そして、中国では「祆教(けんきょう)」と呼ばれ、その光の神アフラ・マズダ
は、奈良の大仏である毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)つまり大日如来になって
いるそうです。
・・・・ はあ、随分 遠くから いらっしゃったんですね。
仏教は東洋というイメージでしたが、元々はそうでもないってことですかね?

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2010年10月24日 (日)

台風の夜・・・瞼の裏に・・・・

台風13号(フィリピン名:JUAN)が北ルソンをターゲットに進んでいるころ、
既に バギオでは10月18日昼過ぎに あちこちで停電が始まった。

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そして、ひと晩目の夜は 一冊の本を ろうそく二本の灯りの中で 読み終えた。

そして、ふた晩目 19日の夜。
既に台風は バギオの北方を通過して、北ルソンの西200キロ以上の
南シナ海にあった。

「おそらく今夜には 電気も戻ると思いますよ。」

そう聞いたので、早くベッドにもぐりこんで、夜中に起きることにした。

そして深夜12時ごろ。まだ 電気は戻って来ない。
ソファーにごろっと横たわって 待っていたら、
携帯電話が ピーっと鳴って、表示板が一瞬明るくなり、充電が始まった。
しかし、他の電灯は未だ点かない。
しばらくすると、トイレの電灯が ビカビカっと瞬いた。
しかし、それもあえ無く消えた。

確かに、電気会社が 作業をしているのであろう。

だが、いつまで待っても、結局電気は戻って来ない。
叉、ベッドに潜り込んだ。

・・・ しかし、今度は なかなか眠れない。

瞼を閉じて、横になった。
・・・

瞼の裏に映像が浮かぶ。 動画も出てきた。

中心あたりに 白い映像がぼんやりと 浮き上がってくる。
外が明るければ、瞼を通して 光が入ってくるだろうから、
瞼の裏に なんらかの明るい模様が映し出されるのなら分かる。

しかし、周りは真っ暗である。何故 白い影のようなものが映るのか。

その白い影は、人の顔のような映像になった。
確かに人の顔である。 だんだんその映像がはっきりと判別出来るようになる。

その顔は 誰かの顔に似ているという訳でもなかった。

そして、その映像が 次第に いろいろなものに 変化していった。
初めの内は、眼を閉じた その視野の中心にだけあった映像が、
視野の全体に、あるいは上、あるいは右下などに
次々に写っては消えていく。

馬か犬のシルエット、人型のシルエット、細密画のような、漫画のような、
そして その脇には 文章すらも映像となって出てくる。
そして、ついには動画が映し出されるようになった。

・・・・

いや、夢なのではない。
今まで現実の世界で 見たことがあるようなものでもなかった。

怪しく思って、瞼を開き、そして叉 瞼を閉じる。
しかし、やはり、その映像、違った映像が 瞼の裏に映し出された。

これは 夢ではなかったら、なんと呼ぶべきものなのか。
瞼の裏が スクリーンとなって、映像が出てくるのである。
これは幻影とでも言うものであろうか。

こんなことを、今までは 意識したこともなかった。
停電が今終わるかもしれない。 だから未練がましくも眠れない。

暇だから 見えるのか・・・。

・・・・

停電の間にも読み進めていた本がある。
「お経の本」というタイトルの本である。

その本の中に 「瞑想法を説くお経」というページがあって、
以下のようなことが書かれている。

「心を静めて一つの対象に集中し、心が散乱しない状態で
その対象を維持することで、雑多な心の動きを止め静める
ことを「止(し)」という。」
「一定の対象に心と内的な視覚を集中することを「観」という。」
「両者をあわせて止観(しかん)といい、三昧に入るための
技法のことを、止観、観法、観心などとも呼ぶ」

そして、浄土系の瞑想法について、以下のようなくだりがある。

「般舟(はんじゅ)とは、瞑想裏に阿弥陀仏が行者の目の当たりに
現れることを意味し、・・・」
「見仏(けんぶつ)を目的とした般舟三昧をさらに精緻にしたものが、
釈迦仏を見仏する観仏であり・・・」

「阿弥陀仏の観想法を説いた浄土三部経中の「観経」(観無量寿経)
なのである。」

つまり、瞑想によって、阿弥陀仏とその周囲を囲む様を幻視しながら、
どんどんイメージを変容させていくが、 修行者が この観想を
しつくすには 長い修練期間がいる、と言うのである。

私は、修業もしていないし、阿弥陀仏を見たいとも思っちゃいない
のだから 仏様が見えるわけはないのであるが、
もしかしたら 瞼の裏に映し出される これらの映像や動画は
瞑想法で得られるものと 原理的に同じなのであろうか。

・・・などと、蒲団の中で 考えたことでありました。

皆さんも、眠れない夜は 瞼を軽く閉じて その瞼の裏に
なにが映し出されるか、お試し下さい。
暇つぶしにはなるかもしれません。

ところで、この夜は 我が還暦の夜でした。

Img_1452

翌朝。

道路脇の木は ポッキリと折れて 落ちていた。

あまり大きくはなかったが、フィリピンらしい光景を作り出してくれた火炎樹であった。

  

     

 

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