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2010年11月23日 (火)

彷徨える魂を鎮めるには・・・2

「彷徨える魂」と書きました。

・・・が、

「手にとるように宗教がわかる本」の、
「空と縁起の概念が大乗仏教の中心コンセプト」という章に、

「仏教では物質は存在しない、つまり極端にいうと
神や仏すら実在していないのだと考えます。
日本人が信じている「霊」や「魂」も、本来、実在していない
ということになります。
万物は神が創造した実在する物体と考える一神教とは
大きく異なる点がここにあります。」

(これは、色即是空・空即是色のコンセプトですね)

とあり、 さらに、

「お経の本」には、
お葬式でお経を唱えることには、どのような意味があるのか?
と言う質問があって、その答えは:
「お葬式は、きわめて儒教的な儀礼ですから、・・・
死者を送るための呪術的な意味あいがあったのではないか・・。」
「お経というものは本来、人間が生きているうちにこそ詠まれる
べきものなのです。」
「お葬式でお経を唱えることに、もし仏教的な意味があると
すれば、死者が生前学べなかったブッダの教えを詠んで聞かせる、
ということになるのかもしれません。」

と書いてあります。

・・・どうも、私は、自称仏教徒である私は、
根本的に仏教というものを誤解していたようなんです。
参ったな・・・。

じゃあ、どこで どうなっちゃったわけ?

「手にとるように・・」の本で 日本の宗教、仏教の流れを
もう一度追ってみました。

もちろん、元々は神話に出てくる神、神道ですね。
で、その特徴は:
ー 神は人格神である。 人間とほぼ同じ。
ー 悪神がいない。 善神と悪神の対立はない。
ー 絶対神がいない。 神の序列が曖昧。
ー 教義が曖昧。教義としての神道と直接的な関係がない。
  戒律は記述されていない。
  論理的ではない。

ここには「霊」などの言葉は出てきません。
「霊」が出てくるのは、
「日本の神様、それも天皇の祖先である応神天皇の霊が
横やりを入れると・・」
という文言が、平城京時代の769年「宇佐八幡宮神託事件」の
ところで出てきます。

叉、「古代の日本は仏教を導入したとはいえ、
霊のお告げにおびえる世の中でもあったといえるでしょう。」
とあります。

インターネットで調べると、民俗学者の柳田国男は、神道の死生観では、
人は死後、生者の世界のすぐ近くにいて、お盆や正月に子孫の
元に帰ってくると考える、と解釈しているそうです。

叉、日本の仏教のように祖先崇拝と習合して土着化している、
とも記述があります。

やっぱ、神道ですか。
私が住んでいるバギオ市からさらに山岳地帯に入ったところでは、
今でも 祖先崇拝や祖先の霊がなにかの悪さをするというように
現実問題としてとらえられていますから、これなんですね。

そして、いわゆる「神仏習合」によって、
山岳信仰、神道、ヒンドゥー教の神々までも仏教の中に
取り込まれていったそうです。
例としては、天照大神は大日如来、八幡神は阿弥陀如来だそうです。
梵天、帝釈天、四天王などはヒンドゥー教の神に起源を持つとか。

そして、葬式という儀式は・・・

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2010年11月22日 (月)

祝 60,000 アクセス !!  ありがとうございます。

皆々様のアクセスが 60,000 を突破いたしました。

毎度、このブログにお立ち寄りいただき ありがとうございます。

今後とも、ぼちぼちやっていきますので、よろしくお願いもうしあげます。

店主

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2010年11月21日 (日)

彷徨える魂を鎮めるには・・・

へえ~~、そうなんだ その7で

「冥福を祈らない」宗派で、 バギオの周辺で戦争中に多くの
日本人の方々が亡くなっていらっしゃるので、
その方々の為には どのお経が ふさわしいのかな・・・
ってことなんですよねえ。

・・・と、言いました。

実は 今年の6月ころに、浄土真宗本願寺派の西本願寺の
相談窓口にメールでお尋ねしたんです。

フィリピンのこういう場所に、戦争のこのような傷跡が
残っていて、日本人戦没者の慰霊などの為に お経のことを
勉強したいのですが・・

それに対する窓口の御坊様の回答は:

「浄土真宗では、正信偈が日常勤行で、通夜や法事では仏説阿弥陀経
多く用います。
少なくとも「南無阿弥陀仏」と称える宗派さんなら、「仏説阿弥陀経」
棒読みでよいので読まれた方がよいでしょう。」

とのことでした。

ここのニュアンスがちょっと 「お経の本」とは違うんですよねえ。

本では、「お通夜や葬儀では日々の勤行と同じように、正信偈が
拝読される。 派や地方によっても異なるが、「阿弥陀経」もよく
読誦される。」
となっているんです。

さて、「仏説阿弥陀経」って なんだったっけ?

要点は:
阿弥陀経は、1世紀ころ、北インドで成立したと推定されている。
サンスクリット原典、漢訳、チベット訳が、現存する。
402年頃 鳩摩羅什三蔵によって翻訳されたお経が「仏説阿弥陀経」。、
その内容は、お釈迦さまが弟子たちに説法したとされたもので、阿弥陀如来の
浄土の荘厳と阿弥陀如来の徳が説かれ、浄土に生まれるために念仏を
称えることがすすめられている・・・・。

となっているようです。
(詳しくは http://www.terakoya.com/amidakyo/index.html 
 あるいは、http://gansyoji.jp/main/information_proposition/amidakyo_gongyo/bussetuamidakyo.htm

実際、下のサイトのように、浄土真宗の葬儀の際には、
「帰命無量寿如来」と「正信偈」のおつとめに入る、とあります。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/4022/sougi/index.html#5
やっぱり「正信偈」の方が葬儀には多いようですね。

このサイトで、例の「冥福をお祈りします」とは言わないことが
書かれています。
じゃあ、その代わりに何と言えばいいのか・・・
「浄土真宗では臨終即往生させていただくので冥福を祈る必要はありません。
故人の死を悼む言葉としては 「哀悼の意を表する」と言います・・」
とありました。
・・・そうか、次回からこれにしよう。(笑)

・・・ちょっと待て。
葬儀の時は分かったけど、「戦没者慰霊」はどっちがいいんだ?
 
 
 

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