« 2010年12月12日 - 2010年12月18日 | トップページ | 2010年12月26日 - 2011年1月1日 »

2010年12月22日 (水)

バナウエから ハパオ、フンドアンへ - イフガオ州の山村

二日目の朝、バナウエ・ホテルからの景色は、ちょっと頼りなかった。

8img_2440

微かな青空も、一瞬に薄雲に覆われてしまった。

今日のハパオ行きは大丈夫だろうか・・・

なんと言っても、普通車では通行不可。 4WD車か、ジープニーか、地元のトライシクルしか通られない悪路だと聞いている。

8img_2449_banaue_map

この地図のバナウエ・ホテルから 左下の ハパオ(Hapao)まで 16キロ。 1時間30分の所要時間らしい。

そして、今夜宿泊する予定の宿は、さらに 30分先の フンドアン(Hungduan)郡の   ポブラシオンと呼ばれる郡庁のある町。

バギオからバナウエまで送って来てくれたタクシーは 明日の朝まで バナウエ・ホテルで待機してもらう。

8img_2472

環境NGOがマニラからのお客様を ジープニーで迎えに来るというので、そのジープニーに便乗させていただくことに。

バナウエ観光の目玉になっている この棚田を見物して、イベントに使う焚き木を探しながらのハパオ行きとなりました。

・・・・・・

ぬかるみ、土砂崩れは 当たり前の山岳道路。

民家のすぐ目の前に大量の土砂。

今度 大雨が降ったら こんな家には居られないだろう。

山腹を切り開いて作られた道路は、左はいつ岩が落ちてくるか分からない、右は路肩が崩れていつ車が落ちるか分からない・・・ それもぬかるみの道。

そんな傾斜地に民家は建てられていた。

1キロの間に いくつの土砂崩れの箇所があっただろう。

ずたずたにされた生活道路。

こんなにあちこちに土砂崩れがあったのなら、その台風、大雨の後、

何日間 山の村は閉ざされていたのか・・・・。

そんな土砂崩れの崖下で 子供達は遊んでいた。

焚き木を求めて 民家に入る。

その民家では、焚き木が燃え、その上に鍋が掛けられ、

そして、その上の棚に 焚き木が蓄えてあった。

「これは自家用だから 売れないよ。」

「これは まだ生木だから だめだね。」

「主人が バナウエに出てるから 決められないよ。」

やっと手に入ったのは 数軒目だった。

そして、ハパオ村が 現れた。

8img_2477 

美しい・・・・・。

この谷あいの村に、日本とフィリピンのアーティスト達が寝泊りして、イベントをやることになっている。

8img_2498

そして、ハパオ地区から さらに20分ほど棚田の畦道を歩いた バアン地区の 山腹のこの小学校と棚田を舞台として、イベントが繰り広げられる。

「おいおい・・・この道からあのハパオ地区のリゾートまで20分下りるの? さらに あの上のバアンの小学校まで20分上がるわけ?  ・・・・歩くの? 大丈夫かいな。」

日頃 バギオで ほとんど運動らしい運動をしていない、タクシーに乗ってばかりの者にとっては、不安がよぎる。

たった50メートル坂を上がっただけで、息切れがするおっさんなのだ。

イベントは夜である。

今夜の宿舎がある フンドアンのポブラシオンまで行くことになった。

30分の道のりは、美しくて、恐ろしい道だった。

土砂崩れや、路肩の流出。

ジープニーが左右に揺れるたびに、谷底が見える。

その深さ、数メートルもあれば 数十メートルも・・・

私は高所恐怖症なのだ。

太ももの辺りが ズズズ、ゾクゾク・・・と鳥肌が立つような・・・

しかし、棚田は美しい。

田んぼの水面は光り、田植えの前の苗はその青さを輝かせていた。

遠くの山々は重なり合ってどこまでも続いている。

8img_2492

そして、フンドアンのポブラシオンに着いた。

8img_2493

ここは フンドアン郡の郡庁がある場所である。

ここから、山々を乗り越えて さらに南に十数キロ行けば、戦争中に 山下奉文陸軍大将が司令部を置いた大和基地があるはずだ。

フンドアンのこの場所にも 日本軍は部隊を置いていただろう。

そして、この周辺でも、地元のイフガオ族の人々と日本軍が闘い、叉、飢餓状態の日本兵や在留邦人が倒れ、殺戮もあったのだろう。

今のこの地は、あくまでも静かである。

8img_2491

そのフンドアンの役所の前にあるのが、このイフガオ式住居の展示場。

吉野ヶ里遺跡の風情です。

ここにある9つの家は、フンドアンの9つの地区(バランガイ)からひとつずつ集められたものだそうです。

かなりガッチリとした構造で、内部も結構機能的な様子でした。

このタイプの家は、20~30年前までは実際に使われていたそうです。

「この辺りには、山下財宝のトレジャー・ハンターは来ますか。」

「はい、たくさん来ますよ。」

この役所の観光担当の若い女性は、笑いながら言った。

「だれか 財宝を見つけましたか?」

「ぜんぜん・・・」

「あははは、やっぱりね。 この町の観光コースをふたつに分けて、財宝探しコースと一般コースにして、財宝探しコースのお客からぼったくってやりなさいよ。」

「あははは・・・」

その女性の 屈託の無い笑い声と笑顔は、私をほっとさせた。

そして、叉、あの美しくも恐ろしい道を30分戻って、

ハパオ村の入り口に立った。

8img_2483

いらっしゃ~~~~~い !! 

 

 

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年12月21日 (火)

Banaue Rice Terraces 天国への階段 バナウエの棚田

これが バナウエの棚田 ライス・テラス です。

6img_2467_banaue

これが 文明 なんですね。

これが 人類 なんですね。

素晴らしい。

・・・・・ しかし、

なんで ここまで やるの?

なぜ ここまで やらなくちゃ いけなかったの?

こんな疑問は 愚問っていうんでしょうね。

怠け者の発想ですね。

私は この山の民を 尊敬します。

・・・・・ 毎日、この果てしも無い階段を

登ったり、下ったり・・・

その石垣を築いて、

その田を耕し、

その水を入れて、

その種を撒き、

その苗を育て、

その苗を植えて、

その稲を育て、

その稲穂を刈り取り、

そして、その米を突き・・・・

・・・・・

この階段を見上げるだけで、

私は この山の民を 尊敬します。

 

 

 

 

  

| | コメント (10) | トラックバック (0)

バギオーカヤパーアリタオ道路を通って バナウエ、ハパオ、フンドアンへ

イフガオ州のハパオ村で日比合同でのアート・イベント、棚田を守り、平和の慰霊をする為のイベントがあると言うので 見に行って来ました。

バナウエは、ご存知 世界遺産の棚田、ライス・テラスがある観光地なんですが、バギオからは3つのルートがあります。

その1: バギオから南回りルート

これは、雨季でも一番安全なルートで、一旦バギオからマニラ方面に南下し、東に向い、サン・ホセあたりからハイウエイを北上してバナウエに至るものですが、10~12時間くらいかかります。

バギオから朝と夜行のバスなどが出ています。

8img_2453_kms_bus

その2: バギオから北回りルート

バギオから北上して、サガダ、ボントックなどの有名観光地を周って、バナウエに南下するルート。

バスであれば バギオーボントックが 6~7時間。 ボントックーバナウエ間が 2~3時間掛かります。 問題は道路事情で、特に雨季は崖崩れなどが頻発するルートです。1日、2日くらいのスケジュール変更は覚悟しなくてはいけません。

9img_2623

その3: バギオーカヤパーアリタオ 東西横断ルート

これが今回の最短ルートで、最近全面舗装で開通したので、まだ「地球の歩き方」などにも情報が載っていません。 前大統領のアロヨ大統領による最後の仕事になったようです。 

(関連記事は こちらでPGMA INAUGURATES BAGUIO-ARITAO ROAD IMPROVEMENT PROJECT

道路は全面舗装で快適ですし、交通量もまだまだ少ないようです。 快適なドライブが出来ます。 ただし、かなりのジグザグ道で、数ヶ所は崖崩れの跡が残っていて、大雨などの場合は閉鎖などの危険が残ります。 バイクでのツーリングには最適かも。

このルートは、まだバス便も始まったばかりで、バギオーアリタオーソラノまでの便が 一日に一本しかないようです。

9img_2417_na

上の写真は バギオーアリタオ間を走っているバスです。

そこで、今回の私の旅は、タクシーを借り切りで ゴージャスに行くことにしました。 要するに、疲れたくないっていう我がままなんですけどね。

昔からの知り合いのレンタカー運転手がタクシーを開業したので、3日間貸切で使わせてもらうことにしました。 もちろん運転手付き。 およそ2万ペソ。

太平洋戦争の終戦近い頃、陸軍大将山下奉文が、ルソン島の東にある穀倉地帯から、最後の砦とした山岳地帯やバギオ方面への食糧の供給を目的に、このルートを造ったと言われ、「山下道」と呼ばれていました。

その山下道は:

バギオの北 ハルセマ道の21K(21キロ地点) - アンボクラオ(ダム、昔 インチカクがあった所) - グレル(ボコドへの分岐点) - カヤパ - アリタオ

というのが本来のルートなんですが、今回は バギオから直接アンボクラオへと アンボクラオ道路を使いました。 バギオからバナウエまで タクシーでぶっ飛ばして 6時間30分くらいでした。

まず、バギオからアンボクラオ道路を下ると、ダム湖があるアンボクラオ。

8img_2408

このダムは戦後に出来たんですが、終戦間近には、このアグノ川の川原には インチカクの野戦病院もあったとかで、今はダム湖の底に多くの日本人戦没者が眠っているとされています。

8img_2410

ここはグレルという村。 左に行けばボコド、カバヤン村、プラグ山国立公園へ。 まっすぐに行くと カヤパ、アリタオ方面。

8img_2417

ここは カヤパ町。  町役場の横では、衣類などの即売会をやっていました。 そして、マーケットの中では、地元のコーヒー豆、焙煎したコーヒーも売っていました。

それに、このルートの道には、いろんな動物達が わんさかわんさかいます。

牛、水牛、山羊、鶏、闘鶏、アヒル、ガチョウ、犬、七面鳥、子供達・・・・ でも、猫は見かけませんでした。

8img_2425

うっかり アリタオの写真を撮るのを忘れたんで、アリタオの北にある隣町の バンバンです。  

アリタオーバンバンーソラノーバガバグへとハイウエイを北上し、バガバグから左折して、ラガウエーバナウエへと入っていきます。

ちなみに このラガウエからちょっと入ったところに キアガンがあって、このキアガンの学校には 山下大将が降伏して山から出てきた記念館があります。 それが昭和20年9月2日で、その翌日の3日に、山下大将は バギオのキャンプ・ジョン・ヘイで 公式文書に署名をしています。

8img_2446

さてお立合い。 ここが バナウエで一番高級な 国営ホテル、バナウエ・ホテルです。

8img_2427

さっそく こういう場所に入り込みまして、乾杯。

8img_2428

流石に ここは世界遺産の町だけあって、外国人、それもヨーロッパ人観光客が多いようでした。 このバーで オランダ人家族が休憩中。 向こう側がレストランです。

8img_2435

はい、こちらが バナウエで一番高級な 客室でございます。 一泊2,300ペソ。 室内は古いんですけど、とても清潔です。

お湯のシャワーもバッチリ。 だけど、テレビはありません。

ゆっくり お休みください。

ところで、マッサージを頼んだんですけど。 結局 みんな出払っていますってんで、諦めました。 1時間300ペソだったんですけどねえ。

一日目、これで 終わり。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年12月12日 - 2010年12月18日 | トップページ | 2010年12月26日 - 2011年1月1日 »