« 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 | トップページ | 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その3 »

2011年1月10日 (月)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その2

実は、私のコミュニケーションに対する考え方は:
所詮人は孤独である。 
人は他の人の真意など分かりはしない。
一人ひとりが持つ言葉の意味はその育った、あるいは教育環境の
違いによって異なるのだから、理解し合えない。
・・・という考えが底辺にあるのです。
日本語教師としては あるまじき考え方でしょうかね?

ですから、先に引用した
「こうも定形発達者は比較好き、競争好きなのか」
という言葉が 非常に的を射たもののように思えてなりません。

「定型」であることが 言葉の運用においても重要だと言う事です。
ただ、その定型というのがいろいろある。
こちらではひとつの定型の中に入っていた者が、別の場所に行くと
もう非定型になってしまう。

それは、場所が異なるということもあれば、どんなグループに属する
かや、どんな時代に育ったかによっても違うということになります。

様々な条件がたまたま同じ人間同士の間でのみ ある定型が存在
しえると言う事になってしまいます。

日本人同士であっても、
「最近の若い者は 言葉の使い方ひとつ 知らない。」
「変な茶髪の連中と付き合っているのか、おまえは!」
「就活をやるんなら やっぱり黒いスーツでしょ。」
「関西の人間は ずうずうしいよね。」
「あの人は 本当に気を使わない人だね。」
「ぶぶ漬けでも・・・」
等など・・・
そして 「あいつは KYだな。」ってことになる。
挙句の果てに、些細なことで いじめや差別。

こういう些細な違いが満載なのが 外国人かもしれない。
日本人でさえ難しいのだから 外国人なら当たり前・・・か?

さらに厄介なのは、日本語の本音と建前だ。

「お近くにいらっしゃいましたら、是非 我が家にお立ち寄り下さい。」
この言葉を信用したら エライ目に会うのが 日本である。

ある本(1982年発行)にこんなことが書かれていた:

ある夜五人ほどの日本人と集まって酒を飲みながらしゃべっていた。
たしか、あのときは三島由紀夫について話していたんだ・・・。
話が終わって、それぞれが自分の部屋に帰ろうとしたときのことだった。
五人のうちの一人がぼくに言ったんだよ。
「われわれがイエスと言ったからって、あんたの意見に同意したって
わけじゃないんだ」とね。
ショックだった・・・。 ぼくは本当にびっくりしてしまったんだ。

この文章を書いたのは、アメリカ人。 プリンストン大学卒業。
地方紙の記者の後、1977年に来日。 貿易研究会で英語教師。
その後、編集者・小説家。

次回は この本から ヒントになる言葉を拾い集めてみます。

 

 

 

|

« 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 | トップページ | 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その3 »

コメント

そんなことがあったんですか。
そりゃあ 宇宙人さんも うかつでしたね。
アメリカの文化も その本社のアメリカ人のことも知らないで やっちゃったんですか?
 
まあ、しかし、日本人ビジネスマンらしいっちゃあ らしいですね。
宇宙人らしくないな。

 
 

投稿: させ たもつ | 2011年1月11日 (火) 20時45分

僕はある人を採用するかどうか意見を聞かれた時、「彼はマイホーム主義だからだめだ。」といったら、本社のアメリカ人からメチャ怒られましたね。 その本社のアメリカ人もマイホーム人間で、家庭を大事にしない人は仕事もできないんだ、という考えの人でした。 外国人を理解するのは難しいですね!

投稿: 宇宙人 | 2011年1月11日 (火) 19時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/50550461

この記事へのトラックバック一覧です: 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その2:

« 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 | トップページ | 外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その3 »