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2011年1月14日 (金)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群   その10(最終回)

意味を正しく伝えるために正しい助詞を使おうと思ったら、なんで 
省略された文を補ってみないとよく分からないのかって言うと。

日本語を勉強している外国人は 文型というかたちで日本語の構造を
学んでいきます。 その文型の中で助詞の使い方を覚えるんです。

例えば:

山本さん(は)先週の土曜日(に)<茶屋という>日本料理店(で)カツ丼(を)3杯食べました。

という内容を言いたいとすると、
(  )以外の部分は名詞か動詞ですからその単語を知っていることを前提と
すれば、あとは ( )に入っている助詞をうまく使って意味のある
繋ぎ方をすればいいわけです。

・・・で、どんな助詞を選ぶかという段階では、
人(は)時(に)所(で)物(を)数 動詞。
というように、その名詞が人、時、所、物などのカテゴリーのどれかが
分かれば その後にどんな助詞を置けばいいか おおよそのルールを
覚えておけば 文を作ることができるわけですね。

ただし、問題は、動詞によって いろいろ助詞も違ってくるところ。

物(は)所(に)あります。
本(は)本棚(に)あります。

人(は)所(に)います。
鈴木さん(は)東京駅(に)います。

人(は)所(で)<動詞>
佐藤さん(は)ハワイ(で)泳いできました。

人(は)物(に)<動詞>
清水さん(は)ジープニー(に)乗っています。

人(は)物(で)所(へ)<動詞>
高橋さん(は)バス(で)マニラ(へ)行きました。

同じ「所」の単語であっても(に)、(で)、(へ)などがあるし、
同じ「物」の単語であっても(は)、(に)、(で)などといろいろ
変化するってことです。

ですから、文型で単語のカテゴリーと動詞の組み合わせのパターンを
覚えるしかないわけです。

ちょっと難しいのになってくると:

「窓」、「開く」の単語を使うとして、
窓(を)ひらく。 <他動詞>
窓(が)ひらく。 <自動詞>
・・の二つがあるわけですが、
<他動詞>だったら、 
人(が)窓(を)ひらく/あける。
・・・と文型的には 「人」を入れて覚える方が意味と使い方が分かって
学習者には分かり易いってことです。

ちなみに、「開く」の読み方は、「あく」<自動詞>ってのもあるんですね。
おまけに<自動詞>だけかと思っていたら<他動詞>もあるんです。

「壁に穴があく。」<自動詞>
「大きく口をあいてください。」<他動詞>
しかし、辞書には この「あく」を他動詞に使うのは誤用ともいう、
と但し書きがあります。

いくら文型を覚えても、例外が多くて それがまた大変。
・・・・ああ、やっかいですねえ。

もうひとつ、敬語の問題。 
これは日本社会の「暗黙のルール」と言ってもいいでしょうね。
自分と相手の立場を即座に判断して使わないといけません。

敬語の問題は 人が騒ぐほど重要なのか、って寛容なインテリジェンスの高い
人ほど思うかもしれませんが、これが自分の身に直接降り掛かると、
結構むかっとくるんですよね。
相手が外国人でも・・です。

つまらない事ですが、日本で数年働いた経験があるようなフィリピンの人、
それも自分よりかなり若い、日本語でのコミュニケーションは普通に出来る
ような人が、

「おはよう!」

って挨拶をしてくると ムカッと来るんです。
おまえは何を日本で勉強してきたんだってね。

例えば、あなたが 日本語教師だとした場合:

「明日のパーティーに 先生は いらっしゃいますか?」
「明日のパーティーに 先生は 来られますか?」
「明日のパーティーに 先生は 来ますか?」
「明日のパーティーに 先生は 来るんですか?」
「明日のパーティーに 先生は 来るの?」
「明日のパーティーに 先生は 来る?」
「明日のパーティーに 先生は 来るか?」

「先生」のところが あなたの氏名、例えば「場金助兵衛」
だったとします(読み方は ばかな すけべえ)。
相手はあなたより20歳くらい年下だとします:

「明日のパーティーに 場金さんは いらっしゃいますか?」
「明日のパーティーに 助兵衛さんは いらっしゃいますか?」
20歳年下の人に 名字じゃなくて なまえで呼ばれたらどんな感じがしますか?

「明日のパーティーに 場金さんは 来るの?」
「明日のパーティーに 助兵衛さんは 来るの?」
一応「さん」付けですけど、「来るの?」って言われたらどうでしょう。

「明日のパーティーに 場金は 来るか?」
「明日のパーティーに 助兵衛は 来るか?」
20歳も年下に こう言われたら いくら温厚なあなたでも カッときませんか?
「こねえよ!!」って言いたくなりません?

どこまでが許容範囲ですか?

私は日本語教師として、日本語の敬語の難しさは分かっているんですが、
それに アメリカ系の会社で30年も働き、
もう通算7年以上もフィリピンに住んでいるんですが、
それでも ムカッとくるんです。

些細なことだと分かっていても、ムカッとくるのは止められない。
もう頭で考えてどうのこうのというレベルじゃないんですね。

だから、私は 日本に行ったら敬語で話しなさい。その方が間違いが
ないから、って生徒に教えるようにしているんです。

以上で、このトピックでのまとまりのない話を終わらせていただきます。
(「が終わります」かな、「を終えます」かな、「は終わらせます」かな・・・?)

皆様のコメント お待ちしております。
いつも 有難う御座います。

追伸:  

ところで、日本語とアスペさんの関係を検索していたところ、九州大学の大学院生の研究論文が見つかりました。 専門的で難しいのですが、興味のある方はご参考までに。

http://www.hues.kyushu-u.ac.jp/postgraduate/degree/pdf/2003/2HE02029T.pdf

結論の一部に以下のような記述があります:

「日本人のアスペルガー障害者は、われわれと文化は同じであるが、彼らの状態像を示すことになる認知神経学的背景は全く異なり、ある意味で異文化と同様と考えられる。 従ってわれわれが彼等と接するときには、そのような視点を持つことが重要であろう。」

「認知神経学的背景」の意味は私には分かりませんが、おそらく上記の文意は、アスペさんとコミュニケーションする場合は 外国人とコミュニケーションしているのと同じような心構えであることが必要だと言う事ではないかと理解しました。

著者は この方でした。

 

  

     

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日本語の短作文 : ~~なんて、~~ものだ。

最近は中級の日本語を教えていまして、毎日短い作文の練習をしているんですが、今日は大笑いした作文がありました。

文型としては 「 ~~なんて、 ~~ものだ」というもので、

その問題は:

_____________ なんて、 変わった人がいるもんですね。

この下線の部分に自由に書き入れて 文を完成するというものです。

あなただったら どんな文を作りますか?

私の生徒が書いたのは こんな文でした。

「旅行の計画を一週間も前から熱心にするなんて、変わった人がいるもんですね。」

私は一瞬考え込みましたよ。

丸にするか、バツにするか・・・・。

そして 生徒に次のような質問をしたんです:

「この人は フィリピン人ですか、日本人ですか、アメリカ人ですか?」

生徒はちょっと考えてから、にやりと笑って、

「フィリピン人です・・・。」

で、私の答え、

「それだったら 丸ですね。」

・・・・・・

皆さんは この話 笑えますか?

これが笑えたら、あなたは かなりのフィリピン通ですね。

それも、苦い経験を乗り越えてきた方だと思いますよ。(にやり)

 

 

  

 

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2011年1月13日 (木)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群   その9

さて、外国人の日本語という視点に 話を戻します。

アスペさんに対する接し方について こんなサイトがありました:

http://www.asperger-fc.net/03trouble/contact.html
接し方について
意図のある指示だし
アスペルガー症候群の方には、明確に意図のある指示を出しましょう。
現場の状況に応じて意味を詮索しなければならないような指示は
通じていないと思ってよいでしょう。
例えば、「皆さん」と言われた時、アスペルガー症候群の方はその中に
自分が含まれているのかどうか不安になります。このように普段、
私たちが使っているようなちょっとした曖昧な表現すらもアスペルガー
症候群の方には混乱を招く可能性があるのです。
指示を出すときは、「この作業を10分で終わらせてください」といった
ように明確な言い回しで指示を出してください。

この「意図のある指示だし」と言うのは、言いかえれば「曖昧な日本語」を
明確にするということだと考えられます。

そこで、日本語能力試験対応の ある聴解模擬試験の会話を参考に
考えてみます:

息子と母親が話しています。 
母親は息子に、何がいけないと言っていますか。

M: バイトの面接に行ってくる。
F: ちょっと! そんな格好で行くの?
M: 何、なんかだめ?
F: なんかじゃないでしょ。 それじゃあ、まるで遊びに行く格好じゃない。
M: そんなことないよ。 ちゃんと、ジャケット着てるし。
F: ジャケット着てたって、その頭は何。 ちゃんととかしなさい。
   そんなボサボサじゃ、うっとうしいわよ。 それにシャツだって、
   その色は派手すぎるんじゃない? ボタンもちゃんと上まで留めて。
   面接なのに不真面目でしょ。
M: 大丈夫だよ。 俺、白いシャツよりピンクのほうが似合うし、
   ネクタイしてるわけじゃないから、ボタンだってこれで普通だよ。
   カフェのバイトなんだから、そんなに堅苦しくしなくても
   いいんだって。
F: カフェならもっときれいにしなさい。 洋服は許せても、それは
   マナー違反よ。

皆さん、この答えはお分かりですね。
でも、確かに 物凄く「曖昧」な指示だと思いませんか?
文脈から 指示語の「それ」がなんであるかを即座に分からなくちゃ
いけないですよね。 まあ、試験問題ってこともありますけどね。

そこで、上の会話を 英語に翻訳するようなつもりで、
いわゆる主語などを入れながら 説明的に出来るだけ明確に書き直してみます。
追加したところは ( )で表示。

M: (俺は)バイトの面接に行ってくる。
F: ちょっと(待ちなさい)! 
   (あなたは)そんな(変な)格好で(面接に)行くの?
M: 何、なんかだめ(なことがある)?
F: なんか(だめという言い方は良く)ないでしょ。 
   (あなたのその格好)じゃあ、まるで遊びに行く格好じゃない。
M: (これは)そんな(遊びに行く格好という)ことないよ。 
   (俺は)ちゃんと、ジャケット着てるし。(問題はないよ。)
F: (あなたが)ジャケット着てたって、その頭(髪の汚さ)は
    何(ですか)。
   (あなたは)ちゃんと(髪を)とかしなさい。
   そんなボサボサ(の髪)じゃ、(他の人に)うっとうしいわよ。 
   それに(その)シャツだって、その色は派手すぎるんじゃない? 
   (シャツの)ボタンもちゃんと上まで留めて。
   面接なのに(あなたの格好は)不真面目でしょ。
M: 大丈夫だよ。 俺、白いシャツよりピンクのほうが似合うし、
   (俺は)ネクタイしてるわけじゃないから、ボタンだってこれで
   普通だよ。
   カフェのバイト(の面接)なんだから、そんなに(服装を)堅苦しく
   しなくてもいいんだって。
F: カフェ(のバイト)ならもっと(見た目を)きれいにしなさい。 
   (私は)(あなたの)洋服は許せても、(ボサボサの髪の毛の)
   それは(飲食店の)マナー違反よ。

こう書いてみると、かなりくどい言い方になりますね。
アスペさんの特徴である「話し方が回りくどい」に通じているかも
しれません。

こちらに その例が書かれています。
http://homepage3.nifty.com/kei-nonbiri/step02/step02-1.html
久しぶりにあったので「最近どう?」と何気なく聞くと「どうって、何のこと
ですか?元気かという意味ですか?勉強のことですか?友人関係のことですか
、それとも家族との関係を聞いているのですか?」などと細かく聞き返される
ことがあります。その場で何が話題になっているか、言外の意味を汲み取る
ことが苦手なのでどうとでもとれる曖昧な質問には答えることが難しいのです。
問いかけはなるべく具体的にする必要があります。

外国人の日本語の場合は、そこまでくどく、具体的に話す必要は
ないだろうと思いますが、日本語はかなり省略されることが多いことも
事実だろうと思います。
特に その7で書いたように、意味を正しく伝えるために正しい助詞を
使おうと思ったら、省略された文を補ってみないとよく分からないのです。

 

 

 

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2011年1月12日 (水)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その8

福山雅治が旅人を務める NHKスペシャル「ホットスポット 最後の楽園」
見ました?
第一回のマダガスカル ~太古の生命が宿る島~ っていうのを見たんです。

マダガスカルに住む珍獣 アイアイ。
むちゃくちゃ「オタク」な珍獣だと思いませんでしたか?
一応 霊長類なんだそうです。

手の中指が異常に長く細くて、その指を使って キツツキみたいに
木の幹をコンコンって叩くんですよ。
なんで叩くかっていうと、大きな耳で 叩いた時の音をじっと聞くんですね。
鉄道の保守検査員が 線路や車両のあちこちをハンマーで叩いて、異常音を
聞き分けるように 木の内部に虫が入っているかどうかを聞き分けるんです。
それで、虫が中にいるってことが分かると、その強靭な歯でもって
木の幹を食い破り、中にいる虫を長い指で引っ張り出して、
おまんま頂戴するってわけです。

生物の進化ってのは、どうやって こんな動物を生み出すんでしょうね。
植物だって 特定の昆虫を利用して 花粉を運ばせるような特殊な仕組みを
もっているものがあるじゃないですか。

「必要は発明の母」って言いますけど、「必要は進化の母」なんでしょうかね。
動物自身が そういう能力が欲しいって思うから そういう進化を歩むことが
出来るのか、あるいは 遺伝子レベルにそういう意志があるのか・・・

さて、なんで こんなことを言い出したかっていいますと、
アスペルガー症候群の人っていうのは 人間のそういう意識下の意志が働いている
飛びぬけた人なんじゃないかって連想したんです。

つまり、古代にあるタイプの猿がいた。 その中のあるものはゴリラや
チンパンジーに進化していった。 そして人類も出てきた。
そして、たまたまマダガスカルの孤立した島で 虫を食べることだけに
特化した、指の長い猿 アイアイが出てきた。

いろんな環境に、特殊な環境に合わせて生きる術を追い求めているうちに
木の中に潜む虫を探し出す能力が備わった。

元々はひとつの種だったのが、環境の変化に合わせて分岐、進化した結果なわけですね。

そうだとしたら、やはり今の人間だって その進化の過程にあるわけで、
アスペさんってのは 今の人間が意識下で求めている意志を ある意味
体現している人たちなんじゃないのかって 思ったわけです。

例えば、「定型発達者」ってよばれる いわゆる健常者ってのが
養豚場で飼われて 一定の品質や味の型にはめられて飼育されている豚だ
とすると、その豚の中に 豚の生きる道を模索しながら 自然な進化、
豚が生きるために意識下にもっている意志に従って 次なる発展をしようと
している個体も出てくるんじゃないか。
そういう「さきがけ」豚は 不良品として つまはじきされるってことです。

科学の進歩によって 急激に人類としての生活環境が変化している中で、
次なる進化をしようとしている人たち、もしかしたら アスペさんたち
がいるんじゃないかって・・・。

人類がなんらかの形で生き延びていく為には、様々な形で
今は定型から外れている、異常と思われるような進化をする人たちが出てくる
んじゃないかって思うわけです。
様々な形でと言うのは、ある意味多様な「オタク」だってことです。
ある特殊な能力を発達させることによって、どの能力が生き延びることに
つながるかは結果次第なんでしょうが、いろんな方向に「オタク」が
発展することが 人類を次の時代に残すための希望の種になるんじゃないか。

アスペさんたちの中には 天才と呼ばれる人も多いそうです。
これは本当かどうか、どうやってそう認定したのか知りませんが、
インターネットで検索してみると 以下のような名前が出てきます:

http://kinpachisensei-2007.livedoor.biz/archives/50596099.html
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ガリレオ・ガリレイ、グラハム・ベル、
ベートーヴェン、織田信長、ビル・ゲイツ、アインシュタイン、
ゴッホ、トーマス・エジソンなど

トム・クルーズ、ベンジャミン・フランクリン、ヘミングウェイ、
チャップリン、長島茂雄、坂本竜馬、黒柳徹子、クリントン大統領、

http://www.characterlibrary.com/handy/320_1.html
世間一般的にはマニアック呼ばれるように特定の分野において驚異的な
能力や才能を開花させる場合があります。

これらサイトの真偽のほどは 私には分かりませんが、
もし 自分はどうかな? と思った方は こちらに自己診断の
サイトがありますから、どうぞお試し下さい。
http://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.html

この診断サイトの元になっている大学教授による文献はこちらです:
http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_f/F-112/05.pdf

この文献によると、       総得点
アスペルガー症候群のグループ  37.9
健常者・社会人グループ     18.5
健常者・大学生グループ     20.7

33点以上はアスペさんである可能性が高いそうです。
ちなみに 私もやってみましたが、総合得点で 13点でした。
一般社会人の平均値よりもかなり低いですね。

私はいわば安全圏の低い得点なんですけど、なんだか ちょっと がっかりなんです。
私は どんな方向にも 「オタク」じゃないってことが証明されたような
もんなので・・・(悲)

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外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その7

「その4」のページに このような引用をしました。
「あの人にそのことを言ったら、ダメだって言うので、
  やっぱりやめることにしたんです」
なんて言い方できるでしょう。英語では不可能な表現法です。

これをあなたは どう理解します?

私がこれを日本語の生徒に説明するとしたら、下のように補足します:

(私が)あの人にそのことを言ったら、(あの人は)それはダメだって
言ったので、 (私は)やっぱりやめることにしたんです。

要するに 主語がころころと入れ替わるってことですよね。
これじゃあ、論理的なの?って聞かれたら ??? ですよね。

(彼が)あの人にそのことを言ったら、(あの人は)それはダメだって
言ったので、 (私は)やっぱりやめることにしたんです。

だっていいわけでしょう?
「日本語に主語はいらない」って言っている学者もいるぐらいなんです。
http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai

これは 背景にある人間関係と何のことを話しているかを事前に
知っていなきゃあ 無理ですよね。

まあ、日常でも、ちょっと忘れっぽい人なら:

「あれ、あれ、 あれ どうしたっけ?」
「ああ、 あれ? あれなら あの人が あれしてくれたから・・」
「ああ、そうか。 そうだった。」

ってな話はよくある話で・・・・

さて、さらに 皆さんに質問です。
下の___のところに ひらがなをひとつ入れてください。

子供の時は、 母のこと__a__ ママ__b__呼んでいました。

ろうそく___c_____ 火___d__つけてくださいませんか。

友達___e__ 「やめたほうがいい」と言われた。

別の問題。 「限る」という言葉を入れるとしたら どんな形でいれますか?

このプールの利用は中学生以上の人に_____f______いる。

a = を  b = と
a = は でもいいですよね?

c = に  d = を
c = の でもいいですよね?

e = に
e = が 、 は  でもOKでしょう?
でも、この場合は 誰が誰に言われたのかが 変わってしまう。

f = 限って ?   限られて ?
「限って」だったら プールを運営している側からの視点。
「限られて」だったら プールを利用する側からの視点。
だと思うんですが、実際には、「限られて」という言い方を
運営側が使うでしょう?
運営側が「限っている」と言うと あまりに強圧的だから、
「限られている」って 他人事のように言うわけですよね。

ですから、日本語って、状況説明、つまりは
文脈がはっきり分かるように書かれ、あるいは話されないと、
次の言葉は正確には言えないってことになりませんか?

アスペさんが、最初に特徴を引用した中で、 
微妙な文法的な間違いがある。助詞が抜けたり、不正確な使い方だったり。
受身文で混乱したり。
・・・とされる理由は この辺りにあるんじゃないでしょうか。

「定型発達」の日本人同士でも、もしかしたら 相当 誤解しながら
コミュニケーションをしているんじゃないかって 思うわけです。

これって、日本語教師の職業病でしょうかね。(笑)

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2011年1月11日 (火)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その6

もう何十年も昔の話ですが、映画で見た記憶があります。
「バベルの塔」って言うんですか、旧約聖書の創世記の話だそうで。

その頃は人類の言語はひとつしかなかったのに、人類が神に盾突くような
ことをしたってんで、神が人類の言語をバラバラにしたって話。
それでお互いにコミュニケーションがとれなくなり、力を合わせることが
出来なくなっちゃった。

言語というのは 本来 コミュニケーションをする為の道具ということ
なんですが、反対に コミュニケーションを阻害する道具にもなっている
ってことですね。
日本だって 江戸時代ごろまでは 方言がはっきりしていて、隣の藩の
言葉は さっぱり分からんという状況もあったわけですよね。

自分の身内の範囲だけでコミュニケーションが出来ればいいんだ、
って状況が実際にあったわけでしょう。
フィリピンだって細かく数えれば言語が100以上あると言われているし、
主な言語だけでも10種類くらいあるそうです。
西アフリカのベナン共和国だって、700万人の人口で、民族言語が
数十あるって言われていますからねえ。

こうなると、言語ってのはコミュニケーションを邪魔するために
あるようなもんですよね。

さて、外国人が日本語を勉強して、その能力を測る目安として
日本語能力試験ってのがあるんですが、その試験内容・方法が
2010年度から変更になったんですね。

それで、その変更の理由、方向性なんですが:

「言語コミュニケーション能力」を重視するとなっているんです。
日本語に関する知識とともに、実際に運用できる日本語能力を重視します
と言う事です。
平たく言えば、会話能力ってことですね。

で、どういうレベル、認定の目安になっているかっていうと、
N1レベル(旧1級)では、「読む」と「聞く」の「聞く」能力については:
幅広い場面において自然なスピードの、まとまりのある会話やニュース、
講義を聞いて、話の流れや内容、登場人物の関係や内容の論理構成などを
詳細に理解したり、要旨を把握したりすることができる。
となっています。

・・・これはこれで 普通だと思いますが、ここで問題は、
「幅広い場面」「話の流れ」「内容の論理構成」ですかね?

で、新試験についての「よくある質問」の中で、ちょっと面白いなと思ったのは:
日本に関する文化的な知識そのものを問う問題はありません。
文化的な内容が問題に含まれる場合もありますが、その知識が
なければ解答できないような問題は出題しません。

・・・これも 非常に妥当な話だと思います。

・・・だとは思うんですけどね、どうなんでしょう?
日本語ってのが、今までみてきたように、相当 「暗黙のルール」に
基づいた、「曖昧な表現」で、それもなかなか「表現しない日本人」が、
「非言語コミュニケーション」をやってるのが現実だってんですよ。

上の認定の目安に突っ込みを入れるとすれば:

「幅広い場面」ってのを説明的に表現したら 日本語じゃなくなる?
「話の流れ」って「曖昧な日本語」で理解できるわけ?
日本語に「論理構成」なんてのが あるの?

いや~~、本当に 試験問題を作る人は 偉い!

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外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その5

このタイトルの最初のページに アスペルガー症候群の特徴を引用し、
その中で日本語学習者にも見られるものに A~Kの記号を
つけました。

このA~Kの内容を整理・要約してみると、次のように区分できるかと
思います:

A = 日本社会・文化の暗黙のルール
B = 日本語の曖昧な表現
D = 日本語の文法上の問題
F = 場面における意味・使い方の違い
G = 日本の非言語コミュニケーション
I = 文脈による意味の違い
J = 意味の理解の違い

そして、このアスペルガー症候群の特徴の7つの区分の記号を、
すでに書いた 「アメリカ人の日本人観」の抜書きのひとつひとつに
当てはめて記入してあります。 
(その3とその4を参照してください)

抜書きの内容によっては 二つに当てはまると思われるものもありますが、
合計するとこのようになりました:

A = 17
B =  7
D =  3
F =  3
G =  4
I =  0
J =  3

この数字には 統計的な意味などありませんが、
要するに、多くのアメリカ人が日本語を観ると、その特徴として
日本社会あるいは文化に潜む暗黙のルールがあって、
非常に曖昧な日本語の表現と 非言語コミュニケーションに
悩まされるということにでも なるでしょうか。

ここでは、日本語教育そのもの、つまり、文法、場面、意味、文脈など
日本語教師が大事だと思って実際に教えている内容とは別の側面が
浮き彫りになってきます。

端的に言えば、「日本語だけ勉強しても、日本人はわかんない」
ってことになりますかね?  
裏返して言えば、
「暗黙のルール」「言葉の裏にある本音」「仕草表情の意味」が
理解できなければ 日本語、日本人は理解できない・・・!?

しかし、よくそれで「言語」って言えるよね。

「暗黙のルール」ってのは 日本人にしか分からない社会的な
決まりごと。 タテ社会、相手に対する自分の立場を踏まえた
ものの言い方。 つまり、敬語などの使い方でしょうか。
それがまともに、場面に合わせて使えないと、
「なんだ こいつは!」ってことになる。

「言葉の裏にある本音」というのは、「はい」と言いながら、
それは方便であったり、とりあえず「あなたの言いたいことは
分かった」というだけの意味で、意見の内容に賛成なのか反対なのか
を曖昧にした表現。
これじゃ 「日本人は嘘つきだ」と言われてもしょうがない。
(日本人は 「フィリピン人は嘘つきだ」なんてことをよく
言うんですけどね・・・)

「仕草、表情の意味」、非言語コミュニケーションの意味は、
にやにや、あるいはニコニコ笑いながら、相手の話を好意的に
聞いているように見せながらも、本心は違うよ、ってことでしょうか。
こりゃあもう、日本人同士でも難しい。
これには、お客が来ると奥さんは台所に引っ込んで 旦那のお客の
ために酒のつまみをせっせと作り、話の相手はしない、ってことも
含まれるんでしょうね。

これじゃあ、アスペさんたちには酷な社会、言語としか
いいようがありませんね。

こんな言語を教えなきゃいけない日本語教師は どうすりゃいいの?

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「3M」の恐怖!!

ちょっと いきなり別のトピックですんまへん。
3Mって言っても なにも国家、企業の機密を暴露する ウィキリークス
じゃありません。 ご期待に沿えず 申し訳ない。

世の中には 「3K」とか「3高」とか言われるものがありますね。
きつい、汚い、危険 な仕事が 3Kの仕事。
これはブルーカラー、いわゆるガテン系の仕事でしたが、

新3Kってのもあったそうで、
きつい、帰れない、給料が安い、だそうです。
これはIT関連の仕事に使われたとか。

3高と言えば、昔の 結婚相手の条件でしたね。
背が高い、学歴が高い、給料が高い。

これも新3高ってのがあったそうでして、
顔、金、車、だそうです。

実は、今日、日本語の授業の中で この「3高」が出てきまして、
上のような意味なんだよって 生徒に解説したわけです。

その時に、好奇心で、
「フィリピンにはこう言う言葉ってあるの?」
と聞いてみたんです。

・・で、生徒いわく、
「MMMというのがあります。」
と大笑いしながら話してくれたんです。

「MMM、 3Mですか?」
「はい、センセイ。 3Mです。」
「なんのMなの?」
「M#$%&、 M*+@<&%、 M!#&%$ です。」
「はあ~? それ どういう意味?」
「金持ち、年寄り、早死に、っていう意味です。 あはははは・・」

Mで始まる言葉は すべて フィリピンのローカル言語なんですけどね。
もう、お分かりですね。

この生徒たちは いわゆる山岳民族出身の素朴な若い女性たちですよ。
まあ、かなり冗談なんでしょうが、すべて冗談と言い切れないところが
恐ろしいところでして。

賢明なる日本の貴兄に告ぐ、
3Mの恐怖にはまることなかれ!! 

って、余計な御世話ですかね。(笑)

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外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その4

ひきつづき、
「アメリカ人の日本人観」(宮本美智子・水沢まこと著)
1982年 草思社 発行
からの抜書きです。

AJ)ぼくなんかは学生時代、よく友だちと日本人のことを
  ”われわれ根性”って呼んでた。 日本人がアメリカ人にシリアスな
  意見を言う時には”われわれ日本人は・・こうする、ああする・・”
  ってなるでしょ。
  ・・・
  言葉の違いは文化の違い、日本人のどこがアメリカ人と違うかと
  言ったら、究極、言葉が違うと言ってもいいと思う。

AJ)日本語を話しているときと英語を話しているときと、パーソナリティ
  (人格)が変わるわけ。 だからアメリカ人が日本語をじょうずに
  話せるようになるには、自分の中に”日本語バーソナリティ”を
  見つけ出さなくちゃいけないわけ。

A) ”言葉”の問題なのね。 言葉といっても単に学校で教えてもらう
  言葉じゃなくて、あの人に対してはこういうつき合い方をしたいから、
  こういう風なことを言ったほうがいいとかいう判断ね。

AG)日本人って言葉には出さないけれど、別に表現しないというわけ
  じゃないでしょう? 言うことよりも言わないことのほうに意味が
  ある場合が多いのね。 それが大事なことだったりする。
  その大事なことを分かるのがむつかしい。 相手の気持ちを
  読むことが・・・。
  しかも、自分の気持ちを日本人のような方法で表すのは、
  もっとむつかしい。

A)二人の会話の中で、自分の立場は何か、そして相手の立場は何か
  ってことが、いつもはっきりとしているわけ。 ところが、
  アメリカ人の間では、なんでも決まっていることが少ないから、
  その分自由だけど、かえって自分の立場が曖昧だと思う。
  その結果、アメリカ人同士の会話には、不快感とかぎこちなさとか
  が生まれやすい。

AF)ある意味では、日本の女の人が日本の男を”おい”とか”おまえ”
  と呼べるようになるまでは、日本の男女関係がアメリカの男女関係
  のように、平等にはならないでしょうね。
  ・・・・
  言葉が文化を決めていくわけ。 ”あなた”と”おまえ”は
  同じ”YOU”だと言っても、実際には全然違うものね。

AJ)なぜ日本人が国際的にならないかというと、日本人に外国のことが
  分からないのではなくて、日本人は自分の国のことや文化や言葉
  を外国人に分かってほしくないと・・深いところでは思っている
  からだと思うなあ。

AF)アメリカでは伝統的に文章にはたいした関心を払わないんです。
  会話、つまり語られた言葉の方が書かれた言葉よりも重要なのです。
  ところが日本は反対でしょ? (書き言葉・話言葉)

D)英語ですと、時制、間接話法、直接話法という規則があって、
  自分の考えを表現するには、このルールにのっとるでしょ。
  それが日本語だと人の考えや思いまでが自由自在に作家の
  コントロール下に置かれるのです。 例えば日本語では
  「あの人にそのことを言ったら、ダメだって言うので、
  やっぱりやめることにしたんです」なんて言い方できるでしょう。
  英語では不可能な表現法です。
  「源氏物語」を読むと、日本語のそういった自由自在な流れが
  よく分かるんですよね。

A)コミュニケーション用としては、日本語は英語よりもずっと便利に
  できている言葉です。 例えばぼくが親戚の叔父とかハーヴァード
  で教えてもらっている教授と電話で話すとき、英語には相手への
  尊敬の気持ちを表す言葉や言い回しが全くないことに気がつきます。
  ・・・昔は仮定法というのがあって、便利でした。
  If you would like to ~ とか You should like me to ~
  という丁重な言い方ね。 今は実際にはほとんど使われなく
  なってきています。

BG)どこの国の人間に対してでも、うまい悪口があるもんだ。
  例えばアメリカ人は 声が大きく、がさつで、プラスチックの
  まがいもの風、物質主義。
  イタリア人は 怠け者、色きちがい。
  ドイツ人は吸血鬼。
  日本人はというと ずるい、陰険、不正直・・・

さて、いろいろと抜書きをしてまいりましたが、どう思われますか?

少なくとも アスペさん達にとっては、日本、日本語というのは
むちゃくちゃ住み難い、使いにくい代物だとおもいませんか?

次回は これを基に アスペと日本語、そしてコミュニケーションと
日本語教育を考えてみます。

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外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その3

さて、その本というのは
「アメリカ人の日本人観」(宮本美智子・水沢まこと著)
1982年 草思社 発行

この本には「240人のアメリカ人とのインタビュー」とあります。

この中から、日本語という言語はどんな言語だと思われているのかという
視点で 面白い言葉を拾い集めてみましょう。

D)これだけ難しい日本語を学び、マスターする日本人というのは、
  こと”学ぶ”という点にかけては大エキスパートではないかと
  思うのです。

B)大半のアメリカ人は他人との関係において、何よりもヴァーバル・
  コミュニケーション(言葉を使ったコミュニケーション)を重視 
  するんです。自分の思っていることを日常、言葉にし、口に出して
  伝えていこうとするんです。
  これに対して日本人は、ものごとの中心ではなく周辺を
  遠まわしに探るという方法をとるでしょう?
  大半のアメリカ人は、日本人のこういうコミュニケーションのし方に、
  ひどいフラストレーションを感じているんですよ。

AB)アメリカ人の間では、話し合いとかディスカッションをすることが
  よりよい理解と人間関係をつくり出すのですが、日本人はそういった
  ことを避けるようですね。 ・・・アメリカは毎日が戦争みたいで、
  本当に疲れますからね。

AB)日本では、日本人マネージャーが下の者に「こうしなさい」と
  いった細かい指示までは与えませんが、下の者は当然、気を配り、
  気をきかして仕事をするわけです。
  アメリカでは”気をきかす”なんて美徳はないのですね。

A)私は丁重な日本語を学びましたので、丁重な日本語を使います。
  私は日本語の言語としての質のせいでこういったやりとりを
  学んだのではないかと思っているんです。
  英語でしたらとてもこんな風には丁重さを学ぶことができない
  かもしれませんね。

BD)アメリカ人は一番大事なことを、文章で言えば頭のほうで、
  話でいえばまず最初に言ってしまうのに、日本人は一番大事な
  ことを最後に言うのです。
  だから、アメリカ人にしてみると日本人のやり方は遅いとか
  よくわからないとかいう不満になります・・・

B)日本人はアメリカ人に比べると、たいへんに間接的な表現が
  多いのです。 ・・・日本人ビジネスマンの意図や思いを
  つかむのは簡単ではありませんでしょう?
  相手に十分分かってもらえたかどうかを確信できないことも
  あります。

BG)日本人は基本的に”言葉によるコミュニケーション”をしないのです。

A)日本のやり方は、いわゆるタテ社会の日本でしか通用しないもの
  ではないかと思うんです。 アメリカとはあまりにも条件が
  違いすぎます。 日本のように地域性や人種の単一性からくる
  人間同士の”信頼関係”がすべての基礎になっている国と、
  アメリカのように世界中の人間が集まっている国とは違うんです。

             
A)日本では外国人が日本語を話すということはかえって具合の悪い
  ことが多いんです。・・・・本当にじょうずに話すと、
  イヤーな顔をされるんです。 ”変なガイジン”として敬遠
  するんですよ。

AG)たしか体育の時間のあとだったと思いますが、・・・
  講堂に集まって木の床の上に「着席!」って言われたんです。
  アメリカでは体育館で体育のときは男も女もおかまいなく
  自由に足を組んで座りますね。 私はそんなつもりで床の上に
  座ったんです。 そうしたらみんながギョッとした顔をして、
  「あの子はあぐらをかいている!」って言うんです。
  ・・・男の子から「やっぱりガイジンだ! ガイジンだ!
  日本人じゃないんだ!」と言われたんです。
  (この本人の両親は日本人で、ニューヨーク生まれ)

A)(日本の小学校に)制服があることにも驚きました。
  パブリック・スクールに行っていた私としては
  「なんでこんなもの着るのかしら」という感じでした。
  制服をみんな着て、登校するときは班ごとにまとまって、
  背の高さの順に並んで、一人が旗をもって・・・
  そんな風に歩くのがとても不思議でした。

A)アメリカにも人種差別はあります。
  ところが、アメリカでは自分の権利を主張し、差別と闘うことが
  可能です。 ・・・日本だと、闘うどころか、私自身が日本の
  社会に合うように変わらなくてはなrません。

まだまだあります。 次回 その4 に続きを・・・・
 
 

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2011年1月10日 (月)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群 その2

実は、私のコミュニケーションに対する考え方は:
所詮人は孤独である。 
人は他の人の真意など分かりはしない。
一人ひとりが持つ言葉の意味はその育った、あるいは教育環境の
違いによって異なるのだから、理解し合えない。
・・・という考えが底辺にあるのです。
日本語教師としては あるまじき考え方でしょうかね?

ですから、先に引用した
「こうも定形発達者は比較好き、競争好きなのか」
という言葉が 非常に的を射たもののように思えてなりません。

「定型」であることが 言葉の運用においても重要だと言う事です。
ただ、その定型というのがいろいろある。
こちらではひとつの定型の中に入っていた者が、別の場所に行くと
もう非定型になってしまう。

それは、場所が異なるということもあれば、どんなグループに属する
かや、どんな時代に育ったかによっても違うということになります。

様々な条件がたまたま同じ人間同士の間でのみ ある定型が存在
しえると言う事になってしまいます。

日本人同士であっても、
「最近の若い者は 言葉の使い方ひとつ 知らない。」
「変な茶髪の連中と付き合っているのか、おまえは!」
「就活をやるんなら やっぱり黒いスーツでしょ。」
「関西の人間は ずうずうしいよね。」
「あの人は 本当に気を使わない人だね。」
「ぶぶ漬けでも・・・」
等など・・・
そして 「あいつは KYだな。」ってことになる。
挙句の果てに、些細なことで いじめや差別。

こういう些細な違いが満載なのが 外国人かもしれない。
日本人でさえ難しいのだから 外国人なら当たり前・・・か?

さらに厄介なのは、日本語の本音と建前だ。

「お近くにいらっしゃいましたら、是非 我が家にお立ち寄り下さい。」
この言葉を信用したら エライ目に会うのが 日本である。

ある本(1982年発行)にこんなことが書かれていた:

ある夜五人ほどの日本人と集まって酒を飲みながらしゃべっていた。
たしか、あのときは三島由紀夫について話していたんだ・・・。
話が終わって、それぞれが自分の部屋に帰ろうとしたときのことだった。
五人のうちの一人がぼくに言ったんだよ。
「われわれがイエスと言ったからって、あんたの意見に同意したって
わけじゃないんだ」とね。
ショックだった・・・。 ぼくは本当にびっくりしてしまったんだ。

この文章を書いたのは、アメリカ人。 プリンストン大学卒業。
地方紙の記者の後、1977年に来日。 貿易研究会で英語教師。
その後、編集者・小説家。

次回は この本から ヒントになる言葉を拾い集めてみます。

 

 

 

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2011年1月 9日 (日)

外国人の日本語 と アスペルガー症候群

世の中には アスペルガー症候群という発達障害、自閉症の一種がある
のだそうです。 「知的な発達が正常な自閉症」とも呼ばれています。
先日 NHKテレビを見ていて 初めて知りました。

これはインターネットなどで調べてみればみるほど、病気と呼ぶには 
いささか抵抗感を感じる症候群のように思います。
実際 研究者によって いろいろな見方があるようです。

いくつかのサイトからその特徴を拾ってみますと:

http://homepage3.nifty.com/kei-nonbiri/step02/step02-1.html
ー 自閉症の3つの主な症状のうち、コミュニケーションの障害が
  軽微である。
ー 知的には正常な者が多いが、社会性の障害がある。
ー 興味の著しい偏りや、没頭、儀式行為などを持つ。
ー 不器用な者も多い。
ー 接し方のルールが分からず、無邪気に周囲の人に対して
  迷惑なことをしてしまう。
A 暗黙のルールが分からず 嫌われたり、虐められたりする。
ー 誰彼かまわず質問を浴びせかける。
  関心のある話題を一方的に話しかけたりする。
B 曖昧な聞き方をされると意味がつかめない。
ー 話し方が回りくどく、細かいところにこだわる。
C 場にそぐわないほどの丁寧語を使う。
D 微妙な文法的な間違いがある。
  助詞が抜けたり、不正確な使い方だったり。
  受身文で混乱したり。
E「もらう、あげる」「いく、くる」など視点の違いで異なる
  表現を間違える。
F ある言葉が使える場面を勘違いしており、場面にそぐわない
  使い方をする。
G 非言語コミュニケーション、つまりジェスチャーなどの
  意味の理解が独特。
ー 機械的記憶力が優れていることが多い。
  ある種の情報を集めることに熱中することが多い。
ー パターン的行動があり、生真面目すぎて融通が利かない。

もうひとつのサイトも覗いてみましょう:
http://sana0329.cocolog-nifty.com/silent_voices/2005/07/post_4033.html
ー その場に合わないしゃべり方や単調すぎる話し方、
  また音量調節の不適切さ。
ー 思ったことをすぐ口に出してしまう。
H 親しさと相手との距離をうまく理解できない時に、
  異常にフランクな言い方や、呼び捨てや、命令口調になる。
ー 普段の会話が苦手であったり、文章を書く才能に非常に恵まれる
  人もいる。
I 言葉の意味が 文脈やその場の状況に合っていないことが
  分からない。
  言葉には複数の意味があって、状況に応じて使い分けられている
  ことへの理解が不十分。
ー 話題がずれたり、急に変わったり、連想ゲームのように
  なることがある。
J 自分が発した言葉について、相手が自分と同じように受け止めて
  いないということが理解できない。
K 自分の分かるようにしか相手の言葉を受け止めることができない。
ー 表情や仕草を読み間違う。
ー 誤解、思い違い、食い違いなどに対して、適切に対応することが
  苦手で、お互いにストレスを与える。

たまたま、私が見たテレビ番組では、子供達には人気のある先生が
職場内の大人の関係がうまく作れずに退職に追い込まれたと
紹介されていました。

アスペルガー症候群のご本人のサイトもあります:
http://agekeizouin.blog133.fc2.com/blog-entry-318.html

このサイトの人もアスペのご本人で、話し方について
興味深いことを書いています。:
http://maminyan.blog5.fc2.com/blog-entry-425.html

ここに
「よくよく読むと、こうも定形発達者は比較好き、競争好きなのか
…という読み方もできる。」
とあります。

「定型発達者」というのは病気じゃない人のこと。
「定型」というのが なかなか意味深だと思いませんか。

で、私が見たというテレビ番組はこれなんです:
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2010/12/22/01.html
アスペルガー症候群
人づきあいが苦手という人の中には、40代になって発達障害の一つ
「アスペルガー症候群」だと分かる人もいます。主な特徴は
「コミュニケーション能力や社会性に 問題がある」「空気を読んだり
 あいまいな表現が苦手」「こだわりが強い」など。

処世術の例
・井戸端会議の会話例
「○○って何?」
→「ねぇねぇ ちょっといいかな、○○ってなんのこと?」

・パート先の上司との会話例
「○○って どうするんですか?」
→「すみません。○○について分からないんですけど   

そこで、私もちょっと 日本語教師の立場で、日本語がまだ流暢ではない
外国人のことを連想したわけです。

上の抜書きにつけた A~Kの特徴は、日本語学習者にも
よくあることだからです。

・・・・で、これを材料にして、ちょっとアスペさんたちとは
関係ないのですが、日本語教育のことを考えてみたいと・・・

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