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2011年6月 9日 (木)

「『教行信証』を読む」を読む - その3

超難解だっていうことは分かりました。

・・・で、この教行信証はどんな構成になっているのかってところを引用してみましょう。

(  )の中は私のコメントです。

p vi 

親鸞はこの『教行信証』というタイトルによって、それだはいったい何を主張しようとしたのか。 ・・・端的にいってしまえば、この教、行、信、証は、主題を浮き彫りにしていくためのたんなる「目安」にすぎないものではないか。 すなわち「目次」の役割しかはたしていないと言うべきだ。 主題を構想していくだめの、原典(教)、実践(行)、信心(信)、悟り(証)の四本の軸である。

つまり、「教・行・信・証」と言う本の題名は、そこに書かれている内容の主題ではなくて、 「原典・実践・信心・悟り」というプロセスについて書きますよという、つまり「目次」を表すような名前になってしまっているってわけです。4本立てのね。 もっと平たく言うと、ある主張をもつ本を 文章の起承転結を意識して書きました。 そして、その本のタイトルを「起・承・転・結」にしちゃいました、ってことですね。 )

p31 

この二主題、一目標を解き明かしていくために、かれは「教」と「行」と「信」の三つの柱、つまり論証のための三つの思考軸を取りあげると言っている。 そのことを通してはじめて、阿弥陀如来の救済力の真実性が証明されるはずだと言う。

(これは、本編に入る前の「序」のところなんですが、いちおう二つの主題とひとつの目標があって、その為に 原典・実践・信心について書いていこう、ってことですね。)

p58 

「教行信証」という未開拓の荒野に新たに鍬を入れようとしている。 そしてそのためにこそ、いま自分は眼前にうず高く積まれている大乗経典の山のなかからこの「大無量寿経」だけを選びださなければならないのだ、と言って「教」巻をしめくくるのだ。

さて、「教」つまり原典については、「大無量寿経」という本が一番大切なんだって言っているんです。 この本は「大経」とも呼ばれているらしいんですけど、この「大」は浄土真宗で一番大事だから「無量寿経」の上に足しているそうです。 「無量寿仏」は「阿弥陀仏」の意味で、「無量寿」ってのは「寿命が無限だ」ってことだそうです。)

p74 

行と信は一体である、という宣言と解していいであろう。このようにみると、この「行」巻が「序」と「教」巻の命題を忠実に引き受ける形で論じられようとしていることがわかる。 人間は死んでいったいどこに往くのか(往相の問題)、そしてそのために実践されるべき行、すなわち念仏はつねに信と一体のものでなければならない、ということである。

p76

とにかくそこには、「行」か「行信」かをめぐって逡巡し迷いつづける親鸞の姿がある。 そのことが未決定のまま「念仏」の選択という課題に直面している親鸞がいる。 そしてその点こそが、おそらく師の法然の立脚地とは異なる親鸞の立場だった。 「選択本願念仏」といった師の選択の方法とは性格を異にするものだった。

(ここでは、正式名称では「顕浄土真実教行証文類」と「信」が抜いてあるのに、略称では「教行信証」と呼んでいる不思議がどういう理由によるものかと謎解きをしているわけです。 行と信は一体、つまり実践と信心はひとつのものだから、ってことみたいですね。)

p80 

かれの信仰のマニフェストとでも言うべき「正信念仏偈」がそれだった。

これは正信の念仏を讃える詩篇と言ってもいいものだが、親鸞自身の手になる念仏讃歌である。 全体で七言、一二〇句から成り、本願寺教団では、第八代法主の蓮如以降、朝夕の勤行用のテキストとして使われてきた。 民衆伝道に非凡の才を発揮した蓮如の創意によることに注意しよう。 ・・・その蓮如が同時に『歎異抄』の特異な存在にも早くから気づいていたことも念頭においておく必要があるだろう。

(「大無量寿経」からの山のような引用の合間合間に親鸞本人の言葉が出てくるんですが、その中でも重要とされているのが この「正信念仏偈」で、「行」=実践の巻のしめくくりの部分に書いてあるそうです。 http://www.e-sogi.com/arekore/kyo2.html のサイトに紹介されているように、浄土真宗では日常的なお経として読まれているようです。)

p86 

「信」の問題は「信」の問題として独立して考えなければならないという新たな構想である。 ・・・仕切り直しのときが来たのである。 「教行信証」という、単なる四項仕立ての思考枠組をいちどご破算にせよとうながす軌道修正の声である。

・・・第一が、その「信」巻にたいして親鸞があらためて、「序文」を付しているということである。

p91

『教行信証』の「信」巻は、右の「序」のあとにつづいて「大無量寿経」の本文を掲げ、間髪を入れず「五逆と誹謗正法」の問題をもちだしている。 五逆を犯した者は救済の網からもれる。 五逆とは、母殺し、父殺し、聖者(阿羅漢)殺し、仏の身体を損傷する、教団を破壊する、の五つの罪悪をいう。 そして正法(仏法)を誹謗する者も救われることはありえない----「大無量寿経」の本文はそのように主張している。 悪人救済に関する除外規定である。 ・・・しかしその除外規定は、はたして真か偽か、ほんとうにそうなのか、というのが親鸞の問題提起であった。

この「信」のところが例の「悪人正機説」が生れてくるポイントらしいんです。 「大無量寿経」が一番大事だよ~~ん、と言ってはみたものの、そこに悪人は助けてあげないよって除外規定が書いてあったんですねえ。 それなら、悪人ってそもそもなんなの? ってことになっちゃったみたいで。 除外された悪人ってのは、上に書いてありますけど、ここでこの後インドのアジャセ王(闍世王)の父親殺しの話が登場してくるわけなんですね。)

p96

第二の徴候とは何か。 端的にいえば、この「信」巻において「大般涅槃経」(「涅槃経」)という大乗経典が、全体の均衡をほとんど破る勢いで長々と引用されているという事実である。 それが、「信」にかかわる重大事を検証するために欠かすことのできない資料と考えられていたことはいうまでもない。 

(これです、「大般涅槃経」という経典の引用がここで大々的に始まるわけですね。)

p103 

坂東本「信」巻の現形に対面するとき、大きくいって前半と後半に分かれる構成になっていることがわかる。 大局的に言えば、前半は「大無量寿経」の引用を中心において、阿弥陀如来の本願、すなわち大衆救済の誓願をめぐって、その目的を成就するための信心はいかにあるべきかを論じている。

それにたいして後半のほとんどが、「大般涅槃経」からの長文の引用から成っている。 そしてそこで展開されるのが、「アジャセの逆害」(父王殺し)と、そのことから生ずるかれの激しい苦悩を詳述する経文の引用である。 

(坂東本ってのは親鸞の直筆だといわれている「教行信証」なんだそうです。 それを見ると、このアジャセの父親殺しが長々と引用されてるっていうことなんですね。)

p170

「証」巻は、二つの部分から成り立っている。 それまでの「往相」論を総括する前半部分と、「還相」とは何かを論述する後半部分である。 

p171 

往相の道を総括し、そのターミナルとしての「証」(悟り)の境地を、いわばかれ独自の、トートロジカルな、畳みかけるような記号表現を用いて要約的に述べている。 それにつづけて、例によって「大無量寿経」、曇鸞の『浄土論注』、綽の『安楽集』、善導の『観経疏』などの経典、論釈からの引用が配される。

(教行信証の最後の「証」つまり「悟り」のところになってきたんですが、ここでは「往相」と「還相」のことが出ています。  往復の「往」と 帰還の「還」ですね。 あの世に「行って」、そして「戻って」来るってことらしいです。 自分が死んで浄土に行く時が「往相」で、仏さんになった自分が今度はあの世からこの世に戻ってきて他の人たちを助けてあげるってのが「還相」ということみたいです。 ここで、上に書いてあるように、中国の曇鸞さん綽さん、善導さんの経典からの引用がたくさん出てくるってことなんです。)

p179

四門仕立てだった『教行信証』が、こんどは六門仕立てへと編成し直されたということになるだろう。

p181

五逆と誹謗正法のものは如来による救済の網からもれるとする「大無量寿経」テーマと、条件次第では救済が可能であるとする「大般涅槃経」テーマを、どのように矛盾なく統一的に解釈するかということだった。

・・・本格的にその除外規定の検討という仕事に着手したのもそのためだった。 そこから「真仏土」「化身土」という親鸞独自の構想がつむぎだされることになったのである。

(さてさて、教行信証なんだから、「証」の巻で終わりだろうと思っていたら、そうは問屋が卸してくれなかったっていうんですよ。 それで、4本立て上映のはずが6本立て上映になってしまった。 「真仏土」「化身土」という二つの巻が追加されちゃったんですね。

おいおい、そりゃあ看板に偽りがあるだろう、なんてことを言っちゃいけない。 アンコール、おまけ、ですね。 「証」で終わってしまったら、どうも辻褄が合わないってことなんですかね。 矛盾が解消できない、納得できない。)

p192 

「大経」は、五逆の者と正法を誹謗する者を除いている。 「観経」は、五逆の者に往生の可能性があるとする一方、正法を誹謗する者については言及していない。 「涅槃経」は、「難治の機と病」(つまり極重の悪人)の救済の可能性について積極的に論じている。

・・・次の「真仏土」と「化身土」のステージへ展望を示したのであった。 曇鸞の『浄土論註』と善導の『観経疏』の見解を紹介しつつ、「真仏土」と「化身土」へと筆を進めていったのである。

(「証」で終わったら、どうも気持ちが悪いままになってしまう。 だから、おまけをつけた。 「大経」=「大無量寿経」でこれが根本なんだけど、悪人は助けてくれない。

それで、一部の悪人を助けてくれる「観経」=「観無量寿経」を引用したり、あとに残った極悪人でもOKって書いてある「涅槃経」=「大般涅槃経」からも引用してるんですね。 親鸞さんとしては、どうしてもどんな悪人でも助けてくれる教えが欲しかったんですね。 それを求めて、インドや中国の坊さんたちが書いた経典を片っ端から引用したってわけですな ? )

p204 

何よりも、「信」巻の末尾に引照される「大般涅槃経」の文章こそ、闍世による懺悔の苦悶と釈迦による導きの手が一瞬にして交わす救済のドラマを浮き彫りにするものだった。

・・・『教行信証』全体の網の目のなかに、「懺悔」というテーマがどのような構想のもとに、またどのような形で織り込まれているのかということが、・・・・

(そこで一発逆転の「懺悔」ってのが「大般涅槃経」に出ていたわけです。 どんな極悪人でも「懺悔」をすれば助けてもらえるってことなんでしょうね。 この一発逆転をするために「真仏土」と「化身土」という巻が追加されたようなんです。)

以上が引用と私のコメントなんです。

どうもご苦労様です。 お疲れ様でした。

疲れたでしょう?  これが親鸞さんが「教行信証」を書いた書き方なんですよね。

引用がむちゃくちゃ多くて、自分のコメントがちょこっとある。

本人の主張がどこにあるのか イマイチよく分からない。

・・・で、この調子で 次に行きたいと思います。

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「『教行信証』を読む」を読む - その2

『教行信証』は超難解なんだそうです。

まず、そこんところから読んでみましょうか。

その前に、ちょっと『教行信証』ってのが見た目どんなのかを こちらのサイトで覗いてみてください。

http://www.51717.net/?cat=4

http://www.biwa.ne.jp/~takahara/yakk_01.html

真面目に勉強しようとすれば、上のようなサイト、あるいは漢文で書かれた本を読まなくてはいけないのでしょうが、私にはそんな能力はありません。

なので、こんなサイトを入り口にしてみましょうか。

http://1kara.tulip-k.co.jp/wakaru/201104310.html

このサイトの下の方に、『教行信証』の特徴は?ってのがありますね。

そこに むちゃくちゃ引用文が多いって書いてあります。

これがまず 曲者みたいなんですね。

そして、この本の著者である山折さんは、こんな風にその難解さを書いているんです。

以下は、著書からの引用文です。 pxx は本書のページ番号。

私のコメントは (  )の中。

p x 

親鸞は、あのデカルトの『方法序説』にあたる仕事をやろうとしたのではないのか、と思うようになったのである。

(皆さんご存知のデカルトが書いた本ですね。 「理性を正しく導き、もろもろの知識の中に真理を探究するための方法序説」という本だそうで、「思索の順序を追って書かれている」ということですね。 まあ、思考実験っていうんですかね。)

p32 

『教行信証』という作品を読み解くときの難しさが、まさにこの点に集中的にあらわれて、前方に立ちふさがることになるのだ。 いま私は、親鸞における主題や思考軸に揺れが生じ、目標までが軌道修正を余儀なくされることになると言ったけれども、かれのこころの動揺は、すでにこの総序にあたる文章のなかにその片鱗を見せている。

・・・・ここではそれは「教行証」とだけあって、「教行信証」とはなっていない。 「信」という重要な一文字が欠落している。 いや、意図的に除かれている。

(要するに、親鸞自身の目標やら主題やら思考がはっきり分からんっていっているんですね。 最初から最後まで疑問だらけだってこと。)

p43 

『教行信証』を読むとは、結局のところこのような迷路を歩いていくということなのだ。 親鸞の主題、親鸞の思想に接近していくための、こちら側のもう一つの思考実験の旅、ということになる。 そういう思考の旅をいわば強いられることになるのだ。

(親鸞さんは結局何を言いたいの? って疑問が常に付きまとう、ってことのようです。)

p46 

もう三十年も昔のことになるが、大学院のゼミのテキストにこの『教行信証』を選び、数人の学生諸君と二年間悪戦苦闘したことを思いおこす。 結局は迷路に追いこんでいくだけの二年間だったが、「教行信証」という言葉がどのようなことを意味するのか皆目見当がつかなかったことだけはよく覚えている その思いは学生諸君も同じだったのではないだろうか。 親鸞における主題の主題化という思考実験の深さが、まだ理解できていなかったのである。

(あいやいや~~、読めば読むほど 訳が分からんってことなんですよねえ。 親鸞さんも いろいろ考え考え、実験的に自分の主題を捜し求めていたんじゃないかってことね。)

p235 

その意味において『教行信証』というテキストは、親鸞にあってはまだまだ変貌をとげつづける未完の作品だったように、私の目には映っているのである。

(その挙句に、「未完成交響曲」だっての? う~~ん、参っちゃうね。)

以上のようなわけで、こりゃあ、私ごときが足を踏み入れて大丈夫なんだろうか?

などと悲観的になるわけです。

でも、ちょっと面白そうだし、この際だから、せめて「教行信証って こんな本なんだよ。」って言ってみたいじゃないですか。

その為に がんばってみます。

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2011年6月 5日 (日)

「『教行信証』を読む」 を読む - その1

山折哲雄著 岩波新書の本。

親鸞さんの750年忌の2011年。

京都の西本願寺に、生まれて初めてツアーに行ったと言う事もあるし、

この際親鸞さんの思想がどんなものだったのかを読んでみたいと

思ったんです。

そこで、私の知識といったら、受験勉強をしていたころに

知りえた内容が上限なんですね。

そこにはどんなことが書いてあったのかといえば:

旺文社の「大学受験 詳細日本史」山本武夫著に このように

ありました。

浄土真宗 親鸞(1173~1262)は、はじめ、

比叡産に登って天台宗を学んだが、のち法然の弟子となり、

法然が流罪となったとき、同時に越後に流罪になった。

・・・彼の考えでは、一度信心をおこして念仏を唱えれば、

その瞬間、すぐに往生が約束されると説く。罪深い人こそ、

阿弥陀仏が救おうとしている人びとであるといって、

悪人正機説をたてた。 ・・・僧侶の妻帯・肉食をも認めた。

主著には「教行信証」、弟子唯円が親鸞の語録を編述したものに、

「歎異抄」がある。

(この唯円が編述したというのには異説もあるようですが。)

以上のように本文にあって、その上に「史料」と朱記された

枠があって、その「親鸞の悪人正機説」についての内容が

あります。 そこには彼の有名なフレーズがあります。

「善人、なをもて往生をとぐ。 況んや悪人をや。・・」

以上が、私の今までの知識だったんですね。

それ以上はなんにも知らなかったんです。

「歎異抄」は確かに、高校時代に授業で読んだ覚えがあります。

しかし、今回は「教行信証」ってのがどんなことを書いてある

のかを 知りたくなったんです。

元々漢文で書かれ、それも古い時代のお経ですからね、

私なんかにとてもとても読めるもんではありません。

おまけに、専門家でも超難解と評判の本なんです。

それで、「読む」を読むことにしたわけです。

つまり、ツアーガイドに連れて行ってもらおうという腹なんですね。

一度、さらっと読んでみました。

ぼんやりと分かりました。

今から、皆さんと一緒に もう一度じっくり読んでみたいと

思います。

まず、「教行信証」なんですけどね、正式な名称は

「顕浄土真実教行証文類」だそうで、一般的にはその略称と

して「教行信証」と呼んでいるそうなんです。

・・・が、しかし。 ちょっと気づいたことありますか?

略称が「教行信証」なのに、正式の名称の中には「信」の

文字がありませんね?

あら不思議。 なんで、なんで??

著者の山折さんは、まず、ここんところに、この親鸞さんの

本の秘密が隠されているって言っているんですねえ~~。

面白いですね~、面白いですね~~。

まるで、ミステリー小説を読み解いていくような山折さんの

本なんですねえ~~。

皆さん、ぼちぼち行きますからね、覚悟してくださいね。

・・・でも、自分でこの本を買って読んだ方が速いかな?

それに、私の読み方は偏ってますからね、信じない方が

いいですよ。 (笑)

では、次回 その2から本格的に「読む」を読んでいきましょう。

 

 

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