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2011年8月30日 (火)

小人閑居して・・・・ 大雨続く

先日「いのちの食べ方」というDVDを見ました。
そして、先日 「戦争はなぜ起こるか」を読みました。

今日、台風11号は既に台湾を通り過ぎる辺りにあるというのに、
いまだにバギオでは その雲の尻尾の下で 大雨が降り続いています。

こんな日は、気分が落ち込むものです・・・かな?

その「いのちの食べ方」を見た バギオ在住の日本人庭師の
おっさんが こんな表現をしました。

「強盗に殺されると言うより、通り魔に刺し殺されるような
気味の悪さを感じる。」

それを聞いて、確かにそうだ、と同感でした。

「戦争はなぜ起こるか」を 台風の長雨の中 暇に任せて
もう一度読んでみたんです。

戦争ですから、これは「人の殺し方」なわけですね。

この本のいいところは、歴史上の戦争がどのように起こったか
を分かり易く説いて、その一方で、それが人間の本性と
どう関わっているかを、著者の体験を基に解き明かしている点
じゃないかと思うんです。

つまり、日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争が、
さらにベトナム戦争やアフガニスタンの戦争などが
どのように起こったか、そしてその中で政治家や軍人、
そして国民はどのような振る舞いをしていったか。
さらに、その人間の狂気は 本当に人間のいわゆる「闘争本能」や
「弱肉強食」などの法則にしばられているのかまでを
書いている。

「人を殺そう」という政治家あるいは軍人がいるわけですね。
戦争を始めるということは、そういうことですね。

その為に人間は正気で「正義」という建前、理屈を考えて、
国民全体を理屈で納得させて、「人を殺しにいく」わけですね。

そして、「人を殺しに行く」本人は、最初は理想に燃えて、
正義を信じて、理屈に納得して、勇気を持って行くってことです。

ところが、現場、その「人殺し」の現場に行って見て、
「これが戦争なのか」と気づく。
「人を殺すことが戦争だったのか。」と気づく。

そして、その残酷さ、悲惨さに、正気を失って、精神が異常を
きたして、狂気になって、それがフツーのことになって、
「通り魔」殺人のような、建前や正義や理屈や納得を超えた
世界に入ってしまう。

つまり、戦争ってのは、国民みんなが「通り魔」の殺人犯に
なるようなことじゃないか、って感じたんです。

そして、「いのちの食べ方」ってのが、その「通り魔」殺人、
非常に計画的な(というと矛盾するんですが)「通り魔」殺人、
いや殺獣、オートメーション化された殺戮じゃないかって。
そんな薄気味の悪さを感じたんですね。

戦争も、だんだん新兵器が登場して、オートメーション化
されてきているんですよね。
その人間を殺す為のオートメーション化で いろんな機械、
装置を作って、人間の経済社会もなりたっているらしい。
最近はゲームみたいにボタンを押せば、核兵器だって
使えて、大量に人を殺せる。
スマートに「殺せる」仕組みが出来上がってきている。

「いのちの食べ方」と同じじゃないかって・・・

それで、何を言いたいのかって?
別に 何を言いたいってこともないんですけどね、
まあ、雨も降っているし、暇だし、頭の中でもやもや
していることを 書いてみたんです。

どうも、おじゃまさま。すんまへん。

  

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