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2011年10月 1日 (土)

「『教行信証』を読む」を読む - その5

その4を書いてから、どたばたしていたもので、続きを書くのをすっかり忘れておりました。

ここでは、山折哲雄著 岩波新書、「『教行信証』を読む、親鸞の世界へ」を引き続き読んでいきます。

すっかり忘れていたもんですから、その1から読み直してみました

・・・で、親鸞さんが法然さんに遠慮しながら、言いたかったところは、多分ここんところじゃなかったのかってところ。 つまり、どんな悪人でも助けてもらいたいな、ってところ、かの有名な「悪人正機説」と呼ばれる部分に突入です。

以下、山折さんの本からの引用文と、私の感想を(  )に書いていきます。

p105

「大無量寿経」の第十八願が引用される。 阿弥陀如来が立てた四十八の誓願の一つだ。

・・・

わたしが仏になろうとした場合、もしも十方の衆生が心から信じよろこんで浄土に生まれようと望んで念仏を唱えるなら、わたしはよろこんでお迎えしよう。 けれどももしも生まれることができなければ、わたしも仏になるつもりはない。 ただ、五逆の罪を犯したものと、仏の教えを誹謗するものとは、救いの対象から除外する。

p vii

かつてインドの王舎城に、ビンビサーラという王が統治していた。 ところが王子のアジャセがこの父王を殺して王位をのっとり、母のイダイケ王妃を獄に幽閉してしまう。

この父殺しの悪人アジャセは、はたして救われるのか。 『教行信証』という作品の全篇に流れる基調低音であり主題である。 ・・・人間における根源悪についての問題提起であり省察だった。

p78

親鸞の自問自答の声が聞こえてくるようだ。 ――父殺しという逆害を犯したアジャセは、はたして宗教的に救われるのか。 阿弥陀如来の救済力(他力)によって往生することができるのだろうか。 またそれは念仏の行によって可能なのか。 その行は信(仰)の深まりをともなうものでならないのではないか。 行か行信か、をめぐる自問自答だったのだろうと思う。・・・・「教」は「大無量寿経」、「行」は「南無阿弥陀仏」、と宣言することで、『教行信証』という船が大海原に乗り出していこうとしている。 ただその船出にあたって、行か行信一体かの問題はまだ未解決のままである。

(師である法然さんが「これしかない」といったお経は「大無量寿経」で、親鸞さんも「そうだ」とは言ってみたものの、そこには、その第十八願には「除外規定」がある、浄土教の伝統のなかでは、「五逆と誹謗正法」を除外するってことになっていたわけですよね。 五逆と言うのは、母殺し、父殺し、聖者(阿羅漢)殺し、仏の身体を損傷する、教団を破壊する、の五つの罪悪でした。 ・・・で、親鸞さんは上記のアジャセの話を「大般涅槃経」の中に見つけたわけです。 そこに突破口がありそうだってね。)

p113

(「アジャセ逆害」の物語) 「涅槃経」から

「難治の機」すなわち闍世王(アジャセ)は、はたして救われるのか。 救われるとしてどのような手立てがあるのか、その救済への道筋をめぐって、このあと曲折に富む物語が展開していく。 まず、苦悩する闍世王が「六大臣」のもとを訪れ、自己の罪の行く方を問いただす物語。 ついで、名医「耆婆(ぎば)」の門を叩いて、逆害の罪から救われる正道を聴き、最後に釈迦のもとにいたって滅罪、求道の生き方を教えられて、信を獲る。

・・・・

五逆と誹謗正法の罪を犯した難治の機が、やがて「信」をえて救済されていく場面である。 おそらく親鸞が、もっとも熱い視線をそそいでいたであろう「大般涅槃経」のテーマである。

p116

耆婆(ぎば)との出会いによって、闍世(アジャセ)は懺悔の重要性を教えられる。 「重悔」と「慙愧」の心によって犯した罪が洗われ、病苦から逃れることを知る。

・・・名医、耆婆の口からほとばしる「よいかな、よいかな」の励ましの言葉は、闍世に向ってだけではなく、親鸞の頭上にも温かく降りそそがれていたであろう。

p117

闍世は耆婆の導きによって、やがて釈迦のもとにおもむき涅槃(さとり)への道を教えられる。 世の中には無数の罪が存在すること、その地獄から脱出するための滅罪の法が説かれる。

(この話のようなわけで、「父殺し」であっても、「懺悔」をすれば助けてもらえそうだってことが見えてきたんですね。 ・・・で、どうやって見つけたかというと・・・)

p196 

その「懺悔三品」であるが、実を言うとこれは善導の『往生礼讃』から抽きだされたキーワードだった。 「観無量寿経」を注釈して「悪人往生」のテーマに取りくんでいた善導(『観経疏』)が、同時に「懺悔」の主題を大きく取り上げ考え続けていた。 ・・・・ 「悪人往生」論の核心をつかんだ、とかれはそのとき密かに思ったのではないだろうか。

善導の『往生礼讃』によれば、みずからの力をたのむ自力の修行者は念仏の心を忘れている、貪りや怒り、煩悩や邪心にみたされ、「慙愧懺悔」の心が失われている、という。

p202

親鸞はこのような闍世の人生のなかに、悪人こそが救われる、という典型的な実例を見出そうとした。 後に唯円によって『歎異抄』のなかで証言されることになる、「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の根本問題である。

(どうも善導さんが既に、親鸞さんと同じようなことを考えていたんですね。 「観無量寿経」っていうお経には、上記のアジャセの父殺しの物語があって、これを憂いた王妃の願いに応じた釈尊が、どのようにしたら往生できるかを教えたということが書いてあるそうなんです。 その方法として「観想」という修業や、それも出来ない悪人のための念仏などを教えたらしいんです。 そして、その「観無量寿経」を研究した善導さんが その研究論文を残してくれていたってことですね。 そこに懺悔というのが含まれていた。 「観想」って言葉は「一心に思いを凝らす」という意味のようですが、仏教では、浄土や仏様の姿を精神統一をして心の中に観るというようなことのようです。 )

 

p6

第一主題では、海のイメージのなかの浄土往生が語られている。 ・・・・

第二主題では、 まったく突如として父殺しの悲劇のテーマが掲げられ、そこからの脱出と救済の物語がつかみだされている。

p7

悪を転じ、徳をなす正智につけ、と言っている。

不動の信心を得て悟りに至る真理がそれによって得られると言っている。

右の第一主題と第二主題を明らかにすることによって、この目標に到達することができる、 そのように説いていることに注目しよう。

p viii

親鸞が最終的にたどりついた結論が、条件づきの悪人救済の道だった。 善き師につくこと、そして深く懺悔すること、の二条件がそれである。

( と言うわけで、唯円さんの「歎異抄」にも辿り着いたし、「懺悔」することが条件なのかということも分かったし、これでいいのかな? とも思うんですけど、さらにここから、この「懺悔」って何? ってことと、悪人が善人と同じような浄土にすんなりと行けるんかってところが気になってくるわけです・・・ね? )

以上で終わってもいいかな、とも思ったんですが、「『教行信証』を読む」には もうちょっと書いてあるんです。 「真仏土」と「化身土」って言葉が出て来るんですね。

次回 その6は そこのところを読んでみます。

   

 

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一難去って また一難。 「おひさま」も拝めず。

台風17号が我が下宿の停電を引き起こし・・・・

1img_7326

まっ、こういう状態が50時間も続いたわけです。

このライトとロウソクですけどね。

どっちが頼りになると思います?

このライト、LEDの豆電球が7個あるの分かりますか?

真ん中に1個で、周りに6個あるんですけどね。

・・・そう、周りの6個の内、5個はもう点灯しないんです。

切れているわけ。

それも、過去に2~3回しか使ってないんですよ。

明るさも 部屋全体を照らすということでは ロウソクの方が 断然「勝ち」ですね。

ライトはえらく使いにくい。

・・・・

今回の台風17号で、27日の午前9時ごろから停電したんです。

バギオの中心部は その日のうちに復旧したのに、

28日の夕方には、 家の前の谷間の向こう側の家々には灯りが戻っているのに、

ケノン道路沿いの地区は 28日の深夜までダメだって聞いたんです。

ケノン道路ってのは、バギオをマニラを結んでいる山岳道路でしてね、

その道路を100年前に建設したときに、工事の為につくった飯場があって、

それが 山の麓のキャンプ1からバギオ市内のキャンプ8まで地区の名前に

なっているわけです。

その地区全体が ひとつの変圧器で管理されていて、全体の安全が

電気会社によって確認されないと 電気が戻らないって言うんですわ・・・

・・・で、深夜に復旧するっていうから、ソファーの上でごろごろしながら

待っていたんですよ。

NHKの朝ドラ「おひさま」が 深夜の1時に再放送されるんですよ。

もう、大詰めですからね。 逃してはいけない。

ってんで、起きて待っていたんですよ・・・・

・・・なのに、深夜1時になっても、電気は戻らない。

「おひさま」は拝めなかったってわけです。

・・・・

29日の朝ですか?

お日様も拝めない。

未だ 電気も点かない。

48時間経っても 復旧しない。

しょうがない。 インターネット・カフェに行きました。

そして、下宿に戻ったら、やっと電気が戻っていました。

・・・・・

あああああ、それなのに、ああ、それなのに。

台風19号が 明日10月1日に来るって言うじゃないの!!

皆様、またまた、停電に突入です。

さ・よ・う・な・ら・

その後の台風17号については、CNNのサイトでどうぞ。

http://www.cnn.co.jp/world/30004136.html

    

フィリピン バギオ 台風17号 日本人 停電  

philippine  baguio typhoon japanese  electric power

 

  

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2011年9月29日 (木)

世界を驚愕させた あの「死海文書」が オンラインで読める !!

・・と言ったって、私に読める訳がないんですけどね。

http://japan.internet.com/webtech/20110928/6.html

そもそも この記事を見つけたのは 9月27日の朝。
http://www.cnn.co.jp/tech/30004101.html

その後、9AMごろから台風の影響で停電。
50時間を超える停電になってしまったんです。

電気がない中で、「死海文書の謎」という本があったことを思い出したんです。

その本には、以下のようなことが書いてありました:

キリスト教の側はしばしば、自分がユダヤ教から生れてきたということを忘れてしまう。
キリストと呼ばれたイエスはー彼が本当にどういう人物であったにせよー
<キリスト教徒>であったのではなく、特殊なメシア主義的確信を持っていた一人のユダヤ人であった。

1947年に「死海文書」が発見されるまで、この時代に由来する原資料なるものは存在してはいなかった。
学者たちは初めて、あの当時に生きていた人々に直接に由来する文書に接することができたのである。
とすれば、これらの文書は、これらの人々のイデオロギー、哲学、歴史の直接的な表現を構成するものなのである。

そこに浮かび上がってくるイエス像は、キリスト教の諸文書が描いてきた<小羊のような救世主>ではなく、
戦闘的でナショナリスティックな革命家、「自由の闘士」のそれである。

この情報をコントロールしたいと思ってきた者たちは、戦いに破れたのである。 
未公開であった「死海文書」すべてのファクシミリが、今や入手可能となったのであり、
間もなく、直接に理解できる翻訳が出版されるであろう。
・・・そしてわれわれは、キリスト教の歴史から生じてきた神話が次第に解体されていくことを期待できるのである。

以上が、「死海文書の謎」という本の「日本語版への序文」に書かれている抜書きです。

この序文が書かれたのが1992年。
そして、グーグルが一般に公開、それもオンラインで公開されたのが 2011年ということになります。

今後、どのようなキリスト像が陽の目を見るのか。
学者たちの研究成果が楽しみです。

驚愕繋がりで申し訳ないんですけどね、これも凄いですね。

光より速いニュートリノ?

http://www.astroarts.co.jp/news/2011/09/26neutrino_speed/index-j.shtml

こういうのを読んでいると 何にもわかりゃあしないのに、

なんでワクワクするんでしょうねえ。

停電の暗闇の中で こういうものを読んでいて、ふっと思い出したんです。
親鸞の「教行信証」。
そして、その解説書である「教行信証を読む。」。
このブログに途中まで書いて、その後イベントで忙しくて、放りっぱなしになっていました。
近いうちに「教行信証を読む。」を読むに、決着を付けなければ・・・・。

とりあえず、自分の心の中からワクワクの探険をしなくちゃいけませんね。

     

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