« 2011年9月25日 - 2011年10月1日 | トップページ | 2011年10月9日 - 2011年10月15日 »

2011年10月 6日 (木)

フィリピンでの遺骨収集問題

NHKが次のような報道をしました。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111005/t10013059371000.html

太平洋戦争で戦死した日本兵として、フィリピンで収集され、現地に保管されている遺骨の中に、フィリピン人とみられる遺骨が混入していたことが分かりました。

こちらは 朝日新聞の記事です。

http://www.asahi.com/national/update/0924/TKY201109240483.html

そして、これを今まで実行していたNPO法人のサイトはこちらです:

http://www.kuuentai.jp/

叉、厚生労働省のこの事業に関する報告書はこちらです:

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001qkjd.html

毎日新聞の記事はこちら:

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111006k0000m040090000c.html

私は元々政治的な問題には詳しくないですし、そのような活動をしたこともありませんが、今回のこの問題については、フィリピン在住日本人の一人として、想いを書いてみたいと思います。

まず、NHKの報道の内容の中で、平成18年度に発見された遺骨は45人分であったものが、このNPO法人が請負ってからは、平成20年度以降は日本政府の役人は立ち会わず、昨年平成22年は6,289人分が見つかり、すでに千鳥ヶ淵には4,500人分の遺骨が納められていると書いてあります。

(朝日新聞の記事では、2年間で 17,000人分となっています。)

そして、フィリピン現地に保管されている110の遺骨の内半分近くはフィリピン人の遺骨と見られることが書いてあります。

ここにある数字だけを見て感じることは、これが日本国内で発生したとしたら、日本人はどう思うだろうか、ということです。

3,000人以上(朝日新聞の人数であれば、 8,500人以上)の自分の家族、親戚の遺骨が、ある日突然、その墓を掘り起こされ、海外に持っていかれたとしたら。

それも、十分な調査や検証もなく、先祖の遺骨を持って行かれたとしたら。

「現地に詳しいNPO法人に遺骨収集を委託した」としても、当然あるべき検証などがされていなかったというのは信じられないことです。

これは誰の為の事業だったのか。

日本の遺族の為のものではなかったのか。

私は、この「大筋で問題なかった。」というNPO法人の態度は傲慢この上ないと感じます。

日比両国の遺族の心を考えれば、まず謝罪があるべきではないでしょうか。

日本政府も同じことです。

私はこの不可解な「遺骨発見急増」に疑問を抱いて告発した方を個人的に知っています。 そして、その方から直接今回の問題が地元のフィリピン人の方々に与えた深刻な問題についても聞きました。

フィリピンで戦死された父上の為、そしてその同胞の皆様のために、長年に渡り、何回もフィリピンに渡り、北ルソンの山岳地帯に分け入り、地元の人たちとの関係づくりを地道に続け、地元の子供たちに奨学金を提供し、戦死された方々の遺骨を探しもとめ、慰霊の旅を続けて来た方です。

もしそのNPO法人が本当の意味で「現地に詳しい」のであったなら、現金収入に乏しく、日々の生活にも困っているような人たちを、札束で動かすようなことはしないはずのものです。

厚生労働省が「遺骨の盗難を関連付ける証言は確認されなかった」としている点には、どう考えても納得がいきません。 実際に地元の人たちの反発も出ています。 何をもって確認されなかったと言っているのか。

「確認されなかった」というのは「確認する努力を怠っております」としか聞こえません。

そのような態度がある限り、この心の事業をNPO法人に丸投げした結果と同様に、同じ過ちを犯すのではないか、と感じるのです。

日本は戦争でフィリピンに100万人を超える犠牲を強いたのです。

それは怨まれて当たり前のことです。

そして、今、また、日本国内のやっかいな問題をさっさと片付ける為に、フィリピン人の遺骨を検証もせずに持ち去るという 深刻な問題を引き起こし、地元の村人の間に修復困難なトラブルまで起こしながら、謝罪の気持ちが見られないということを、フィリピン在住の一人の日本人として、申し訳なく、残念でなりません。

・・・・・・・・

上の記事を書いてから その後のマスコミの報道ぶりを気にかけていたところ、 信濃毎日新聞の10月10日付けの社説にこのようなことが掲載されていました。

http://www.47news.jp/47topics/e/220928.php

まったく その通り。

もっと詳しく、特に北ルソンの山岳地帯、イフガオ州のワンワン村で起きたことを知りたい方はこちらのサイトでドキュメントをご覧下さい。

NHK 追跡 A to Z 

http://diamond.jp/articles/-/9652

尚、このワンワン村という場所は、フィリピンにおける日本軍が最後に立てこもった「大和基地」と呼ばれた付近だとされています。

  

  

   

    

| | コメント (12) | トラックバック (0)

たったの1時間 ?  なかなかやるね。 やれば出来るんじゃん。

三年に一度の運転免許の更新。

フィリピンのお役所に行くのは 気が重いんです。

1img_7344

おおおお~~~、 なんと 昼休みも営業してます!!

フィリピンの役所で・・・・ありえない。

1img_7343

おおおお~~~、 フィクサーを根絶しよう!!!  ってか。 凄い。

いやねえ、御役所はいろいろ難癖をつけては 袖の下ってのが

当たり前のような雰囲気があるわけですよ。

だから、さっさとやってもらおうと 誰かに頼んでやってもらったりとか・・

私も今回初めて一人で直接 「意を決して」やってきたもんですからね。

何事も勉強だと覚悟を決めてきたわけですよ。

それが、これだ!   素晴らしい。

1img_7342

なになに?

免許証の更新は 120分間で処理します?

おおおお~~~、 気合が入っているじゃないか。

やれば出来るんじゃないか。

素晴らしいじゃないか。

1img_7339

おおおおお~~、燦然と輝く LTOのバナー !!

なんと、 ISOをやっているじゃないか!

フィリピンのお役所が ISOの認証をとっているのか?

凄いじゃないか。 やれるじゃないか。 出来るじゃないか。

素晴らしいじゃないか!!

この看板に偽りはありませんでした。

120分と書いてありますが、

役所の手続きだけで 1時間ぐらいでしたよ。

お客が少なかったってこともあるとは思いますがね。

その前に 薬物テストと 健康診断をやらなくちゃいけないんですが、

それも30分ぐらいで スイスイと終わったし。

1img_7351

ここが 薬物テストの ラボラトリーの入り口です。

飲食店の右側の狭い通路の奥に そのラボラトリーがありました。

尿の検査と、両方のすべての指の指紋の採取がありました。

指紋の採取はセンサーみたいなのでコンピューターに画像を取り込む。

テキパキと仕事が終わって、次に 健康診断。

1img_7349

連れて行かれたのは このキャンティーン。

なんで??

これもお店の一番奥に入って行くと 診療所みたいな部屋がありまして。

身長・体重の測定

視力検査

血圧測定

簡単な問診

・・・で、書類はすべて完了。

そして、初めて 免許センターの 窓口に行くんです。

免許更新の申し込み用紙をもらいまして、

必要事項を書き込みまして、

窓口の 1番の前にいる カスタマー・サービスのテーブルに提出。

「カスタマー」ですよ、皆さん !!

いいじゃないか、いいじゃないか~~~。

2番の窓口に呼ばれて、 顔写真の撮影と 署名のサイン。

これもコンピューターにすぐに取り込まれて・・・・

やってるねえ、システム化。

次に呼ばれたのが 6番の窓口。

手数料を払う。

そして、待つことしばし。

5番の窓口で 領収証と新しい免許証をもらう。

素晴らしい。

満足です。 びっくりです。 

1img_7345

まあ、しいて気になったことを言わせてもらえば、

なんで、6番の窓口でお金を支払って、5番の窓口で領収証をもらうまで

待っていなくちゃいけないの?

お金を渡したら その場で 領収証が欲しいよね。

ちょっと不安になるよね。

俺だけか?

まあ、そんなことも吹き飛ぶような 気持ちの良い お役所でした。

FACEBOOKで バギオのLTO(陸運事務所)でのこの話をしたら、

他の都市の免許センターと比べても バギオは一番速いとの評判だそうですよ。

バギオの免許センターは やるね!!

  

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2011年10月 3日 (月)

「『教行信証』を読む」を読む - その6

山折哲雄著「『教行信証』を読む」には 「真仏土」と「化身土」って言葉が出て来ました。

これは一体なんのことなのか?

以下は本書からの引用文と 私の感想を(  )に書いていきます。

p153

(大般涅槃経は)釈迦が入滅したあと、かれによって説かれた「法」はいかに後世に伝えられるのか、ということを正面から論じた経典である。具体的に言えば、釈迦の説いた「法」によって、後世のわれわれは救われるのか(成仏できるのか)、という問題を論じたものだ。 そして究極的にわれわれは例外なく成仏できる、と主張している。 それを「悉有仏性」(しつうぶっしょう)(一切のものに仏性がある)という。

p178 

具体的に言えば、「真仏土」とは善き人間(菩薩のような人)がおもむく浄土のこと、それにたいして悪しき人間(闍世のような人)がおもむくべき浄土が「化身土」、という問題提起だった。

・・・親鸞が追い求めてきた究極の主題が姿をあらわしはじめた。 主題の主題化という明確な形をとりはじめたのである。 もしかするとそのとき、『教行信証』という作品構成上の名乗りの向こう側に、「選択本願悪人往生念仏集」という本来の主題の名乗りが、しずかに浮かび上がっていたのではないだろうか。

(今までのところで、 悪人でも例外なく成仏できるところまで来たんですが、ただ、悪人と善人がおなじ浄土に行けるのかってところで、前者は「化身土」、後者は「真仏土」という別の浄土に行くって話なんですね。

ところが、ここに至って、「往相」とか「還相」ということが問題になって来るんです。)

p164 

それは端的にいって、「往相」への道筋であった。 教から行へ、行から信へ、の一筋道は、往相廻向にむかう一筋道だった。 この世からあの世へ、此岸から彼岸へ、穢土から浄土へ、とむかう一筋道だった。 この世の此岸には釈迦が立ってわれわれの背中を押している。 あの世の彼岸には、阿弥陀如来が立ってわれわれを手招きしている。

・・・その浄土への旅が成就したことを明らかな形で示すステージが「証」(悟り)の段階にほかならない。

p167

かれは、はじめに「往相」と「還相」の二廻向にもとづく救済論の枠組を提示し、第一の往相の問題を、教、行、信と順を追って論述してきた。 そしてようやく証の段階に至って、第二の還相の議論に入ることを、ここで明言している。

(どうも、実際にこの世からあの世に、つまり穢れのある世界から極楽浄土という世界に行く、その行き方や、行った先の浄土と言うのが、善人と悪人で同じってことはないんじゃないかって引っかかったんでしょうかね。

「往相」(おうそう)というのは浄土に行くために精進するということ。

「還相」(げんそう)というのは一度仏さまになった人がこの世に帰還して人々を助ける。

ってことみたいなんです。

そしてこの言葉の後に「廻向」(えこう)って言葉がくっついているんです。

「廻向」というのは 他の人に向けて廻らすという意味で、阿弥陀仏の本願力をいただくというようなことのようです。)

p172

その「還相」論の中心が、言うまでもなく曇鸞の『浄土論注』である。 そもそも往―環の二廻向というテーマを最初にとりあげたのが中国の曇鸞だった。 

・・・・ 親鸞が追求しようとしている悪人救済の問題に、曇鸞の文章はどのように答えようとしていたのか。

p173

還相とは、浄土に生れた者が、精神統一と知恵の観察を身につけ、柔軟な行動力を駆使して、ふたたび生死の世間に分け入り、一切の衆生を教化することだ。

p177

この親鸞の構想の、激震にも似た揺れを何よりも雄弁に物語っているのが、「証」巻のあとを受けて姿をあらわしてきた「真仏土」と「化身土」二巻の存在である。 なぜなら「真仏土」も「化身土」も、まさに「往相」論の延長線上に位置づけられる主題をあらわすものだったからだ。 極悪の悪人がおもむくべき仏国土ははたして「真仏土」か、それとも「化身土」かという提題だった。

(つまり、往相や還相というあの世への行き返りの内容が、特にこの世に戻って他の人を救済するっていう重大任務をやるのに、悪人にはちょっと荷が重いんじゃないかって言う事になるんですかね? だから、浄土でも一般職と専門職に部屋を分けておいた方がいいんじゃないかって・・・いうような??

少なくとも法然さんは悪人は例外だよって言ってたわけだし、その師が言うことに間違いはないはずだから、悪人と善人が全く同じ浄土じゃあ納得しにくいってことなんでしょうね。)

p184

「悉有仏性」ということになるが、しかしこれはむろん無条件でそうなるという

わけではない。というのも「真仏土」は、凡夫、凡愚の者がストレートに

往くことのできる仏国土ではなかった。 「出家修道」の契機が必要と

されているからだ。

p185

そもそも浄土というのは、如来のお誓い(願海)のおかげで出現した世界である。 如来によって報われたもの、であるから「報」というのだ。 

とはいっても如来のお誓いにも、真と仮がある。 とすれば浄土にも当然のこと真と仮が存在することになるだろう。 仮の仏土、すなわち「化身土」・・・

p186

とりわけ仮の浄土に生れるにあたっては、さまざまな要因が考えられるから、その浄土もさまざまな姿をあらわすことになる。 つまりそれは千差万別に変化する。 だからそれを、方便(仮り)の「化身、化土」と称するのだ。

p189

・・・真実なるものは少なく、偽と虚につくものがはなはだ多い。そこで此岸(この世、穢土)では釈迦如来が「群生海」にもたとえられる大衆をみちびき、彼岸(あの世、浄土)では阿弥陀如来が誓願を立てて、それらの大衆すなわち「諸有海」を手招きして教化されるのである。

p192

「大経」は、五逆の者と正法を誹謗する者を除いている。 「観経」は、五逆の者に往生の可能性があるとする一方、正法を誹謗する者については言及していない。 「涅槃経」は、「難治の機と病」(つまり極重の悪人)の救済の可能性について積極的に論じている。

・・・次の「真仏土」と「化身土」のステージへ展望を示したのであった。 曇鸞の『浄土論註』と善導の『観経疏』の見解を紹介しつつ、「真仏土」と「化身土」へと筆を進めていったのである。

(さて、ここまでやってきて、我々凡夫が悪人が救われる道が見えてきました。そして、少なくとも化身土に連れていっていただくことは出来るんだなと考えられるところまでやってきました。そして、いよいよ浄土真宗の念仏の話になるんですが、ここで「懺悔」という言葉が出てくるんですね。

「懺悔」と聞くと、今まで漠然としか宗教のことを分かっていなかった、勉強してこなかった者には、なにやらキリスト教的だなと感じられるんです。

次回 その7 では、そのあたりを紐解いてみたいと思います。)

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年9月25日 - 2011年10月1日 | トップページ | 2011年10月9日 - 2011年10月15日 »