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2011年12月 5日 (月)

「あなただけの阿弥陀経」を読む - その14(最終回)

著者 阿部慈園  監修 中村元  小学館

「釈迦牟尼仏能為甚難稀有之事」
(しゃかむにぶつ のういー じんなん けーうー しーじー」

「お釈迦様は、非常になしがたく、めったにありえない事をなさった。」

ここで、その内容が解説されています:

「五濁悪世劫濁見濁煩悩濁衆生濁命濁」
(ごーじょく あくせー こうじょく けんじょく ぼんのうじょく
 しゅーじょうじょく みょうじょく)

これは、「末世に生ずる五種の避けがたいけがれ」だそうです。
1.劫濁(こうじょく)
  天災や戦争などの社会悪
2.見濁(けんじょく) 
  邪悪な見解や教えが横行すること。
3.煩悩濁(ぼんのうじょく)
  精神的な悪徳がはびこる。
4.衆生濁(しゅじょうじょく)
  人間の身・心がともに弱くなる
5.命濁(みょうじょく)
  寿命が短くなる

今の日本を眺めてみると、世界もですが、かなり当てはまっているような気がします。
かなり試練の時代だと言えるでしょうね。

そういう中で、お釈迦様は、
「まったきさとりを菩提樹のもとで得られて、多くの生きとし生けるものの
ために、すべての人々が信じがたい理解しがたい真理を説かれました。」

解説によれば、その悟った内容は:
「縁起の理法」(もの・ことは全て原因や条件に縁って生ずる)
そして、さらに具体的には、
「四諦(したい)・八正道(はっしょうどう)」の教えだそうです。

そして、お釈迦様自ら、
「このような濁りの中で、一切の世間の人が信じ難い法を説くということは、
わたしにとってもまた、もっともなし難いところであったのだ。」
と、シャーリプトラに向って語ります。

いよいよ、最後の部分。

「お釈迦様がこの「阿弥陀経」を説きおわると、多くの修行僧やあらゆる
世界の神々・人々・阿修羅でも、これを聞いて、ああ良き教えを伺った、
ありがたいことだと喜び心をうたれて、礼をなして去りました。」

これで、完結です。

・・・で、お釈迦様と阿弥陀様の関係について、解説がありました。

「ふつう釈迦は禅宗や法華経の仏であり、弥陀は浄土教の仏であると
単純に考えがちです。」

はい、私も単純でした。
この本を読むまで、そう思い込んでおりました。

でも、この阿弥陀経をちゃんと読めば、
お釈迦様 = 五濁悪世の娑婆国土に住んでいる。
       諸仏とともに、弥陀の功徳を証明し、讃嘆している。
阿弥陀様 = 西方極楽浄土に住んでいる。

と言う関係が分かる、役割分担をしている、としています。

さてさて、皆様。
やっと、「あなただけの阿弥陀経」を最後まで読み終わりました。

浄土真宗信者もどきの私としては、これまでに、「教行信証を読む」で親鸞さんの
考え方を学び、ここで阿弥陀経に何が書いてあるのかを読んできて、
ちょっと正直ほっとしています。

なぜほっとしているかと言えば、12月8日が真珠湾攻撃の日であり、
フィリピンに、フィリピンのバギオに、初めて日本軍の爆弾が落とされた日
なんですね。
その日に、爆弾が最初に落とされたバギオのジョンヘイで、平和慰霊祭が
あるんです。

その慰霊祭で、私はきっと「南無阿弥陀仏」と唱えると思うんです。

信心はまだまだ先の話ですけどね、少なくとも阿弥陀経がどんなことを
教えているのか、南無阿弥陀仏と唱えることがどういう意味を持っているのか、
それがなんとなく理解できただけでも、バギオ周辺で亡くなられた方々に
少しは近づけるかな、と思えるんです。

最後までお付き合いいただき有難うございました。

・・・・・

今後は、「般若心経」に関する本を読みたいと思っています。
その時は、是非また お付き合い下さい。
手元に2冊あるんです。
早く読みたいんです。
四諦(したい)・八正道(はっしょうどう)」の教えについては、
おそらくその中で勉強できるんじゃないかと思っています。

では、それまで、さいなら、さいなら、さいなら・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

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2011年12月 4日 (日)

1921年に生まれて   嬉し、恥ずかし 90歳・・・おめでとう!

うちの下宿のお婆ちゃん。 1921年生まれなんです。

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合唱隊の前に、椅子ひとつ。 

お婆ちゃん、嬉しいような、気恥ずかしいような、複雑な表情。

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こんな凄い楽団までやって来て。 フィリピン歌曲の演奏。

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おまけに、こんな踊りやら・・・

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こんな踊りやら、いろいろと余興が満載。

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もう、大変なお祭りになりました。

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手前のお婆ちゃんが 私の下宿のお婆ちゃん。

20歳の頃、ターラック州の田舎に住んでいたそうです。

彼女の父上が、その村の村長さんでした。

それも、日本占領時代に日本軍によって指名された村長さんだったそうです。

そして、その父上は、日本軍によるゲリラの処刑をなんとか止めさせようと苦労した人でもあったとか。

しかし、終戦になる前に、父上を含む家族がゲリラに拉致され、そのまま行方不明。

このお婆ちゃんは、すんでのところで、隠れることが出来て、拉致されずに生き延びることが出来たのだそうです。

そして、戦争中に知り合った男性と結婚。

その男性は、バターン死の行進のあと、日本軍の捕虜収容所に収容されていたところ、たまたま東洋オリンピック・東京大会での陸上競技メダリストであったことから、特別なはからいで釈放された人でした。

戦後、そのアスリートであったご主人と一緒に、バギオに家を構えます。

ご主人は出世して、バギオ市の警察署長になり、八人の子供に恵まれます。

市議会議員や国の役所の地方局長にまでなった弁護士の息子もいます。

子供たちの半数はアメリカ在住。

お婆ちゃんも、年に一回は、アメリカとフィリピンを往復するという元気さです。

日本びいきの この一族であるからこそ、私はこの下宿に居心地の良さを感じ、

7年目を迎えることになったのかもしれません。

お婆ちゃん、次は100歳記念ですね。

いつまでもお元気でいて下さい。

お誕生日、おめでとう ございます。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

  

     

   

 

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「あなただけの阿弥陀経」を読む - その13

著者 阿部慈園  監修 中村元  小学館

「阿のく多羅三みゃく三菩提」「阿耨多羅三藐三菩提」
(あのくたらさんみゃくさんぼだい)
これはサンスクリット語の読みそのものの音を漢字にしたもので、
「無上の真実なる完全な悟り」「無上正等覚(むじょうしょうとうがく)」
だそうです。

この言葉は、お釈迦様の原始仏教から大乗仏教に至るまで、「さとり」
意味で使われる重要な言葉だとあります。

前回その12で、阿弥陀仏を信仰すれば、一切の諸仏にともに護念される
ことになるという話でした。

そして、それは何の為かというと:

「皆得不退転於 阿耨多羅三藐三菩提 是故 舎利弗汝等皆当信受
 我語及諸仏所説」
(かいとく ふーたいてん おーあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
 ぜーこー さーりーほつ にょーとうかい とう しんじゅー がーごー
 ぎゅう しょーぶつ しょーせつ)

意味は:
「みんな 無上の真実なる完全な悟りから 退くことはない。 だから、
 シャーリプトラよ、君達みんな まさに 私の言葉および諸仏の説くところを
 信じて受け入れなさい」

ってことなんです。

そして、さらに、
もしも信心があれば、いつでも浄土に生まれることが出来る から、
いつでも浄土に生まれたいという願いを発しなさい、と続きます。

ここに「もし信あらば」という言葉があるんですね。
もちろん信仰があればってことですね。

「純粋にして無垢な心で神仏を信頼し崇拝すること。」

よって、当然のことながら、
「神仏に対して疑惑や不信の念があったら、信仰は成立しません。」

・・あ~~あ、ここが頭の痛いところだなあ。

で、私の家の宗派である浄土真宗では:

ー 知的に仏や祖師の教えを理解して得る「解信」(げしん)
ー 自分の知識や見解を加えないで、無心に得る「仰信」(ごうしん)
というのがあるそうです。

・・・むむむ。 やっぱり駄目だ。 とほほ。

ところで、その10で、阿弥陀二十五菩薩来迎図、ピックアップ・サービスの
メリットがあるという話をしました。

親鸞さんは、これをもっと進めて、「必ずしも臨終の時を待たなくても、
ただちに往生が得られる」(即得往生)と言うのと、
「今の生活の中で信仰が確かだったら、今の生活のまま、往生できる」
(平生往生の業が成立している=平生業成)と言うものもあるとしているそうです。

もちろん、信仰が確立していれば、という前提です。
だから、ピックアップ・サービスも待つ必要はないとおっしゃているとか。
「御消息」に「信心の定まるとき往生また定まるなり」と書いてあるんです。
これを「不来迎の義」と呼ぶそうです。
これは禅宗の悟りに通じるものがあると解説にあります。

では、次回 その14は、
お釈迦様と阿弥陀様の関係について唱えている部分にいきましょう。
おそらく、それが最終回になると思います。

・・・たぶん。

 

 

 

 

 

   

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