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2011年12月24日 (土)

皆様、Merry Christmas..... 浄土真宗だけど・・・

今年も どんずまって来ましたねえ・・・

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やっぱり、こういう飾りがあるのが、フィリピンですねえ。

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バギオのホテルでは、こういう感じで カロリンをやってるんです。

カロリンって クリスマス・キャロルのことです。 はい。 なまってるんです。

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・・・で、皆様、穏やかなクリスマスをお過ごし下さい。

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で、私はどこを歩き回っていたかっていうと、こんなお店をのぞいてみたんです。

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お店に入ると いきなりこんな物が・・・・

般若心経のレリーフとはちょっと違っているんですけどね。

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おまけに、こんな物まで 飾ってあるんですねえ。

経営者はアメリカ人なんですけどね、仏教徒なんです。

昔は、ベトナム戦争の時、米軍の看護師だった男性なんです。

そして、ベトナムで仏教に関心を持ったんですね。

で、今は 仏教徒。

特に、チベット仏教に興味があるそうで。

ベトナムの後、沖縄、日本、台湾、中国、フィリピンで仕事をしてきた方なんです。

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毎月 仏教の研究会みたいなことまで やっている菜食主義者。

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なんですけど、この日は こんなイベントをやっていたんです。

クリスマス・ソングなんかを歌う グループです。

このグループは凄かったなあ。

一人ひとりの声はもちろん、ハーモニーが凄くよかった。

カーペンターズの曲なんか いいんじゃないかな、と思っていたら、歌ってくれました。

今までにバギオで聞いたコーラスの中では、ダントツの一位ですね。

久々に 納得のコーラスでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2011年12月23日 (金)

なまえは 「うりぼう」・・・でも、いのししの子じゃないんです

みなさん、こんにちは。

今年も もうすぐ 終わっちゃいますね。

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わたしの名前は 「うりぼう」。

いのししの子のうり坊に似ているっていうんで、こんな変ななまえを付けられちゃったんです。 人間って勝手なものよね。

坊って言ったって、私 女ですからね。

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横にいるのは 「はなじろ」って奴なんですけど。

鼻が白いから 鼻白なんですって。 いや~~ね~~。

バットマンみたいな仮面なんかかぶっちゃってさ。

私よりも大先輩なんです。

だから、態度もデカくて、ちょっと苦手なんです。

機嫌が悪いと、ひっかかれちゃったりするんですよ。

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どう、くびれも セクシーでしょ?

・・・でもね、これってちょっと ダイエットしすぎっていうかあ~~。

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・・実は、私、子持ち なんです。

6匹だったはずなんだけど、・・・・あら、5匹しかいないわね。

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これだけの赤ちゃんを面倒みるって 大変なのよお~~~。

わかる~~?

だから、スリムっていうより、骨と皮みたいなもんよね。

もう、背中なんて ゴツゴツなの。

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・・なに、いつまでも見てんのよ!!

見世物じゃないわよ!

なんか、骨付き肉とか、ミルクとか、もってくるのが挨拶ってもんじゃないの!?

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何匹が 無事に大きくなるのか・・・・・心配なのよね~~。

  

 

 

                

           

 

 

 

 

 

    

 

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「般若心経」の本(10)  次元が違う高層階? 

宮坂宥洪著の「真釈 般若心経」(角川ソフィア文庫)を読んでいます。

ユニークな構想(高層?)

著者が「般若心経」に抱くイメージは まさにこれだ、と言うのがこの
石造のレリーフ(浮き彫り)なんだそうです。

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(読んでいる書籍にある写真です。)

お釈迦さんが初めて説法をしたとされている場所である サールナートの
考古博物館にあるそうです。

著者はこれを見て、
人間精神の上昇のプロセスが四層の建物に喩えられているようにみえた。」
としています。

屋上 = 釈尊瞑想の図 = 仏陀の居るところ (人知を超えた)
四階 = 釈尊入滅の図 = 観自在菩薩レベル (空を知る)
三階 = 釈尊説法の図 = 舎利子レベルのフロア(無我を知る)
二階 = 釈尊修行の図 = 世間レベルのフロア (自己形成)
一階 = 釈尊誕生の図 = 幼児レベルのフロア (出発)

「般若心経」は、観自在菩薩が舎利子に伝授するのであるからレベルが違う。
「五蘊(ごうん)あり」という洞察は、舎利子のレベルで得られる。
このレベルは小乗仏教のレベル。
「すべては空」という洞察は、観自在菩薩のレベルで初めて得られる。
これは大乗仏教のレベル。

仏陀のレベルはそれより上の屋上であって、人知を超えている。

通常の人間は 一階から二階へ上がることしか出来ないんです

観自在菩薩は、瞑想している仏陀に触発されるようにして、
般若波羅蜜多(マントラ)の修行をして「空」を観たということになる。
その実体験を 舎利子に伝授しているというお話が「般若心経」だと
いうわけです。

今までに何百と出された解説書は、処世の教訓を引き出すものが多いが、
それはあくまでも世間レベルの話であるから、「般若心経」の主旨とは
まったく異なるものだ、

と言うのが著者の主張だってことになります。

そして、皆さんお待たせ、一番有名な部分にやっと来ました:

「舎利子、色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是。」
(しゃーりーし、 しきふーいーくう、くうふーいーしき、
 しきそくぜーくう、 くうそくぜーしき、 じゅーそうぎょうしき、
 やくぶーにょーぜー。)

ここで、又、やっかいなサンスクリット原典と漢訳の間での違いがあるって
いうんです。

「色不異空、空不異色、  (1)
 色即是空、空即是色、」 (2)

の部分なんですが、これは漢訳ですね。

ところが、原典には、もう1セットの繰り返しみたいなフレーズがあるそうなんです。

原典を日本語にすると:
「色は空性であり、空性は色である。             (3)
 色とは別に空性はなく、空性とは別に色はない、       (4)
 色なるものこそが空性であり、空性なるものこそが色である。」(5)

この漢訳と原典を比較すると、(1)=(4)なのは明らかだ。
じゃあ、(2)は(3)なのか(5)なのか・・・

玄奘は、な~~んで、3段になっていた原典を 2段に漢訳しちまったのか。

その解説として、中国仏教の伝統的な解釈やら、それをベースにした
日本の重鎮の解釈は、「まったくの的はずれだ」ってばっさりやってるんです。

・・・で、著者の結論を言うと、

「サンスクリット文法によれば、「色」という語と「空性」という語が
主格語尾をもって併置されている場合、これはそれぞれの語の表示対象が
同一であることを示している分であるとみなす。」

だから、語順は関係なく、逆さまになっても全く意味は変わらないから、
いろいろ異なる解釈をする必要もない、っていうんです。

で、なんで、こんなに原典では3回も同じことを繰り返しているかっていうと、
それはインドでは「三度繰り返して述べる習慣があるから」だっていう
物凄い「オチ」なんです。

インドでは古くから重要なことを三度繰り返して言うという習慣があった
のです。 でも、インド人でない玄奘は、二度繰り返せば十分だと思った
のでしょう。 それだけのことです。」

と小気味良い切り捨て方なんです。
いや~~、日本の大御所も真っ青です。

では、その(11)をお楽しみに。

   

   

          

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2011年12月22日 (木)

なんで涙がでるんだ・・・

 

ある老人が亡くなった。

私とはまったくの他人だ。

自分の母親が逝った時は 涙は出なかった。

父親が逝った時は 兄弟姉妹が笑った。

母が逝った時、私はもう最初の子供が居て、初孫の顔を見せることが出来た。

母は 「なさけんなか・・・」と言って死んだ。

「なさけんなか」というのは「悔しい」という意味だ。

癌が転移して、その痛みに苦しんだ。 髪の毛も抜け落ちた。

国立癌センターの病室で、看護師だった私の姉と妹に看てもらっていた。

戦前・戦中は軍国少女だった。

結婚前は 鹿児島の瀬戸物屋のお嬢様だった。

自分の身がくやしくてしょうがなかったのだろう。

父が逝った時、なぜ笑ったのか。

父は70歳の誕生日に逝ったのだが、その前数日間、眠りこけていた。

晩酌をすませ、風呂に入り、いつものように座椅子に座って

テレビでも見ていたのだろう。

そのまま眠ってしまった。

兄が家業を継いでいた。

年末晦日の数日間、町内の家々の餅をつくのが年越しの仕事。

アルバイトを雇って、ついた餅を雪が降る中家々に配達していた。

その一年で一番多忙な時に、父は意識をなくした。

しかし、その仕事が終わる大晦日まで待っていてくれたのだった。

そして、大晦日、自分の誕生日に逝った。

70歳以上の死亡には、市から見舞金が出た。

「本当に、いい死に方をしてくれたよなあ。 親父は・・・」

なにも苦しまず、子供に迷惑も掛けず。

見舞金までゲットしてくれた。

私は、母の時は24歳、父の時は30歳だった。

既に、東京で働いていた。

・・・・だから、私は自分の両親のときですら、涙を流したことはない。

実に冷たい男だ。

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棺には フィリピンの国旗が掛けてあった。

この老人は、元バギオ市の警察署の高官であった。

私の大家さんの亡きお爺さんが警察署長であった時の右腕だった。

大家のお婆ちゃんが この弔いに誘ってくれたのだ。

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しかし、誘ってくれたのには もうひとつの理由があった。

私のバギオでの元の職場の同僚の奥様の伯父という関係があったからだ。

(まあ、他人の他人 なんですがね・・・)

過去に3~4度は会ったことがあった。

この日は、埋葬の日だった。

数日間、斎場でのお通夜があって、葬儀・埋葬がこの日執り行われた。

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葬式は明るかった。

神父の話に、会場の参列者は何度も笑った。

ギター伴奏で、10曲以上もの音楽に合わせて、参列者が賛美歌などを歌う。

フィリピン人は葬式でも明るい・・・・

そう思っていた。

しかし、1時間半の式の中で、ちょうど中ほどであったか、

家族などの話が始まると会場は一変した。

最初に話したのは 孫娘だった。(と思う)

か細い声で ゆっくりと話した。

時々 声が出なかった。

二人目は 娘だった。

しっかりとした、堂々とした態度で話をした。

しかし、気丈な人だと思った声も、話をするうちに 想いが飽和状態になった。

何度も声が震え、何度も泣き声になった。

会場にも涙が連鎖した。

私は、写真を撮る為に、一番後ろにいた。

チャペルの入口から外に出て、ガラス越しにその様子を見ていた。

しかし、結局 こみ上げてくるものには勝てなかった。

両親のときですら涙なんか流さなかった男が

泣いてしまった。

・・・・・

デジカメのバッテリーが切れた。

くそったれ!

このチャペルは、ヘブンズ・ガーデンという霊園の中にある。

式が終わると、親戚の男たちが棺を抱えて、埋葬地に運んだ。

すでに2メートル以上にも掘った穴が口を開けていた。

警察官が7人、直立不動で並んでいた。

そして、7丁の銃が3発ずつ発砲した。

葬喪の儀仗隊と呼ぶのだろうか、弔銃が発せられた。

フィリピン国旗がたたまれ、棺が降ろされた。

そして、参列者は花をその穴の中に、棺の上に投げいれた。

私も 白いバラを一輪、投げ入れた。

涙は、もうほとんど乾いていた。

 

 

 

 

 

 

 

   

  

  

  

  

  

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「般若心経」の本(9) 勝手に付け加えられた翻訳文 

宮坂宥洪著の「真釈 般若心経」(角川ソフィア文庫)を読んでいます。

「自分とは何か」、「五つの根拠・五蘊(ごうん)」が自分?
「五蘊あり」ときちんと押さえて、それが「空」と言うべきだ。

しかし、自分は五蘊(ごうん)である、と言えるか。
つまり、自分は「色、受、想、行、識」そのもの である、と言えるか
著者は、自分 の 「色、受、想、行、識」ではあるが、自分そのものではない、
と述べているんです。

じゃあ、どう考えているかって言うと:
ー 自分を探求していくと自分はいなくなってしまう。
ー この時点で無我の瞑想は完了する。
ー 自己を観察する瞑想において、あると思い込んでいる自分は存在しない、
  あるのは五蘊のみだ。
ー 観察すること自体、もはや日常レベルを超えている。

ところがですね、
「自分は存在しない。」->「存在するのは五蘊だけ。」
ーー>「その五蘊も存在しない。」と続くんですねえ。

著者は、ここで、
ー 多くの解説書が説いているような、いかなる人生論も処世訓も微塵もない。
ー 徹頭徹尾、瞑想の指南書だ。
としているんです。

さらに、
ー 般若波羅蜜多の修行は、般若(智慧)の完成をめざすものではない。
  般若そのものに立脚した修行である。
だから、つまり、
ー 日常的な感覚なり知識を超えていなくてはならない。
ー 自分が般若そのものにならない限り、観ることのできない意識の地平がある。

そういう至高の観点に立たなくてはならないということだそうです。

次の文 「度一切苦厄」 
これにもいろいろ問題があるっていうんですよ。

何が問題かっていうと:
ー この一文は、現存するどのサンスクリット写本にもなく、玄奘より
  後代の漢訳にも、チベット語版にもない。
ー 羅什と玄奘の漢訳だけにある。

従って、この一文は、羅什さんと玄奘さんが勝手に付け加えたみたいなんです。

一方で、般若心経の後ろの文の中に 「能徐一切苦」ってのがあるんです。
で、勝手に追加したんだったら、何故この「徐」という言葉を使わずに「度」という
言葉を選んだんだろう、ってさらに疑問が展開しているんです。

ここは、簡単で、主語が違うんですね。
観自在菩薩が「度」したのと、般若波羅蜜多(マントラ)が「徐」した
の違いみたいです。

「度」=「解脱する」「解き放たれる」
「徐」=「鎮める」(サンスクリットのプラシャマナ)

日本語文法的には、自動詞と他動詞の違いですかね?

ここで、「苦」という言葉があるんですが、著者はこの詳しい解説をしています。
ー 「諸行無常」と並んで仏教が標榜する根本命題のひとつが「一切皆苦」である
ー 明白な苦痛・苦悩は、仏教では「苦苦」(苦の苦)という。
ー 楽しく思えることも本質的には苦であり、これを「壊苦」(変容の苦)という。
ー あらゆるものが移り変わっていくことを見て感じる苦は「行苦」。

そして、「苦」の原語「ドゥッカ」=「思いのままにならないこと」「不如意」、
つまり、この世は無常であるから「「すべては思いのままにならない。」と
しています。
これが「一切皆苦」の意味だそうです。
そして、ここで、「四苦八苦」の説明があります。(これは省略)

さっき、羅什さんと玄奘さんが、勝手に「度一切苦厄」を追加したといいましたが、
著者は これこそが「経典の趣旨をくみ取った上で考え抜かれたものだ。」と
述べています。

この一文がなかったら、どうなりますかね・・・試しにやってみると:

A本: 「観自在菩薩が深遠な智慧の完成を実践していたとき、
     存在するものを構成する5つの要素は、すべて実体のないものだ
     と見抜いて、・・・」

B本: 「観音菩薩が彼岸にいたる悟りを得るために瞑想にふけっているときに、
     五つの構成要素は永遠不滅ではないということをはっきり
     悟ったのでした。・・・」

この本:「高貴なる観自在菩薩が深遠な般若波羅蜜多の修行を実践しているとき、
     五蘊あり、しかも、それらは自性空であると見極めた。 ・・・」

上記の中の「・・・・・」の部分に、
A本: 「いっさいの苦悩や災いを超克した。」
B本: 「あらゆる苦しみと災厄から逃れることができたのです。」
この本:「一切の苦厄から解き放たれた。」
が、入るか入らないかで、「般若心経」の価値が決まったということですね。

翻訳って恐ろしいもんですね。

では、次回その(10)は、
この著者の最もユニークな構想(高層?)にせまってみましょう。

 

 

 

 

 

 

   

   

   

   

   

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2011年12月20日 (火)

「般若心経」の本(8) 五蘊(ごうん)、自分自身をしっかり観る 

宮坂宥洪著の「真釈 般若心経」(角川ソフィア文庫)を読んでいます。

インド哲学について:
ー インドの哲学という場合の「哲学」とは、「観ること(ダルシャナ)」だと
  申し上げましたが、これはまさに心の眼で何をどう見るかということです。
ー 基本的には、移ろいゆく世の中の根底にあって、不変のもの、永遠の
  ものを、インドの哲学者たちはつかもうとしてきたように思われます。
ー 単なる思弁的な議論ではなく、解脱という人生の最大目標に至るための
  理論の構築であり、それは必ずや何らかの瞑想を伴う実践的方法
  (例えば、ヨーガ)に結びつくものでした。

ー 自分の究極の本質として永遠不滅の単一のアートマン(我)がある
ー 世界の究極の本質としては、永遠不滅のブラフマン(梵)がある
ー アートマンとブラフマンは一つのもの(梵我一如)であるはず。
  その一体性をさとることこそが解脱。

以上の哲学に対して、真っ向から否定的な見解を示したのが仏教だった。

何に対して否定的だったかというと:

ー インド哲学の主流であったバラモン教ならびにその哲学
ー その聖典である「ヴェーダ」の権威
ー 「ヴェーダ」に根拠を置くカースト制度

だから、インド哲学の中では異端であった。

仏教は:
ー アートマン説(有我説)に対する強力な反論として「無我説」を立てた。
ー 無我説をさらに徹底させたのが「空」の教え

よって、「般若心経」において観自在菩薩が見極めたとしていることは、
自己の探求から始まり、無我説をむぐって大乗仏教が見出したひとつの結論
である。

・・と著者は述べています。

さて、ここからいよいよ、皆さんが?、私がなんとなく期待していいるところの
「般若心経」らしいところに入っていきますよ。

「自分とは何か」、「五つの根拠・五蘊(ごうん)」

ー 観自在菩薩が「まずっこのように自分自身を観察しなさい」と「指示」
  したことが、この「五蘊(ごうん)」から読み取れる。

ー 「体がある」「感覚がある」「イメージを持つ」「深層意識がある」「判断をする」の五つ
ー 般若心経に出てくる用語で言えば、色、受、想、行、識 である。

ー 蘊(うん)とは「たくわえ」「あつまり」を意味する。
  サンスクリットで「スカンダ」といい、本来の意味は「木の幹」
  全体を構成する主要素という意味。

般若心経の中で 「照見五蘊皆空」(しょうけんごーうんかいくう)のところ
ですね。

著者はここを 「五蘊あり、しかも、それらは自性空である、と見極めた」
とサンスクリットの原典から翻訳しています。

著者は、漢訳では読み取りにくいことが、原典には明確に書かれていることが
お分かりでしょうか。 観自在菩薩は、まず「五蘊あり」と見極めたのです
・・・と述べています。

それで、ちょっと他の解説書に、ここがどう解釈されているのかを
チェックしてみましょう。

A本: 「観自在菩薩が深遠な智慧の完成を実践していたとき、
     存在するものを構成する5つの要素は、すべて実体のないものだ
     と見抜いて、・・・」

B本: 「観音菩薩が彼岸にいたる悟りを得るために瞑想にふけっているときに、
     五つの構成要素は永遠不滅ではないということをはっきり
     悟ったのでした。・・・」

微妙に違いますね。

つまり、「五蘊あり」ときちんと押さえて、それが「空」と言うか、
いきなり「「五蘊は空だ」と言うかの違いでしょうか。

観自在菩薩が自分自身をきちんと観なさいと指示をしているということから
考えれば、まずは押さえるという点が大切だということなのでしょうか。

ところで、
A本 = 「お経の本」
B本 = 「面白いほどよくわかる 仏教のすべて」

さて 次回(9)は なんでしょうね。

                  

 

 

 

 

                

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 祝 !!   088888  皆様、ありがとうございます。

皆々様、毎度 させ たもつ のサイトにお立ち寄りいただき 有難うございます。

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あははは、自分で踏んじゃいました、 088888 !!

2000年7月に 始めたホームページは こんな感じだったんです。

最初のホームページは 残念ながら残っていませんが・・・・

http://homepage2.nifty.com/SASE-TAMOTSU/sub01.html

http://homepage2.nifty.com/SASE-TAMOTSU/starthp/subpage28.html

2000年7月という時期は、

1998年4月から2000年3月までの バギオでの駐在時代を終わって、

その期間の様々なフィリピン体験・バギオの日々を書き綴った

「Oh マイ・フィリピン バギオ通信」を出版にむけて 準備していた頃だったんです。

それから 2011年12月の今まで、11年5ヶ月・・・

なんだか、感慨深いですねえ。

本当に 皆様に感謝。

今後とも たまには お立ち寄り下さい。

有難うございます。

させ たもつ

    

     

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えっ!!  お屠蘇って そうだったの???

「正月はやっぱり お屠蘇がないと 雰囲気が出ないよねえ。」

「えっ? お屠蘇なんて飲まないよ、うちの方じゃあ。」

「あれっ? 日本全国 飲むんじゃないの? お正月は屠蘇器が飾ってあって

お父さんが 家族ひとりひとりに お屠蘇をついで上げて・・・」

「四国じゃやらないよ。」

「ええ~~っ?? やらないの?」

「鎌倉あたりでも やらないわよ。」

「はあ~~? 本当に??  日本中でやっていると思ってた。

 少なくとも九州じゃやっていると思うけどな・・・」

61年間、まったく 全国版の風習・しきたりだと思っていました。

インターネットで調べました、こちらでご確認下さい。

「屠蘇」で検索。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%A0%E8%98%87

あるいは、こちらにも由来が書いてあります。

http://www.binchoutan.com/toso.html

中国からやってきて、平安時代に宮中の正月行事になったらしいです。

でも、たしかにここに書いてあります。

基本的には関西以西の西日本での風習・行事だそうです。

薬屋さんで、確かに昔は 売っていたり、サービスでお客さんにあげたりしていたと思います。

こんなお屠蘇の器を みなさんは見たことありませんか?

http://item.rakuten.co.jp/eemon/001-856/

屠蘇器です。

漆塗りの器ですね。

私は長崎県生まれですから、お正月にこれが飾ってないと、お正月っていう

雰囲気が出ないんですよね。

子供の時は、なんだこの味は!? って感じでした。

薬草ですからね。 

結婚式の三々九度みたいにして 家族全員がいただくんです。

お正月のお客様にも 必ずふるまうんですね。

皆さんの故郷では、お正月にどんなものが飾ってありましたか?

どんな風習が懐かしいですか?

 

 

 

     

フィリピンでもやりたいなあ~~、このお屠蘇・・・・

   

   

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2011年12月19日 (月)

「般若心経」の本(7)  ちょっと浮気・・・

宮坂宥洪著の「真釈 般若心経」(角川ソフィア文庫)を読んでいます。

ここで、ちょっと別の本で「般若経」がどんなものかをチェックしておきましょう。

・・・・

学研の「お経の本」に書いてある内容を引用してみますと:

「空の理法と霊性の智慧を説く経典群 - 般若経
「般若経」とは、約10種以上に系統が異なる膨大な般若経典群の総称で、
六波羅蜜という修行徳目が説かれている。
なかでも、空性を核とした般若波羅蜜多という智慧の完成を説く「般若心経」と、
布施、忍辱、智慧が述べられている「金剛般若経」はとくに有名で、大乗仏教の
精髄とされている。

「大般若経」は、さまざまな般若経典群の原典を集成した大経で、全600巻に
およぶ。 ・・・意外にも、「般若心経」は、このうちには含まれていない。

「般若心経」は、大般若経全600巻のエッセンスを説き、わずか262字の
中に「色即是空、空即是色」に象徴される深遠なる空の境地が展開されている。

(う~~ん、この本は 宮坂宥洪さんがメッタ切りにしそうな本ですかね?)

・・・

もうひとつ、
日本文芸社「面白いほどよくわかる 仏教のすべて」より:

「大般若経」の真髄を凝縮した「般若心経」
「般若心経」のもととなった「大般若経」は全六百巻もある膨大な経典です。
「大般若経」には、・・大乗仏教の基本哲学である「空」の思想について
書かれているのです。
「空」の思想とは、要するに「執着心から解き放たれた自由な心の境地」と
いうことです。

「般若心経」の「心経」は、「大般若経」の真髄、真意という意味です。

原典であるサンスクリット語では、「フリダヤ・スートラ」といい、
直訳すると「心臓である経典」となります。

(ここまでは、宮坂宥洪さんが「デタラメだあ~~」と言いそうな
 解説ですね。 でも、この後にちょっと 気になることも書いてあります。)

「般若心経」について。
どの経典も「序分」「正宗分」「流通分」から成り立っています。
・・・ところが、「般若心経」はこの形式が一切あてはまりません
・・いわゆる「正宗分」のみで、しかも終わりは「ぎゃていぎゃてい」の
呪(真言・マントラともいう)で終わっているのです。
この「般若心経」という経典は、お経の形式からいうと、まことに型破りで、
破天荒な経典なのです。

ですから、この経典は頭で論理だててつくられたものではないのではないか、
長い年月、人間の心の奥深いところで熟成していたものが、あるとき、
あふれ出る情熱と霊感によって、一気に噴き出されるように書かれたもの
ではないか、とも考えられるのです。
経典というよりむしろ全体が呪(真言・マントラ)といったほうが
ふさわしい、お経なのです。

(おお~~、ここの解説は宮坂宥洪さんも ちょっと納得する部分じゃ
 ないでしょうかね。  分かっているじゃないか。 そうだったら
 主たる解説部分にそれを書きなさいよ。 首尾一貫しなさいよ。
 って言いそうな感じですね。)

・・・・・

ついでに、もうひとつの本。
玄侑 宗久著「現代語訳 般若心経」より引用:

「般若心経」は難しい、と思われている。
たしかに本文二百六十二文字の内容は、あまり類例がないほどに凝縮している。
きちんと学ぼうと思えば、十八界を初め、・・・・・仏教各派の議論なども
踏まえなくてはならないだろう。

難しさのもうひとつの側面は、・・・解説書が山ほどあることだ
じつにさまざまな観点で書かれている。 ・・・いったい何が本当の
「般若心経」なのか、という難しさも伴うのである。

しかし何よりこのお経の難しさの本質は、人間の理知を超える体験
しようというところにある。

(これもかなり微妙ではありますが、最後の部分に到ると、宮坂宥洪さんの
 言いたいところ、マントラはマントラだ、という部分に共通するような
 気もしますね。)

・・・・

こうやって、眺めてみると、この「般若心経」ってのは、やっぱり
多くの人たちが凄いお経だと思いながらも、なんかちょっと他とは
違うぶっとんだところがあるお経だとも感じているみたいですね。

その(8)では、本筋に戻ります。

         

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2011年12月18日 (日)

まことに小さな国が・・・

まことに小さな国が 開花期を 迎えようとしている・・・

バルチック艦隊を迎える日本連合艦隊は 佐世保を出港した・・・・

あやかりたい、あやかりたい。

http://www.city.sasebo.nagasaki.jp/rekisi/09/09_07.htm

佐世保を 出港して 42年。

私にとっての バルチック艦隊は 何だったのか、何なのか・・・

パッ、パッ、パッ、パッ、パッ。

末広がりを 念じて。

皆様、良いクリスマスと お正月をお迎え下さい。

 

 

  

   

   

   

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「般若心経」の本(6) 「心」「大」「深」のある無しで何が違う?

宮坂宥洪著の「真釈 般若心経」(角川ソフィア文庫)を読んでいます。

ここで、ちょっとインド仏教の歴史の話が出てくるんです。
それで、その中での「般若心経」がどういう位置づけなのか。

またまた、つまみ喰い:

ー お釈迦さんが亡くなった後、伝承の違いから多くの部派が生まれた。
ー 西暦紀元前後から、都市生活者の中から、仏教改革運動が起こって、
  多様な信仰形態が生まれた。仏像もこのころ。
ー 仏像、つまり偶像崇拝は、世界の中では異例なことだった。
ー 仏教でも、仏滅後500年間くらいは、仏像などはタブーだった。
ー 紀元一世紀頃から北インドのガンダーラ地方で仏像彫刻が始まった。
  ギリシャ美術の影響がみられる。
ー 同じ頃、北インドのマトゥラーでも、ギリシャ美術の影響なしに
  始まっている。
ー これは、偶像崇拝というよりも、「観仏」という瞑想と関係しているの
  ではなかろうか。

ー お釈迦様の教えの真意を追究する人たちが出てきた。
ー 元々は、出家者に慈悲の精神は必要ではなかった。なぜなら、
  出家者もまた釈尊の救済にあずかる人々にすぎなかったから。
  つまり、お釈迦様の教えどおりに修行さえしていればよかった。

ー 菩薩としての自覚をもって生きようという人たちが出てきた。
  仏陀の智慧と慈悲の精神を重んじる大乗仏教が生まれた。

そこで、大乗仏教の先駆となった経典が「般若波羅蜜多経」(心は無し)
だったそうです。

略して「般若経」で、これは、むちゃくちゃたくさん、紀元前後から
600年間延々と生み出されたらしい。
それが、玄奘が漢文に翻訳した「大般若波羅蜜多経」(大が付いた)。
それも600巻だそうですよ。 すごいね。

ー 般若経は、般若波羅蜜多を主題とし、その称揚に徹した経典である。
ー 大乗仏教徒にとって、新しい仏教運動のスローガンであった。
ー 諸仏がさとりを得るのは般若(智慧)の力による。
ー 般若波羅蜜多そのものが神格化された。
ー 諸仏を生む母という意味で、「仏母」として般若波羅蜜多をあがめた。

ー 現代の日本でも、真言宗や天台宗や禅宗などの寺院では、
  仏母と呼ばれる般若波羅蜜多菩薩(ぼさつ)略して般若菩薩という
  女尊が本尊になっているところがある。

で、結論的に、
「掲諦、掲諦、波羅掲諦、波羅僧掲諦、菩提、娑婆賀」
(ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー)
と言うマントラ、祈りの言葉は、
この般若菩薩に対する祈りの言葉なのだ、って著者は言っています。

ー 玄奘訳の「般若心経」には「仏母」という言葉は出てこない。
ー しかし、
  後代の施護が翻訳した経題は「仏説聖仏母般若波羅蜜多経」となっている。
  これは、般若波羅蜜多が仏母であることを明確にしている。
ー このことは、チベット版「般若心経」でも、「仏母たる・・・」と
  サンスクリットの経題が明記されている。
ー 「般若波羅蜜多は これ諸仏の母」という言葉は 般若経では頻繁に
  述べられている。

要するに、「般若心経」は 諸仏の母としての般若菩薩を本尊とする経典
あって、祈りの経典だということみたいですよ。

そして、ここからが 非常に面白いところなんですが、
「般若心経」は「般若経」のひとつではあるが、他とは違う特別なことが
二つあるのだそうです:

1.主人公は観自在菩薩である。
  厖大な般若経の中で、観自在菩薩が出ていること自体が異例。

2.般若波羅蜜多がマントラであることを明示している。

元々マントラというのは、バラモン教の聖典の賛歌であった。
それに対抗するようなものとして、仏教のマントラである「般若心経」が
作られた、ということのようです。

もっとも、初めのうちは、マントラとは呼ばず、「明」、「明呪」とか
「陀羅尼」と呼ばれていたそうです。

したがって、般若経の中でも特異な地位を占めた、としています。

「色即是空」などの教えは、他の般若経の中でも説かれていて、
「般若心経」だけに特有なものじゃないそうです。

だから、「般若心経」は、般若波羅蜜多の修行をする人たちに
「このように観察しなさい」と観法の手順を示している「指南書」だと
しています。

そして、般若心経の最初のところに出てくる
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、・・・」の「深」般若波羅蜜多とは
何かという点についても、明確な解説をしています。

この「深」は「尋常ではない」を意味するそうです。

普通の般若波羅蜜多(智慧という完成)は、菩薩の六つの実践徳目(六波羅蜜)
を意味するけれども、この「深」がついている般若波羅蜜多は特別な念誦法
偉大なマントラのことを指しているとしています。

六波羅蜜=布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六つ

この六つの中の智慧とは別格の智慧だということになります。

そうだ、「色即是空」は どうなったの???

なんだか、いつまで経っても、般若心経らしい話になってこないな、
なんて思っていませんか?

今、やっとこさ、「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」というタイトルの次の
本文一行目あたりに入ったところですからね~~。

今からですよ~~。

・・・と言っても その(7)が どうなるのか、
私にも まだ分かりません。

 

 

 

 

   

   

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もうすぐ・・・・・

もうすぐ

88888

です。

・・・それが、どうした?

 

うれしい!!

   

  

 

 

 

 

 

    

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