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2012年7月26日 (木)

「亡霊のさまよう街 ― その1」 フィリピン・バギオの歴史

2007年3月から9月までに書いてメーリング・リストで配信した短編です。 7回に分けてお届けします。

故あって、フィリピン・バギオの歴史学習の材料として ここにアップすることにしました。

尚、この短編は バギオ市制100年祭の折に、日比国際平和演劇祭で上演されたものの原作です。

また、この作品は一部体験した内容、元日本兵の方から聞き取った内容、戦記物の書籍などから情報を得たものなどをもとにして創作したフィクション小説です。

(著作権は放棄しておりませんので、ご留意ください。)

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「亡霊のさまよう街」

「姉さん、あの女の子 名前はなんて言うの?」

「あの子って・・?」

もう十年以上前のことだが、ジョナタンは姉が経営するミリタリー・カット・オフ

通りのカフェに立ち寄っていた。

建設業が仕事のジョナタンは、カフェに程近いビルに事務所を構えていたが、

今までその女を見かけたことがない。

「あの子だよ。 赤いミニ・スカートはいてる子。 雇ったんじゃないの?」

ジョナタンは、奥の机で伝票を書いているジュードに、カウンター越しに言う。

「えっ、赤いミニ?」

ジュードは最近掛けはじめた銀縁のメガネをはずしながら、やっと顔を上げる。

カフェには 二人の使用人がいるが、開けたばかりのカフェには まだジュード

しかいないはずだった。 いつもなら夜やるはずの伝票整理を、昨日の夜は

バギオ・カントリー・クラブでの結婚パーティで積み残していたのだ。

「あの子だよ、奥のテーブルをセットしている子・・・」

ジョナタンが振り返ってみると、さっきの女の姿は もうそこにはなかった。

「どの子よ・・・」

カウンターを出てきたジュードはカフェを見渡してから、ジョナタンの顔を見る。

「はは~ん、また見たのね。」

柳川友恵がバギオに子供連れでやってきたのは雨季に入った頃であった。

日本で化粧品と健康食品のセールスをやっていた友恵は、もうすぐ小学生になる

という一人息子に英語の勉強をさせたいと、韓国人の英語留学で人気のあるバギオ

にやってきたのだ。 

友恵は在日韓国人であったが、それは親の時代のことで、本人は日本人としての

意識しか持ち合わせていないし、日本語しか出来なかった。 亭主はソフト会社

経営の日本人であるが、もう四年半ほど前に離婚し、養育費をもらって生活していた。

カランテス家のジュードは、韓国人の下宿人には懲りていた。

下宿人への約束事を女主人は二つ決めていたが、英語の勉強に来ていた若い

韓国人の男がその二つの約束事を二つとも守れなかったからである。

家の中でタバコを吸わないこと。 友達などを部屋の中に入れないこと。

「まったく、あのコリアンは部屋の中でタバコを吸って、それをダンボールに

押し付けて消したりするのよ。 家が火事にでもなったらどうしてくれるの。 

おまけに、女の子まで部屋に入れちゃうし・・・。」

しかし、その時、部屋は六つもあるのに、下宿人は保ひとりきりであった。 

ミニ・マートの売り上げもパッとしないし、背に腹は代えられなかった。 

ジュードは実質的に日本人と変わらないという友恵を受け入れることにした。

「佐世さん、昨日の夜、夜中なんですけど、誰か家の中を歩いてませんでした?」

友恵が下宿人になってから三ヶ月ほど経ったころの事だった。

午後になると必ず雨雲と霧に覆われ、夜にはいってからも雨音はやまない日が続い

ている。

ビッグ・ハウスと呼ばれる母屋には下宿人用の部屋が二つあったが、保が住んで

いたのは四つ部屋のある別棟である。 その別棟で、保の部屋と柳川親子の部屋

はリビングを真ん中にして、はす向かいにあった。

保がその夜ベッドにもぐり込んだのは、夜中の一時を回っていた。 

友恵親子が寝るのはいつも九時前と決まっている。 

おそらく、それは二時か三時ころのことだったろうか。 保はベッドには

もぐり込んだものの、ボトッ、ボトッ、ボトッと不規則にしたたる雨音に

うつらうつらしていた。

保は だれかが部屋のドアを叩いているような気がした。 寝返りを打って、

ドアの下を見たが、リビングに灯りがついている様子はない。

「気のせい・・・か。」

保は 寝返りを打ったまま、右腕をベッドから垂らして、眠気の中にいた。

五分たったのか、あるいは一時間だったのか、分からない。 又 だれかが

ドアを叩いている。

ベッドから垂らした腕を目一杯伸ばして、手をドアのノブに掛け、ガチッと

ノブを回す。 

ゆっくりドアをあけるのは かえって怖い。 スパッと開くのが一番だ。

映画だってそうだ。 だんだん盛り上げるから怖い。 何も考えずに、

スパッと結論を急いだほうが、仮にそこに何かがいたとしても、時間は短くて

済むってもんだ。

だが、もしそこに何かがいたとしたら、逃げる時間をあげた方がいいかもしれない・・・、

などという思いもふっと浮かんだりする。 急に顔を出したら相手だって

びっくりするにちがいない。

リビングには 玄関ドアの横の明かり取りからもれてくる外灯のかすかな明かりが、

丸テーブルの上で黒光りしているだけであった。

「やっぱり・・・気のせい・・・か。」

保は「なにか」を見る能力なんて はじめっから持ち合わせちゃいないのだった。

友恵は「やっぱり・・」という顔をした。 この「やっぱり」は 保の

「やっぱり」とは違っていた。

この別棟の一番奥には女主人の弟ジョナタンの部屋もあって、仕事で遅くなった

時などに時々寝泊りしている。 しかし、その夜には「今夜泊まりますから、

外側の網戸の鍵は外しておいて。」という連絡はなかったから、誰も外からは

入れない・・はず。

「確かに大きい音がしたんですよ。 気配があったもの・・・。 でも、

玄関から誰か入って来たはずなのに、その後足音がしなかったから・・・。 

感じたんですよ。 多分・・・日本人だった。

 怖くてドアなんか開けられないですよ・・・。」

「そう言えば、この辺りは戦争中に結構日本兵も死んでいるしね・・・。 

ケノン道路は最後の激戦地だったらしいから。」

「なんか、関係あるかしら。 三日くらい前に ここに入れてあったお米を

捨てたんですけど。」

リビングの正面にテレビを載せたテーブルがあって、二十センチばかりの

キリスト像とマリア像が置いてある。 そこに小さな器があって生米が一握り

入れてあるのだ。 日本で言えば仏壇のお供え物である。 

そのお供え物の生米に虫がわいていたので、米ごと捨てたというのだった。

カレンテス家のジョナタンは、トレジャー・ハンティングを趣味にしていた。 

いわゆる「山下財宝」の宝探しである。 戦時中、バギオに司令部が置かれた

日本軍の大将が山下奉文であり、バギオを放棄した際に、あちこちに金塊など

を隠したと、今でも真面目に信じられているのである。 時折、日本語

で刻印のある金貨や銀貨を持ってきては、なにが書いてあるのか調べてくれと言う。 

山下財宝の隠し場所のヒントが書かれていないかと思っているのである。 

「ジョナタンさん、最近トレジャー・ハンティングやってますか?」

保は別棟の彼の部屋に書類を取りに来たジョナタンに声を掛けた。

「ああ、やってるよ。 ついこの前の土曜日に行って来たところだよ。 

どうして?」

「友恵さんが、日本人らしい亡霊を感じたって言うんですがね・・・。」

「う~ん、日本人かどうかは分からないけど、この辺りに爺さんはいるよ。」

「爺さんって、どんな?」

保は それがトレジャー・ハンティングの時にジョナタンが掘り返した場所から

「連れてきた」亡霊なのかどうかを知りたいと思った。

「いや、その爺さんは昔からいるよ、この辺りに。 若い女と一緒に出てきたり

もするんだけどね・・。」

「若い女も出るんですか。 なにかジョナタンさんと関係があるんですか?」

「いや、私も分からないんだけど。 子供の頃からよく霊を見ることはあったんだよ。

 もしかしたら、私が昔知っていた女かもしれないけど・・・。」

「よく出てくるんですか?」

「ああ、この前なんかは香水の匂いだけだったけどね。 車の中に香水の匂い

がするから、運転手に誰が乗ったんだって聞いたけど、香水の匂いなんかしない

って言うんだよ。 私にしか分からない匂いだった。 

・・・でも、若い女の方は 会いたいと思えば出てきてくれるんだよね。 

私の彼女みたいなもんかな・・ははは。」

「その二人の亡霊は なにか悪さはしませんか?」

「大丈夫、大丈夫、 この辺りにいるのは守護霊みたいな感じだから、

心配しなくていいよ。 心配だったら 姉に話しておくから。」

「友恵さんが 怖がっているんで、よろしくお願いします。」

ジュードが十字架と生米を抱えて別棟に現れたのは 翌日の朝だった。

お祈りをしながら別棟のリビングと各部屋に生米を撒き、器に新しい生米を

入れ、十字架とキリスト像・マリア像を前にして もう一度祈りを奉げる。

「これで多分大丈夫よ。 また出たら教えてちょうだい。 でも、ここの霊は

なにも悪いことはしないから平気よ。」

「ジュードさんにも 見えるんですか?」

「私は見えないわ。 内じゃあジョナタンだけなのよ。 弟は昔から見えるの。」

それ以来、友恵が下宿で日本人らしき亡霊を感じることはなくなった。

しかし、友恵は これだけでは終わらなかったのである。

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

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