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2012年10月 1日 (月)

山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(17) 枝分かれ? 分裂? 独立!

中央公論新社の 山折哲雄著「法然と親鸞」を読んでいます。

「第十二章 分割相続か単独相続か」

正直言って、このタイトルは良く分からないんです。
法然から親鸞に浄土宗が引き継がれたわけではないんじゃないか
と思うからです。
まあ、親鸞さん自身は 浄土真宗という独立した宗派、団体を
作ろうという意識はなかったそうなので、浄土宗の端くれで
あったということは言えるかもしれないんですけど・・・・

ー 弟子は、師の全体をはたして受け継ぐことができるのかという
  ような問題である。
  ・・師の本質を継承することがはたしてできるのか・・・

ー 師の生前の言行をひたすら模倣し、その通りに実践しようとする。
  謙虚で控えめな弟子の道である。
  ・・師資相承の名のもとに師の分割相続を覚悟してしまっている。

ー 組織の安泰、教団の維持と保全、・・・階層秩序の形成、
  などなどが、師の全遺産の分割相続によってはじめて可能となる。

・・・実際、法然さんの後の浄土宗は、
「法然の没後、長老の信空が後継となったものの、証空・弁長・幸西
・長西・隆寛・親鸞ら門人の間で法然の教義に対する解釈で微妙な違い
が生じていた。」

つまり、信空さんが後を継いでいるわけですしね。
かなり、その後も迫害を受けて、分派しているようですけど。

「その後、浄土四流(じょうどしりゅう)という流れが形成される。
すなわち、信空の没後、京都の浄土宗の主流となった証空の西山義、
九州の草野氏の庇護を受けた弁長の鎮西義、東国への流刑を機に
却って同地で多念義を広めた隆寛の長楽寺義、京都で証空に対抗して
所業本願義を説いた長西の九品寺義の4派を指す。」
(wikipediaより)

ー ブッダの十大弟子、イエスの十二使徒、日蓮門下の六老僧などが、
  このようにして生みだされた。

ー 法然の門下からは、親鸞という逸材が出現・・・・
  ・・しかも、・・・唯円という鋭い弟子が育った・・・

ー ブッダとアーナンダ、もしくは イエスとペテロ(あるいはユダ)
  のあいだで演じられた精神のドラマ・・・・新たな展望、意外な
  光景がみえてくる・・・

ー 若き親鸞を、法然はいったいどのような目で見ていたのだろうか
  ・・その感想や述懐が法然の口から直接もれてくることがない
  のである。

・・・まあ、法然さんにとっては、親鸞は大勢の弟子の中の一人では
あったけれども、「七箇条起請文」への署名の順番から言えば、
190名の中の87番目なので、その程度のことだったのか、
という話なんです。

法然が学校の先生だったら、4クラスを担当していて、その生徒の中の
上でもなく、下でもなく、一番目立たないあたり、ってことに
なるんでしょうかね。

そこで、著者は「歎異抄」を引き合いに出しているんですがね・・・

「たとえ法然上人にだまされて、念仏して地獄に堕ちたとしても、
すこしも後悔はしない・・・」

・・・これにしたって、ほとんどの門下生が同じぐらいにそう
思っていただろうとしているんです。

ー 法然の説いた念仏の運動が四方八方にみごとな枝分かれをして
  いった・・・

・・・ものも言いようですけど、「枝分かれ」なのか「分裂」なのか。
そして、上にもあるように、浄土宗の分派、
一念義、多念義、鎮西義、西山義、九品寺義、そして親鸞の
浄土真宗などが出来ていったんです。

ー 各セクトがそれぞれの独自性を発揮していく・・・
  しかし、そこに異変がおこる。
  ・・・親鸞の「浄土真宗義」はやがて独自の路線を歩きはじめる。

ー 親鸞の思想のなかに他者との妥協を峻拒するような
  原理主義的な鋭さ、といったものをいつも感ずるからである。
  法然門流のなかではきわ立つほどのラジカルな生き方
  かれが主張していたからだ。

ー 立場の異なる多くの弟子たちは、自分たちのそれぞれの
  人格を柔軟に、そして優しく受け入れていく法然の世界に心を
  安んじて惹き寄せられていった。
  ・・一念義とか多念義とかいう安住の場である。

ー しかし親鸞は、・・・・師・法然の本質をどのようにしたら
  そのままの形でわが身に引き受けることができるのか、
  そのことのみに自己の思考を集中していたのである。
  師の精神的な遺産の単独相続ということだ。

・・・ここまでは、法然をどのように親鸞が引き受けていこうとしたか
の話なんですが、こんどは浄土真宗の立場になって、親鸞自身が
法然の立場になっていくわけです。

それは、また次回・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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