« 井上靖「天平の甍」を読む。- 14  浄土を学んだ玄朗が・・・ | トップページ | 我が故郷の 晴れ姿 ・・・・ Sasebo City, Nagasaki, Japan »

2012年11月23日 (金)

井上靖「天平の甍」を読む。- 15  鑑真 沖縄へ渡る、しかし・・・

旺文社文庫 井上靖著「天平の甍」を読んでいます。

いよいよ鑑真が日本へ渡る時がきました。

p155
河岸の暗闇の中を何人かの人々が近づいて来る気配がして、・・・・
二十四人の沙弥であった。・・こんどは鑑真らの一行がやって来た。
・・闇の中から「照」と和上の声が応じて来た。
普照はその声のほうに近寄って行って、師の手をとった。
・・・普照は感動のあまり一語も口から発することはできなかった。

p156
鑑真といっしょに日本へ向かうために大江を下るのはこれで三回めであった。
・・・最初のときからは十年、二回めのときからは六年の歳月がたっていた。

p157
普照は三年の歳月が和上の顔を老いたものにしているとばかり思いこんで
いたが、鑑真はむしろ若々しい顔になっていた。
両眼は明を失していたが、そこには少しも暗いじめじめしたものはなかった。
・・・六十六歳の鑑真の顔は静かな明るいものになっていた。

p158
黄四浦に着くと、一行はすぐ将来品の詰まっている箱を、第二船と第三船
に積み込む仕事に携わった。
将来する仏像は主なものだけでも阿弥陀如来像、彫白栴檀千手の像、
繍千手の像、救世観音像、薬師像、弥陀像、弥勒菩薩像等があった。

経巻類に至っては、その数は膨大なものであった。・・・・

(・・・でその経巻類の中に 玄奘法師の「西域記」の名前もあります。)

ここでいよいよ日本へ持って行く荷物を積み替えて、大海へ乗り出すわけです。

それで、船の割り当てなんですけどね、
第一船: 大使清河、 鑑真及び従僧14人 ==>第二船へこっそり移動
第二船: 大友古麿、 業行と普照 ==> 第三船へ鞍替え(経典なども)
第三船: 吉備真備、10人の同行者、
第四船: その他

そして、この発表の時に、あの玄朗からの便りが来たんです。

「約束しながら禅智寺へ連絡しなかったことを詫び、帰郷の情耐え難いものが
あるが、何分にも虫のいい望みと思うので、自分は自分らしく唐土に
果てる
つもりであるといった意味のことが簡単にしたためられてあった。」

そして、玄朗を説得しようと普照が揚州にもどっている間に
遣唐使船ではごたごたが起きていたんです。

p162
使節団の幹部の中から意見が出て、・・・役人が鑑真一行の渡日を知り、
船を捜索して鑑真らを船中にとらえるようなことがあれば、遣唐使船で
あるだけに問題はうるさくなる。
・・・この際和上並びに衆僧を下船せしめるにしかずということになった・・・

そして、ここでも又、鑑真たちを救ったのは大友古麿だったんですねえ。

p162
古麿はまったく独断でひそかに自分の船に鑑真ら二十四人を収容した。
・・・普照と業行は古麿の第二船に乗るはずであったが、第二船の人員が
多くなったので、第三船の吉備真備の船に鞍替えさせられていた。

そして、ここでまたまた業行がトラブルを起こしたんです。
要するに自分が人生をかけて写経したものと同じ船じゃないと
絶対にダメだって言ったわけです。
それで、無理を通して経典類を第二船から第三船に移し替えたってことです。

調整後の船の割り当ては上記に==>で示したような感じですかね。

p163
十五日夜半、折からの月明を利して、四船は時を同じくして発航した。
大使清河の第一船に乗っていた在唐三十六年の阿倍仲麻呂が、
「あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさの山に 
 いでし月かも」 と歌ったのはこの夜のことであった。
http://www.hyakunin.stardust31.com/1-25/7.html

p164
普照と業行の乗っていた副使真備の第三船が無事阿古奈波(沖縄)に
到着したのは、黄四浦を発してから六日めの二十日の夜半であった。
・・・四日めの朝から僚船とは離れてしまって、第三船はまったく
単独の航海であった。

第三船が阿古奈波に着いた翌日の暮れ方、まる一日おくれて、
大使清河の第一船と副使古麿の第二船が相前後して島の港にはいって来た。

この時点で、第四船の消息が分からなくなっていたんですねえ。

p164
十二月にはいると間もなく乗員の一部に乗る船の変更が行われた。
それは古麿の船に鑑真の一行が定員外に乗っていたので、危険をさける
ために、それを他の二船に分乗せしめることになったのである。
鑑真、思託ら七名は今までどおり第二船にとどまり、一行の他の者は
それぞれ、第一船と第三船に分けられた。

そして、この時に通訳ができる人間が3つの船に分かれることに
なったんですね。

第一船: 大使清河、鑑真一行の一部、普照==>第二船へ移動
第二船: 副使古麿、鑑真、思託ら七名、 業行==>>第一船へ移動
第三船: 吉備真備、鑑真一行の一部
第四船: 行方不明?

ここで、普照と業行は 第三船から移動させられたんですね。
そして、ここでも業行はだだをこねて、第一船じゃなきゃ嫌だっていったらしい。

それで、普照が交渉して、これを交換するんですね。
上に書いた通りです。

勿論、業行は自分の経典類も一緒じゃなきゃいやだって言って無理を通します。

第一船は 大使の船だから 船も大きいし、一番安全だと業行は思ったわけです。
その点、普照は 鑑真と一緒の船の方が良かった。
まあ、二人ともに結局 自分が好きな方に乗れたわけです。

業行いわく、
「私が大使の船を希望したのは、自分の生命が惜しいためではない。
・・あれだけは日本へ持って行かなばならない。 律僧の二人や三人は
かけ替えはあるが、あの写経には替わるものはない。
 そうじゃないですか」

いやはや、もの凄い執念だと思いませんか。
自分の人生を掛けたものは、人間の命よりも貴重だということですね。

p167
私の写したあの経典は日本の土を踏むと、自分で歩きだしますよ
私を捨ててどんどんほうぼうへ歩いて行きますよ。 多勢の僧侶があれを読み、
あれを写し、あれを学ぶ。仏陀の心が、仏陀の教えが正しくひろまっていく。
・・・」

たしかに、一人の人間がやることよりも、その結果として残された
書籍、仏典が大きな仕事をしてくれるということはあるでしょうね。

==その16へ続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|

« 井上靖「天平の甍」を読む。- 14  浄土を学んだ玄朗が・・・ | トップページ | 我が故郷の 晴れ姿 ・・・・ Sasebo City, Nagasaki, Japan »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/56175473

この記事へのトラックバック一覧です: 井上靖「天平の甍」を読む。- 15  鑑真 沖縄へ渡る、しかし・・・:

« 井上靖「天平の甍」を読む。- 14  浄土を学んだ玄朗が・・・ | トップページ | 我が故郷の 晴れ姿 ・・・・ Sasebo City, Nagasaki, Japan »