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2012年11月11日 (日)

井上靖「天平の甍」を読む。-2 留学するって どういうこと?

旺文社文庫 井上靖著「天平の甍」を読んでいます。

第九次遣唐使の話が小説というより歴史書のように始まります。

005

大使 多治比広成(たじひのひろなり)文武朝の左大臣の第5子
副使 中臣名代(なかとみのなしろ)中臣鎌足の弟の孫

判官4名、録事4名

知乗船事、訳語、主神、医師、陰陽師、画師、新羅訳語、
奄美訳語、卜部 などの随員

都匠、船工、鍛工、水手長、音声長、音声生、雑使、玉生、
鋳生、細工生、船匠、などの規定の乗務員

水手、射手、などの下級船員

総員580余名、とあります。

これらの人員が4隻の船に分乗し、命がけの渡航をするわけです。

上の職業名の中で 興味を引くのは「訳語」ってやつです。
通訳ですよね。
もちろん中国の唐に行くわけなんで、その当時の中国語が必要
なんですが、その他に「新羅訳語」さらには「奄美訳語」って
あるのが面白いですね。
沖縄方面には、今でも島ごとに地域の言語がたくさんあるそうです。
フィリピンにも島ごとに多くの言語があって、事典によれば
「おそらく100以上。 主な言語だけでも10くらいはある。」
とされていますから、日本の国内も含めて、当時の言語事情は相当に
複雑だったのでしょう。

p8
「もともと時の政府が莫大な費用をかけ、多くの人命の危険をも
顧みず、遣唐使を派遣するということの目的は、主として
宗教的、文化的なもの
であって、政治的意図というものは、
もしあったとしても問題にするに足らない微少なものであった。
・・・この時期の日本が自らに課していた最も大きい問題は、
近代国家成立への急ぎであった。」

「聖徳太子によって律令国家としての第一歩を踏み出してから
まだ九十年、仏教が伝来してから百八十年、・・・やっと外枠が
できただけの状態で、・・・」

私がこの本を読もうと思った理由は、この「仏教伝来その後」の部分に
興味があってのことなので、読み方がちょっと偏ってしまうかと
思いますが、お許しを。

p9
「大安寺の僧普照(ふしょう)、興福寺の僧栄叡(ようえい)とに、
思いがけず留学僧として渡唐する話が持ち出されたのは、(733年の)
二月の初めであった。」

「栄叡はからだが大がらで、いつも堅い感じのごつごつしたからだ
を少し折り曲げて猫背にしており、顔には不精髭をはやしている
ことが多く、一見すると四十歳近くに見えたが、まだ三十歳を過ぎた
ばかりであった。
普照のほうは栄叡よりずっと小がらで、貧弱なからだを持ち、
年齢も二つほど若かった。」

p13
「栄叡は美濃の人、氏族詳かならず、興福寺に住す。
機そう神叡にして論望当たりがたし、瑜伽唯識(ゆがゆいしき)
業となす。」

(瑜伽唯識: 瑜伽論=<心をととのえ主観と客観を一体にすると
するもの>、 唯識論=<万法は心の所現なりとするもの>)

「普照については、興福寺の僧であり、一に大安寺の僧だった
とも言われていたというはなはだたよりない一事だけが、
われわれに残されている。」

p14
「すなわち普照の母は白猪氏で、名は与呂志女、・・正六位上
から従五位下を賜っている。白猪氏の祖は百済の王辰爾の甥であり、
その一族には外国関係のことに携わった者が多いことが知られている。」

な~るほど、朝鮮半島にルーツを持つ外交関連の家柄なんですかね。

さて、ここに出てくる二人の留学僧がいわば主役になるわけですが、
この他にも何人かの留学僧が出てきます。
それはおいおい。

この二人に、どんな指令が下ったのかと言いますと、
p10
「日本ではまだ戒律(仏弟子の非道徳な行為を防止する法律)が
そなわっていない。 適当な伝戒の師(戒を伝え授ける師僧)を
請じて、日本に戒律を施行したい
と思っている。」

この任務を遂行するためには、
「普照が入唐の話を承諾する気になったのは、十数年という
長期にわたる唐土の生活が許されるということであった。」

つまり十数年かけて立派なお坊さんを日本に連れてこいってわけです。
いやまあ、なんとも気の長い話じゃありませんか。
今時なら電話一本? メール一本?

それで、この頃の日本の僧たちの状況がどうだったかと言いますと。

p12
課役を免れるために百姓は争って出家し、流亡していた。
・・・問題は百姓ばかりではなかった。 僧尼の行儀の堕落
はなはだしく、為政者の悩みの種になっていた。 ・・・仏教に
帰入した者の守るべき規範は何一つ定まっていず、・・・」

p13
「まず唐よりすぐれた戒師を迎えて、正式の授戒制度を布くことである。
・・・仏徒が信奉する釈迦の至上命令をもってこれに臨むほかは
なかった。」

まあ、以上のようなことが 留学する僧侶たちに期待された
成果であって、その当時の日本の状況だったわけです。

留学というのは、ここでは公費留学ですから、
まさに日本という国の将来を担う仕事であったわけですね。

==その3に続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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