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2012年12月 4日 (火)

堀田善衛著 「インドで考えたこと」(5) アジアを裏切った日本 

岩波新書 堀田善衛著 「インドで考えたこと」を読んでいます。

p48
「我々の遣っている事は内発的ではない、外発的である
是を一言にして云へば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であると
云ふ事に帰着するのである。・・・併しそれが悪いからお止しなさい
と云ふのではない。 事実已むを得ない、涙を呑んで上滑りに
滑って行かなければならないと云ふのです。」

これは今のご時世を語っているのではないか、と思うぐらいですが、
実は この著者、堀田氏の1957年の話でもなく、
なんとそれよりも47年も前の夏目漱石の言葉だというのです。

しかし、著者は言います、

p50
近代日本もまた「現在と過去との間に何か現実のつながりがあるの
ではないか」と、苦しみつつ未来のためのバネをさがし求めて
来たのである。

p52
牛がそのまわりをグルグルゆったりとまわって地下水を汲み上げて
いる。 ・・足首に金属の輪をはめこんだ女が素焼きの壺に水を
入れ、それを頭の上にのせて運ぶ。 二千年前もまたこうだった
のだろう。

p53
青年が私に云う。

「われわれは貧しい。 しかし五十年後にはーー」と。
・・一般に、長い未来についての理想をもたぬものは、それを
もつものの未来像のなかに編入されて行く
のが、ことの自然と
いうものではなかろうか。
何かぎょっとさせられる。

・・・う~~ん、私もぎょっとしました。
今の、現代の日本に、それがあるのか。
今までどこの国の路線の中にあって、今からはどこの国の路線に
引きずられていくのか・・・

p55
老人は、日本について・・・
「日露戦争以来、日本はわれわれの独立への夢のなかに位置をもって
いた。 しかし、日本は奇妙な国だ。 ・・・われわれアジアの敵
である英国帝国主義と同盟を結び、アジアを裏切った。
工業建設をどしどし押し進めてわれわれの眼をみはらせてくれた。
が同時に、・・・(対支二十一カ条要求)を中国につきつけた。
・・植民地解放をやろうとしてくれた。 が、・・日本帝国主義の
植民地としようとした。 ・・・つくづく不思議な国だ。」

つまり、日本という国は、アジアの希望であったのに、それを
ことごとく裏切ってきた、と言う事らしい。

p62
怖ろしいスピードで走り、そのかげで、いったいわれわれの、モノでは
ない方の、本物の心の方は、本物の創造の方はどうなっているのか。
それは、妙にさびしいことになってはせぬか。

p64
インドではインド自体についてのインド自体による近代的研究と
いうものがそれほど進んでいない、ということになるのかもしれない。
もし日本人が、日本の歴史について書いて、(ネルーのように)
これほどまでに多く、西洋人の手になる日本の文化文明についての
評価を引用したならば、日本の読者は恐らく文句を云うであろうと
思われる。

p66
日本から空輸されて来る雑誌や週刊誌を見ると、それが異様なことに、
リアリティがひどく希薄なもの、あるいは非常に特殊なものとしか
思えないことに気付いた。
・・ところが、英米の雑誌、・・などは、・・日本にいて読んでいた
ときと同じ、等質なリアリティが感じられることにも、おどろいた。
この辺に、何とも表現しがたい日本の特殊性があるように思われる
のだが、・・・

・・ってことは、つまり、日本は確かにものすごいエネルギーで
突っ走ってはいるんだけど、そこに心の底からのリアリティってものが
欠如しているんじゃないか、ってことを言っているんですかね。
だから、なんとなく上滑りな空虚感があると・・・

p67
どこをでも、インドの友人のすすめるがままに見物に行くとするなら、
一切は宗教である、ということになってしまう。
・・その昔の帝王の実に巨大な墓や回教礼拝堂の廃墟がいくらでも
あるが、それらはたとえ廃墟であっても、決して死んではいないという、
生き生きとした印象を与える。
・・・インドでは一切の廃墟が生きている
・・現在に生きている信仰の対象として話をすることが出来る。

p68
人間とその生活、文化文明などについて、・・より根本的、根源的
なことを考えてみたいという傾きのある人に、私はインドへ行って
ごらんなさい、とすすめる。

しかし、・・・ホドのよいカゲンのところでお茶を濁して生きすごし
たいという人には、インド行をすすめない。

私は今のインドに行ったこともないし、せいぜいマスコミで
IT産業が凄いってことぐらいしか知らないんです。
でも、インターネットで検索してみると、いろいろと情報だけは手にはいる。

多様性の国、インドの概要
http://www.museindia.info/museindia/general.html

実録インド生活 結婚編
http://www.interq.or.jp/ruby/mahamaya/okite.html#7

これを読んでみただけでも、著者の堀田さんが書いた1957年当時と、
表面的な発展はともかく、庶民の生活の中の実態はさほど違わないのでは
ないかという気がするんです。

==その(6)へ続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

タマさん、コメント有難うございます。
はい、私もフィリピンに駐在員として来た当初は、
日本にこんなに近い島国なのに、フィリピンはまったく
違う国だなあと驚きの連続でした。

インドにはまだ行ったことがないので何とも言えませんが、
この50年以上前の本を読んでいると、フィリピン程度で
驚いているくらいじゃダメなんだなあと思います。
  
ヨーロッパから中近東、インドへの地続きが、さらに
ヒマラヤを超えて中国につながり、朝鮮半島から日本へ
つながる文化、宗教などの潮流を読ませてもらっています。
  

投稿: させ たもつ | 2012年12月 6日 (木) 08時32分

「インドで考えたこと」シリーズ、面白いですね。
私は、初めてフィリピンへ行った時、インドみたいな国だなと思いました。
騒々しい、他人のプライバシーに平気で突っ込んだ質問をするなど。
その後、二つの国はまるで違うのだとわかりましたけど。
一応、フィリピンもインド文化圏の端っこに位置するのですね。
最近はフィリピンにインド文化の痕跡を見るようになりました。

投稿: タマ | 2012年12月 5日 (水) 20時47分

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