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2012年12月13日 (木)

その15 中村元著「龍樹」ー 「有る」とは言うけど、むしろ観念論的 ?

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
に戻ってきました。

「3. 論争の相手」です。

「法」と「もの」のところです。

p92
法と本性、本質とは別なものではないから、本性や本質が「もの」
とされる以上、「法」も「もの」とされるに至った。

こういうわけで法は「もの」であるとする解釈が成立するに
至ったのであるが、この「もの」というのはけっして経験的な
事物ではなくて、自然的存在を可能ならしめている「ありかた」
しての「もの」であることに注意せねばならぬ。

p93
有部はけっして自然的存在としての「もの」の実在を主張したのでは
ない。 ・・・故に「法有」の「有」とは「経験界において有る」と
いう意味に解することはできないと思う。

・・・ここの文章で「できない」という断定ではなくて、「・・と思う」
と書いてあるところが微妙ですね。
まあ、いろいろな学者によっての解釈の違いもあるのでしょう。

p94
有部は概念のみならず判断内容すなわち命題がそれ自身存在する
ことを主張した
。 つくられたものども(諸行)は無常である。
しかしながら「諸行は無常である」という命題自身は変易しない
もしその命題自身が変易するならば、つくられたものどもは
無常である、とはいえなくなる。

・・・確かに、それはそうですね。
おっしゃる通りです。

p94
命題自体の問題は西洋では、近代現象学の先駆ボルツァーノに
よってとくに論ぜられたことであるが、すでに古代インドに
おいて有部の諸学匠がこれを唱えていたことは注目に値する。

(2) 実有の意義

p95
実有とは「俱舎論」からみて「それ自身の本質として有る」という
意味である。 ・・・すなわち「有」という類概念の中の一つの
種が実有である。 有部の論書をみると「有」を幾つにも分類している。

・・そして、そして、ここで、96ページと97ページに その
「有」の分類らしきものの表がありまして、これを見ただけで
ドン引きなんですけど・・・

一番上のレベルには、次のふたつが書いてあります。

無為法(生滅変化を超えた常住絶対なるもの)
有為法(原因・条件によって生滅する事物)

p99
まず第一に実有は、男、女、瓶、衣、車乗、軍、林、舎などの
仮有または施設有から区別される。 すなわち瓶とか車とか
いうような自然的存在は実有ではなくて仮有である。
これに反して、「随触を領納すること一般」「像を取ること一般」
という「ありかた」としての「受」「想」のごとき法のみが
実有である
とされている。

有部はたんなる実在論ではなく、むしろ観念論的傾向さえもそなえている・・

・・・こりゃあ参ったな。
説一切有部ってのは実在論かと思っていたら観念論?
じゃあ、「空」だとかいっている龍樹さんは もっと観念論になっちゃうのかな。

第二に実有は相待有と区別される。
相待有とは「長」と「短」、あるいは「これ」と「かれ」とのように
互いに相関関係において存する「有」をいう。

p100
この相待有の概念は中観派の主張と密接な関係があるから
のちに考察する・・・

有部によれば、
法はそれぞれ「それ自身の本質をたもつ」が故に法として成立する
のであり、・・・
本性は他に相待せず、他に依存せずに成就しているものであり、
・・・法は本性と異なるものではないから、したがって
「諸の法はそれぞれ別のものである」と説くのである。

・・・ほとんどギブアップ状態に入りつつあるんですが、
頑張って 次に行きます。

==その16に続く==

 

 

 

 

釈迦 原始仏教 初期仏教 部派仏教 小乗仏教 大乗仏教 般若経 般若心経 中論 龍樹 日本仏教の祖

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