« その12 中村元著「龍樹」ー 定説ってのはないらしいけど、敵は実在論者なのだ | トップページ | 衆議院選挙 どこに投票するか迷っているあなた! これで決めたら? »

2012年12月12日 (水)

その13 中村元著「龍樹」ー 仏教の「法」って「もの」のこと??

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
に戻ってきました。

「3. 論争の相手」です。

さて、いよいよ問題の論争相手、「説一切有部の立場」をよみます。

p82
伝統的保守的仏教(いわゆる小乗仏教)諸派のうちで、最大の
社会的勢力をもっていた「説一切有部」
は、「一切が有る」と
主張したといわれる。

漢訳大蔵経のうちに伝えられている小乗仏教の論書はたいてい
有部のものである。

有部の根本思想は昔から日本ではふつう「三世実有、法体恒有」
あるといわれている。
・・・「一切の実有なる法体が三世において恒有である」と
いいうる。

(1)有部における法の概念

p83
仏教思想は、つねに法に関する思索を中心として発展している。
これに対して大乗仏教、たとえば「中論」は「法有」に対して
「法空」を主張した・
・・

法とは「きまり」「軌範」「理法」というのが原義であるといわれている。

p84
ドイツの・・・これを「もの」と訳している。
また日本でも伝統的に法とは「もの」「物柄」であると解釈
されている。

・・・ここで、なんで、原義が「きまり」・・であるのに、
「もの」というような訳があてられたのか不思議だってことに
なりますよね。

その経緯を著者は以下のように述べて、展開します。

p84
最初期の仏教すなわち仏教成立の当初においては、自然的存在の
領域を基礎づけ可能ならしめるところの法の領域を、

自然的存在の領域から区別して設定し、仏教はもっぱらこの法
の領域を問題とした。

・・・つまり、分かりやすく言うと、物という自然にあるものを
存在させている「きまりごと」を、実際にある物とは切り離して
「きまりごと」だけを議論したってことですかね?

p85
法とは一切の存在の軌範となって、存在をその特殊性において、
成立せしめるところの「かた」
であり、法そのものは超時間的に
妥当する。

その法の体系として、五種類の法の領域である個体を構成する
五つの集まり(五蘊)、認識および行動の成立する領域としての
六つの場(六入)などが考えられていた。

法の体系を可能ならしめる根拠はどうか、・・・これを基礎づける
ために縁起説が考えられていた・・・
十二支の系列のもの(十二因縁)が決定的に優勢な地位を占める
ようになった。

p86
縁起説によって法の統一関係が問題とされ出してからまもなく、
縁起説は法の統一の問題を離れて別の通俗的解釈に支配される
ようになったのである。
かくして有部の時代になると、縁起説は全く教学の中心的
位置を失い、ただ付加的なものにすぎなくなった。

・・・つまり、元々は縁起説で統一してあったものが、あまりに
通俗的になってしまったんで重要とはされなくなったんですね。
本来はアカデミックだったものが、手垢がついちゃって
権威が落ちちゃったってことか?

p86
有部は縁起によって法の体系を基礎づける立場を捨ててしまった。
その代わり法を「有り」とみなすことによって基礎づけた

すでに経蔵の中に、有と無とのふたつの極端説(二辺)を排斥した
経があり、有部の学者は明瞭にこのことを知っていたにもかかわらず、
何故に仏説にそむいてまで法の「有」を主張したのであろうか

・・・説一切有部は、分かっていたのに、極端説の「有」と
とったってことになりますね。
たしかに、お釈迦様は「ブッダのことば」の中で中道を言っていた
ように思いますが・・・

中道については、ここでちょっとだけ出ているんですけど。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2012/08/post-4c5c.html

ただ、ここで言っているのは、難しい理論の話じゃなくて
修行のあり方について語っているみたいなんですけど。

p88
ゴータマ・ブッダが有・無の二つの極端説を否定したにもかかわらず、
有部が・・・・何故にとくに法の「有ること」を主張したのであろうか。

==その14に続く==

 

 

 

 

 

|

« その12 中村元著「龍樹」ー 定説ってのはないらしいけど、敵は実在論者なのだ | トップページ | 衆議院選挙 どこに投票するか迷っているあなた! これで決めたら? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/56303765

この記事へのトラックバック一覧です: その13 中村元著「龍樹」ー 仏教の「法」って「もの」のこと??:

« その12 中村元著「龍樹」ー 定説ってのはないらしいけど、敵は実在論者なのだ | トップページ | 衆議院選挙 どこに投票するか迷っているあなた! これで決めたら? »