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2012年12月 1日 (土)

その5 「ナーガールジュナ(龍樹)の生涯」ー ターラナータによる伝記 

その5 「ナーガールジュナ(龍樹)の生涯」ー ターラナータによる伝記 

中村元著「龍樹」を読んでいます。

ターラナータもチベット人で、その「仏教史」に龍樹のことが書いてあるそうで。
1608年にこの本を書き、その後蒙古で幾多の寺院を創建したとなっています。
この本を主にシーフナーのドイツ訳と寺本婉雅訳に従って現代語訳をしたと
あります。

p45
ナーガールジュナ師が教えをまもり、とくに中観説をひろめた
かれは小乗修行者(声聞)たちにとっては大層有用(な人)であった。
とくに教えの要点を踏みはずし修行者たちのあいだで勢威のあった
多勢のビク(修行僧)たちや沙弥(出家見習僧)たちをかれが追放した
あとでは、とくにそうであった。
そういう人々がほぼ五千人いたという。そこであらゆる学派がかれを
主と仰いだ。

・・・上の文章がいささか理解できないんです。
小乗修行者にとって有用って、龍樹さんは大乗仏教の人じゃなかった?
要点をふみはずしたビクを龍樹さんが追放したって、どういうこと?
小乗の人たちを追放したのか、大乗の人を追放したのか・・・

p46
ナーガールジュナ師は、めでたきナーランダー(寺院)における
大乗の法師たちを多年にわたって財富によってもてなした
その富は、かれが黄金に変化させた物によって獲得したものである。

・・・龍樹さんはいわゆる錬金術師であったという話もあるようです。
今だったら詐欺師ですかね?

p48
尊師(ナーガールジュナ)は多くの陀羅尼と十万の詩句(頌)の
般若(経)をもたらした
が、幾多の仏弟子たちは、それらは
ナーガールジュナの著したものであると見なした。
このときよりものちには大乗経典は新たにできることはなかった。
実体の存在を想定する仏弟子たち(声聞)の争いを除くために、
かれは五部の論理学書などを著した。

・・これによると、龍樹さんは大乗仏教の総仕上げみたいなことを
やったように見えますね。

そして、晩年に南方におもむき・・・・

p49
「バラモンの子息よ。汝は、三ヴェーダにもとづくあらゆる学問を
根柢的に学習した。 汝がシャーキヤ(ここでは釈尊)の沙弥と
なったのは何故であるか」。
ナーガールジュナが、それに対して、ヴェーダは称讃さるべきでは
ないということ、(仏法の)諸法則の称讃さるべき意義
を、かれらに
説明したときに、かれらは非常に信仰心深いものとなり、
大乗を尊敬した。

p50
この師(ナーガールジュナ)は、・・あらゆるしかたで正法を守護
したので、かれは無比の大乗仏教擁護者であった。

・・この「あらゆる仕方」の中に、「僧団への給与」というのも入って
いるんです。 相当に裕福な龍樹さんだったみたいですね。

そして、以上の3つの龍樹の伝記を最後にまとめてあるんです。
どこまでがが史実でどこまでが空想なのか・・・

そして、ナーガールジュナと呼ばれる人が複数いたことも書いてあります。
大きく分けると、
1. 「中論」などの空思想や、その他の著書をかいた龍樹
2. 真言密教の学者といわれた龍樹
3. 錬金術の学者としての龍樹

だそうで、1の著者も複数説があるとか。

いずれにしても、財力もあり、実に行動的であって、且つ理論家だったようです。

・・・・

次回からは、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
を読んでいきます。

==その6に続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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