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2012年12月 2日 (日)

その9 中村元著「龍樹」ー大乗仏教の思想- 一乗思想ってなんのこと?

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
を読んでいきます。

今日は、「一乗思想と久遠の本仏の観念」という部分です。

まず「法華経」という経典がどんなものかという説明がありまして、

p65
大乗仏教徒は小乗仏教徒を極力攻撃しているけれども、
思想史的現実に即していうならば、仏教の内の種々の教説はいずれも
その存在意義を有するもの
であるといわねばならない。
この道理を戯曲的構成と文芸的形式をかりて明瞭に表現した経典が
「法華経」である。

そして、有名な鳩摩羅什訳による「妙法蓮華経」によれば、
声聞乗(釈尊の教えを聞いて忠実に実践すること)
縁覚乗(ひとりでさとりを開く実践)
菩薩乗(自利利他をめざす大乗の実践)
の三乗があるんだけれども、それをひとつにまとめる一乗という
考え方のようです。

p65
従来これらの三乗は、一般に別々の教えとみなされていたが、
それは皮相の見解であって、いずれも仏が衆生を導くための方便として
説いたものであり、真実には一乗法あるのみである、という。

そこで、ちょっとこの一乗思想ってことでインターネット検索を
しましたところ、分かりやすい説明がありました。

「天台宗の教え」というサイトです。
http://www.keifukuji.org/oshie.html

「この法華経の視点に立てば、仏の教えに触れたものはいかなる者でも、
またいかなる形式の教えに依拠しようとも、いずれは必ず菩薩の道を経て
仏となるのであり、何ひとつとして切り捨てられるべきものはないという
ことになります。この思想が「法華一乗思想」であり、天台宗の思想的
根幹をなすものです。」
と書いてあります。

「伝教大師は法華経が説くこの一乗思想に立って、すべての法門を融合
させた仏教というものを模索されました。その結果、比叡山は円教・密教・
禅・戒律・念仏すべてを実践する仏教総合大学となった
のです。こうして、
すべての人の成仏を説き、一切の法門を内包する比叡山には多くの人材が
集まり、鎌倉時代には その門下から道元・栄西・法然・親鸞・日蓮などが
それぞれ一宗を起こす偉業を成し遂げられたのです。」

要するに、天台宗は仏教の総合大学であって、法然や親鸞などが
開いたのは単科大学って話ですかね。
あるいは、デパートと専門店の違い。

分かりやすくていいですね。

そして、こういう考え方を支える基盤として、
お釈迦さんは生身の人間ということを脱け出して、時間的・空間的な
限定を超えた絶対者・諸法実相の理
にほかならない、としているんです。
これが「久遠の本仏」と呼ばれているようです。

つまり、
「実は、釈尊は永遠の昔にさとりを開いて衆生を教化しているのであり、
常住不滅である。 人間としての釈尊はたんに方便のすがたに
ほかならない。」
として、いろいろな仏様として人間の前に現れるんだってわけですね。

・・・なんだか、総合大学・比叡山に行きたくなっちゃったな。(笑)

さて、続きは 「龍樹」の <その10>になるんですが、
その前に ちょっと浮気をしまして、
岩波新書 堀田善衛著「インドで考えたこと」を読みたいと思います。

仏教を産んだインドという国がどのようなところなのかを
感じてみたいと思っているんです。

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その10へは こちらをクリックしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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