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2012年12月 3日 (月)

堀田善衛著 「インドで考えたこと」(3)フィリピンに文学はない !? 

岩波新書 堀田善衛著 「インドで考えたこと」を読んでいます。

アジアがアジアをお互いに知らないって話なんですけど・・・

p28
お互いがお互いを完全に知らないのである。

お互いに作品も傾向も知りあわない作家たちがあつまって、
いったいどんな成果が上がりうるか? とつっこんで来てしかるべき
理由が成立する。

p29
・・・ひどい話だが、いったい本当に文学者なのかどうかさせ
判定のつかぬ人々があつまって、どういうことに相成るのであるか?
しかし、これがアジアなのだ。

西欧で、西欧の作家たちが会議をひらいたとしよう。
事態は逆であろう。
お互いはお互いを、むしろ知り過ぎているだろう。

この著書は50年以上も前の話ですから、今はアジアの中での
文学者の交流も相当に状況が変わっているのでしょうが、
要するに すべてが西欧をセンターとして動いていたということに
なりますね。

でも、卑近な例で 日本とフィリピンですけど・・・
日本の文学者・・・たくさんいます。
フィリピンはどうなのか。

ちょと前の話なんですけど、
フィリピンの有名な文学者ってどういう人がいるの?
 有名な、フィリピン人なら誰でも知っているような小説って何?」
とフィリピン人の大学生に尋ねたころがあるんです。

答えは ホセ・リサール でした。
あのフィリピンを革命に導いた英雄です。
そして、彼が書いた二つの名作。 学校で必ず教えられる本だそうです。

しかし、その他の名前が フィリピン人の口から出てこないんです。

ホセ・リサールの2冊の名著なら、私も日本の国会図書館で
和訳されたものを読みました。
いわゆる歴史大河小説みたいなものでした。
http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2005/09/post_a44c.html

元々、この英雄の名著にしても、スペイン語で書かれたものだそうで、
現在でも多くの本は英語で書かれてアメリカあたりで出版される
ものが多いようです。

30歳近くなるフィリピン人の現役大学生に聞いてみました。
教育学部で勉強をしている男性いわく。

ホセ・リサールくらいしか小説家はいない。20~30年くらい前に
有名な小説を書いたフィリピン大学の学生がいたが、反政府的な
内容だったから大学から追放されてしまった。
彼はその後アメリカの大学に移って小説を書き、有名になって
フィリピンに戻ったところ、追い出したフィリピン大学から
一番名誉のある学位かなにかを与えられた。」

「フィリピンには小説で食っていけるようなマーケットはない
小説家になるのであればアメリカに行くしかない。」

ちなみに、この本の著者が参加した1956年の アジア作家会議に
フィリピンからはなんの反応もなく、だれも参加しなかったそうです。
現在でも その状況に基本的な変化はなさそうですね。

アジア・アフリカ作家会議
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E4%BD%9C%E5%AE%B6%E4%BC%9A%E8%AD%B0

==その(4)へ続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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