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2012年12月30日 (日)

その26 中村元著「龍樹」ー 「中論」は 縁起=因縁の生起=空 

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
を読んでいます。

「6. 縁起」 のところの
「1.中論の中心思想としての縁起」に入ります。

一応、中心思想は「縁起」だとは書いてあるんですけど、
著者は次のようにも書いています。

p158
「中論」の中心思想をどこに求むべきかは学者によって種々に
説が異なる
であろうと思う。

本邦においては普通常識的には「中論」は空または諸法実相
(事物の真相)を説く
といわれている。

しかし三論宗によれば「中論」は主として二つの真理(二諦)
説いている、と定められている。

(三論宗については こちら。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%AB%96%E5%AE%97

・・・ところがここに困難な問題が起こる。
「中論」と題する以上、「中論」の中心思想は二つの真理では
なくて、<中道>ではないか、という疑問がそれである。

・・・中心思想すら様々な説があるってんですから、そりゃあ
いろんな読み方、解釈ってものがあるんでしょうね。
専門家であっても龍樹さんの意図はなかなか掴めないってこと
になりますか。

p159
チャンドラキールティの註解によると、・・・反対者の批難に
対して、「そうではない、何故か。 何となれば中観派は
縁起論者であって
・・・」と答えている。
故にチャンドラキールティは自ら縁起論者と称しているのである。

p160
ナーガールジュナは「中論」の冒頭において次のようにいう。
「不滅・不生・不断・不常・不一義・不異議・不来・不出であり、
戯論が寂滅して吉祥である縁起を説いた正覚者を、諸の説法者の
中での最も勝れた人として稽首する」とあり、
この冒頭の立言(帰敬序)が「中論」全体の要旨である。

・・・この中の「縁起を説いた正覚者」というのがお釈迦様だった
ってことです。

p161
「中論」の最後の詩句・・・
「一切の(誤った)見解を断ぜしめるために憐みんをもって
正しい真理を説き給うたゴータマにわれは今帰名したてまずる」
とあり、・・・・

「・・(正しい真理)を、・・・縁起という名によって説きたもうた。・・・」と註解しているから、・・・

p162
故に「中論」は最初は縁起をもって説き始め、最後も縁起をもって
要約している。 それでは、「中論」全体が縁起を説いている
といいうるのではなかろうか。

チャンドラキールティの註によれば、「一切のものが縁起せる故に
空である
ということが、「中論」全体によって証明されている」という。

・・ってことで、龍樹さんの「中論」は「縁起」を中心として
書いてあるってことに収まりそうなんですが、まだ何かありそうな・・・・

==その27に続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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