« 2012年4月1日 - 2012年4月7日 | トップページ | 2012年4月15日 - 2012年4月21日 »

2012年4月14日 (土)

温室は ゲージツだあ~~!

バギオ近郊にある ある農園を見せていただきました。

3img_2182

3img_2183

3img_2185

3img_2180

3img_2187

3img_2192

3img_2189

3img_2190

3img_2191

3img_2194

3img_2196

あああ、もう すっかり参りました。

なんて美味しそうな、お菓子のような、農園なんでしょうか。

この小さな観葉植物の幼な子たちの整列した姿に 敬礼。

4img_2195

この農園では、主に 日本、ヨーロッパ、アメリカなどへの輸出品を育てているそうです。

日本では、円高、原油高、人件費などのもろもろの問題で、育てるのが困難になって、

フィリピンなど 暖房費のいらない地域での栽培が どうしても必要なんだそうです。

あなたの街のホームセンターなどに並んでいる 鉢に入った草木たち。

もしかしたら、このフィリピンの農園で育ったものかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

フィリピン バギオ ベンゲット州 ラ・トリニダッド 北ルソン 観葉植物 農業 農場 農園 花栽培 輸出品 輸入品 植木鉢 デザイン グリーンハウス ビニールハウス 温室栽培 手作業 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月 9日 (月)

「苺の大好き」  フィリピンの田舎に 日本文化が・・・

フィリピン・ベンゲット州の州都ラ・トリニダッドの町に こんなものが来ました。

2img_2224

これ・・・海賊とサムライ?

2img_2274

おっ、ロボット・・・

2img_2219

これは?  分からない・・・

要するに、世界を席巻しているコスプレです。 日本文化です。

4img_2167c

こんなフィギュアも展示してあるし・・・・

6img_2172

当然 漫画だって 来ています。

8img_2263

そして、いわゆる「可愛い」系のもろもろ・・・

8img_2301

地元の田舎の子供たちも 眼を丸くして 楽しんでいました。

・・・・

はっきり言って、ほんの2~3年前まで、馬鹿にしていたんです。

コスプレや漫画やフィギュアが日本文化?

冗談やめてくれよ、ってね。

ほんの一時期の流行で終わってしまうもんでしょう、って思っていたんです。

都会だけの 麻疹みたいな流行だろうって・・・・

それが、フィリピン北部の第一の都市、避暑地のバギオ市なら まだ理解できる。

そのバギオ市を出て、農業ぐらいしか産業のない町にやってきたんです。

ストロベリー・フェスティバル(いちご祭り)のイベントのひとつなんです。

8img_2241

そして、この会場となった役所の体育館には こんなバナーが下っていました。

「空手」の団体の名前が見えます。

もう何十年も前に日本の空手を伝えた人がいるのでしょうね。

そして、今や コスプレです。

もう馬鹿になんてしてられません。

オタクのグループが会社組織になったりしているんですから・・・

6img_2312

「オタク・ワークス」、敢えて訳せば 「オタク製作所」ですかね?

これは漫画・アニメのグループ。

8img_2177

「可愛いい家族」、これは コスプレ・オタクのグループ。

2img_2155

趣味の連中が 会社組織まで作ってしまう。

オタク文化が フィリピンの田舎町で 子供たちを楽しませ、大人たちの度肝を抜いています。

・・・・・

ところで、気になりますよね、「苺の大好き」。

なぜ、「の」なのか?

これは単なる間違いなのか・・・

それとも計算されたネーミングなのか・・・

普通なら、

「苺が大好き」

「苺は大好き」

「苺が大好きなXXXちゃん」

「苺の大好きなXXXちゃん」

「が」でも「は」でも 普通すぎて 面白みはないですね。

やっぱり「の」じゃないと いけない。

しかし、このタイトルは 何を言わんとしているのか・・・

謎です。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

   

   

フィリピン バギオ ベンゲット ラ・トリニダッド ストロベリー・フェスティバル 年中行事 コスプレ 漫画 アニメ フィギュア オタク 趣味 北ルソン 日本文化 日本語 助詞 「の」の使い方 日本語文法 日本語教師 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

聖土曜日の ビーチ・デーって何??

土曜日のことだったんですが、下宿の朝ごはんを食べながらこんな話を
聞かされました。

グッド フライデー(聖金曜日)(受難日)なんですが、

バギオ市から山を下った麓にある町では、
一日中 しゃべってはいけない、3pm以降は風呂にはいってはいけない、
などということを親から厳しく躾けられた。

ところで、イエス・キリストが死んだ日なのに、なんで「グッド」なんだろうとふしぎに思っていたんですが、調べてみたら 元々の意味は 「GOD’s Friday」なんだそうです。

ブラック サタデー(聖土曜日)は、

ビーチ・デーと呼ばれていて、田舎では早朝4amに浜辺で席を確保し、
親戚一同で海水浴に行った。

もしかして、これは洗礼と何かの関係でもあるのかなと思ったんですが、

あるサイトには:
Beach Day
Today, everyones going to the beach. Its Beach Day on Black Saturday!
ビーチ・デー
今日、皆がビーチに行きます。 聖土曜日のビーチ・デーです。

他のサイトには:
In fact, many go to the beach during Holy Week because it is the longest
set of holidays during the summer season. ... Black Saturday and Easter
Sunday (the four days of no work and no class in the Philippines), ・・・
実際、ホーリー・ウィークには多くの人たちがビーチに行きます。
夏の間の一番長い連休だからです。

まあ、要するにキリスト教の行事とは全く無関係で、
単に 夏休み中で、一番長い連休になるからだとの話でした。

ところで、上に一日中静かにしていなくちゃいけないと書きましたが、
どうもこれはカトリックの話で、フィリピン独自の教団イグレシア・ニ・クリスト
という宗派の人たちは大騒ぎをしてカラオケなんかもやっているそうです。
過ごし方はいろいろあるようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピン  バギオ ホーリーウィーク イースター キリスト教 宗教行事 慣習 夏休み

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月 8日 (日)

「ブッダのことば」 (16) 逆らっちゃいけないよ・・・ 

岩波文庫の「ブッダのことば」(スッタニパータ)(中村元 訳)を読んでいます。
原始仏教のお釈迦様の言葉です。

「13、正しい遍歴」

巻末の解説によれば、
古代インドのバラモン教では、人生の四時期の慣習を実行すべきとなっていて、
最後の第四の時期、つまり遍歴修行の時期が最も尊いとされていたので、
ブッダはこの遍歴について論議しているということです。

いくつか、心にひっかかった文だけを拾ってみます。

359「・・・・家から出て諸々の欲望を除いた修行者が、正しく世の中を
    遍歴するには、どのようにしたらよいのでしょうか。」

360「師はいわれた、「瑞兆の占い、天変地異の占い、夢占い、相の占いを
    完全にやめ
、吉凶の判断をともにすてた修行者は、正しく世の中を
    遍歴するであろう。」

・・・まずは、占いはやるな、ですね。
日本人は占いが好きですもんねえ。

364「かれが、生存を構成する要素のうちに堅固な実体を見出さず、諸々の
    執著されるものに対する貪欲を慎しみ、こだわることなく、他人に
    誘かれないならば、かれは正しく世の中を遍歴するであろう。」

・・・これは「空」の理論につながるところなんでしょうか。
「堅固な実体を見出さず」とありますね。
般若心経では「実体がない」というのが何度も出てきますからね。

365「ことばによっても、こころによっても、行為によっても、逆らうことなく
    正しく理法を知って、ニルヴァーナの境地をもとめるならば、かれは
    正しく世の中を遍歴するだろう。」

・・・これは難しいですよね。 「逆らうな」ですからねえ。
既に正しいとされている理法を疑いを持たずに理解せよ、という意味なので
しょうか。
それは、師を信じてその説くところに従えということになるのでしょうか。
バラモンの考えを革新していこうとする、つまりバラモンに逆らっている、
ブッダ自身の考えを「逆らわずに」理解せよという意味なのでしょうか。

369「かれにとっては、いかなる潜在的妄執も存せず、悪の根が根こそぎに
    され、ねがうこともなく、求めることもないならば、かれは正しく
    世の中を遍歴するであろう。」

・・・「願うこともなく、求めることもない」という言葉は、「妄執」に対して
のことなのか、あるいは全てのことについてなのか・・・
願わず、求めずに 悟りの境地に達することが出来るのか。

373「過去及び未来のものに関して(妄りなる)はからいを超え、極めて
    清らかな智慧あり、あらゆる変化的生存の領域から離脱しているならば、
    かれは正しく世の中を遍歴するであろう。」

374「究極の境地を知り、理法をさとり、煩悩の汚れを断ずることを明らかに
    見て、あらゆる(生存を構成する要素)を滅しつくすが故に、かれは
    正しく世の中を遍歴するであろう。」

解説では、「究極の境地」とは「四諦」のことと理解されているようです。
又、373の「あらゆる変化的生存の領域から」については「十二処」
考えられているそうです。

四諦は「釈迦が悟りに至る道筋を説明するために、現実の様相とそれを解決する
方法論をまとめた苦集滅道の4つをいう」とWikipediaにあり、

十二処は「認識の根本となる眼耳鼻舌身意などの感覚器官と、色声香味触法の
認識の対境となるものを指す。」とこれもWikipediaにありまして、

こちらのサイトでは、
http://bc.web-bz.com/buddhism/%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C/%E7%A9%BA%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3.html
般若心経が次々と数え上げながら、「空」や「無」と否定しているのは、「十二処」
「五蘊」「十二縁起」「四諦」など、釈迦が説いたとされる仏教の中心的な教説で
使われる基本的な概念で、「法(ダルマ)」と呼ばれるものだ。

と解釈されているんですね。

・・・「あらゆる要素を滅する」ということは、これも「空」ということに
つながるのでしょうか。
ここでは、原始仏教の釈迦の言葉を読んでいるわけですから、大乗仏教の
般若心経を持ち出すのは早過ぎでしょうけど。

う~~ん、疑問ばかりが出てきますね。 この部分は。

この続き(17)は こちらです

  

  

  

  

  

  

     

     

     

     

    

バギオ フィリピン 宗教 原始仏教 般若心経 十二処 四諦 釈迦 釈尊 お釈迦様 空の理論 色即是空 小乗仏教 大乗仏教 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2012年4月1日 - 2012年4月7日 | トップページ | 2012年4月15日 - 2012年4月21日 »