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2012年5月 3日 (木)

三陸鉄道にも 乗ってください   

今回のツアーで 三陸鉄道にも乗ったんです。

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な~~んで、この鉄道にのるのかな~~、なんて思っていたんです。

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こんなマンガのポスターやら・・・・

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こんなんやら・・・・・

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子供たちが描いた 「頑張れ三陸鉄道」の絵やらが・・・・ありまして。

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こんなに可愛い鉄道に・・

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小本という駅から・・・・

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宮古という駅まで 乗ったんです。

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実にトンネルが長い路線です。

リアス式海岸の ノコギリの刃の根元をつなぐように 三陸鉄道は走っているんですね。

だから海に迫っている山々をトンネルが貫いている。

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そうでなくても 経営が難しい地方の路線。

その三陸鉄道を大地震・大津波が襲って、あちこちで今でもズタズタになったままなんですね。

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利用してくれる人たちがいなければ、復旧すらできないってことなんですね。

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使ってくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東日本大震災 津波 被災地支援 三陸鉄道  宮古 小本駅 観光センター 盛岡 

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東日本大震災・津波 被災地見学・ボランティア・ツアー 南三陸町など




今回 三陸海岸方面の被災地見学ツアーに行ったんですが、 南三陸町で一泊したホテルは こんなところでした。

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南三陸町のホテル観洋なんです。

「観洋」ですから 当然海の傍なんです。

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このように、海辺に建っていまして、津波が2階の天井まで入ってきたそうです。

その2階の和室で一泊したんですが、真新しい畳の匂いがしました。

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そして、ホテルのロビーでは、このような写真展なども・・・・

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このホテルの正面玄関は5階にありまして、高台ですから 今 営業が出来ているというわけです。

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今年の2月に このような料理が復活したようです。

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そして、このような「語り部」バスもやっています。

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そして、ホテル内の売店では 「復興市」と称して 地元の産物を売っています。

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ホテルの近くの雑木林から 南三陸町の海岸を望む。。。。

今回の私の旅は まさに観光、見学ツアーだったのですが、

いくつかの旅行代理店が ボランティア・ツアーなども企画しているようです。

東日本大震災復興支援ボランティア (クラブ・ツーリズム)

http://tour.club-t.com/vstour/WEB/web_tour3_tour_tmp.aspx?ToCD=TD&p_company_cd=1002000&p_from=800000&p_baitai=943&p_baitai_web=B007&p_course_no2=41701&li=cSoB

東北ボランティアサポートバスプラン(JTB)

http://www.jtb.co.jp/tabeat/volunteer/

このサイトの中に ホテル観洋の名前が出ていました:

南三陸町のホテル観洋に宿泊してボランティア活動を行います。震災の語り部のお話のプログラムも好評です。

・・・・・・・

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ホテルの前の立て看板は ちょっと仰々しいものなんですが、 ホテルの支配人のご挨拶の中で、 多くの人たちが ボランティアや見学ツアーで来て NGOの手伝いや宿泊、土産物などの購入などで 被災地に経済的にも貢献していただくことが とても助かるのだと おっしゃっていました。

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このホテルは そういう意味では、南三陸の復旧の拠点になっているような場所のひとつでもあろうかと思います。

もちろん、このような観光が地元の人たちのお邪魔にならないかという懸念はあるかと思いますが、 参考までに下の関連記事をお読みください。

被災地観光の心構え 真摯な気持ちで訪れて

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120426/trd12042607420002-n1.htm

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被災地のなんらかの役に立ちたい・・・・

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見に行って、お金を使うのも、特産品を食べるのも、ボランティアです。

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花を見に行くのも・・・・ボランティア・・・

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2012年5月 2日 (水)

塩釜、南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、宮古、東日本大震災・津波の町々を行く

2011年3月11日。 あの大震災と大津波。

その被災地をこの目で見る旅に参加しました。

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薄いピンクで印をつけた、三陸海岸の各港町でした。

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ここは、仙台駅からまっすぐ海へ向かった塩釜の港です。 日本三景のひとつである松島への遊覧船が発着しています。

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その塩釜の発着場のビル内で写真展。 かなり酷い状態だったことがわかります。

津波はこのビルでは1メートル以上浸水したそうです。

沖合にある松島の多くの島々が防波堤となり、これでも被害が少なくて済んだのだそうです。

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南三陸の今。 すべての家が根こそぎ津波にもっていかれました。

家の土台もなくなったところが数多くあります。

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「避難しています。」の表示がありました。

ホテルのすぐ隣の一軒家でした。

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これは、ホテルの売店においてあった 被災者の詩です。

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このホテルでも、1階と2階が津波で被害を受け、改装していました。

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地元の人がおっしゃいました。

「戦争は人間がやること。 手加減もある。 しかし、自然は容赦をしない。」

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気仙沼の海の近くの、家々が流されてしまった跡地に、墓石のお店が出ていました。

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地元のバス・ガイドさん。

「昨年の大震災以来、仕事でここにくるのは初めてなんです。 ご案内がきちんと出来るかどうか 今日は不安です。 本当は、ここに来たくはなかったんです。 でも、仕事ですから・・・」

込み上げてくる想いをこらえた声が バスの中に流れていきます。

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高田松原の道の駅のビル。

ここには一面の松原が広がっていたのでした。

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陸前高田の奇跡の一本松」です。

瓦礫の山の向こうで クレーンの作業を見ながら 必死にたたずんでいました。

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「悲劇の防災センター」

釜石のこのセンターに、多くの人たちが避難していたそうです。

そして、避難者が多くて、ここに入れなかった人たちは、近くの山に避難して助かったのだそうです。

そして、このセンターの向かい側にある中学校と小学校・・・

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地元ボランティアの方の話によれば、大地震の後、中学生たちがすぐに避難を始め、となりの小学校の生徒たちも先輩たちに自主的に従って、海の近くの学校から山の方へと避難をしたそうです。

今、その中学校と小学校は、がれき置き場になっています。

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地元の語り部は皆さん同じようにおっしゃいました、

「まだまだ、復興なんていう段階ではありません、復旧に何年もかかるでしょう。」

「自分たちの世代で復興まではできないかもしれません。子供たちに復興を引き継いでいかなくてはいけないでしょう。」

「是非、今後も東北に旅行に来てください。 多くの皆さんに伝えなくてはいけないことがあります。」

「復旧、復興を支えてくださるのは、こうやって足を運んでくださる皆様です。本当にありがとうございます。」

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鯉のぼりが元気に泳いでいました。

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美しい桜も満開です。

地元の方々は 「去年は 桜など目にも入らなかったんです。 きっと咲いていたと思うんですけど、記憶にすらないんです。」

とおっしゃいました。

でも、今年は桜を美しいと思う心になったのだそうです。

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皆様も 是非 東北応援ツアーに参加されてはいかがでしょう。

決して楽しい旅ではありません。

・・・・が、一生心に残る旅にはなると思います。

「ここで何百人の方々が亡くなられたのだろう・・・・」

そう思うと手を合わせずにはいられません。

南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年4月29日 (日)

パック・ツアーで東北へ:東日本大震災から1年の町を行く

ボランティアをするほどの、才覚も体力もない者としては、

パックツアーで東北の応援をすることくらいしかないわけでして・・・・

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福島で新幹線を降り、バスで仙台方面へ・・・

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バス・ガイドさんのお話では・・・

この高速道路の盛り土が 防波堤のようになったのだとか・・・

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高速道路の東側、この観覧車の辺りまで、津波が押し寄せたのだそうです。

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車窓からの写真なので よくわからないとは思いますが・・・・

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遠くの方に林があるのが分かりますか?

木々が立っているところが海岸線なのだそうです。

そして、この辺りには 畑しかないように見えます・・・・・・

・・・・が、この辺りにはたくさんの家々があったのだそうです。

津波が来た 2011年3月11日までは・・・

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昨年のその日より前には、 この高速道路から 海岸線の林などは見えなかったんだそうです。

高速道路と海岸線の間には たくさんの家々やビルがあって、林などは見えなかったのだそうです。

残った家々の中には、今でも青いビニール・シートが掛けられたままのところもあるようです。

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松島の瑞巌寺

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この地図の一番左下に「参道」があるんですけど・・・・

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その参道が終わるこの地点に 「津波到達点」 の標識がありました。

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日本三景のひとつである松島。

この多くの小さな島々が 防波堤になって、松島の津波による被害は小さくて済んだそうです。

  

  

  

  

  

  

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