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2012年6月14日 (木)

五木寛之著「歎異抄の謎」 VS 島田裕巳著「浄土真宗はなぜ・・」

五木さんの「歎異抄の謎」って本を 一度さらっと読んだんです。

「私訳・歎異抄」は非常に読みやすい現代語訳で、さらっと読めるんです。

さらっと読むようじゃあいけないんでしょうけどね・・・

それで、「歎異抄の謎」ってタイトルなので 謎ってなんだ?と思って読んだんですけど、何がどのように謎なのかってのが書いてないんです。 見落としたのかな?

「しかし、歎異抄はふしぎな本です。そこには沢山の謎がふくまれていて、ときには読めば読むほど迷路にまぎれこんだような気持ちになることもあります。」

そして、

「歎異抄が成立したのがいつか、ということがはっきりしません。」

「さて、つぎは作者です。」

「唯円という人物とされています。・・・これも百パーセント確定しているとはいえません。」

「おどろくべきことに、歎異抄には、原文というものが存在しません。」

などなど、いくつかそれらしい謎は書いてあるんですけどね、

それで それがどうしたの・・・ってところが、五木さんの謎解きみたいなものがないんです。

まあ、作家だからなのか、歴史家、学者じゃないからなのか、今ひとつ私には 謎って言っているタイトルからすると ぴりりっとこないんです。

そして、言葉のひとつひとつの奥深さについて、

「悪人、とはだれを指すのか。」

「宿業、とは一体なんなのか。」

「善悪、の区別はあるのか、ないのか。」

など、「繰り返し読むたびに、わからなくなってくる不思議な本です。」

とあるんです。 やっぱりこれが謎なんですかね。

・・・そして、この本にあった次のような五木さんの分析が 私にとっては「謎」になってしまったんです。

「言葉のもつ表現力の鋭さにかけては、親鸞は師をしのぐ天与の才能の持ち主でした。 中途半端な情感を捨てて、親鸞はずばりと事の本質をむきだしに語ります。

法然自身も、どこかに漠然とした物言いで人間的に語った部分があります。 それを堂々と論理として押し出したのが親鸞の言葉でした。」

・・・とあるんです。

何故これが私にとって「謎」かっていいますと、

以前に読んだ本「浄土真宗は なぜ日本でいちばん 多いのか」という本の中に 次のような宗教学者の分析が書いてあるんです。

「親鸞の主著とされる教行信証という書物は、大部のものではあるものの、経文からの引用がほとんどで、親鸞自身が書いた部分はごくわずかである。 しかも、教行信証を通して親鸞が何を伝えようとしているのか、そこが必ずしもはっきりしないのである。 そのために、親鸞の思想と言えば、もっぱら歎異抄が用いられる傾向が続いている。」

それに加えて、これも以前読んだ本、

山折哲雄著 岩波新書、「『教行信証』を読む、親鸞の世界へ」

これについて私が書いたコメント:

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2011/06/post-ce90.html

(このページの p68の下にかいてあります。)

はい、ここが問題なんですね。 親鸞さんが敬う法然さんは「論理明晰」「論法は鮮やか」「知恵の法然」「鋭い筆鋒」なんですよ。 主張がはっきり、しっかり、バッチリなわけね。 それに比べて この親鸞の『教行信証』はなんなの? 全然わかんな~~い、ってことになっちゃうわけですよ。 何を言いたいわけ? ってね。

・・・だから、五木さんの言っている親鸞像と学者が分析している親鸞像っていうのがかなり違っているように思えるんです。

それが、私にとっての「謎」になっちまいました。

   

   

   

  

   

   

    

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2012年6月13日 (水)

東日本大震災 被災地 応援ボランティア・ツアー 石巻 仮設で

被災地見学・応援ツアー

石巻でこんな支援をやっているそうです。

あなたも参加してみてはいかがですか?

7月6日(金)夜東京タワー出発、7月7日(土)
天ぷらバスで行く! いしのまき地ビール★チャレンジ!収穫&交流ツアー

「宮城県石巻市の仮設集会所でみんなで、おいしい食事をつくり食べながら、
&地ビールで飲みながら、交流しませんか?
ただいま参加者募集中です!」

http://www.edtt311.info/2012/06/08/1142

被災地見学・応援関連の 記事はこちらにもございます。

  

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2012年6月12日 (火)

五木寛之著「歎異抄の謎」 親鸞をめぐって「私訳 歎異抄」

タイトルにある本を読んでいるんです。

「ブッダのことば」を読んでいる最中ではあるんですけどね、ちょっと浮気。

・・で、なんでここに、途中に、挟むのかっていいますと、こんな言葉が書いてあったんです。

「仏陀の言葉は最初から経典として残ったものではない。 仏陀の言葉はまず身近に接していた弟子たちが一言一句暗記し、唱誦した。 それを仏陀の没後、弟子たちが詩にした。 それを「偈」(げ)と言いますね。 つまり、みんなに語りやすく聞きやすく覚えやすいように、仏陀の言葉を歌にしたんです。 歌の形ででずっと伝承されていたものを、サンスクリットなりバーリ語なりで文書化していこうという動きが出てきて、お経になるわけです。 だから、親鸞のやったことは、仏教の本道に帰ったということだろうと思いますね。」

これは五木寛之が親鸞がつくった和讃といわれるものについて語っている部分です。

和讃が七五調になっているということを言っています。

私が今 ぼちぼちと読んでいる「ブッダのことば」にしても、詩の形になっているんですね。

それと、お経は「如是我聞」、「私はこのように聞きました」とブッダの言葉を聞いたというかたちで書いてあるんですけど、「歎異抄」にしても 以下のように述べてあります。

「一つは、唯円という仲介者がいることです。 つまり、「親鸞はこうおっしゃった」と書いているけれども、それは彼の受け取りようです。」

そして、「歎異抄」そのものの末尾には、著者自身の言葉として、「外見あるべからず」と書いてあるのだそうです。

つまり、「他の人には見せるな」ってことらしいです。

元々 口伝すべき性質のものだという意味だとあります。

文書になったものを読んで、それで理解したと思うなってことでしょうね。

そして、親鸞さんは、「組織をつくろうとしなかった人です。 寺も建てず、教団も組織しなかった。」

・・・・そうです。

偉大な宗教の始祖というのは、なにか共通項があるように思いませんか?

原始仏教のブッダの言葉と、私の家の宗派である浄土真宗は、まったく別物といえるくらいの違いがあるとは思うのですが、 ブッダから親鸞さんまでの仏教の変遷を 私なりに理解したくて 本をあさっている次第です。

  

 

 

 

 

    

   

    

    

      

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