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2012年7月31日 (火)

「ブッダのことば」 (34) 呪いを掛けられたバラモンが お釈迦様の元へ  

岩波文庫の「ブッダのことば」(スッタニパータ)(中村元 訳)を読んでいます。
原始仏教のお釈迦様の言葉です。

昨日から台風9号の余波が厳しく、暴風雨になっています。
本日は学校はすべて休校。
停電にならないのが不思議なくらいです。

久々に、「ブッダのことば」に復帰。

「第五 彼岸に至る道の章 : 一、序 」

あるボロボロになったバラモンが、明呪(ヴェーダ)に通じたバラモンである
バーヴァリさんにお金をくれと頼んだところ、お金を持っていないバーヴァリさんは
「無い」って答えたんですね。
そうしたら、こんなことを言われてしまったわけです。

983 わたくしが乞うているのに、あなたが施してくださらないならば、
    いまから七日の後に、あなたの頭は七つに裂けてしまえ

・・・そういう呪詛の言葉を言われてしまったもんで、バーヴァリさんは
焦ったわけですねえ。

986 バーヴァリが恐れおののき苦しみ悩んでいるのを見て、(庵室を護る)女神は、
    かれのためを思って、かれのもとに近づいて、次のように語った。

991 むかしカピラヴァットウの都から出て行った世界の指導者(ブッダ)が
    おられます。かれは甘蔗王の後裔であり、シャカ族の子で、世を照らす。

・・・ってことになって、このバラモンであるバーヴァリさんはお釈迦さまに会いに
行くことにしたんですね。
ついでに、周りのバラモンたちに声を掛けて 一緒に行くことにした。

1009 かれらはすべて、それぞれ衆徒を率い、全世界に命名があり、瞑想を
     行い、瞑想を楽しむ者で、しっかりと落ち着いていて、前世に宿善を
     植えた人々であった。

1015 尊き師(ブッダ)はそのとき僧衆に敬われ、獅子が林の中で吼えるように
     修行僧(比丘)らに法を説いておられた。

1013 質問者がなにも声を出して聞いたのではないのに、(ブッダが)質問に
     答えたもうたのを聞いて、すべての人は感激し、合掌して、じっと
     考えた。--

・・・つまり、心の中で質問をすると、御釈迦さんは それに答える能力が
あるっていうんです。

そこで、バーヴァリさんが思っていた質問に対しては、

1026 (ゴータマ・ブッダは答えた)、「無明が頭であると知れ。 明知が
     信仰と念いと精神統一と意欲と努力とに結びついて、頭を裂け落とさせる
     ものである。」

・・・ここに「無明」という言葉が出てきました。
巻末の解説には、「無知の意。 しかしここではもう少し深い根柢的な意味に
解されている」とあります。

「精神統一 = 定」ともあります。

さらに、「頭を裂け落とさせる」という言葉の意味ですが、

「悪いことをすると、その報いとして、その人の頭が砕けてしまうという教えが
古ウパニシャドのうちにしばしば述べられていて、それを受けているのである。
すなわち仏教以前のバラモン教では、分を超えて論議をする人、不当なことをする人
は、首が落ちてしまうと考えられていた。」

と解説されています。

そして、バーヴァリさんたち一行は、ブッダの言葉に感銘を受けて、こぞって弟子に
なることにしたわけです。

1031 <目ざめた人>(ブッダ)に許されたので、アジタは合掌して座し、
     そこで真理体現者(如来)に第一の質問をした。

・・・この後、学生たちの質問が続いていきます。

「二、 学生アジタの質問」

1033 師(ブッダ)が答えた、
     「アジタよ。 世間は無明によって覆われている。 世間は貪りと
     怠惰のゆえに輝かない。 欲心が世間の汚れである。 苦悩が世間の
     大きな恐怖である、とわたしは説く。」

・・・そして、アジタ君が「煩悩」について質問するんですねえ。
このあたりは「般若心経」に書いてあることと重なってきます。

1035 世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、気をつける
     ことである。 (気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるもの
     である、とわたしは説く。 その流れは智慧によって塞がれるであろう。

1037 識別作用が死滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、
     この名称と形態が滅びる。

・・・・この後、学生たちの質問とブッダの答えが続いていきます。
それは又 次回。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピン バギオ 原始仏教 釈迦 バラモン教 般若心経 座禅 瞑想 修行僧

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2012年7月30日 (月)

バギオは暴風雨。 台風9号は・・ 犬と猫は・・・

只今 7月30日 午後10時半。

台風9号の余波で 外は大雨。

Photo_3

台風の中心は ルソン島の北、台湾へ近いところまで離れているのに・・・

台風の後ろに大きな雲を引きずっているんですね。

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なんと、犬と猫が・・・・ お母ちゃん猫までが・・・

ガレージは トタン屋根があるだけ。

暴風雨が吹込んで 安心できる場所もなし。

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犬の家族と、猫の家族が 身を寄せ合って・・・・

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やはり、動物たちだって、台風が怖いんですね。

E004

台風が怖いから、自然が怖いから、犬猫だって 助け合うんだ。

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・・・でも、やっぱり、犬のお父ちゃんより、犬のお母ちゃんの方が 寛容みたいですね。

お母ちゃんにとっては、誰の子でも 子供は子供・・・なのかな?

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日本の皆さんにゃあ悪いけど・・フィリピン・バギオ市は寒いんだよね。

日本の皆さん!

今日も38度なんですって?

そりゃあ、もう、フィリピンに避暑に来るっきゃないね。

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「ねえ、バギオって寒いよね・・・」

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「こうすりゃ、少しは温かいよね。」

「うん」

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「あらあら、そんなに寒いの? バギオっこらしくないわね。」

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「これで、どうかしら??」

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「うん、 あったか~~い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

philippine  baguio city cold weather  cool and malamig 

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2012年7月29日 (日)

わたしの ママ !

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「これが わたしの自慢のママ なんよ。 いいでしょ・・・」

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「ねえ~~、ママ。 お腹すいた~~。」

「そんなこと 言われてもねえ・・・・」

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「ねえ~~、ママ~~!!」

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「付き合ってらんないわ・・・・」

「あれっ? ママ~~」

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「あの子 大丈夫かしら・・・・教育方針間違ったかな・・・?」

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

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「亡霊のさまよう街 ― 最終回」   フィリピン バギオ

「亡霊のさまよう街 ― 最終回」

 

 

貴子はニコニコ笑いながら私の胸をたたいていた。

私は 確かに貴子だ、と思いながら、ゆっくりと身体を起こした。

空は山々に囲まれ、ちょっと緑がかっていた。 空気はなめらかでひんやりとして

いる。

貴子は私の手を取って、「やっと会えたわね。」と言った。

「どうして・・・」

「あら、私だって結婚する前は看護婦だったじゃない。 忘れたの?」

貴子は私の手をひっぱりながら歩き出した。

「あそこに志乃もいるのよ。」

その指差す方を見渡すと、大勢の兵隊たちの中に、志乃がいた。

志乃は 兵隊の一人と親しげに話をしている。 その顔には見覚えがあった。

あの小屋で別れた高井熊二郎であった。

「志乃ちゃんも来ていたのか。」

「あの子はずっと前からフィリピンにいたのよ。」

「戦争は終わったのか。」

「そう、終わったのよ。もう、いいの。 あの山に登るわよ。」

貴子は西の峰を指差した。 そして、かろやかに歩き始めた。

高井は志乃の手をとって後ろから付いて来ている。

空が急に真っ青になり、爽やかな風となった。

しばらくすると、風にのって遠くから子供の声が流れてきた。

子供の声はふたつあった。

「おとうさ~ん。 おとうさ~ん。」

山々に響いて、そんなふうに私には聞こえてきた。

「あなた、義春と啓三も来ているのよ。」

貴子は微笑みながら、子供の声が聞こえるその峰の一角を指差した。

・ ・ ・ ・

スナイダーは、バンの運転席のドアを閉め、21キロ地点にあるサリサリストアの

店の中に腰を下ろした。 スプライトの栓を抜き、一口ぐっと飲んだ。

そして、ふうーっとため息をつくのだった。

「ああ、あそこにありますね。 いや~、どうもお疲れさまでした。」

保は西山兄弟に頭を下げた。

ハルセマ・ハイウエイ(ボントック道)の舗装された道から、石ころだらけの

道に入ると、すぐ右側には遠くの峰々を望む広い視界が広がっていた。

日本人のあいだで、通称「山下道」と呼ばれた、アリタオまで続く道の起点である。

「比島戦没将兵慰霊之碑」と縦に書かれ、横書きには「メモリアル・クロス」

と黒い文字が入った白い十字架が建っていた。 そして、その向こうは谷となって

落ち込み、松の木が何本か周りを取り囲むように生えている。

西山義春と啓三の兄弟は、石ころだらけの道に佇み、十字架と蒼い山々をゆっくり

と眺め回した。 周りは深として、山々は果てしなく遠くまで来たことを想い出させた。

父はここで死んで逝ったのだ。

義春と啓三にははっきりとそう思えた。

あの立派な慰霊碑があるバギオの日本庭園でも、キャンプ3でもない。

この山の上の、日本がずっとずっと遠くに、果てしなく思えるこの場所でなくては

ならなかった。

黒茶色になってしまった松葉が吹きたまった十字架の周りを、老いた兄弟は素手

で掃きはじめた。 随分長い間、誰が訪れることもなかったのだろう。 何ヵ月も前

に供えられたと見える花の茎と、線香の燃え残りが散らばったままであった。

二人は、日本から持ってきた日本酒の小さなカップと煙草、そしてバギオで買った

花束を十字架の前に供え、線香に火を点けた。

そして、義春は十字架に書かれた文字をじっと見つめては目を落とした。 胸が

詰まった。 

こみ上げてくるものがあった。 涙がとめどなく流れ出してきた。 そしてそこにうずく

まったまま、動くことが出来なかった。

「お父さん、お父さん。 やっと来ました。 お迎えに来ました。 一緒に帰りましょう。

熊本に帰りますよ。 ・・・・」

啓三は、その兄の後ろに立ったまま、兄の背中を見ながら涙が出てくるのを止める

ことが出来ない。 

ハンカチで目頭を押さえたまま、突っ立っている。

保は、そんな二人を見ていることが出来なかった。 二人に背をむけてゆっくりと

歩いた。

二人から離れて、遠くに連なるなだらかな山々を眺めていた。 唇が震えた。 

くいしばると涙が出そうだった。 口を開けて「はあ~」っと胸にこみ上げたものを

吐き出した。

・ ・ ・ ・

「あなた、あそこよ。 義春と啓三。」

貴子は楽しそうに私の顔を見た。

「おお、そうだ。 二人とも元気そうだな。」

私は 遠くの山々を見つめる二人を、十歳と三歳の元気な子供の姿を見つけた。

二人は白い十字架の前で 「おとうさ~ん、おとうさ~ん」と叫んでいた。

「あなた、子供達と一緒に日本に帰るのよ。」

「うん、そうだな。 帰ろう。」

下には 青々として湖が広がっていた。

・ ・ ・ ・

「ここに来て、良かった。 佐世さん、本当にここが見つかって良かった。 

有難う御座います。 フィリピンまで来た甲斐がありました。」

義春は姿勢を正して深くおじぎをした。

「私もそうなんです。 立派な慰霊碑もいいんですが・・・。 

なにかピンと来なかったんですよ。 これで、本当にほっとしました。」

啓三は、兄の念願が果たせたことに安堵していた。

「ホテルはレガルダ・ロードでしたか。」

スナイダーが聞いた。

・ ・ ・ ・

バギオのレガルダ・ロードにあるホテルに、九十にも届こうかと見える日本人の

老女がいた。 

老女には四十代の孫娘の千鶴子が同行していた。

「お婆ちゃん、今日はトリニダッドの慰霊碑まで行ければいいわよね。 インティカク

まで行くのは、ちょっと無理じゃない。 第一、インティカクっていう所は、もうアンブ

クラオ・ダムの水の中だってよ。 車で三時間もかかるらしいし・・・。」

「・・・・・」

「困ったなあ。 お婆ちゃん。 じゃあ、アンブクラオに行く途中までにしてね。 

具合が悪くなったら 私が叱られちゃうから。」

「ああ・・」

「酔わないように、ゆっくり行ってもらうからね。」

「七里さん、お車が来たようですよ。」

「どうも、有難う御座います。」

車は昔からあったアメリカ人の別荘地や、修道院などがある松林の山道を抜け、

そして、ジグザク道路を下り始めた。

一時間も走っただろうか、右の眼下に川が流れるのが見えてきた。 

「お婆ちゃん、川が見えるわよ。」

「ああ、そうかい。  ・・・ここでいいよ。」

「あっ、あそこにお店があるわ。 あそこで休みましょう。」

谷底には緑色の川が横たわり、こんもりとした森がつづき、山頂を隠した霧が

ゆっくりと山間を流れていく。

七里桜は その川を見下ろす粗末な食堂のテーブルに座った。 そして、

霧の向こうを覗き込むようにじっと動かない。

「お婆ちゃん、あそこでお線香あげようか。」

千鶴子は桜の手をとって、食堂から少し離れた崖っぷちに立った。

バッグから線香と蝋燭を取り出した。 そして、小さな花束をほぐし、

石の上に花と線香を供えた。

「お婆ちゃん、いいわよ。」

桜は石の前にしゃがみ込んだ。

千鶴子は、うずくまった桜の唇が念仏を唱えるのを見た。 

「シノさん ごめんなさい・・ ごめんなさい・・」

そんな風に聞こえてきたようだった。

・ ・ ・ ・

 

保が西山兄弟と別れて、下宿のカランテス家に戻ってきたのは ミニ・マートの

灯りが点けられてからだった。 ミニ・マートでは 柳川友恵の息子が袋物のお菓子

を買っていた。

「ノリユキくん、こんばんは。」

すっかり疲れてしまった保は、首筋から背中が凝っていた。

ミニ・マートの店先のイスにどっかと腰をおろして、首を廻した。

「明日は、リンダおばさんのヒーロットだな。」

「おかあさん、佐世おじさんが 変なオジサンをおんぶして来たよ。」

則之は友恵にそう言うと、袋を歯で引き裂いて、指を突っ込んだ。

「変なオジサン? 誰か怪我でもしたの?」

「ううん、知らない。」

「ちょっと見てくるね。」

友恵は、ミニ・マートのイスに座っている保を見た。

「やだ。 なによ あれ。」

友恵は くるりと振り返ると、カランテス家の台所に飛び込んだ。

「ジュードさ~ん、ジュードさ~ん、塩、塩、塩・・・」

大家のジュードは 友恵の剣幕に驚いて台所に駆けつけた。

「どうしたの?」

「佐世さん、 ゴースト、ゴースト」

友恵は 保の背中に日本兵の姿を見たのだった。

保の母 佐世康子は、高井熊二郎と同郷の出身で、いわゆる軍国少女であった。

敗戦後、康子は価値観の激変に耐えられず、キリスト教の洗礼を受けた。

・ ・ ・ ・

 

七里桜は、その夜夢枕に若い女を見た。

「桜さん、日本に帰りましょう。」

空を飛ぶ明るい笑い顔の女は志乃であった。

 ー 完 -

 

 

この作品は、2007年3月から9月までに書いてメーリング・リストで配信した短編です。 

7回に分けてお届けしました。

故あって、フィリピン・バギオの歴史学習の材料として ここにアップすることにしました。

尚、この短編は バギオ市制100年祭の折に、日比国際平和演劇祭で上演されたものの原作です。 英文名は 「The Remains」というタイトルです。

上演された3作品のあらすじなどは こちらでもご覧いただけます。

また、この作品は一部体験した内容、元日本兵の方から聞き取った内容、戦記物の書籍などから情報を得たものなどをもとにして創作したフィクション小説です。

(著作権は放棄しておりませんので、ご留意ください。)

 

 

 

 

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「亡霊のさまよう街 ― その6」 フィリピン バギオ  

「亡霊のさまよう街 ― その6」

「七里さん、姉からこれを預かって来たんですよ。お渡しするのが遅くなって・・」

七里桜はその封筒を裏返した。 西山貴子からの手紙であった。 括弧書きで

(旧姓:小林)と追記してある。 

「えっ、志乃さんは小林貴子さんの妹さんなの?」

「はい、看護学校の同級生だったそうですね。 私も結婚して青山になったものです

から。 

私、七里さん達の五年後輩なんですよ。 鹿児島の看護学校・・」

「へえ~、貴子さんの妹さん・・・。懐かしいわあ~。」

桜と志乃は アンボクラオ道からかなり下った谷あいにいて、強行軍の本体からは

落伍した二十名ほどの傷病兵と一緒にいた。 

桜は封筒を開いた。 手紙にお守りが挟んであった。

「もしかしたら、桜さんに戦地で会うかもしれないからって、姉が言うんですよ。 

でも、本当にお渡し出来るなんて思ってもいませんでした。」

「本当にねえ。 これ、貴子さんとよくお喋りをした神社のお守りだわ。 貴子さんは

お元気かしら。 赤紙なんてもらってないでしょうね。」

「ええ、私が出てくる時は 子供二人の世話で てんてこ舞いしてましたから。」

桜が従軍看護婦としてフィリピンに派遣されたのは昭和19年6月のことであった。

勤務していた神奈川の日赤病院で救護班が編制され、最初の派遣先はルソン島

中部のパンパンガ州であった。 チフス、赤痢、コレラなどの病に倒れた日本兵の

看護は、今までは知らなかった異国の伝染病でもあり、神経をすり減らすものと

なった。

9月ころからは米軍のグラマン機が襲ってくるようになり、12月の終わりにはバギオ

の陸軍病院へ移動となった。 桜の仕事は、伝染病患者が収容されている地元民

が逃げた民家を夜間に見て回ることであった。 昭和20年の1月にはB29の空襲が

始まり、昼間は防空壕に隠れているしかなかったからである。

看護婦の食糧であっても、トウモロコシ入りの握り飯が一日に二個という有様で、

ほとんど何も食べるものもない傷病兵たちは栄養失調で死んでいった。

青山志乃がバギオの病院にマニラから辿り着いたのはその頃だった。 外科班で

あった志乃は防空壕の中での手術に立ち合うことになったのだが、もうその頃には

機材・医療品などもほとんど底をついていた。 仕事は遺髪と爪を袋に入れ氏名を

書き、ふたつの遺体を一緒にひとつの担架に載せて運び出すことであった。 

爆撃が激しくなり、ついに、4月16日から22日にかけて、バギオの病院を放棄。 

歩ける病人たちと共に山中に入り、アンボクラオあるいはインティカク方面へ向う

こととなった。 

歩けない病人は、衛生兵が運び出すと聞いていたが、その後その者たちを見る

ことはなかった。 

バギオの陸軍病院を離れる時に、看護婦に配給された食糧は、乾パンと飯盒の

蓋に一杯だけの米、そして塩少々であった。 

「看護婦だな。診てくれないか。」

桜と志乃が話しているところへ、眼鏡をかけた痩せこけた兵隊がやってきた。 

病院から一緒に来た顔ではなかった。 眼鏡のレンズは片方しか入ってなかった。

「どうしたんですか?」 

桜がその男の方を振り向いた。

「ちょっと来てくれ。 仲間がやられたんだ。 足をやられた。」

谷あいとは言え、グラマン機は時折、低空飛行で機銃掃射をしていた。

昼間の移動はほとんどせず、日暮れになってから歩くのが当たり前になっていた。

「どこなんですか。」

「すぐそこだ。 弾を四、五発くらったんだ。 動けん。」

「じゃあ、私が行ってきます。」

志乃は救急道具の入った袋を担いだ。

「外科は任せて下さい。 すぐ戻りますから。」

「待ってるわよ。」

桜は 山の端に夕焼けがシルエットを映し出したころ、暗くなり始めた密林の中に

入っていく志乃を見送った。

 

 

「タカモリオジ キトク オイデコウ」

昭和20年4月7日昼過ぎ、熊本の自宅にいた西山貴子は、鹿児島の実家から

電報を受けていた。

「お母さん、義春と啓三お願いします。 夜行で行ってきますから。」

貴子は義男の母に二人の子を預け、鹿児島に向った。

4月8日、貴子は、新上橋近くにある停留所で路面電車を降りた。 叔父の家は

徒歩10分ほどのところにある。 甲突川にかかった新上橋を渡っているとき、

空襲警報が響き始めた。 

鹿児島へのB29の空襲は3月18日にあったことは知っていたが、その後は大丈夫

だと聞いていた。  

貴子はその石橋を急いで渡り切り、叔父の家へ走った。 重い爆音の編隊は次々

に焼夷弾の雨を降らして来る。 その日、新上橋・騎射場・柿元寺の一帯は至る

ところがオレンジ色の炎に包まれていった。

 

「お母ちゃんは、まだ?」

義春の声だった。

「帰ってくるよ。 もうすぐね。 今、美味しいもの作ってるから・・。」

義春と啓三はお婆ちゃんの作る団子の雑炊が出来るのを待っていた。

 

 

 

「お~い、看護婦を連れてきたぞ~。」

眼鏡の兵隊は、暗い木々の陰にチラチラとゆれる明かりに向って声を上げた。 

焚き火の上に飯盒が載せてあって、その湯気の奥の方には洞穴が見えてきた。 

焚き火の前には一人の兵隊が座っていた。 髭だらけの顔にあるギョロリと光る

眼が、志乃の足先から首筋までを舐めるようにゆっくり見上げた。

「患者さんは?」

志乃が尋ねた。

男は「おう」と言って、首を洞穴の方に向けた。

志乃が洞穴を覗き込み、中の様子を見ている時だった。 背後に黒い影が近寄った

かと思うと、後頭部に重い衝撃が走った。 志乃は暗黒の中に落ちていった。

 

 

 

志乃を見送ってから、もうすっかり山の端も見えなくなっていた。 

「ナナサトさん、もう行きましょう。」

「看護婦さん、早く行かないと・・・」

桜は貴子からもらった御守りを握りしめていた。

「貴子さん、志乃さん、ごめんなさい・・・」

そのつぶやきは、周りの患者たちには聞こえなかった。

「私は・・もうここでいい。 青山さんが戻ったら伝えますよ。」

アメーバ赤痢にかかっていた頬のこけた患者が 哀願するような眼で言った。

「じゃあ、インティカクの病院に先に行くと・・・」

しかし、そこで立ち上がり、歩き始めることが出来る者は十数名であった。

 

 

 

「やっぱり、シャリはうめ~よなあ。」

「塩がきくぜえ。」

「病院のやつらは、戦争もしてねえくせに、こんなもん喰いやがって。」

「しかし、これっぽっちしかねえのかよ。」

「まあ、しょうがね~よ。 ご時勢がご時勢だからよ。 へへへ・・」

「後で お楽しみがあるから、いいじゃね~か。ひっひっひっ・・」

志乃はぼんやりした頭で、遠くに聞こえる話し声を他人事のように聞いていた。

サルぐつわをはめられ、手足も縛られて痺れていたし、頭まですっぽりと袋に

詰め込まれていたのだった。

そこは、どうやら小屋の中のようだった。

意識が彷徨って時間の流れも分からなくなっていた。 しめった軍靴が草をかき

分ける気配があった。 それは確かに近づいていた。

おそらく、それは女の嗚咽だったのだ。

B29の爆撃が続いていたのだし、グラマン機の機銃掃射の激しい攻撃だってあった

のだが、それはきっと女の、日本人の女の悲鳴だった。

 

 

桜は、爆撃機に追われるように、インティカクの病院に辿り着いていた。 一緒に

辿り着いた病人は三人しかいなかった。 そして、それは一緒にいたと言っていい

のかも分からないような病人だった。 まるで、亡霊のような・・・。 

インティカクの野戦病院は、元々は密林の中にテントが張ってあった。 かろうじて、

爆撃を逃れ、雨露をしのげるほどのものであった。

しかし、何千人もの傷ついた日本兵は水を求めてアグノ川のほとりにバタバタと

身体を投げ出すことになった。 いつしか、テントは川べりにまで延びていた。

桜は、ここでも遺髪と爪の袋を整理することになってしまった。 軍医も看護婦も 

もうそれくらいしか出来ることは残っていなかった。

「あっ、これは・・・」

桜の手が止まった。

「西・・山・・・義・・男・・」

桜ははっと思い出したように走った。 貴子の手紙。 看護婦の詰め所に飛び

込むと、袋から封筒をとりだした。 

「・・・義男さんもフィリピンに渡ったんですよ。 もし会うような事があったら、

義春と啓三は元気だと伝えて下さいね。・・・・」

御守りを握りしめた桜は、遺体安置所、いや、アグノ川の川原に走った。

「西山さん・・西山さん・・西山、西山、西山・・・」

遺体の名札を一枚、一枚、目で追いながら走った。

西山は仰向けに寝かされていた。 その目は蒼い山々に囲まれた青空をじっと

見つめるように開いていた。

「西山さん! 西山さん! 西山さん!・・・駄目です! 駄目です!・・・だめー!」

桜は、貴子からもらった御守りを握りしめたまま、義男の胸を何度も叩いた。

御守りには涙がしたたり落ち、そして、染み込んでいった。

「あなた、あなた。」

誰かが呼んでいる。

何時間経ったのだろうか。 周りは静かだった。

「あなた。 私よ、わたし。 貴子よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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