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2012年8月 9日 (木)

「ブッダのことば」 (35) 祭祀をする者ほど 煩悩が多い・・・? 

 

岩波文庫の「ブッダのことば」(スッタニパータ)(中村元 訳)を読んでいます。
原始仏教のお釈迦様の言葉です。

台風9号の後、まったく大雨が降りやまず。 
前回の(34)を書いたのが7月31日。少なくともそれ以来お天とう様の姿を拝めず。
やっとこの2~3日降ったり止んだり、小雨になったりのバギオです。
マニラ首都圏を中心に大洪水が起きていまして、ダムの放流などでマニラーバギオ間の
パンパンガ、ターラック、パンガシナン州辺りでも浸水のニュースがあります。

珍しく幸いにもバギオでは停電にはならず、ほっとしています。

では、(35)です。

「四、 学生プンナカの質問」

1045 先生! およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが盛んに
     神々に犠牲を捧げましたが、祭祀の道において怠らなかったかれらは、
     生と老衰をのり超えたのでしょうか?

1046 ブンナカよ。 かれらは希望し、称讃し、熱望して、献供する。 
     利得を得ることに縁って欲望を達成しようと望んでいるのである
     供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない。
     かれらは生や老衰をのり超えていない、とわたしは説く。

・・・ほお~~、これって凄くないですか?
祭祀をやるってことは、煩悩の最たるものだって言っているわけですよね。

1047 では神々と人間の世界のうちで生と老衰を乗り越えた人は誰なのですか?

1048 世の中でかれこれ(の状態)を究め明らめ、世の中で何ものにも動揺する
     ことなく、安らぎに帰し、煙なく、苦悩なく、望むことのない人、
     -- かれは生と老衰とを乗り越えた、--と、わたしは説く。

・・・「煙」=「悪い行い、或いは怒り、をいう」と解説にあります。
世の中の様々な現象の真理を究めた人が 煩悩を乗り越えられるってことに
なるのでしょうか。
「明らめ」って言葉を「あきらめ」って読ませているんですけど、「諦め」に通じて
いて、何か示唆的な感じがしませんか。

「五、 学生メッタグーの質問」

1049 世の中にある種々様々な、これらの苦しみは、そもそもどこから
     現れ出たのですか。

1050 世の中にある種々様々な苦しみは、執著を縁として生起する。

1051 実に知ることなくして執著をつくる人は愚鈍であり、くり返し苦しみに
     近づく。 だから、知ることあり、苦しみの生起のもとを観じた人は、
     再生の素因(=執著)をつくってはならない。

・・・諸々の苦しみは「執著」することによって起こる。 まずは「知ること」が
大事ってことでしょうか。

1052 どのようにしたならば、諸々の賢者は煩悩の激流、生と老衰、憂いと
     悲しみとを乗り超えるのですか?

1053 伝承によるのではなくて、いま眼のあたり体得されるこの理法を、
     わたしはそなたに説き明かすであろう。 その理法を知って、よく
     気を付けて行い、世間の執著を乗り超えよ。

1055 上と下と横と中央において、そなたが気づいてよく知っているものは
     何であろうと、それらに対する喜びと偏執と識別とを除き去って
     変化する生存状態のうちにとどまるな。

・・・「偏執」=「偏見に固執すること」、「識別」=「事象の形成力を識別すること」
とあります。 
「変化する生存状態のうちにとどまるな」ってことは、生に執着しないで、それを
乗り越えなさいってことになりますかね?
生は変化するもので実体はないのだから、それに執着して悩んでも意味がないって
ことになるんでしょうか。

学生の質問は十八まであるんです。
まだまだありますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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