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2012年8月25日 (土)

「ブッダのことば」 (40) 「信仰を捨て去れ!」って、どうよ・・・ 

 

岩波文庫の「ブッダのことば」(スッタニパータ)(中村元 訳)を読んでいます。
原始仏教のお釈迦様の言葉です。

「十七、 学生ピンギアの質問」

このピンギアさんは、結構齢を取っているみたいなんですが、その質問は、

1120 どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるのか・・・

お釈迦様の答えは、

1121 物質的な形態があるが故に、人々が害われるのを見るし、物質的な
     形態があるが故に、怠る人々は(病いなどに)悩まされる。
     ・・・怠ることなく、物質的形態を捨てて、再び生存状態に
     戻らないようにせよ。

・・・「生存状態に戻らないように」って・・・死んだままでいろってこと??

1122 ひとびとは妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを、
     そなたは見ているのだから、それ故に、ピンギヤよ、そなたは
     怠ることなくはげみ、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないように
     せよ。

・・・つまりは、「迷いの生存」に戻らないように、修行をせよってことに
なるんでしょうか。 修行ってのは、座禅と托鉢なのかな?

「十八、 十六学生の質問の結語」

さてさて、これまで16人の学生の質問が出てきたんですが、その総括ってこと
でしょうか。

この学生というのは、
「(バーヴァリの)門弟である十六人のバラモン」であると書いてあります。

そしてこれらの質問とシャカの答えについて、
「これらの教えは彼岸に達せしめるものであるから、それ故にこの法門は
「彼岸に至る道」と名づけられている。」
とあります。

・・・つまり、悟りあるいは解脱の道ということになるでしょうか。

1136 かれは独りで煩悩の暗黒を払って座し、高貴で、光明を放っています。
     ゴータマは智慧ゆたかな人です。 ゴータマは叡智ゆたかな人です。

1157 即時に効果のみられる、時を要しない法、すなわち煩悩なき<妄執の
     消滅>、をわたくしに説示しました。 かれに比すべき人はどこにも
     存在しません。

・・・この章は、お釈迦様の素晴らしさを讃えるまとめになっています。
上記に「座し」とありますから、「座禅」なのでしょうね。

ここには、正に「営業トーク」みたいに「即効性のある方法」を宣伝しているんですねえ。
解説によれば、
ニルヴァーナは即時に体得されると考えていたのである。」とあります。
難行苦行をやった末に、お釈迦さんは「そこまでやらなくたっていいんだよ」って
境地に入ったみたいですね。

1142 バラモンさま。私は怠ることなく、昼夜に、心の眼を以ってかれを
     見ています。かれを礼拝しながら夜を過ごしています。 ですから、
     わたくしはかれから離れて住んでいるのではないと思います。

・・・「彼」というのはお釈迦様のことです。

1143 信仰と、喜びと、意と、念いとが、わたくしを、ゴータマの教えから
     離れさせません。

・・・ここではシャカへの信仰が出てきているということでしょうか。
バラモン教の中にあって、釈迦への信仰、仏教が始まることを表しているように
見えます。

そこで、問題の次の言葉が出てきます、

1146 (師ブッダが現れていった)、
     ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去った
     ように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。 そなたは死の領域の
     彼岸に至るであろう。 ピンギヤよ。

・・・「信仰を捨て去れ」 ですよ!!
凄いことが書いてありますね。
そこで、巻末の解説をよみますと:

「信仰を捨て去れ」という表現は、パーリ仏典のうちにしばしば散見する。
釈迦がさとりを開いたあとで梵天が説法を勧めるが、その時に釈迦が梵天に
向かって説いた詩のうちに「不死の門は開かれた」といって、「信仰を捨てよ」
という。 
恐らくヴェーダの宗教や民間の諸宗教の教条(ドグマ)に対する信仰を捨てよ
という意味なのであろう。

最初期の仏教は<信仰>なるものを説かなかった。 
何となれば、信ずべき教義もなかったし、信ずべき相手の人格もなかったからである。

「スッタニパータ」の中でも、遅い層になって、仏の説いた理法に対する
「信仰」を説くようになった。

・・・・とありました。

つまり、従来の信仰を捨てよ、という意味なんですね。
そして、その後 新たな信仰として仏教が生まれてくる。

まあ、当時にあっては、新興宗教の過激カルトってことになるんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年8月23日 (木)

フィリピン・バギオの姉妹都市 : 軽井沢町は違いますよ。 

フィリピンの「軽井沢」とよく形容される「バギオ」ではありますが・・・

バギオ市の日本における姉妹都市は、埼玉県羽生市と 北海道の稚内市の2つが正式な姉妹都市になっています。

羽生市は昭和44年に姉妹都市締結をしています。
http://www.city.hanyu.lg.jp/kurashi/madoguchi/hisyo/03_city/04_profile/history/history.html

北海道稚内市は、昭和48年に締結していますが、最近はあまり交流がないとのことです。
http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/gaiyo/ayumi.html


尚、一部のインターネットサイトに、特にWikipediaなどで、 軽井沢町も バギオの姉妹都市であるかのような記載がありますが、軽井沢町の公式サイトではバギオ市が姉妹都市という記載はありません。
http://www.town.karuizawa.nagano.jp/ctg/C68/68.html

この件について、軽井沢町役場に確認をしましたが、

「バギオ市との姉妹都市締結の事実はない」

との回答でした。
ご参考まで。

な~~んで、こんなことが起こるんでしょうかねえ・・・

フィリピンと日本の自治体同士の話なのに、なんでそんな間違った情報がWikipediaに掲載されるのか・・・

ちょっと軽井沢町の公式サイトを調べれば 誰にでも疑問が湧くことなのに。

不思議だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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