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2012年10月 5日 (金)

イチロー と 箸

こんな記事が載っていました。

「イチローのバッティングがとんだ騒ぎに! 元サイ・ヤング賞投手発言に抗議殺到

http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20121005/bbl1210051133006-n1.htm

結論から言えば、この「地元テレビ局YESネットワークの解説者、デビッド・コーン氏(49)がこう発言したのが問題になった。」って、 ??? だと思いませんか?

「ボール球だが…、イチローは(打った)…、チョップスティックで

これがアジアに対する差別になるんですかね??

私なんかは、宮本武蔵を連想するんですけどねえ。

宮本武蔵が 「チャップスティック」で 「ハエ」を ひょいっと捕まえる。

それと同じ雰囲気で、イチローが ボールを ひょいっと打ち返す

・・・いいじゃないんですか?

技能賞じゃないですか、神業じゃないですか。

それが アメリカ人には 「アジアを差別」になっちゃうんですねえ。

解説者、デビッド・コーンさん、

あなたは悪くない!

・・・

私は、「言葉狩り」ってのが嫌いなんです。

ろくなことも書かないメディアがつまらない記事で「表現の自由だ」なんて偉そうにしている方が 罪は大きいんじゃないの?

・・・って思うんですがねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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リクルート・スーツ と ふくらはぎ

これも昨日の話なんです。

床屋でさっぱりして、ビルを出て、バギオの目抜き通りセッション・ロードの坂道を えっちらおっちら登っていました。

すると、目の前になんだか急に人目を引くものが現れたんです。

最初はアレッって感じだったんです。

何が人目を引いているのかな・・・?

にわかには 何だか分らなかったんです。

日本の春になると、リクルート・スーツのまんま、黒や灰色のスーツで初出勤みたいな若者があちこちに出ますよね。

あの黒いスーツの女性がすぐ前を歩いていたんです。

フィリピン人にしては珍しいなあ~、って感じです。

しかし、目を引いていたのは、それだけじゃなかったんです。

彼女のふくらはぎなんです。

スマートなスラリとした足でね、フィリピン人女性には珍しく、黒いスーツだから黒いスカートなんです。

スカート自体が珍しい

普通はほとんどジーンズですからね。

その珍しい黒いスカートから すらりと伸びた ふくらはぎ。

・・・・

いやいや、そのふくらはぎが珍しいってことでもないんです。

そのふくらはぎに なんと 刺青が入っているんですよ。

「ええ~~っ!」 って感じで、 ジ~~ッと見つめちゃいましたよ。

これ、本物 ?

もしかしたら、シールでも貼っているんかな?

とも思いましたけどね。

黒いリクルート・スーツですよ。

そんなのを着ているのに、わざわざシールの刺青を貼るわけはないですよね。

だから、簡単には消せない刺青なのかなって思うわけです。

目立ちますよお~~。 ふくらはぎの刺青。

どんな刺青かって言うと、「OX命」とか、「龍虎」なんて感じのヤクザっぽいもんじゃないです。

リボンを交互に軽くよったみたいなデザインなんですね。

まあ、いわば 可愛いデザインって感じではあるんですけど・・・・

それで、どんな女性、どんな顔、って気になるじゃないですか。

気にならない??

あっ、そうですか。 そんじゃ教えてあげない。 (笑)

 

 

 

 

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床屋で口走った言葉

昨日 床屋に行ったんです。

バギオの床屋さんは、自分がやってもらいたいことだけを注文するんです。

日本の床屋さんは、カットと髭剃りがセットになっていて、お店によっては他のサービスもありますよね。 最近は 駅前辺りでカットだけ格安でってのもあるみたいですけど。

それで、椅子に座って「カットとシェーブ」を頼んだんです。

椅子の上に仰向けに寝て、足元の椅子の上においたカバンを気にしながら、うとうとしていたんですけどね。 カバンに財布を入れていたもんだから、持っていかれないかといささか心配だったんです。

髭剃りが終わったころに、「そういえば、最近耳かきしていないな。」と思い出しましてね、急に耳の中が痒くなるような感じになったんです。

それで、「耳かきもお願い」って頼んだんです。

日本でもやってもらったことを思い出していたんです。

日本の床屋さんの耳かきはサービスでやってくれるところもあると思うんですけど、ソフトにソフトに慎重にやりますよね。

・・・で、右の耳をやっていた時です。

割とさっさ、さっさ、と軽い感じでやってくれていたんで、痛くもくすぐったくもなかったんですけどね。

「Ouch!」 って口から飛び出したんです。

いきなりガザッと来たんですねえ。

「オウチ!」じゃないですよ、「アウチ!」です。

痛かったですよ。

まあ、「痛い!」っていわなくたって、顔面を曲げれば 床屋のお兄ちゃんには分ることですけどね。

で、何を言いたいかっていうと、

「痛っ!」って日本語じゃなくて

「アウチ!」って英語で口走ったってことを言いたいわけですよ。

なんかね、ちょっとね、嬉しいようなね。

おお、英語での生活が7年半にして やっと身についてきたかってね。

でも、よく考えてみると 英語じゃいけないんですよ。

ここはフィリピンですからね。 なんで英語なんだって。

「アラ~~イ!」って言えないと本当はよくない。

・・・・

ところで、今は 日本の床屋さんは カットと髭剃り プラス 簡単なマッサージで 4,000円くらいですかね?

バギオの床屋さんは、カットと髭剃りと耳かきと 簡単なマッサージ付で 250ペソくらいでしたよ。 今のレートでいえば 500円くらいです

お試しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年10月 4日 (木)

「二つの仏教」 大澤真幸著 : 不純だから広く受け入れられる?

サンガジャパン発行 2012春 Vol.9「上座仏教と大乗仏教」の
雑誌の中から、社会学者である大澤真幸著「二つの仏教・分岐の必然性」
というのを読んだんです。

で、インドのカースト制度の続きなんですけど、

ー 菜食主義のバラモンは、・・・浄性の程度が高い・・・  
  バラモンは、生き物を殺さないこと、いかなる富にも執着を
  もたない
こと、この二つによって、食物連鎖や贈与の連鎖から
  距離をとり、浄性を維持している。

ー 不浄性の程度が大きくなると、その分、カーストやヴァルナの
  ヒエラルキーの低位に位置づけられる。

・・・とは言いながら、バラモンばかりじゃ社会システムは
成り立たないから、それを維持するには武力が必要なわけですね。
それが王ー戦士であるクシャトリヤなんです。

ー バラモンを定義している第一の要件「生き物を殺さないこと」に
  対する例外として登場する。

・・・これが、「例外を伴う普遍的規定」なんです。
同様に、生産活動、富にたいする条件でも、

ー バラモンを定義する第二の要件「富に執着しない」に対する
  例外のゆえに、・・・クシャトリヤよりも不浄性が高くなる集団・・
  ヴァイシャである。

ー さらに下には、動物を殺したり、死体を扱ったりといった、
  不浄性(例外性)が極大に達する活動に従事しなくてはならない
  社会的な層がある。 それが最下位のヴァルナ・・・

ー 基本的な論理は、普遍性(普遍的な浄)に例外を付していく
  という方法にある。

・・・さて、カーストのこのようなランク付けとは別に、
インドの興味深い慣習があると言うんです。
インドでは広く普及している独特のライフコースだというんです。

それは、「四住期」 と呼ばれるもので、

学生期: 師を見つけ、その下でヴェーダを学習
家長期: 家長として家族を守り、カーストに定められた仕事に従事
林住期: 森に住み、ヴェーダを唱えながら苦行
遍歴期: 乞食をしながら遍歴し、ヴェーダの復唱に専念

・・・これは男が前提のようですけど、このような四つの段階を
辿って人生を終える、ということなんです。
こういう慣習は、マヌ法典 というものに規定されているそうなんですが、
それよりも前からあった慣習なんだそうです

かのブッダも、この慣習に従って林住期に出家したんじゃないかと
いう話です。

ー マヌ法典の成立に先立つ時期に、多くの禁欲主義者たちが
  現れた、ということを示唆している。

ー 林住者として・・・苦行に励むにとは、「神の道」を通って
  ブラフマン(宇宙原理)に達する
が、村で祭式儀礼等を
  行っている者たちはブラフマンに到達できず、この世界の中に
  再生する(つまり輪廻する)ことになる・・

ー 禁欲主義(菜食主義)は、この連鎖から離脱することを
  意味しているのだ。

ー 人々とコミュニケーションをとることは、ほとんどの場合、
  他者に、負の贈与をなすことにつながるーーつまり他者に
  苦痛を与えたり、迷惑をあけたりする。
  仏教的な表現を使えば、・・・悪業を積むことを意味している

・・・おおおお、人としゃべったりするのは悪業ですってよ。
参ったな・・・。
「口は禍の元」って言葉もありますけどねえ・・・

そして、この四住期というライフスタイルにしたって、
家長期の部分は「例外」の時期だっていうことです。

普遍的には、浄く正しく生きる人生なんだけど、家族を養わなくては
いけない期間だけは例外扱いしているわけですね。

いいんじゃないですかね、こういう人生も。
出家だけじゃ社会システムとして成り立たないから、こういう
例外を設けたってことになります。

まあ、いい加減っちゃあいい加減ですけど、現実の世界ですからね。

そして、このシステムの限界があったんで、

ー 仏教が原型のままでは、救われざる多数派に寄生することで
  少数派のみを救う小さな乗り物にとどまることに
、仏教徒自身が
  不満や引け目を感じていたからに違いない。

ー すべての人が全員、林住期・遍歴期のみの人生を送るわけには
  いかず、・・・

ー ごく普通の生活ーこれが仏教の観点からはむしろ「例外的な生」
  ということになるのだがーを送っていたとしても、なお
  仏教的な普遍性に従って、覚りや解脱を目指して修行している
  と解釈することができる。
  上座仏教は、こうした解釈に立脚しているのではあるまいか。

・・・上座仏教(小乗仏教、部派仏教)が多くの信者を集めている
理由はこういう「例外規定」に
あるんじゃないかってことですね。

著者の「要約」は以下のとおりです:

「(多くの)例外を伴う普遍性」という原理において、例外を排した
普遍性(浄性)を追求したのが、大乗仏教である。
大乗仏教は、純化した「普遍性」の内に収容しうる社会的な
領域や生の領域をできるだけ拡張しようとしたが、それには限界が
ある。 ・・・・・
それに対して、上座仏教は「例外」もまた、広義の「普遍性」の中
にある、という点に着眼している。
「例外」の方こそが、社会的には一般的なので、上座仏教は、
一つの社会の全域に浸透することができたのである。

・・・なるほどねえ。  ずるいなあ~~。

そういう意味なら、「憲法九条」も ずるいなあ~~、って話ですよね。
もし、この理論が正しいとするならば、政治的右翼にとっても
憲法九条は今のままの方が便利だってことになりませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年10月 3日 (水)

「二つの仏教」 大澤真幸著 : 食物連鎖、カースト、憲法九条

サンガジャパン発行 2012春 Vol.9「上座仏教と大乗仏教」
雑誌の中から、社会学者である大澤真幸著「二つの仏教・分岐の必然性」
というのを読んだんです。

まず、食物連鎖とカーストと憲法九条って書いたんですけど、
こりゃあ凄い発想っていうか、面白い視点ですね。

憲法九条ですけど:

この論文はこの雑誌の44ページから68ページまで書いてある中で、
憲法九条の話が出てくるのは 59ページなんです。

ー 「(多数の)例外を伴う普遍的規定」ということになるだろう。
  「原則的にはpだが、qの場合は例外である。」という言明に
  よって保護されている普遍性である。
  ・・・普遍性が完全に維持されているという体裁を崩すことなく、
  ・・骨抜きに
することが出来る点にある。

ー 日本人ならば、誰でも知っている例は、「憲法九条」である。
  「戦争を一切放棄し、断じて軍隊をもたない」という
  強い普遍的規定がまずある。
  しかし、これに例外が次々と付されていく。
  「ただし自衛のための兵力は、軍隊ではない」・・・と例外を
  積み重ねていくと、気が付いてみれば、日本はほとんど、普通に
  軍隊をもちつつ、その気になれば戦争もできる国家になっている

ー ここで重要なのは、「憲法九条」という、元にあった普遍的な
  規定を否定することなく、それを無効化できるという点である。

・・・さてさて、この「例外を伴う普遍的規定」というのが
「二つの仏教」つまり、部派仏教と大乗仏教にどう関係するのかって
ことなんです。

まず、著者は、面白い現象を指摘しているんです。

上座仏教(部派仏教、南伝仏教、小乗仏教)の国である
タイ、スリランカのような国では、国民のほとんどが仏教徒
あるのに対し、大乗仏教(北伝仏教)の国である中国や日本の
ような地域では 仏教徒の比率が低いじゃないか
小乗と蔑まれながら大乗よりも多くの人たちが仏教徒になっているじゃ
ないか、って言うんです。
確かにそうですよね。
大きな船であるはずの大乗仏教の国の方が信者が少ないじゃないかってね。

そして、その小乗仏教の生まれたインドには、そもそも何が
あったんだ、ってことになるわけです。

ー 仏教が、そこから離れるべき対象としている生の様相は、
  輪廻である。 仏教に限らず、あらゆるインドの思想にとって、
  生命が輪廻していることは前提である。
  仏教が目指していることは、輪廻からの解脱である。

・・・そして、輪廻についての現実的な原体験としては、

ー 贈与とお返しをめぐる体験、互酬性の体験であろう。
  誰かに善いものを贈与すれば、・・・お返しがあるのではないか、
  と期待する。

・・・それが、善業や悪業の縁起になって、輪廻に関係していく
と人々は思い込むということです。

それに、輪廻を思い起こさせるのが、食物連鎖なんですね
弱肉強食の世界です。

ー 人間は、動物を食べる。そして、動物も、別の動物を食べる。
  さらにその動物は、植物を食べる。 植物は、水や土を
  食べる・・・。

・・・そして、この弱肉強食のシステムが カースト制度
みられると著者は言っているんです。 そして、そこに
宗教的な意味あいも絡んでいると。
カースト関係で著者が書いていることを要約すると、以下のような
ことになるかと思います:

圏外上位: 隠遁者(出家、仏教・・・) 
最上位:  バラモン (祭祀を行う)
二位:   クシャトリヤ(王ー戦士、人を殺す)
三位:   ヴァイシャ(経済、生産活動、富に執着)  
四位:   ヴァルナ(動物を殺す、死体を扱う)
      シュードラ(上位3者に奉仕する)
圏外下位: 不可触民

・・・これを見ると、社会学者の著者は、「浄い」「不浄」とは
何かという観点から、このランキングを説明できるとしているんです。

それは、次回。

ほんと、この論文はいろんな要素が絡んでいて複雑で難しい・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「龍樹菩薩の気持ち」(石飛道子著) - 上座仏教から大乗仏教へ 

昨日は朝から停電だったんです。 夕方までの計画停電なんです。
そんなこと知らなかったもんだから、しょうがなく本を読むことに
しましてね。
ベッドの上に座って、窓際で読みました。

サンガジャパン発行 2012春 Vol.9「上座仏教と大乗仏教」
いう雑誌がありまして、その中に石飛さんが書いた「龍樹菩薩の気持ち」
ってのがありました。

「龍樹」という名前に惹かれて読む気になったんです。

・・・・随分前の話なんですけど、私のブログにこんなことを
書いていたんです:

「へえ~~、そうなんだ。 その2」

親鸞さんが選んだ七人の高僧がいるそうです。
お釈迦様から法然さんまでの、浄土真宗にとって大切な七人で、
インドー中国ー日本へと どのように伝わったかが時系列に読み取れます。
http://1kara.tulip-k.co.jp/1kara/043.html
http://www.geocities.jp/yuurinji/230.html
親鸞さんも やっぱり 元々 仏教ってなんなの? って知りたかったんですかねえ。
そうじゃなきゃあ、歴史的なつながりのある七人を選んだりしないでしょ?

龍樹 南インド出身 150~250年頃
「空」の思想を確立した人ですね。
阿弥陀仏の本願による救済を説いて、浄土教の祖と呼ばれているそうです。
「十住毘婆沙論」の「易行品」のみが 浄土真宗の依拠聖典。

・・・と言うことで、親鸞さんにつながる最初のインドの人なんです。

さて、石飛さんの話を読んでみましょう。

ー なぜ部派仏教があり、なぜ大乗仏教が生まれたのか・・・

ー 拙著 「龍樹と語れ! 「方便心論」の言語戦略」という本の
  中で、そのことを述べてみたのですが、なんだか、さっぱり
  反応がありません。 自分としてはとてもいい考えだと
  思うので・・・

・・・随分正直な人ですね。読者の反応が今一なんで、ここで
宣伝させてもらいます、ってことですよね。
本のタイトルが難しすぎたんじゃないですかね。
私は興味ありますよ。

ー 部派仏教と大乗仏教は、まったく違うようですが、共に仏法と
  矛盾することなく共存できるものです。

ー 仏教だったらケンカしてはいけない。
  ・・・これは、お釈迦様の大事な大事な教えです。

  
ー 言い争って良いことは一つもないということがわかります。
  敗北した方は嘆き悲しみ、勝った方は・・心におごりを生じて
  高慢になります。

・・・このあたりのことは、確かに「ブッダのことば」に出て
来ましたね。 論争なんかしても何の得にもならないから、やめとけ、
ってね。

ー (龍樹は)、独特の論法を駆使して詭弁を弄した論争家という
  悪役イメージで他学派から語られることもありますが、
  本当は、一言も論争をしなかった人なのです。

ー 御釈迦様の教えを最もよく理解したが故に、お釈迦様の
  わかりやすい教えに似ても似つかない「中論」という難解な
  論書を著したのです。

ー どうして、お釈迦様の教えをはずれているようなのに、
  御釈迦様の法を最もよく受け継いだなどと言われるのでしょうか。

・・・おおお、なんだか この前まで読んだ「法然と親鸞」みたいな
話になってきましたね。
師と弟子ののっぴきならない関係です。

ー 龍樹は、部派仏教にもかかわり、大乗仏教にもかかわって
  両方をとてもよく理解した人だったのです。

ー お釈迦様が亡くなった後、・・・次第に法が廃れていき始めます。
  ・・自らブッダになろうと修行する者が現れてきます。
  かれらを「菩薩」というのです。 ・・・龍樹もまた菩薩の
  一人です。
  ・・廃れていく正法を救おうとしたのです。

ー 龍樹菩薩は、お釈迦様の「論争してはならない」という教えを
  支える理を探り当てるために、なんと、ブッダの正法を解体
  し始めました。 全部解体して、中から、「論争してはならない」
  という教えのために必要な「空」という哲理を見つけ出したのです
  これを書物に著したのが「中論」です。

ー 自分の見解をもって他人の見解よりもすぐれているとか言って
  みても、それを理論的に証明する手立てはないのだ、ということに
  (龍樹は)気づいたのです。

ー お釈迦様も、自分が弟子たちに教えた法を、自らの見解として
  主張しているわけではないのだ
、と、龍樹は納得したのです。
  いくらお釈迦様でも、自分が正しいことは証明できない、
  という点は、他の人と変わらないのですから。

ー お釈迦様の説いた法は、理論や見解のようなものではなく、
  苦しみを除くすぐれた「「やり方」「方法」「道」なのだ、
  とわかって、理論ではないのだから、解体しても、大丈夫、
  壊れることはない、と知ったのです。

ー 何を作ったかといいますと、「論法(論理学)」なのです。
  論法とは、ものの見方・考え方を教える方法をいうのです。
  かれは、「方便論(やり方の核心)」という書を著して
  論法を説き始めたのです。

・・・へえ~、そうですか。
「中論」というのが「空」について書いているってことだけは
知っていたんですけど、論理学のテキストだったんですね。

ー 世間の風説に惑わされる人々を救おうと、仏法を守るため、
  龍樹は論法を作りました。その論法は、善悪の特徴と
  空の特徴を
もつ仏法が形を変えたものに他なりません。

ー 教団内部に籠ってしまうと、ブッダの正法が少しずつ変容
  しているのに気付かないかもしれません。
  ・・・部派の外に出ることが必要だったのです
  ・・・龍樹は、菩薩となって、ブッダの正法の周りに
  刺の林である防御の論法をめぐらしたのです。

・・・つまりですね、著者は、お釈迦様の正法を大事に育てるのが
部派仏教の役目で、それを外側で守るのが大乗仏教だって
いっているみたいです。

それに気づいた龍樹さんは、もともと部派仏教にいたんだけど、
外に出て大乗仏教の根幹になる論理学を作った、ってことのようです。

そうか、そういう話か。
でも、こういう内容だったら、著者が書いた本を買って
読んでみようか、って意欲は湧かないような気がするなあ・・・
龍樹さん本人には 興味があるんですけどね。

やっぱ、タイトルが良くないよね。
「ブッダの真理。 龍樹の大乗仏教戦略。」なんてのはどうっすかね。

「親鸞の真意。 歎異抄の戦略。」みたいな雰囲気になっちゃいます
けどねえ。

すんません。

・・・で、ちょっとアマゾンで 著者が紹介している本のカスタマー・レビューを読んでみたんです。

「ブッダ以降、仏教を再興した龍樹菩薩について書かれている。
思想的にブッダに一番近いと言われているが、その実体はあまり知られていない謎の人物だ。 「言い争う討論」の場で、相手の名誉を傷つけず「言い争わない討論」をしたのだ。彼はどんな人物だったのか。」

面白そうじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(18)<完> 歎異抄がなかったら・・

  
中央公論新社の 山折哲雄著「法然と親鸞」を読んでいます。

「第十二章 分割相続か単独相続か」 続き

ー 親鸞自身の足もとから、いつのまにか深刻な異端論争
  まきおこるようになったからだ。 親鸞自身の門流から
  セクトが発生し、正統争いを演ずるようになった・・・

ー 証拠文書が、あの「歎異抄」にほかならない。
  「歎異抄」=異端を嘆く

ー 異端排撃の思想態度が、やがてあの一向一揆という
  「宗教戦争」を引き起こす導火線になっていく・・・。

・・・ぎょぎょぎょ・・・一向一揆の原因はそうだったんですか?

wikipediaには それらしいことは書いてありませんので、
このサイトをチェックしてみたんですけど・・・・

http://100.yahoo.co.jp/detail/%E4%B8%80%E5%90%91%E4%B8%80%E6%8F%86/

「延暦寺(えんりゃくじ)による一向宗弾圧に抵抗して蜂起した護教的な
金森一揆に始まる。」

「本願寺実如(じつにょ)の命令により、政元の反対派の越前朝倉
(あさくら)、越中畠山(はたけやま)、越後(えちご)上杉(うえすぎ)
氏らに対する畿内(きない)、北陸の大一揆が蜂起した。」

「一向一揆を蜂起の原因からみると次のように分類できる。すなわち信仰
擁護のためのもの、地域で多数派化した門徒が非門徒とも連合して地域
または一国の支配権獲得を目ざした国一揆的性格の強いもの、」

・・・結局、異端排撃が原因になっていくというようなことは
出てきませんね・・

・・・おっと、ここにひとつだけありましたよ:

http://ichiranya.com/society_culture/064-japanese_riot_ikki.php
「土真宗本願寺教(一向宗)の信者らが起こした一揆の総称で、
一揆の原因は教団内の内紛や、教団を弾圧する領主や権力者との争いなど
様々なものがありました。」

ー 「歎異抄」という作品が存在しなければ、親鸞という名さえ
  歴史にのこらなかったかもしれない。

ー そこからは親鸞の切実な肉声が響いてくると同時に、
  弟子の唯円の必死の思いも伝わってくる。

ー 「親鸞聖人」の死後、弟子たちのあいだに「不審」や「疑惑」
  を誘う挙動があらわれてきた。 それゆえ「先師口伝の真信に
  異なることを嘆き」、それらの不審や疑惑を一掃しなければ
  ならない・・・

ー かれ(唯円)は、ひたすら師の正統性への全身的な同一化を
  めざし、そのことで親鸞の遺産を単独相続する地位を
  手にしようとしたのではないだろうか。

ー 唯円は、師の親鸞がかつて歩いていた道を、しらずしらずの
  うちに辿ろうとしていたのである。 法然の門に入りながら、
  その法然門下の世界からしだいに離脱していった師・親鸞の
  単独者の道を、かれもまたかれなりの仕方で歩こうと
  していたのかもしれない

・・・ここが分からないんですよねえ。
親鸞は明らかに法然の言っていることとは別の思想を持った
わけですよね。 それでも法然を師であると言った。
唯円はあくまでも親鸞の真意を守ろうとした。
著者の言っていることが 分からない・・・・

本質を継承するという意味でいけば、法然さんが言ったことの
中に、「除外規定」がそのまま残っていたのを、親鸞さんは
本質はそこなんじゃないか、って異議を唱えたわけでしょう?

唯円は、親鸞さんが言ったことの枠を超えてはいないんですよね。
違いますか??

wikipediaには 「親鸞思想との相違点」ということも
書いてありますけどね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8E%E7%95%B0%E6%8A%84
「唯円は歎異抄において、阿弥陀仏の本願を盾に悪行をおこなう者に
対して、忠告は行なっているが、彼らの往生は否定せず、かれらも
確実に浄土に往生できるとする。しかしながら、親鸞は書簡にも
見られるように、どのような悪しき行いを為しても無条件に救済
されるという考えは採っておらず、
そのような念仏者の死後の往生に
ついては否定的な見解を述べている。」

いずれにせよ、持戒の法然さんと、破戒の親鸞さんの違いは
良く分かりました。

修行というものに拘った、あるいは念仏弾圧の中で拘らざるを
得なかった法然さん。
そして、破戒によって、修行から信心へと脱皮した親鸞さん。

私には、そこには大きな飛躍があるように思えるんです。

しかしそれにしても、
「歎異抄」が編集された時期は、親鸞の死後30年くらい経った
西暦1300年前後で、その後は「部外者には極秘」ってことも
あって数世紀は眠っていた本なんですね。

それが江戸時代中期に発見され研究されて、注釈書がつくられ、
明治時代に再評価されて世の中に出た、っていうんですから。

親鸞さんも、そんなことになろうなんて、思いもしなかった
ことでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリピン バギオ 宗教 仏教 浄土宗 法然 浄土真宗 親鸞 歎異抄 唯円

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2012年10月 1日 (月)

山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(17) 枝分かれ? 分裂? 独立!

中央公論新社の 山折哲雄著「法然と親鸞」を読んでいます。

「第十二章 分割相続か単独相続か」

正直言って、このタイトルは良く分からないんです。
法然から親鸞に浄土宗が引き継がれたわけではないんじゃないか
と思うからです。
まあ、親鸞さん自身は 浄土真宗という独立した宗派、団体を
作ろうという意識はなかったそうなので、浄土宗の端くれで
あったということは言えるかもしれないんですけど・・・・

ー 弟子は、師の全体をはたして受け継ぐことができるのかという
  ような問題である。
  ・・師の本質を継承することがはたしてできるのか・・・

ー 師の生前の言行をひたすら模倣し、その通りに実践しようとする。
  謙虚で控えめな弟子の道である。
  ・・師資相承の名のもとに師の分割相続を覚悟してしまっている。

ー 組織の安泰、教団の維持と保全、・・・階層秩序の形成、
  などなどが、師の全遺産の分割相続によってはじめて可能となる。

・・・実際、法然さんの後の浄土宗は、
「法然の没後、長老の信空が後継となったものの、証空・弁長・幸西
・長西・隆寛・親鸞ら門人の間で法然の教義に対する解釈で微妙な違い
が生じていた。」

つまり、信空さんが後を継いでいるわけですしね。
かなり、その後も迫害を受けて、分派しているようですけど。

「その後、浄土四流(じょうどしりゅう)という流れが形成される。
すなわち、信空の没後、京都の浄土宗の主流となった証空の西山義、
九州の草野氏の庇護を受けた弁長の鎮西義、東国への流刑を機に
却って同地で多念義を広めた隆寛の長楽寺義、京都で証空に対抗して
所業本願義を説いた長西の九品寺義の4派を指す。」
(wikipediaより)

ー ブッダの十大弟子、イエスの十二使徒、日蓮門下の六老僧などが、
  このようにして生みだされた。

ー 法然の門下からは、親鸞という逸材が出現・・・・
  ・・しかも、・・・唯円という鋭い弟子が育った・・・

ー ブッダとアーナンダ、もしくは イエスとペテロ(あるいはユダ)
  のあいだで演じられた精神のドラマ・・・・新たな展望、意外な
  光景がみえてくる・・・

ー 若き親鸞を、法然はいったいどのような目で見ていたのだろうか
  ・・その感想や述懐が法然の口から直接もれてくることがない
  のである。

・・・まあ、法然さんにとっては、親鸞は大勢の弟子の中の一人では
あったけれども、「七箇条起請文」への署名の順番から言えば、
190名の中の87番目なので、その程度のことだったのか、
という話なんです。

法然が学校の先生だったら、4クラスを担当していて、その生徒の中の
上でもなく、下でもなく、一番目立たないあたり、ってことに
なるんでしょうかね。

そこで、著者は「歎異抄」を引き合いに出しているんですがね・・・

「たとえ法然上人にだまされて、念仏して地獄に堕ちたとしても、
すこしも後悔はしない・・・」

・・・これにしたって、ほとんどの門下生が同じぐらいにそう
思っていただろうとしているんです。

ー 法然の説いた念仏の運動が四方八方にみごとな枝分かれをして
  いった・・・

・・・ものも言いようですけど、「枝分かれ」なのか「分裂」なのか。
そして、上にもあるように、浄土宗の分派、
一念義、多念義、鎮西義、西山義、九品寺義、そして親鸞の
浄土真宗などが出来ていったんです。

ー 各セクトがそれぞれの独自性を発揮していく・・・
  しかし、そこに異変がおこる。
  ・・・親鸞の「浄土真宗義」はやがて独自の路線を歩きはじめる。

ー 親鸞の思想のなかに他者との妥協を峻拒するような
  原理主義的な鋭さ、といったものをいつも感ずるからである。
  法然門流のなかではきわ立つほどのラジカルな生き方
  かれが主張していたからだ。

ー 立場の異なる多くの弟子たちは、自分たちのそれぞれの
  人格を柔軟に、そして優しく受け入れていく法然の世界に心を
  安んじて惹き寄せられていった。
  ・・一念義とか多念義とかいう安住の場である。

ー しかし親鸞は、・・・・師・法然の本質をどのようにしたら
  そのままの形でわが身に引き受けることができるのか、
  そのことのみに自己の思考を集中していたのである。
  師の精神的な遺産の単独相続ということだ。

・・・ここまでは、法然をどのように親鸞が引き受けていこうとしたか
の話なんですが、こんどは浄土真宗の立場になって、親鸞自身が
法然の立場になっていくわけです。

それは、また次回・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(16) ルイス・フロイスが困った !

 

中央公論新社の 山折哲雄著「法然と親鸞」を読んでいます。

「第十一章 大無量寿経 をめぐる解釈」続き

ー 法然のいう悪人は、いわば一般化された「悪人」であるといっていい。
  
ー 親鸞のいう悪人は五逆の罪を犯したアジャセのような特化された
  具体的な「悪人」である。

ー 法然が持戒の聖僧として生涯をつらぬいた・・・
  一日に何千回、何万回と念仏を唱える

ー (親鸞は)妻帯し家族をつくって破戒僧(あるいは無戒僧)の
  道を往く・・・・
  みずからを非僧非俗と称する

ー (親鸞は)師の死後、法然傘下の仲間から離れて、どこに
  行ったのか。

・・・そして、ここで、著者は、阿弥陀如来の救済力が有限なのか
無限なのか、人間の根源的な悪は 信心によって乗り越えられるのか
どうかが焦点になるとしているんです。

ー かれがこの問いの前に立ちどまったとき、おそらく日本の思想史は
  もっとも深刻で、もっとも戦慄すべき瞬間に立ち会っていたはずだ。

ー 最後の回答が、この作品の末尾に登場することになるのだ
  それが、「教行信証」の後半「化身土」巻のなかにあらわれる。

ー 五逆の者が救われるためには、「善知識」と「懺悔」の二条件
  が決定的に重要になる・・・

・・・善知識=善き教師。 懺悔=自己の罪を深く反省すること。
以前も「教行信証を読む」のところで書いたんですけど、
このあたりが、阿弥陀如来への一神教ということを含めて、
修行ではなく信心するということも含めて、なにやらキリスト教的
だと思ったところなんです。

ー 「教行信証」における悪人救済思想の第一原理であったと
  いっていい。

ー この第一原理の発見によって、「大無量寿経」における
  除外規定は究極的に無効であるといいきったのである。

・・・ここで親鸞さんは、法然どころか、「大無量寿経」の除外規定
についても 反抗しちゃってるんですね。
いいとこどりなんだけど、根本的なところでは違うじゃないかって
いってしまっているんです。

上にキリスト教的だと書いたんですけど、
親鸞さんの言う「懺悔」ってのがまだ分かっていないみたいなんです。
というのは、こんなサイトがありまして、こんなことが
書かれているんです。

http://plinst.blog56.fc2.com/blog-entry-60.html

「それは、懺悔(ざんげ)に関することである。人知れず悪い事を
してしまった事を神様の前でその事実を告白し悔い改める心情を持ち
ながら、アーメンと神様に祈り願えば、神様は許して下さり、天国に
召されると言うのがキリスト教の教えであると考えられているが、
浄土真宗の場合は、先ず仏様は自分と別の存在ではなく、仏様の前で
祈ると言うものではない。そして、更に懺悔を求めているものでもない。」

って書いてあるんです。
アーメンと神様に祈るというのは、南無阿弥陀仏と阿弥陀様に祈る
のと同じじゃないの?

そういう懺悔をすれば除外されないんじゃないの?
って思ったんですけど・・・・

上のようなサイトもあれば、こんなサイトもあるんです。
「浄土真宗とキリスト教の相似」
http://www.worldtimes.co.jp/special/mida/md000416.htm

「浄土真宗の信仰のあり方とキリスト教のそれとは、その基本的構造が
たいへんよく似ている
――これは多くの論者の指摘するところである。」

「しだいに、その本質的なるものを抽象してゆくと、そこには、蔽(おお)
うといえども蔽いがたい平行、見ざらんとするも見ざるをえない相似の
構造が、はっきりとわたしどもの前に現われてくるのである」
(増谷文雄著『仏教とキリスト教の比較研究』)

何が似ているかは、サイトの中身をお読みください。

さらに、このサイトに実に面白い話がありました。
織田信長の時代に、日本にやってきたボルトガルの宣教師であった 
ルイス・フロイスがこんなことを言ったとか、言わなかったとか:

http://takezawa.iza.ne.jp/blog/entry/1912748/
「我々が彼らに説いているキリスト教と彼らの信ずる宗派(浄土真宗)は
すべて同じであると日本人は言う。
彼らの信ずる阿弥陀は三位一体にして
一つ(キリストと同じ)であり、釈迦は12人の弟子と4人の年代記作者を
持ち、無限の奇跡を行なった人類の救い主だと言うのである」

「浄土真宗の教えを聞いた他の宣教師たちも口を揃えて「日本という国に、
悪魔は先回りして偽のキリスト教を伝えた」と切歯扼腕しています。」

・・・つまりは、日本でキリスト教があまり流行らなかった理由のひとつが
浄土真宗だったってことになりそうですね。

ってことは、親鸞さんは、その悪魔の回し者だったってことに
なるわけですね~~。

まあ、同じ人類のやることだから、宗教はいずれ同じ方向に発展、
収斂していくってこともあるのかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年9月30日 (日)

山折哲雄著「法然と親鸞」を読む(15) 決定的な法然と親鸞の違い

 

中央公論新社の 山折哲雄著「法然と親鸞」を読んでいます。

「第十一章 大無量寿経 をめぐる解釈」

ー 親鸞もまた、「われも本願念仏のみを選択する」という
  宣言に心から信順して、法然の門に入ったのだった。

ー ところが、・・・自分の「教行信証」にとりくもうとしたとき、
  最初に掲げた言葉が、「われは大無量寿経を選択する」という
  メッセージだった・・・・

・・・要するに、親鸞さんの主著である「教行信証」は冒頭から
かなり挑戦状をつきつけるようなものだったってことみたいですね。
「けんか売りまっせ」ってなもんでしょうか。

ー 二人のあいだの見解の相違が深刻な対立へとみちびいて
  いくからだ。

・・・浄土三部経の「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の
中でも一番大事とされているのが「無量寿経」なんで、「大」が
ついたようです。

ー その中心テーマが、「無量寿仏(如来)」、すなわち「阿弥陀仏
  (如来)」による衆生の救済物語・・・・
  その阿弥陀如来が万民救済の誓い(=本願)を立てて、
  すべての人間の浄土への往生を約束する・・・

ー その万民救済思想を端的に示すのが、・・・「四十八願」である。

・・・ここで、著者はその法蔵菩薩(阿弥陀さんの旧姓ですな)の
四十八願の主なものを解説しているんですけど、その三十五願
なかなか興味深いですね。

ー 世界の中に「女人」がいて、私の名をきいて喜び、信心を
  おこして「女身」である身を嫌ったとしよう。 その上でも
  なお命が終わってのちに「女像」のままだったとすれば、
  自分は仏にはならない。

・・・女は往生できなかったんですね。
一度男にならないと往生できなかったみたいです

もちろん、これは「女性差別を説くものではないか」と論争になった
そうです。 そりゃあそうでしょうね。

まあ、元々、女を遠ざけよ、ってのがお釈迦さんが言ったことですしね。

でも、法蔵菩薩さんは、そういう現実の中で、なんとか万民を
救済したいという願を唱えたということです。

そして、その48ある願の中でも、第18願が 一番大事
ものだと言うことなんです。

「全世界のすべての人々が、心から信心をおこして、よろこんで
浄土への往生を願い、そして<十声の念仏>を唱えたとしよう。
ところがそれでもなお、往生できなかったとすれば、そのあいだは
自分もけっして仏になろうとは思わない。 すべての人々は、
いずれかならず成仏をとげるであろうと自分は確信しているからだ。
ただし、五逆の罪を犯した者と正法を誹謗する者は、そのような
成仏をとげることはできないであろう。」

・・・最後の部分が大問題なんですね。
「除外規定」です。

ー 法然は・・・・問題の「除外規定」を無視している・・・
  それにたいして親鸞は、・・・「除外規定」そのものを主題に
  して議論をはじめているからである。

ー 戒を保って聖僧の道を行く法然にとって、・・・論ずるに足らざる
  者たちだったのではないだろうか。

ー 親鸞にとっては、まさにそのような論外の者たちこそが、
  ・・救済の対象にならなければならない
者たちだった・・・

・・・そこで、著者は、「悪人」ってのは そもそも 法然と
親鸞では その定義がどうちがっているのか、ってことに
言及しているんですねえ。

確かに、そこがポイントでしょうね。
おそらく 人間の業 にも絡んでくるところじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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