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2012年12月29日 (土)

その25 中村元著「龍樹」ー てめえ、「いんねん」つけようってか!?

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
に戻ってきました。

「7. 否定の論理の目的としての<縁起>の解明」 です。

さて、いよいよ「中論」の目的っちゅうのは何だ? というところに
来ました。

p155
その最後の目的は、もろもろの事象がお互いに相互依存または
相互限定において成立(相因待)しているということを明らかに
しようとするのである。
すなわち、一つのものと他のものとは互いに相関関係をなして
存在するから、もしもその相関関係を取り去るならば、何ら
絶対的な、独立のものを認めることはできない、
というのである。

p156
ここで<もの>という場合には、インドの諸哲学学派が想定する
もろもろの形而上学的原理や実体をも意味しうるし、また仏教の
説一切有部が想定する<五位七十五法>の体系のうちの
もろもろのダルマをも含めて意味しうる。
何であってもよいのである。

p156
この<相因待せること>を別の語で「縁起」とよんでいる。

p157
・・・また不常不断は最初期の仏教以来縁起の説明において
常に説かれていたことである・・・

・・・さて、ここで、極一般的には「縁起」という言葉がどのような
意味で使われているのかをおさらいしておきます:

学研の漢和大字典によれば:

1. <仏教> いっさいの物事の起こり
2. 神社や寺などのできた由来や変遷、またはご利益などに
   ついての伝説。
3. よい事あるいは悪い事が起こりそうなきざし。
   吉凶の前兆。

・・・普通「えんぎが悪いなあ」とか言うばあいは、3ですね。

そして、特に仏教関係での意味として、次のようにあります。

「因縁の生起」の略。
物事を成立させる内的原因の「因」と、その因を発生させる
外的条件の働きの「縁」とが相応して、万物が生ずること。

・・・おおおお、さすがに大字典。
分かりやすくまとまっていますねえ。

縁起 = 因縁の生起 
   = 「物事を成立させる内的原因の因」+「外的条件の働きの縁
     が相応じて 万物が生ずる

ところで、「因縁」(いんえん、いんねん)って言葉がありますね。

「こんなことになったのも、先代からのいんねんってもんでしょうねえ。」

この場合は、同じ字典にその意味が書いてあって、

結果を引き起こすもとである「因」と、その結果の成立を
助けるものである「縁」。
ある結果を生む必然的な原因・機縁。

・・・とあります。 これはその通りですね。

で、ちょっと思い出したんですけど、
歓楽街でさんざん酔っぱらったおっさんやらお兄ちゃんやらが
粋がって 「この野郎、てめえ、なんかいんねんつけたいんか!!

・・なんて絡むときの「いんねん」はなんでしょうね。
いんねんつけられちゃった」とかね。

この場合は多分「いちゃもんつけられた」とか言う意味だと思うんですけど、
それがこの辞書にはないな・・・

「いちゃもん」」= けんかを売るつもりでいう文句

って辞書にありますけどね。

つまり、喧嘩をしたいという原因があって、その結果 喧嘩になるように、意図的に文句を言うのが 「いちゃもん」 ?

それはそれとして、次回から その「縁起」を読むことにしましょう。

==その26に続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年12月28日 (金)

その24 中村元著「龍樹」ー 我が20歳の時の 反対派に行っちゃうのかな?

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
に戻ってきました。

.「中論」における否定の論理の歴史的脈絡 です。

p146
「大毘婆沙論」と「俱舎論」との対応

・・・ここは、どのように説一切有部の論に龍樹さんが反論したか、って
ところを書いてあるみたいなんですけど、・・・理解不能です。(笑)

なんとか分かる部分としては、下のようなところかな、

p151
「いま現に消滅しつつあるものが住するということはありえない
またいま現に消滅しつつあるのではないものはありえない」
これは生住滅の三相または生住異滅の四相を立てる有部の痛い
ところを突いている。 仏教によれば一切は無常であるはずなのに
住(続)という原理を立てるのは何故であろうか。

仏説に背反するおそれはないか。

これも「大毘婆沙論」で少なからず問題となっていることであって、
住を有為相のうちに入れない学者も当時存在していたほどである。
「中論」のこの主張もこの系統を受けているのかもしれない。

・・・要するに、理解の範囲で言ってしまえば、
「住」という、ある状態が続くということを認めてしまうと、
それはお釈迦さんが「一切は無常だ」って言ったことに反するから
やばいだろう、ってことみたいです。

p151
論法の独創性と共通性」というところに入ります。

p151
このように第七章だけについてみても、「中論」の主張は、
「大毘婆沙論」および「俱舎論」にみえているところの、
有部を攻撃する学者たちの説(とくに経部)と共通なものが
少なくない。

p152
「中論」における論争の論法にはナーガールジュナ自身の独創に
なるものと、ナーガールジュナが他派から学んだものと
二種類あるという事実を指摘する・・・

p152
6 否定の論理の比較思想的考察

「東西における対応」

p152
ナーガールジュナの運動否定の論理は、しばしばゼーノーンの
運動否定論に対比される。

・・・とくに運動の否定の議論が似ているのであるが、
ゼーノーンとナーガールジュナとの間には根本的な相違が存する。

ゼーノーン(ゼノン)については、こちらでどうぞ:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
「ゼノンの意図としては、これらの論証によってその非現実的な結論を
主張したかったわけではない。「世界が不可分な要素的な点やアトム
からなる」という前提から「運動が不可能となる」という帰結を導き出す
ことで、運動が可能であるという現実との矛盾を示そうとした
一種の背理法である。その場合「運動自体を否定しよう」というつもりは
そもそもゼノンにはなく「否定されるべきはむしろ、そのような非現実的
な結論を導く際に前提としてはたらいていた考え方にある
」というのが
ゼノンの考えであった。」

・・・とあります。

一見論理的であって、納得しそうな話なんだけど、現実には違うってこと
には、その論法になんらかの欠陥があることを指摘しているってことかな?

p153
中観派の運動否定論は、運動に関する肯定判断の否定であるというのが
適当であるということに帰着する。
しかし、・・・運動に関する判断を問題にしているのではなくて、
きわめて実念論的な仕方で、つまり実在する実体とみなされた
(「運動」という)観念についてなされたのであった。

・・ナーガールジュナの論法はいろいろであるが、・・・
こういう批判はプラトーンの対話編の中にも現れている。

p154
東西における対応は容易に理解することができる。
図式化すると、
実念論 - プラトーン - 説一切有部
実念論に対する反対者-プラトーンに対する反対論- ナーガールジュナ学派
ということになるからである。

・・・おおお、そうですよね、プラトンと龍樹さんは反対ですよね
実は、私が20歳のころに、プラトンを読んだことがあって、
この世界にはイデアなるものがあるんだ、なんて思っていたことが
あるんです。 
つまり、昔の私は実念論を信じていたってことになるわけで・・・

p154
方法論の目的に関する限りは、中観派の哲学はピローン、ならびに
懐疑論者たちの哲学に非常に近いのである。

クリシッポス(前280-207年)がいった、
・・悪をもたない善は論理的に不可能である

「悪が存在しなくても善は存在し得たと考える人々ほどばかげた
ものは無い。 善と悪とは対立しているのであって、両者は対立に
おいて存立するにちがいない」

・・・この論理的原則はナーガールジュナによっても承認された。
かれはたとえば、「浄と不浄とは互いに依存して成立する」
主張した。

はい、ここまでは、西洋の哲学者たちとの共通点を上げて
説明がされているんですが、それじゃあ、龍樹さんは
この人たちとどこが違っていたか、ってことですよね。

p155
それは否定の論理を通して縁起を解明しようとしたことである
そこでおのずから「縁起」が問題となってくるのである。

・・・さあさあさあ、お立合い。 
やってきましたよ、縁起の話になってきました。

==その25へ続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年12月27日 (木)

その23 中村元著「龍樹」ー 一見独断的で、詭弁のようなんだけど・・・

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
に戻ってきました。

.「中論」における否定の論理の歴史的脈絡・・・に入ります。

p143
「中論」の論法が一見独断的であり、また詭弁を弄しているかの
ような印象を与えるにもかかわらず、その議論をしさいに考察
すれば、それぞれ思想的意義をもっているものであることがわかる。

・・・確かに、先に私の印象として、「いちゃもんをつける」ってことか、
みたいなことを書きました。
アー言えば コー言うの類に聞こえるわけですね。

p143
「中論」はけっして従前の仏教のダルマの体系を否定し破壊したのでは
なくて、法を実有とみなす思想を攻撃した
のである。
概念を否定したのではなくて、概念を超越的実在と解する傾向を
排斥したのである。
・・・西洋中世哲学史における類例を引いてくるならば、実念論的な
思惟を排斥
しているのである。

・・・はい、ここまでは納得です。
そして、ここから、中論というのが果たして、龍樹さんの独創なのか、
あるいは他派の誰かに暗示を得たのかという、歴史的脈絡を
見ていくわけです。

p143
西洋の学者は経部と中観派とを唯名論者と呼んでいる
両者が共に概念を超越的実在とみなす傾向に反対しているからである。

・・・著者はここで、経部と中観派の間の著しい類似を発見したいと
して、展開します。

ー 「中論」の中で当時の小乗仏教との関係が最も密接である
  ように思われる第七章(つくられたもの<有為>の考察)を
  扱う。

ー 経部の思想を知るには「ぐ舎論」によることととする。

と書いてあります。

p145
「四有為相と有部」

さてここで、「四有為相」の説明があります。

ここでの例は、「軽やかな気持ちになること」なんですが、それが・・・

1.<生> 生起し
2.<住> 生起したその状態をたもち、
3.<異> その状態が変化し、
4.<滅> 消滅する、

という4つの段階があるとして、
「有為のダルマの無常なすがたを示す特質」=「四有為相」なんだそうです。

・・・ここで、上記について、説一切有部の論法は:

p145
これらの四つは独立の原理(ダルマ)であって、人に「軽やかな
気持ち」が起こるときには、「生」という独立の実体としての原理が
はたらくから、それが生ずるのである。

それがとどまるのは「住」という原理がはたらくからで、
・・・変化するのは「異」という原理がはたらくからであり、
・・消滅するのは「滅」という原理がはたらくあらである。

ところで、「生」という原理が「軽やかな気持」にはたらいて
それを生ずるためには、「生生」(生を生起させるもの)という
別の原理がはたらく。 それを漢訳で「随相」という。

その「生生」を生ぜしめる原理は・・・もとの「生」」という
原理(本生)がはたらく。

・・・そして、他に同じように「住住」、「異異」、「滅滅」があると
しているそうです。

p145
こういう見解をナーガールジュナは批判するのであり、経部もまた
批判していた。

以上が、説一切有部の話です。

==その24に続く==

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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NHK 追跡! 海外での老後をなぜ選んだのか・・・難しい

NHKの番組を観ました。

「海外での老後をなぜ選んだのか」

001

私の場合は、1998-2000年に フィリピンのバギオで駐在員をやっていたのがきっかけで、フィリピンと言うよりもバギオという高原避暑地と人たちが好きになったから、2005年にバギオに戻ってきたんですけど・・・

002

なんだか、最近は「老後を海外で」ってのがブームなんだそうで。

004

確かに、フィリピンの場合は、メイドさんなんかも安いんですけどね。

問題は、日本人がそういうフィリピンの人たちを上手く使えるかってことですねえ。

007

日本の介護体制の問題をさんざん経験した人もいて、そういう方の話を聞くと、フィリピンの人たちの介護は おおらかで、明るくて、いいと思いますよ。

昔、日本にフィリピン・パブってものがあちこちにあって、世の奥様方の顰蹙を買っていた、いわゆるフィリピーナが なぜ日本の男どもに圧倒的に受けたのか、を考えてもらえば、相性はいいんじゃないでしょうか。

それに、一般的に信心深い人たちだし、年配者に優しいことは確かだと思います。

010

ただ、誤解しちゃいけないのは、フィリピンは海外出稼ぎ大国だってことですね。

フィリピン国内だと安いってことになると、英語が出来るフィリピン人は簡単に海外の よりよい給料を求めて 出ていくってことです。

だから、ある程度の「引き止め料」が必要だってことになるんでしょうね。

023

寒い日本にいたときは、いろいろと身体の具合が悪かったのに、あったかいフィリピンに住んだら、そういう持病が和らいだという話はいろいろあります。

バギオの場合は、低地では低血圧で困っていた人が、1500メートルの高地で生活したら、それが緩和されたという話もあります。

バギオは、涼しいしね。

低地の暑さに辟易して、バギオに移ってきた人もいます。

028

ダバオやらスービックあたりには、日本人向けの介護付きの施設もありますけど、バギオはまだまだ、日本人も少ないですし、こういう施設はありません。

029

フィリピン退職庁が出している 退職者ビザは、保証金の額も 今は2万ドルでいいし、他の国に比べて かなりお得だとは思います。

033

この施設は、3年ほど前に 私も見学に行ったことがあるんですけど、結構立派でした。

でも、その頃に聞いた話でも、日本人の居住者はかなり減っていました。

大型の施設を造るというのも、なかなか経営的に難しさがあるのだと思います。

そうなると、入居者が最後には迷惑を蒙るってことになりますしね。

040

元気なうちは いいんですけどね、大病をしちゃうと 確かに医療費の問題、そして、終末医療の問題が出てきますね。

019

マニラやダバオなんかでは、訪問あるいは派遣の介護・看護というのがビジネスとしてあるみたいなんですけど、バギオでは まだそういうのが無いんです。

個人的にそういう人を探すしかないですね。

普通のヘルパーさんよりもちょっと高めになるとは思います。

044

日本語だったら 私が教えますけど・・・

商売、商売、です。

051

はい、非常にいいと思いますよ。

だから、何かあった時に どうするのか、ってことを計画にいれておかないといけないってことになりますね。

052

結論は、そういうことなんですけどね。

日本国内であっても、高齢化の問題は、いろいろな面で 難しい問題になっているわけで。

海外に出ただけで、それが解決されるなんて 思わない方がいいってことですよね。

・・・・

番組の中で、嫁さんがフィリピン人で、結局財産をとられてしまったというような話もありましたけど、あれは、別の問題でしょうね。

そういう人たちがたくさんいることは事実です。

フィリピンのことを何もしらずに、結婚した場合にどういう法律がからんでくるのかということなどを知らないで、日本にいるときと同じような感覚で フィリピンに移住してしまうと、痛い目に合うぞってことなんでしょう。

北ルソン日本人会の中で、「極楽往生クラブ」っていう研究会みたいなことをやっているんですけど、「ポックリ・コース」と「良い酔いコース」ってのを考えているんです。

「ポックリ・コース」だったら、葬式代だけ自分で用意しておきゃいいんですがね、

「良い酔いコース」が これが難しい。

ポックリ逝かなかった場合の終末医療です。

日本国内には NPOというか財団みたいな団体があって、日本の法律の枠組みで それなりの仕組みを作っているようなんですが、

そういうものをフィリピンでやるとなると、それを支える人が問題になりますし、法律がらみのことがいろいろありますからね。

どういうことをするのが一番、本人にとっても、周りの人にとっても、特にフィリピン人の人たちの利益にもなり得るのか、ってのが課題ですね。

重篤になると施設も必要なんでしょうけど、ネットワークとかソフトでかなりの部分がカバーできないかなあ、なんてことをイメージしているんですけど・・・

アイデア募集中です。(笑)

・・・・

こちらのサイトに 番組を見た人たちのコメントがあります:

http://tv.guideme.jp/v56122_2012-12-25.html

 

 

 

 

 

 

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2012年12月26日 (水)

まさに奇跡 ?  クリスマスのプレゼント ってか?

こんなセーターがプレゼントされたんです。 

12月26日、サンタさんからの贈り物にしては、1日遅いけど。

005

実は、これは1年半くらい前に 日本で買ったものなんですけどね。

バギオで持っているセーターとしては 一帳羅 なんです。

なんで、それが 奇跡、クリスマスのプレゼントかっていうと・・・

006

ご覧のとおり、洗濯屋の番号タグがついています。

一ヶ月ほど前に SMバギオの地下にあるクリーニング店に出してあった このセーターをもう仕上がっているとおもって 受け取りにいったんです。

ところが、3点頼んでいたものの中で、このセーターだけが「紛失」したっていうじゃないですか。

「あれ、カシミア入りだから、高いんだけど・・・」

「セーターに縫い付けてある ブランド名は なんというんですか?」

「そんなの分らないなあ・・・」

「はい、もう一度 捜させますから・・・」

・・・・

それからしばらくして、あらたに別の洗濯物を頼みに行ったところ、

「あれ、見つかった??」

「まだ、なんです。 私は分らないから、水曜日か金曜日ごろに来てもらえませんか。」

「ああ、あの別の女の人ね。」

「はい、そうです。」

・・・と言いつつ、メモを残す。

カシミアとウールの混紡、ブランド名は不明、日本のOOOデパートで買った、

値段は 13,000~14,000円ぐらい。

・・・・

下宿の大家さんにこのことを告げると、

「あら、そういうことなら、SMバギオのマネジメントに被害届けを出したほうがいいわよ。」

「へえ、洗濯屋じゃなくて、SMのマネジメントですか。」

「そう、お店を監督しているから、その方がいいわよ。」

「そうか、じゃあ、クレームを出すしかないか・・・」

「きっと、誰かが もって行っちゃったのよ。 クリスマス・プレゼントかなあ・・・」

おいおい、そんなことありかよ。

・・・・

そして、26日。

「セーター、見つかった?」

「はい、ありましたよ。 3点のうちの1点ですよね。」

「おお、どこで見つかったの?」

「機械の後ろのハンガーに掛けてあって、前は見つからなかったんです・・・」

「おお、なにはともあれ、これは クリスマス・プレゼントだなあ。」

・・・・

このことを また女主人に報告したところ、

「あら、誰かが クリスマスの時だけ、ちょっと拝借したんじゃないの?」

「あはははは・・・」

おいおい、フィリピン人がフィリピン人を そんな風に思っていていいのかなあ・・・・

なんでもあり得るフィリピン。

それが 面白い !?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年12月24日 (月)

やっぱりフィリピンの感覚は 日本とは違うなあ・・ バギオでのクリスマス

バギオ市主催のクリスマス・イベントがSMバギオで開かれまして、

Photo_by_lei_escano_3

こんな感じで、楽しかったんですけど・・・

196

イベントの最後に GIFT GIVING と言って、恵まれない家庭に クリスマス・プレゼントをするというのがあったんです。

バギオ市内の中国人、韓国人、日本人のコミュニティーから それぞれ10個ずつのプレゼントを提供するってことでした。

中身は、お米、スパゲティー、そのソース、パン、など・・・

一個あたり300ペソのプレゼントです。

それはいいんですけどね、日本人の感覚とはめっちゃ違うなあ、ってことがあったんです。

204

その30家族というのは、バギオ市の社会福祉事務所みたいなところが 事前に選んでいたんです。

そして、このSMバギオのクリスマス・イベント会場の、一般の買い物客なんかがいる 真っ只中で、 イベントの司会進行をやっている人が スピーカーを通して ひとりひとりの名前を読み上げたんです。

こんなこと、日本であり得ますか?

172

確かに、ちょっと薄汚れた服装の子供たちを連れたお母さんたちが並んでいましたけど、 公衆の面前で 名前を読み上げるって・・・・・・

どういう感覚なんでしょうね。

日本だったら さしずめ、生活保護世帯の家族を デパートのイベント会場に呼んで、大勢のお客の面前で、氏名を読み上げるってことですもんねえ・・・

分りません。

Photo_by_elaiza_1

(photo by Elaiza san)

Photo_by_elaiza_3

(photo by Elaiza san)

ともあれ、楽しいクリスマスをお過ごしくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

baguio city christmas yuletide program gift giving social welfare chinese korean japanese comunities  filipino japanese foundation abong  japanese association in northern luzon councilor lulu tabanda   mayor domogan  sm baguio christmas event center december 22, 2012

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2012年12月23日 (日)

コスプレ・グループ頑張る・・バギオのクリスマス・・・花火で幕 !

ああ、やっと、今年も終わったモードです。

ちょっと脱力感。 しかし、久々に体を動かして心地よい疲労。

054

バギオ市が開いた クリスマス・イベントが SMバギオでありまして。

http://janl.exblog.jp/17030624/

上の写真は中国系フィリピン人の女性たちですが、大学生だと思っていたら、先生たちなんだそうで・・・

100

イベントでは、K-POPってことで、バギオの韓国人会がスポンサーになって、こんなダンスもありまして。 なかなかK-POP人気も絶大です。

043

日本人コミュニティーとしては、地元の大学の連中がやっている コスプレってのが 今時最大のアトラクションでありまして。

089

こういう連中やら・・・

186

こういう可愛い子ちゃんたちに おんぶに抱っこなんです・・・

上の写真は バギオ大学の公認グループの連中で、、、、

130

その様子を見に来た セント・ルイス大学を中心とする他のグループの面々。

大学の期末試験の最終日とかで、既にクリスマス休暇で田舎に帰ったメンバーも多く、今回のクリスマス・イベントには参加できず・・・・

120

まあ、なにはともあれ、バギオ市長などの前で、しっかりやっていただきまして、有難し、有難し・・・

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はらはらして待っていた日本人の英語留学生のボランティアのお二人は 新宿のドンキホーテで買ってきたものをかぶっていただき・・・

Photo_by_g_m_garcia_1

(photo by G.M. Garcia)

こういうものを被っただけで、如何に「もてる」かってことを体験していただき・・・

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クリスマス兼打ち上げパーティーに そのまま突入 !

241

手前がこのグループ KAWAII KAZOKU (バギオ大学)の部長さん。

243

日本人は この若い連中のパワーに あっけにとられる雰囲気でして・・・

245

昨日 コスプレ衣装で テレビ出演した学生は 歯科学部で勉強中の副部長。

コスプレ衣装の方が カッコいいな、君の場合は・・・

253

そこへ突然乱入の某日本人エンターテイナー。

フィリピン人の若者に負けないハイ・テンションで対抗していただきました。

(黒い帽子をかぶって、屈みながら踊っている男です。)

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そして、盛り上がりついでに、予算をはるかにオーバーし、日本人はカンパを強要されるというハメになりながらも・・・・ めでたく シャン・シャン・シャンでお開き。

(実際、日本式の「三本締め」を学生たちに伝授。これも国際交流ってやつ。)

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カフェを出た、ちょうどその時、思いがけずに・・・

268

ドッカーーン !!

279

目の前にある SMバギオからの 大花火に遭遇。

一日を締めくくるのに もってこいの 幸せなひと時ではありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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