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2012年2月11日 (土)

ゲームの中で くりすちゃん 

「くりす」ちゃん、じゃあないですよ。

まず、この写真をご覧下さい。

5img_0533

皆さんが並んで、アルファベットの文字カードを並べているんです。

それを読むと、ク リ ス チ ャ ン なんですね。

別に、この集まりが教会系の集まりってわけじゃあないんですよ。

北ルソンの日系人の皆さん、それも、60歳以上のシニアのみなさん、

日系2世や3世の人たちの集まりなんです。

5img_0536

・・・で、 ご覧のとおりで、ビンゴ・ゲームとかやったんですけどね。

早い話がですね、キリスト教ってのは、フィリピンの社会の中でどんな位置づけなのかなってのが、こういう場面で気になるんです。

日本と同じように、フィリピンの伝統・文化の基礎であって・・・

なんてことを考えると、日本みたいに仏教あるいは神道あたりがそれに当るわけなんですけど、 日本人はこんなゲームのなかで 「ぶっきょう」とか「しんとう」とか やりっこないですよね。

この感覚が私には分からんのです。

もっとも、フィリピンでは、ちょっとした集まりでも、必ずお祈りをしますから、それには慣れてはいるんです。

ただ、こういうゲームの中に当たり前のように出てくるものなのか、ってところが 分からない。

ちなみに、この文字並べゲームは、SIN(罪)、RAT(ねずみ)、CAT(ねこ)、なんてのがクイズの答でしたけど・・・

これ以外のクイズ式のゲームでも、やっぱり、キリスト教関係の言葉をあてるゲームだったんですよ。

どなたか、御存知の方、よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年2月 9日 (木)

「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その7(最終回)

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

どんな日本が 背景にあるのか、を拾い読みしてみましょう。
う~~ん、拾い出すと、切りがないほどたくさんあるんです、日本側の問題。

拾ったものを並べ替えて整理すると下のようになりました:

(1) 日本経済の問題

ー 厚生労働省の統計によると、不況の影響で2009年には
  非正規労働者数が約1721万人と全労働者数の3割強を占めている。

ー 最近では「派遣切り」や「ネットカフェ難民」という言葉もある。

ー 都内の公園で路上生活をする30代の男性の姿が映し出されていた。
  仕事をクビになって以来、新しい仕事が見つからず、・・・

ー 工場も閉鎖、NTTもなくなり、なんもかんも職場がなくなりますから、
  みな職を求めて出て行っちゃいますね。 商店街はほとんどシャッターが
  降りたまま。・・・子供に継いでもらおうっていう気はないんですよ。

(2) 日本を覆う息苦しさ

ー 競争社会における閉塞感や人との関係の希薄さを意識する。
  
ー 他人に関心を持たないようになり、他人との付き合いに煩わしさが
  先行してしまう。 もはや、”隣人を愛せない”環境にあるのではないか。

ー 人と人のつながりが薄れる「無縁社会」

ー 日本でつまらない毎日を送り、心の中は孤独感にさいなまれていた。
  いい付き合いをできる人間関係もなく、友人はほとんどいなかった。
  心のふれ合いや、人と人との間のぬくもりを実感できなかった。

ー 日本社会はおかしいなあと思います。 お金のある人だけが幸せになる
  社会。 お金がないと病院にも行けないでしょ。
  でもフィリピンはお金がなくてもそれなりに暮らしてるっていうか、
  みんな明るいっていうか。

(3) 孤独死

ー 真夏なのにエアコンが動いていなかった。 不審に思ってドアを開けると、
  関根さんはすでに死んでいたという。 死因は心不全。 それは紛れもない
  孤独死だった。

ー 30代の男性の孤独死に出会った。 浜崎が集金に行った時、その男性は
  「仕事していないんですよ。 仕事がないからお金ももうそろそろ
  なくなってくる」と話していたという。 男性は30代という若さで
  餓死したということだった。

(4) 家族、親戚などとの不義理

ー 前にいっぺん世話をしたことがあったけど、あいさつの一言もなかった。
  義理も何もない。怒っている。

ー 20年以上連絡がなかった。 今さら電話をもらったりしても・・・
  主人が現役を引退していまして、アルバイト程度のものしか収入がなくて、
  いっぱいいっぱいの生活をしているんですよ。

ー 親族に金を借りまくった上、サラ金の取立てが来て困っているんです。
  あんな人とは縁を切りました。
  あいつだけには絶対に貸さない。
  フィリピンで死んでも構わない。

(5) 生活保護の制度の限界

ー 福祉事務所から「そろそろ働いたらどうか」と勧められ、生活保護の
  受給を辞退することになり、それがきっかけとなって死亡したという。

ー 日本に帰って刑に服する、刑を終えたら一旦は生活保護、
  職を探して生活を取り戻す、そして施設にいる子供と再会する、
  福祉事務所に相談する。

ー 父親は3年前、脳梗塞で倒れてから体の左側部分が完全に不随状態になり、
  生活保護を受けてほとんど寝たきりの生活を送っていた。

ー 現在日本には生活保護受給者が約202万人いるという。

(6) 介護の困難さ

ー フィリピンでは祖母や祖父を施設に預けることなく家族一緒にいる。
  フィリピン人と結婚すればそんなことにはならないよ。
  施設に預ける経済的な余裕があるか否かという問題はあるにしても、
  日本では、一番近くにいるべき肉親が遠い存在になっている。

こうやってみると、日本に帰国してどうするんだ、という大きな問題が
明らかになってきます。

1. 日本経済が回復しそうな雰囲気はない。

2. 日本の息苦しさは、多くが国民性の几帳面さ、生真面目さに負うところが
   大きいでしょうから、フィリピンみたいに明るくやろうよって言っても
   無理でしょうね。
   ちゃらんぽらんにやる秘訣を学ばないと。

3. 孤独死は、大家族をやめて、核家族になったときから、
   分かっていたことかもしれません。
   今の高齢者は 誰もが思っていることじゃないでしょうか。

4. 不義理は、個別の問題ではありますが、そうでなくても、
   最低限の生活を壊してまで遠く離れていた肉親を引き受けようという
   家庭は少ないでしょうね。
   やったとしても、共倒れになってしまう可能性が高いのが現実ですし、
   自立、自立と言って育った世代は、世話になるにも遠慮が先立つ。
   迷惑を掛け合うことが常識にならないといけません。

5. 生活保護は、国・自治体の財政の問題が解決しなければ、
   悪い方にいくだけでしょう。
   フィリピンでさんざん遊んで来たとみなされる困窮邦人には
   入口はずっと狭いでしょうし。

6. 介護のコスト、誰が面倒を見るのか、数は足りるのか、など、
   日本の介護の将来は明るくはないようです。
   それくらいなら、仕事のない、若者がたくさんいるフィリピンの方が
   介護をしてもらえるチャンスは多い、と考えても不思議じゃありません。

こんな風に整理してみると、困窮邦人が土壇場で「やっぱり日本に帰るのは
止めた」
となるのも、全く理由がないわけじゃないことが分かります。

じゃあ、いわゆる「日本の恥」を国としてフィリピン側とどう決着するか。

日本にとっても、フィリピンにとっても、納得のいく解決策は?

A) フィリピン在留の日本人、あなた自身が援助をする。
B) 強制送還 -> 生活保護 -> 再就職 又は 介護施設
C) フィリピンの施設・団体に補助金、困窮邦人を受け入れてもらう
D) 放置、現状のままフィリピン人の厚意に甘える
E) 日本政府あるいは民間団体がフィリピン国内で「困窮邦人収容所」を運営し、
   同時に、フィリピン人介護士・看護師の養成所とする。
   この養成所の初代日本語教師を「させ たもつ」とする。(笑)
   一定期間研修・実習をしたフィリピン人は文句なしで日本に就職。
F) ・・・あなたのアイデアは どうですか?

などと、書いてみたのですが、ここでふと気づいたんです。
日本人は自己責任、自己責任と言う。
フィリピン人は迷惑を掛けたり、掛けられたりすることが当たり前。
じゃあ、国同士はどうなのか? ですね。

もし、日本の国が自己責任だと言うのなら、国の自己責任として
海外の困窮邦人をすべて引き取るべきでしょう。

もし、フィリピンのように迷惑はお互い様だというのであれば、
今の状態のまま、優しいフィリピン人にお願いしてしまう。
その代わり、日本国内で困窮しているフィリピン人の面倒を日本人は
見てあげなくてはいけない、ってことになりますね。

今日のNHKのニュースを見ていましたら、
「路上生活の老女に火をつけた少年」などという事件があったようです。
ホームレスの人たちを殴る蹴るの暴行をはたらく日本の若者。
困窮邦人にご飯を分け与える貧乏なフィリピン人。
あなたなら、どっちの国を選びますか?

やっと、この本を読み終わりました。
最初にこの本を読んだ時は、内容が重いし、問題が複雑で、もやもや
していました。
まだボンヤリですが、私自身としても考えがまとまってきたように思います。

お付き合い、有難う御座いました。

<備考>:

マニラ新聞のサイトに、マニラ、セブ、ダバオの日本人会が困窮邦人の問題に
どのように対応しているかの座談会記事がありました。
http://www.manila-shimbun.com/award160032.html

御参考まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年2月 8日 (水)

「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その6

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

日本人がそっぽを向く困窮邦人。
その困った人たちを世話してくれる優しく貧しいフィリピンの人たち。

今日は、そのフィリピン人のまなざしを本の中から拾い上げてみます。

吉田はこう言う:

色々な日本人がおるけど、(彼らは)フィリピン人とはお金を介した
付き合いしかない。 俺みたいにどん底になってフィリピン人と
一緒に飯食って、そういう中に自分が入り込んどるから、金のない中で
こうやってわいわいやっとれる。

フィリピン人は優しい。 でも、仮に俺がフィリピン人だとしたら、
こんなに親切にはしてはくれないだろう。
俺はあくまでも外国人なんだよね。 外国人でありながら、フィリピン人に
近い状態っていうのは、「可哀想だな」っちゅうのが彼らの中にある。

・・・こういう日本人にフィリピン人は:

フィリピン人女性が経営する露店の手伝いをし、食事や日当をもらって
生活していた。 日本だったら、路上生活を送る高齢者に近所の住民が
食べ物を差し入れることはまずあり得ず、近寄って話し掛けたりすることも
ないはずだ。

私たちは貧しいので、食べ物はみんなで分け合って食べるというのが
根付いています。 誰か家に来たら、その人にご飯を食べさせるというのが
私たちの考えなんです。

私たちのような貧しい人は、自分たちがつらい経験をしたら、
同じ経験をさせたくないと思います。

困った人に手を差し伸べるのは私たちの国民性。

・・・ 貧しい社会では食べ物を分かち合う、ということは、
フィリピンの挨拶にも表われているようですね。
「一緒に食べよう」とか「ご飯食べた?」とかが挨拶になっています。
これは、私の下宿でも大家のお婆ちゃんが、私の顔見るたびに言うことばです。
「さっき食べましたよ」「今、食べました。」と何回言ってきたことか・・・
私の下宿は、貧困層じゃないですよ。 バギオでも名士の家柄です。
でもお婆ちゃんは、そういう挨拶をするんです。

在比26年の山本さんいわく:

困った人がいたら嫌がらないで助ける。
そこにはキリスト教の教えが関係していると思います。

西本神父らは、駆け込んだ日本人一人一人に対し「日本へまず帰りなさい。
日本に帰ることが一番の解決方法」と説得。 日本の親族に国際電話を
かけて事情を説明し、送金してもらっては帰国させていた。

フィリピン人は四六時中人に迷惑を掛けっぱなしだから、逆に自分が
迷惑を掛けられてもどうってことないんですよ。
ストレスを感じないっていうか。 日本人はいつも迷惑掛けないようにって
生きているんですよ。 だから、少しでも迷惑を掛けられるとすごく怒って
しまいますよね。

ある在日経験のあるフィリピン人女性は:

海外では、フィリピン人のことなら、大使館やフィリピン人のコミュニティー
が助けます。 私たちの国はお互いに助け合うんです。日本は先進国なのに
なぜ助けないのでしょうか。

日本人は冷たすぎるね。 その人が悪い、じゃあ、その後はどうしますか?

日本人の場合は、自立心を求められるが故に周囲に助けを求められない。

精神的に弱いね。 日本人は表現の仕方を知らない。 家族にも言わない。
借金して自殺、バカらしいわ。 働いて返せばいいじゃない。
お金は確かに重要だけど、それを幸せの基準にしたら幸せにはなれないよ。

経済的に発展して何でも揃っている日本から来た男性がどうしてこんな
ところにいるのかと思った。
日本大使館は何も支援をしていないのだと感じた。
・・・なぜ自国民を守ることができないんだろう。

・・・・

私は通算すると9年間バギオに住んでいるんです。

でも、上に書いてあるようなマニラの貧困層の人たちのことは分かりません。
それは分からないのですが、貧富の差が激しいフィリピンの中にあって、
まあまあの生活をしている人たちに囲まれて生活していると言っていいでしょう。

そのまあまあの生活をしている人たちですら、海外出稼ぎを考えなければ
家を持ち、子供たちを大学までやることはできない経済環境にあるようです。

いわば中流家庭の人たちであっても、上のような「ご飯食べた?」という
精神は確実にあるように思います。

日本人にとってはウンザリするぐらい、フィリピンの人たちは食事をします。
それが、家族や親戚や仲間をつなぐ絆の根幹じゃないかと思うくらいです。

結婚式や誕生日やデビュー(成人式)などなど、いろんなパーティーには
誰がだれやらわからないような人たち、友達の友達がくっついてきて
ご飯を食べます。

大学生などは、通学の交通費にも困る、ましてや、食費などあるかないか
ぐらいの生活をしているとも聞きます。

NHKの番組で、あるアフリカの国の未開の土地の人々の生活をレポート
していました。

厳しい自然環境の中で、飲み水さえも乾燥した大地の小さな窪みから
ほとんど泥水としか思えないような水を汲んでいる。
そして、その貴重な飲み水を最初に飲めるのは小さい子供たちから
という暗黙のルールがあるとの話でした。

村から遠く離れたところにある岩塩を掘り起こして、キャラバンでやって来る
仲介業者に売るのがその村の人たちの仕事でした。
お弁当はほんのひとにぎりのパンのようなもの。

仕事の合間の昼食は、そのひとにぎりのパンをみんなで分け合って食べる
という、まったく粗末なものでした。

どうも、人間というのは、経済的に豊かになるに従って、分かち合うことを
忘れるようです。

日本は平均値の高い、そしてバラつきの少ない、中流家庭が多かったはずです。
それが、崩壊している。

フィリピンだったら、元々貧富の差が激しいから、貧困層のマーケット、
つまり貧乏人なら貧乏人なりに生活していける経済圏がある。

しかし、日本には、それがない。
一旦 平均値からすべり落ちると、最低限の生活すらコストが高すぎて
生活ができない環境になってしまう。

だから、その平均値からすべり落ちるのが怖くて、家族であれ、親族であれ、
友人であれ、知人であれ、経済的に手を差し伸べることができなくなっている。
自分を守るだけで精一杯になってしまっている。

キリスト教の考え方がフィリピンの人たちに大きく影響していることは
確かだとは思います。
でも、その前に、昔日本にもあった貧乏長屋の生活を思い起こせば、
食べ物を分かち合い、迷惑をお互いに掛けあい、肩を寄せ合って暮らしていた
時代が日本にもあったのです。

日本は、もう一度、貧乏になったほうがいいのかもしれませんね。

次回 その7は、その日本の現状を読んでみます。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

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2012年2月 7日 (火)

「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その5

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

そもそも、私がこの本を是非読んでみたいと思ったのは、
フィリピンにPRAの退職者ビザで永住することを前提としている
自分自身の将来をどうするか、そのひとつの材料にしたかったこと。

北ルソン日本人会のメンバーのひとりとして、困窮邦人の問題に
どのように対応するかの目安を考えたかったこと。

そして、日本大使館をはじめとする日本政府あるいは日本の諸制度が
どのように機能するのかを知りたかったこと。

・・などがあります。

そこで、今日は、この本の中で、マニラの日本大使館などが
どのように いわゆる邦人保護、邦人援護をやっているのかを見ていきます。

まず、路頭に迷う困窮邦人の言い分:

異国の地だで、同じ日本人だったら助けて欲しいっちゅう気持ちはあるな。
行き当たりばったりで、こうなっちゃって。 どうしたらいいかな、
「助けることはできません」と言われれば、じゃどうすればいいのか。
死ねっちゅうのと同じだわね。 最後に頼る人は同じ日本人しかおらんからね。

・・まあ、これは、外国で困り果てれば、だれでもそういう気持ちには
なるでしょうね。
ただ、頼まれた日本人にしてみれば、「あんた誰?」ってことが多い
でしょうし、日本の家族や親戚、友人、知人などから厄介者扱いされている
人たちということになれば、なおさらのこと、とりあえず日本大使館に連絡する
というのが常道という話になるんじゃないでしょうか。

ー 海外に来て生活の困窮した日本人に対し国から帰国費用を貸し付ける
  「国援法」という法律がある。
  正式には「国の援助等を必要とする帰国者に関する領事官の職務等に
  関する法律」

ー この法律は、生活の困窮のため帰国を希望する日本国民又は在留する
  国の官憲から退去強制等の処分を受けて帰国しなければならない
  日本国民で、自己の負担において帰国することができず、且つ、
  領事官がその帰国を援助し、又はその退去強制等の処分の執行に
  関し当該国の官憲に協力する必要があると認めるものについて、
  ・・・、領事官がその帰国のため講ずべき措置等を定めることを
  目的とする。

要するに・・生活の困窮、帰国を希望、退去強制、金がない、必要がある、
      と言うような場合に使えるってことですね。

その4までに見てきた例で言うと、「帰国を希望」しているか、ってところが
一番ひっかかっていたようです。

ー 貸付額は基本的に飛行機代と宿泊代金や食費、空港施設使用料などの雑費。
  また、日本の空港から自宅や知人宅までの交通費も貸し付けることがある。

ただし、これにはいろいろ前提があるようでして、

ー 一見誰でも帰国可能に思えるが、貸し付けるお金は税金から出される
  わけで、例えば、若いフィリピン人女性を追いかけて渡航し、自分の
  意思で全財産を使い果たした場合に援助が適用されることには
  疑問の余地が残るだろう。

ー 困窮邦人がフィリピンで大使館に駆け込んだ場合、まず館員が試みるのは
  親族や知人に援助を頼み込むことだ。
  しかし、これはうまくいかないことが多い。

・・・これは、納税者として考えれば、当たり前の対処でしょうね。
いい加減な奴らの尻拭いを税金でやっていいのか、って追求されるでしょう。
ケース・バイ・ケースで 内容をチェックするしかないということですね。

ー 実は、(この国援法が)適用されるケースはそれほど多くない。
  全世界を含めると、年間に適用される日本人の数は20人から30人
  程度で、フィリピンの場合でもここ数年間は数人程度という。

ー (家族、親戚などから)送金を拒まれ続け、国援法を適用するか否か
  という判断を下す時、国民に対する説明責任という問題が出てくる。
  つまり、日本で真面目に仕事をしている人が支払った税金を、
  自ら転落した人間に貸し付けることに納得のいく説明ができるかどうか
  ということである。

ー 帰国費用を貸しても日本に帰国後返さない人もいる。
  国援法による焦げ付き債権は現在相当な額に上るという。

ー 日本国内にもホームレスがいる中、彼らへの支援を差し置いて
  国外の困窮邦人に貸し付けて帰国させる支援が得策かどうか。

これももっともな議論ですね。
日本国内でリストラなどにあって、再就職もならず、精神的に追い詰められたり
して、ホームレスになっている人たちも多い昨今です。

私の知人だけでも二人がホームレスなんです。
二人とも、リストラが原因でした。

その人たちに比べれば、「なんで、女に溺れてフィリピンなんかに行った奴らに、
国内でやむなく追い詰められたホームレスと同じような救済策を取らなくちゃ
いけないんだ。」って話になることも当たり前です。

国内の問題は 自己責任を超えた問題ですからね。経済社会の問題。
フィリピンの困窮邦人の問題は、全く次元が違う、アホな男の問題です。

ここで、私は敢えて厳しく言い切っています。
これは、自分にも言い聞かせるためなんですよ。
日本の年金制度が崩壊しちゃったら、私も同じ運命ですからね。

私の周りには、フィリピン人女性と結婚して、真面目に家庭生活をしている
人たちがたくさんいますからね。
それを踏まえての話です。

真面目な家庭生活ってのは、世界中同じだと思うんです。
たまたま、好きになった、結婚した相手が、外国人だったというだけの
話だと思うんです。

ちゃらんぽらんな生活がフィリピンだけで認められるってことにはならない。

日本で自営業をやったこともない元サラリーマンが、簡単に1千万円単位で
ビジネスをやろうとするなんてのも、「フィリピンを舐めとんのか!」って
話ですよね。 計画性もなにもない。 バクチですね。

先に例にでた、榎本のケース:

ー 大使館が何もしていないのかと言えば決してそうではない。
  大使館は榎本を日本へ帰国させるため、国援法の手続きに着手していた。
  申請書類などを用意し、榎本に記入させていた。
  しかし、「日本の空港に到着してからはどうしたらいいのか」と
  榎本が詰め寄ると、「交番にでも駆け込めばなんとかしてくれるから」
  と話す大使館員との間で押し問答になり、最終的に榎本は帰国を
  拒否したのだという。

ー 空港に到着しても迎えに来る家族、知人がいないという決定的な事情が、
  下半身不随の榎本の帰国の道を閉ざしていたのは間違いない。

・・・ここで榎本は、どういう判断をしたのだろう。
   日本政府よりも、フィリピン人の厚意に甘えるという選択をした
   ことになる。 たまたま一時的な保護をボランティア精神で個人的に
   やってくれたエリートのフィリピン人女性である。
   長続きするわけもないのである。

   私としては、日本の国としては、外国に迷惑を掛けるくらいなら、
   日本に強制送還すべきじゃないかと思うくらいなんですがね。
   上に書いたことと矛盾するような話になってしまいますが・・・

   あるいは、フィリピン政府に助成金を出して、困窮邦人の面倒を
   見ている団体にいくばくかの支援をするとか・・・どうですか?
   要するに、迷惑料ですな。
   言い換えると、日本国内の生活保護の海外版ってことになってしまう
   のかな???
   そうなると、海外に困窮日本人を輸出している、と叩かれるかも・・

ところで、集英社のサイトに、この本に関してのインタビューのサイトが
ありました。
なかなか興味深いインタビューです。
http://gakugei.shueisha.co.jp/author_message/mizutani/index.html

次回、その6は、
優しいフィリピンの人たちの思いを 本の中から拾ってみましょう。

 

   

   

   

   

   

   

   

   

   

   

   

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「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その4

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

今の状況、なぜ日本へ帰れないのか、を調べてみます。

吉田: 朝、教会内の公衆トイレの場所を確保、教会から近くの民家へ、
    露店の周りの路上の清掃、露店の台車の洗車、露店で売るものの下準備、
    台車を教会の近くの路上に移動、日当20ペソ(40円)、朝と昼は
    その民家で食事、午後はぶらぶら、夜は教会の長椅子で寝る、
        日本を出た時は 1~2週間で帰ってくる予定だった。
    フィリピンでは何とも成らん状態。
    日本へ帰っても変わり映えのしない生活。
    ちょっと前から腰がジワーっと痛みだした。
    日本の両親は死亡、 年金暮らしの兄は 音信不通、
    友人もいない、日本に帰っても仕事はないだろう、
    実は姉が日本にいた、前回送金してもらって以降疎遠になってしまった、
    一度助けたが、あいさつの一言もなかった、義理も何もない、
    仏壇からお墓のお守りまで何もせずに、
    以前は夫が現役だったから面倒がみれた、今は年金暮らしで子供も
    いるから、助けることはできない、
    
    その後、吉田は日本に何度か帰国をしたらしい、
    フィリピンでも困窮邦人に「帰国させてあげるから」と話を持ちかける
    貧困ビジネスが行われているらしい、

浜崎: 偽装結婚に巻き込まれた、日本の新聞配達店に戻るつもりでいた、
    父は死亡、母、兄、妹とは音信不通、
    送金を頼もうとした新聞配達店の同僚は死亡していた、
    日本人経営の自動車部品販売店に転がり込んだ、
    掃除をする代わりに食事をもらった、夜はカビテ州の家で寝る、
    所持金ゼロが2年半も続く、
    新聞店の仲間や店主も 話し合いはしたが、援助の提案には乗らず、
    兄と連絡ができた、が、20年以上も音信不通で、義理の姉から
    道は開けない、現役を引退しているから助けられないと言われる、
    妹は 勝手に行ったんだから 自分のことは自分でという考え、
    大使館からの依頼にも 妹は援助を断った、
    浜崎は日本に帰りたいが、日本に帰っても行き場がない、
    どうせ死ぬなら日本で死にたい、

須藤: 逃亡犯、あるビルの屋上が寝る場所、その1階の簡易食堂で
    店の手伝いをして食事をもらう、
    日本に帰れないならそれでもいいが、フィリピンでお金を貯めて
    ビジネスをすることを毎日考えている
    日本の知人からフィリピンの美容室に誘われた、売上金の管理、
    母は死亡、子供は施設、父は寝たきりの生活保護生活、
    役所の職員は、日本に帰り、刑に服し、生活保護を受けて生活し、
    再就職先を探す、ことを提案した、
    日本では逮捕状が出ている、
        本人は、おとがめが何もなければ日本に帰る、つもり。

榎本: 下半身不随で施設に収容されている、
    今は日本に帰りたくない。 今戻ってもやっかい者だから。
    ここにいて頑張って、歩けるようになって・・・
    声もあまり出ない、右目は失明、歩行練習を始めて徐々に回復は
    してきていたが、結局は寝たきり、
    その後、施設から追い出されそうになった時から
    エリートのフィリピン人女性に一軒家で面倒を見てもらっている、
    大使館が榎本を日本へ帰国させるため、国援法の手続きに着手
    していたが、最終的に本人が帰国を拒否した、
    日本の空港に到着してからはどうしたらいいのか、が問題だった、
    空港に到着しても迎えに来る家族、知人がいない、
    エリートの女性と介護をしている女性も限界にきている、
    本人は 歩けるようになって自分で帰りたいというのは
    障害者施設にいる頃から言っていたが、医者の診断では
    糖尿病、心臓肥大、リウマチ性心疾患、腎機能障害があるとされている、
    80歳近くになる両親には受け入れる余力はない、
    
星野: 退職金4,900万円をほとんど失くしてしまい、あとは年金を
    待つのみの生活、
    毎日、コーヒーを飲んで、部屋の掃除をして、近くの日本人宅で
    世話話、自宅に戻って昼食、テレビ、昼寝、シャワー、夕食、
    夜は又同じ日本人宅でビールを飲み、女の話、 ・・・この繰り返し、
    年金が入ったら 毎月10万円で 悠々自適の生活をするつもり、
    

さて、こういう事情があるんです。

吉田は、とりあえず、日本といったり来たりしている。
だれが助けたのか分からないけれども、もう大丈夫ってことでしょう。

浜崎は、帰りたいのに帰れない。
元々が偽装結婚にはめられた人ですから、運が悪い、可哀相、と言えるでしょう。

須藤は、日本での犯罪をちゃらにしてくれなくちゃ帰らない、と言っている
わけで、そりゃあ通らないでしょうね。
子供のことを考えれば、刑に服したほうがいいと思います。

榎本は、自分で帰国を拒否していますからね。 大使館もどうしようもない。
しかし、そのことで、フィリピンの善意の女性に迷惑を掛けている。
日本の国として、それでいいのか、ってことはありますね。

星野、結果的に本人の望む形になっているようだし、困窮邦人とは言えそうに
ないし、日本に帰る気はさらさらないようだし。
放っておくしかないですよね。

この中では、浜崎にだけは、同情できますね。
他は、どういう状況にせよ、一応本人の意志で明確に選択していますからね。

こうやって具体的に一人ひとりを見てくると、
浜崎だけは 若い女の子を追いかけてきた訳でもなく、偽装結婚の犠牲者と
言ってもいいんじゃないでしょうか。
すぐに日本に帰るつもりで来たわけですから。

他は、最初の動機から、どんづまりでの選択まで、自分で決めているって
ことになりますね。
同情する必要もないし、余計なお世話になってしまうような気がします。

では、次回は、日本大使館がどのような対応をしているのかを、
この本から見ていきましょう。

      

    

    

    

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2012年2月 6日 (月)

「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その3

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

さてさて、今日は どういう経緯で 持っていたはずのお金を失ってしまったのか。
その辺りを本の中から拾ってみましょうか。

吉田: 20代後半に日本人女性と縁談があったが「金遣いが荒い」と破談、
    20万円の所持金、帰国の飛行機代5万円を彼女に貸したが戻らず、
    マニラ行きのバスに乗せられ「さようなら」

須藤: 日本から逃亡し、マニラ到着時の所持金は16,000円、
    知人の紹介で入った家電修理店を家賃不払いで追い出される、
    近くに駐車していたジプニーで寝泊り、水、食事など運転手にもらう、
    指輪、ブレスレット、ネックレスなどを質屋に売る、
    知り合ったフィリピン人宅に居候、その後、建設資材の運搬の仕事、
    体を壊して3ヶ月で辞める、肉の配送作業 2ヶ月で辞める、
    簡易食堂の手伝い、
    

榎本: ソフト開発の仕事をしていたが、フィリピンの日系企業では営業職、
    1年で辞める、製造管理の仕事 半年、突然のめまい、病気、
    入院 2ヶ月、 足が不自由に、在宅の仕事 電気配線の図面の修正、
    ITの会社に就職 在宅でのソフト開発、会社ともめて退社、
    家庭内でも喧嘩、妻と二人の子供は家を出た、 
    そして、寝たきりになった、
    パソコンを使ってインターネットで観光情報記事を配信し日本の客から
    報酬をもらう仕事、家賃、家政婦給料、食事代などを払う、
    家政婦とも給料のことで喧嘩、
    家賃を滞納し、追い出される、大使館の手配で施設へ連絡、
    カトリック系の障害者施設へ、右目は失明、

星野: 退職金 4,900万円、現金を不法にフィリピンへ持ち込む、
    自分名義の銀行口座を開設できず、フィリピン人妻名義で全額を預金、
    土地購入 1,000万円、ジープ3台 300万円、
    養鶏場ビジネス 1,000万円、退職者ビザ 650万円デポジット、
    養鶏場経営は失敗、 妻が家を空けるようになり、本人も女遊び、
    妻と揉めて、妻を自宅から追い出す、 一人の生活、
    妻名義の家を 妻が売却、自宅を追い出されアパートへ、
    その後も妻とは友達づきあい、
    残っていた1,000万円も7年間の生活費などで 残高6万円だけ、
    60歳になったら年金だけで生活する、

最初の二人は、元々所持金が少なかったわけで、まあ、無計画だったってことですね。

榎本は、フィリピンでの就職についての基礎的な知識がなかったってことと、
不運にも病気に襲われた。 その前に、鬱積したものが爆発しやすい性格が
あったのかもしれませんね。
日本人は じっと我慢していて、いきなり爆発させるタイプが多いかもしれませんね。
言葉の問題もあるでしょうし、元々コミュニケーション能力が 日本人には
欠けているんでしょうね。

星野は、典型的にお金をむしり取られたパターンですね。
ただ、こういうのを「騙された」といえるのかどうか、疑問です。
一応 納得して出しているんでしょうからね。
本人名義の銀行預金にしなかったところが 大きな間違いですね。
私は 騙された、騙された、という日本人は好きじゃないですね。
フィリピン人の妻とトラブルがありながらも、友達づきあいで まだ助けて
もらっていると考えればいいのか・・・
年金がまだ残っているから 困窮邦人とは言えないかもしれません。
最後の砦ですね。年金は。

日本人は一般的に計画性があるとばかり思っていましたが、
案外そうじゃないのかもしれないですね。
フィリピンは外国だという感覚が 欠如しているんでしょうか。
女にもてたことがないと、ついつい甘くなってしまうのか・・・
若い女にゃ 引きずられてしまうのか・・・

まあ、外からみてる分には、「ご馳走様」ってことなんですけどね。

ところで、皆さん、上の4人の中で 一番許せないのは どの男ですか?

私はね、星野なんです。

何故か・・・

退職金の4,900万円を丸ごとフィリピンに持って行って、なんの落ち度もない

日本の妻には何も残さなかったっていうところです。

子供もいるんですよ、2人。

おまけに、元妻は、いきなりフィリピンに逃げた夫が どういう理由でなのかも

訳が分からないままなんです。

退職金の半分ぐらいは元妻と子供に残すべきでしょう。

それが信じられない。

周りも認めるほど、どうしようもない妻で、26年間の結婚生活の中で

さんざんいじめられたとか、悪妻で苦しみぬいたとかいうのならともかく、

そういうことは全くなくて、その元妻は便箋7枚に切々と 自分になんらかの

落ち度があったのなら心から詫びるということまで手紙に書いたそうなんです。

本人自身が 「嫁さんの悪いところは一つもないよ。 あれだけの人はいないよ。

文句の付けどころがない。」と言っていたというじゃないですか。

いくら養子で「自分の世界じゃなかった」とはいえ、あまりにもひどい。

男らしくないですね。

 

   

   

   

   

   

フィリピン バギオ マニラ ダバオ セブ 困窮邦人 フィリピーナ フィリピン・パブ 

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2012年2月 5日 (日)

「日本を捨てた男たち」を読んでいます - その2

副題は:
~フィリピンに生きる「困窮邦人」~
水谷竹秀著 集英社

はっきり言うと、「アホか!」ですね。
・・・と、その1で言い切りました。

ですが、私も男ですし、フィリピン・パブがどのようなものかは
よく知っています。
実際、フィリピン・バギオの駐在員時代、1998年からほぼ1年間、
毎週2~3回は通っていましたからね。・・・お話をしに・・です。
(その後1年間は、山の神がバギオで同居しましたから、卒業しまして・・)

それで、この本の中から、なぜ彼らがハマッタかを見てみたいと思います。
ただし、この本は、いわゆる夜の街の案内本じゃないですから、
期待するほどのワクワク感はありません。(笑)

山本さんという日本人女性の話:

  日中ビール飲んでいるおじさんとか、暇そうにしている人たちを
  見た時に魅力を感じたんですよね。 そこに住んでいる人たちの
  笑顔が新鮮だったんですよ。 貧しい生活をしているのになぜ
  彼らはこんなに楽しそうなんだろう。

在フィリピン45年の日本人女性ムイコさんの話:

  彼らは日本に住めないんですよね。 フィリピンが住みやすい。
  ・・・こっちじゃ近所の人も「来い来い」と言って一緒に飲み始めて
  ちゃらんぽらんな生活が楽しいんですよ。 誰も過去を聞かないし・・・
  女、薬にはまっている人が多い。 結局はお金ですよ、お金。
  そういうのを自覚しなきゃね。 でも天にも昇った気持ちになるって
  言うんですよ。

吉田: 日本におって寂しかった。 こっちに来れば衣食住、生活の面で
    何とかやっていけるのかなと。 日本よりもフワッとした楽しい
    生活が待っているんじゃないか。

星野: 「フィリピンに来ている日本の老人は心が少年なのよ。
     女を見て燃えたり。」
    「日本にいるとそれができないよね。バカっちゃうかと。
     ここは、狂ったまんまいける。」
    「日本の高校生見てあーいいなあと思っても見るだけで終わりやんか。」

    60歳前後の2人が繰り広げる会話は、欲望と本能の赴くままだった。

    「銀行員が援助交際でつかまったらクビでしょ。フィリピンは
     どこかいっちゃってるから。」
    「こんな気楽なもんないよ。 金さえあれば女の子はいくらでも来る
     からね。」
    「日本では社会のルールがあるじゃない。 こっちは精神的には
     健康だと思うよ。 人間関係のわずらわしさってのがないわね。
     ここで暮らしたらほとんどの人間は帰りたくないんちゃう。」

    「日本に帰ってもすぐフィリピンに戻りたい。・・・やっぱり自由が
     ないね、日本には。 居場所がないね、何かよそもんみたいな感じ
     がする。 やっぱりフィリピンと日本の違いやろうね、空気とか
     何かの。」

著者コメント:

  思い描いた理想と現実の乖離を受け入れられず、「プライド」だけ
  保っている。 だから若いフィリピン人女性に男としての自尊心を
  くすぐられると舞い上がってしまい、あと先考えずにこの国まで
  追い掛けてしまうのではないだろうか。
  そこで今度は「金持ちの国から来た日本人」という新たな「プライド」
  が生まれる。

・・・・

上記の抜き書きの中で、星野の言葉は、かなり「ハマッタ」人に共通する
ものがあるのではないかと思うんです。
私にも一部共通するところはあると思っているんです。

ただ、私の場合は、最初にフィリピンとの関係が繋がったのが、
フィリピン・パブが入口ではなく、アメリカ系大企業の中での仕事であった
ということです。

米系大企業の職場の範囲での付き合いがベースにありましたから、
大学でもそれなりの上位の人たちがフィリピンの職場には多かったわけで、
日本人にはちゃらんぽらんと見えるフィリピンでも、フィリピンにはフィリピンの
人間関係の難しさや、社会的立場でのルールやストレスもあるわけです。

フィリピン人から見れば「ジャパ行き」は「売春婦」とほとんど同義であって、
「日本に仕事の研修に行く」と言っても、その女性のお母さん、お婆さんにとっては
世間体をやっぱり気にするということもあったんです。

ただ、フィリピンと日本の文化、社会的感覚の違いを知らない日本人にとっては
そういう部分は見えていないだけの話なんですね。

日本国内で想像すれば分かることだと思うんです。
ごく普通の企業に勤めている普通の男性が、水商売の女性、特に昔のピンク・
キャバレーなんかで働いている女性と結婚したいなんて言ったら、周り中が
反対するに決まっています。

そういう感覚は勿論フィリピン国内にもあるわけです。

ただ、日本国内の普通の日本人男性の前にはフィリピン人女性といえば
フィリピン・パブの女性しかいなかったっていうだけの話でしょう。

私が米系企業の埼玉工場勤務をしていたころ、フィリピン・バギオの兄弟会社
から3人の女性が1年間の研修に来たことがあります。

その女性たちがこぼしていました。
「駅前を歩いていると、まだお昼なのに、フィリピン・パブのお姉さんたちと
 間違われてしまうんです。」

彼女たちは、技術者であったり、課長候補生などの優秀な女性たちだったのです。

この偏見は、日本人男性ばかりではなく、日本人女性にもあります。
特にフィリピン・パブを目の仇にしている日本人主婦の皆さんです。

「フィリピン」=「いやらしい」

という先入観念を植え付けてしまった フィリピン・パブのブームは
将来のフィリピン人看護師・介護士のブームによって消し去るしかないのでは
ないかと、私は思っています。

なぜなら、フィリピン人の明るさや癒しの雰囲気、日本人との相性の良さは、
そのような分野でならポジティブなフィリピンのイメージを作るのに
大きな力となるのではないかと信じるからです。

 

 

 

 

 

      

     

     

     

     

     

     

   

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