« その35 中村元著「龍樹」ー 空とは無ではなく相互依存の縁起なのだ     | トップページ | その37 中村元著「龍樹」ー 小乗仏教でも「法空」は説かれていた »

2013年1月 4日 (金)

その36 中村元著「龍樹」ー 縁起ー>無自性ー>空 理論展開    

中村元著「龍樹」の中の、
「 II. ナーガールジュナの思想 ー 「中論」を中心として 」
を読んでいます。

「7. 空の考察」に入ります。
「1。空と無自性」を読んでいます。

縁起と無自性と空の概念の関係のところです。

p241
三つの概念の意味するところは結局同一である・・・
この三者の関係はどうであろうか。

p241
「縁起せるが故に空である。」
縁起が理由であり、空は帰結である

「縁起せるが故に無自性である」
縁起が理由であり、無自性は帰結である

「無自性の故に空である」
無自性が理由であり、空は帰結である。

・・要約すれば、縁起はつねに理由であり、空は常に帰結である。
「縁起ー>無自性ー>空」という論理的基礎づけの順序は定まって
いて、これを逆にすることはできない。

p243
第一の段階として、もろもろの存在は相依って、相互限定に
より成立
しているのであるから、法有の立場において主張する
ようなそれ自体(自性)を想定することはできないということ
が説かれ、次いで第二の段階としてそれ自体(自性)が無い
からもろもろの存在は空
でなければならぬといわれる。

・・・その中で縁起が根本であり、・・・
「中論」の帰敬偈において「縁起を説く」と宣言したのも
おのずから明らかであり、そうして「中論」の中心思想は
縁起であるという主張がいよいよもって確かめられることとなる。

・・・なるほど、この論理は分かりました。
縁起、相互依存の縁起が根本にあるわけですね。

そして、著者は、この三つの概念の歴史を遡ります。
そこで「般若経」をもとに展開します。
つまり、「般若経」がどのような思想的変遷をたどったのか の検討です。

p244
「八千頌般若」サンスクリット原本についてみるに、第一品
から第七品までは般若空観のたんなる説明と「般若経」護持の
功徳の讃嘆とに終始している。
ところが第八品に至って始めて、「無自性なるが故に空である」
として空観を無自性によって基礎づけようという試みがみられる。

・・・この第一品(ほん)とかいう意味が分からないんですけど・・・

学研国語大辞典にありました:
品(ほん)=「お経の中の編・章を表す語。「法華経二十八品」」

「般若経」の全体像についてのサイトはこちら:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%AC%E8%8B%A5%E7%B5%8C

アマゾンではこのような説明があります。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E4%B9%97%E4%BB%8F%E5%85%B8%E3%80%882%E3%80%89%E5%85%AB%E5%8D%83%E9%A0%8C%E8%88%AC%E8%8B%A5%E7%B5%8CI-1-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%A2%B6%E5%B1%B1-%E9%9B%84%E4%B8%80/dp/4122038839
多くの般若経典の中でも、インド・チベット・中国・日本などの大乗仏教圏に
おいて尊重されてきた『八千頌般若経』は、最古層に属しながらも、内容が
完備した最も基本的な経典である。その前半部第十一章までを収める

p245
クマーラジーヴァ訳の「大品般若」によると、最初の属累品
(第六六品)以前をみるに、空観を基礎づけるに当たっては
常に・・・どれも法が自性を欠いているからという意味に
解することができる。
・・・ところが第六六品以後になると、「縁起の故に無自性で
ある」という説明がみられる。

・・その無自性をさらに縁起によって基礎づけている。

・・・つまり、般若経の時代にあって、その最後の方で
やっと「縁起」が「空」の根本だという理論になってきた
わけですね。
そして、その意味合いについても変化があったことを
以下のように書いてあります。

p246
従来縁起は辟支仏(びゃくしぶつ)(独覚)に関連して述べられる
ことが多かったのに、ここでは縁起は声聞辟支仏とは無関係な、
菩薩のみの法であるという
から、「般若経」の後の部分の作者
は小乗の縁起に対して大乗独自の縁起を十分に意識して主張
していたことが明らかである。

・・分からない言葉が出て来ました。
インターネットで検索して見つけました。
http://kotobank.jp/word/%E7%B8%81%E8%A6%9A
えん‐がく 【縁覚】 
《(梵)pratyeka-buddhaの訳。辟支仏(びゃくしぶつ)と音写》仏語。
仏の教えによらず十二因縁を観じて理法を悟った者、また飛花落葉
などの無常を観じて悟った者。ともに師によらないため独覚ともいう。
声聞(しょうもん)とともに二乗といい、菩薩(ぼさつ)と区別する。

・・つまり、従来はレベルの低い修行者と縁起って言葉が
関連づけられていたのに、後代にはレベルが高い菩薩さんじゃ
ないと理解できない縁起という話になったみたいですね。
縁起の概念が高いレベルに持ち上げられたってことか?

p246
「勝天王般若」についてみるならば、・・・・
あらゆる存在は縁起せるものであるということを強調し、
あらゆる存在は相関的に成立しているから、法の生滅は
実はありえないと説く。
そしてこの「甚深なる縁起」は空と同義であるから、
縁起を観ることによって一切皆空を体得すべきであると
説いている。

・・・著者のここでの結論としては:

論理的基礎づけの順番は:
縁起ー>無自性ー>空

なんだけれども、
初期大乗仏教における歴史的発展の順序は:
空(およびその同義語)->無自性ー>縁起

と真逆になっているとしています。

次回は、何故 順序が逆になったのかを見ていきます。

==その37に続く==

 

 

 

 

空の論理 縁起とは 小乗仏教と大乗仏教で異なる 般若心経 色即是空 釈迦 ブッダ 

|

« その35 中村元著「龍樹」ー 空とは無ではなく相互依存の縁起なのだ     | トップページ | その37 中村元著「龍樹」ー 小乗仏教でも「法空」は説かれていた »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/56466889

この記事へのトラックバック一覧です: その36 中村元著「龍樹」ー 縁起ー>無自性ー>空 理論展開    :

« その35 中村元著「龍樹」ー 空とは無ではなく相互依存の縁起なのだ     | トップページ | その37 中村元著「龍樹」ー 小乗仏教でも「法空」は説かれていた »