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2013年1月12日 (土)

その45 中村元著「龍樹」ー 「中論」 日本へは三論宗として伝来

    

中村元著「龍樹」の中の、
「 IV. ナーガールジュナ以後 」を読んでいます。

「中論」についての話のあと、「ナーガールジュナの著作」を
飛ばして、次の章に入ります。

「1. ナーガールジュナの思想の流れ

今まで読んで来た「中論」で、龍樹さんは、「般若経」に説かれている
空の思想を体系化した
ので、中観派の祖と呼ばれているそうです。

また、日本で八宗の祖と言われているように、後世の大乗仏教に
様々な影響を残しているとのこと。

以下、著者は、この中観派の流れを解説しています。

p430
龍樹の弟子はアーリヤデーヴァ(提婆)170-270年ころ
「百論」「四百論」などを著した。

p431
ふたたび中観派が活発となるのは五世紀のころになってからであった。
・・このころにブッダパーリタ(仏護 470-540年ころ)と
いう人が現れた。
・・その基本は、そのような主張であれ、それはかならず
誤謬(プラサンガ)に帰着するとし、徹底的な誤謬の指摘を
通じて、存在の空であることを相手にさとらせようとすること
である。

p433
シャーンティデーヴァ(寂天、650-700年ころ)・・・
かれは有名な「さとりの行いへの入門」を著した。
この書は、大乗仏教の求道者にとって奉仕の精神がいかに重要か
を詠じた。

p434
ナーガールジュナの思想の流れは中国にも伝えられた
それは、クマーラジーヴァ(鳩摩羅什)の翻訳による
ナーガールジュナの著作「中論」「十二門論」および
アーリヤデーヴァの「百論」にもとづく宗派として成立した。
それは三論宗と呼ばれる。

・・・・おお、いよいよインドから中国に入りました。

p434
この派の大成者は嘉祥大師吉蔵(549-623年)である。
・・「華厳経」と「法華経」の思想をふまえつつ、中国思想
の地盤の上にユニークな思想を展開した。

日本にはナーガールジュナの伝統は、やはり三論宗として伝来した。
それは高句麗出身で、吉蔵の弟子でもあった慧灌が625(推古33)
年に来日して伝えたものである。

三論宗について:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%AB%96%E5%AE%97

・・・三論宗の三論とは、中論、十二門論、百論の3つのことだそうです。

p435
「中論」や「大智度論」などをもととして、空・仮・中の
三諦円融、一心三観にはじまる教理を持つ天台宗ーー智顗によって
大成されたーーもナーガールジュナの思想にもとづくといえよう。

天台宗について:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%8F%B0%E5%AE%97

p435
ナーガールジュナの著した「十住毘婆沙論」の浄土教関係
部分は、後世の浄土教の重要なささえとなり、
またさらに密教も「華厳経」などの影響を受けてはいるが、
ナーガールジュナの思想の延長の上に位置づけることも
できよう。

・・・おおお、やっと浄土教につながってきましたね。
私がこの本を読んでいる理由は、インド仏教であるブッダから
どのように親鸞さんまでがつながっているのかの思想の
流れをみていくことなもんですから・・・・

次回は、最後の章「比較思想からみたナーガールジュナ」を
読んでみます。

==その46に続く==

 

 

 

 

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