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2013年5月22日 (水)

フィリピン・リンガエン湾 日本軍・米軍の上陸作戦の地 第二次大戦記念公園

以前から一度は見に行きたいと思っていた場所。

バギオからDAGUPAN行きの VICTORY LINERに乗り、DAGUPANでジプニーに乗り替えて およそ4時間。 LINGAYEN市にある戦争記念公園を見て来ました。

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パンガシナン州の首都、リンガエン市にある州庁舎の周辺は よく整備された公園地区になっていました。

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近くにある大学の学生たちなのでしょう。ダンスの練習だったようです。

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これがパンガシナン州の州庁舎。 

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日本の県庁などと比べると、まるで宮殿のような雰囲気です。

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州庁舎を通り抜けると、すぐ前に 退役軍人記念公園、つまりは第二次大戦記念公園があります。

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公園の入り口にあるのは、日本軍の零戦。

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この零式戦闘機を操縦していた日本軍人は どういう運命を辿ったのでしょう。

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これは、アメリカ軍の戦車。

当時アメリカ軍と闘った日本兵が書き残した本によれば、日本の戦車は全く歯が立たなかったそうです。

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そして、バギオへ登るケノン道路での攻防戦では、キャンプ3の防衛の為に、多くの日本兵が爆弾を抱えて、この戦車の下に自爆特攻を強いられたのだそうです。

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これもアメリカ軍の高射砲?・・・

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英霊に対する記念碑。

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これが公園の中にある 資料展示館になっています。

日本軍のリンガエン湾進攻から、アメリカ軍の上陸作戦でこの地域が奪還されるまでの記録写真と解説が展示されています。

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戦争記念公園から真っ直ぐに海の方へ ちょっと歩きますと、ビーチの手前には 広々とした緑地が見えてきます。

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そして、このリンガエン湾。

この一帯に、日本軍が1941年12月に上陸作戦を敢行したんですね。

wikipediaによれば、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1941-1942%E5%B9%B4)

第14軍 - 司令官:本間雅晴中将、参謀長:前田正実中将 第16師団 - 師団長:森岡皐中将、歩兵第9連隊(上島支隊、12/22リンガエン湾上陸)

・・・とあります。

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そして、1945年。 このリンガエン湾の向こう側の山の上、バギオ市近郊のサントトーマス山の頂上あたりから 日本軍は、リンガエン湾いっぱいに展開したアメリカ軍を見下ろすことになったのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1944-1945%E5%B9%B4)

「1945年1月9日、連合軍は、3日間以上の激しい事前砲爆撃に続いて、ルソン島リンガエン湾に上陸を開始した。」

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この素晴らしい砂浜にも そのような時代があったのですね・・・・・

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この写真は、パンガシナン州の州庁舎周辺の地図です。

上の方が海岸で、右側に州庁舎があります。

右の少し上の黄色い四角に URDUHA とあるのが気になります・・・・

このURDUHAっていうのは、以前 フィリピン・アニメで見た物語に関係があるんじゃないかな・・・・

http://baguio.cocolog-nifty.com/nihongo/2013/04/daisuke-49b0.html

今、写真を整理していて気が付きました。

あああ・・・・ 気になる。

http://zombiesateyourbrains.wordpress.com/2011/10/08/only-in-the-philippines-princess-urduja/

なんと・・・・ ありましたが・・・・

http://en.wikipilipinas.org/index.php?title=Urduja_House

州知事の公邸みたいですね・・・・ がっかり・・・

プリンセス・ウルドゥハの関係の展示館かと期待したのに・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

タマさん、
chennelについては、写真がひっかかってきましたが、それは海岸の灯台みたいなものが写してありました。
おそらくその辺りの海上ルートのことなんじゃないでしょうか。

投稿: させ たもつ | 2013年5月31日 (金) 14時03分

こんにちは。

調べてくれて有難うございます。

モニュメントがあるところは、リマホンについての何かあった場所かも知れませんね。
リマホンで不思議に思うことは、何で読んだか忘れましたけど、彼は包囲されて、それを運河を掘って小船で逃げたという下りです。
それなら運河の後が残ってないのだろうか?
英文の記事だったので、"Channel"は脱出ルートの意味だったかも知れませんね。

投稿: タマ | 2013年5月31日 (金) 11時51分


タマさん、
私と生徒のやり取りです:


リンガエンの近くに 林鳳(Li Ma Hong) の史跡、歴史を語るものが 何かありませんか?

聞いたことがありますが、正確な場所が知りません。Limahong Channelの物語がありますから、たぶん リンガエンの古い部分があり、または海辺にあると思います、先生。


この情報はインターネットからですが、史跡ではありません、先生:"A monument of Limahong can be seen at the wharf in Barangay Lucap in Alaminos, Pangasinan."


・・・と言うことで、モニュメントはありそうですね。


  


    

投稿: させ たもつ | 2013年5月30日 (木) 23時01分

タマさん、珍しい情報を有難うございます。
リマホンの史跡ですか・・・
私も興味がありますねえ。

私の日本語の生徒でリンガエン近くに住んでいる日本文化びいきの男がいますので、聞いてみましょう。

日本の倭寇が絡んでいるみたいなので、面白そうです。
  
 

投稿: させ たもつ | 2013年5月30日 (木) 21時22分

こんばんは。

お久しぶりです。

昔、スペインがフィリピンを植民地にしてまもない頃。
中国人の海賊リマホンがマニラを襲いました。
スペイン人を追い出して、自分の王国を作るつもりだったようです。
200艘の船と6000人の軍勢。
しかし、リマホンは敗退しました。
最後は、リンガエンで包囲され、リンガエンから船2艘で逃げたようです。
200艘で来て、2艘で逃げて行ったのです。
リマホンが最後に立てこもっていたリンガエンには、彼の財宝が眠ってるのではないかと思います。
山下財宝は、マルコスが掘ってイマエルダが使ってしまったので、もう有りません。
次はリマホンの財宝が狙い目です。
http://www.amazon.co.jp/Treasure-Limahong-Adventure-Philippines-Levesque/dp/0969036728

というのは冗談ですが、リマホンについて、リンガエン、あるいは近辺で何か史跡とかはありませんか?
http://en.wikipedia.org/wiki/Limahong

投稿: タマ | 2013年5月30日 (木) 16時34分

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