« 「日本語の論理」 その5 日本語と英語 翻訳ってなにさ・・ | トップページ | 「日本語の論理」 その7 日本語には文章の原型がない?? »

2013年6月22日 (土)

「日本語の論理」 その6 日本語と創造性 日本語は坊さん向き??

「にほんごの論理」外山滋比古著 中公文庫 です。

では、真面目に読みましょう。

p27
「日本語と創造性」

日本語と創造性の関係については、ほとんど論じられていない。
・・・青い鳥を海の彼方に求めようとするのが、日本の知識階級
の伝統的通弊である。・・・創造性について日本語が両刃の剣で
あることを、得失両面から考察
してみることにする。

・マイナスに働いていると見られる部分・・・

p28
名詞構文は、中心概念を名詞に託すが、動詞構文法では動詞に
それがあずけられるのである。
こういう日本語の性格は、思考の中心をはっきりさせるのに
不便である。
名詞で表現されれば明確になるであろう概念が、動詞で
あらわされるために、輪郭がぼやけてしまう・・・・

===>> ふむふむ、確かにものの概念を考える時には
名詞を使うことが多いように思いますね。
いわゆる漢語動詞と和語動詞にもそれが表れているのかも
しれません。
「読書する」と言うか、「本を読む」というのか。
読書と言った方が概念はすぱっと丸ごと入ってくる感じですよね。

p28
日本語の動詞は、外国語の動詞と同じ性格のものか、・・・
結論をさきに言ってしまえば、日本語動詞は、英語動詞などとは
きわめて大きく異なった点をもっている。

p29
日本語は、室内語として発達した面が多いこともあって、
表現しなくても当事者で理解できるような文法的要素は脱落
している。第一人称、第二人称の主語はもちろん、一般の
主語も・・・主語の欠落した文が普通になってしまうのである。

「明日が彼女に幸福をもたらす」というような、抽象名詞や
無生物が主語になる文は、日本語では普通あり得ない。

・・・人間中心の動詞とも言うべきものなのである。

===>> ん?? そうだっけ??
「室内語」ってのの説明がないので、ちょっと気になるんですが、
人間が主語となる動詞が中心・・・ですか。
「ご注文の ナポリタンになります。」
「日の出が この窓から 見えます。」
「むこうから 東京行きのバスが 来ているよ。」
・・・こういうやつは 違いますかね??

p29
日本語は、西欧の言語にくらべて比喩が乏しい、という指摘が
行われている・・・
比喩こそ創造性へのきわめて重要な方法的エネルギーである
ことを、われわれは、ほとんど気づかずにいる。

==>> ここも具体的な解説がないので、分かりにくいなあ。
そんなに比喩が乏しいんでしょうか?
いきなり「乏しい」って言われてもピンと来ないんですけど。

p30
創造性に対してプラスに作用している・・・日本語の特質・

日本語が非創造的だという命題はまだ確立していないらしい。
・・・要するに、日本語と創造性の関係はまるで手がついて
いないということである。

日本語は、仮名と漢字を併用することによって、・・・・
一般に、文字言語は統一的論理をつくりやすく、聴覚言語は、
多点的遠近法によって流動
していて、いわゆる論理をもちにくい
のである。

二原理が衝突し、互いに相殺し合って、言語のもつ論理的
拘束力を弱めている。 これが、表現上に独特の自由さを
生み出すと想像される。

日本語は、平然と飛躍し、泰然と超論理的になり得る。

===>> なんだか、この辺りになると、著者の論理が
分からなくなって来ます。
「多点的遠近法によって流動」とか、なぜそれが
「論理を持ちにくい」のかとか、「独特の自由さ」とか
言うのが具体的にどういうことなのかが分からんのです。
著者も「想像される」って言っているんですけどね、
私には想像されないんです。
論理的じゃないから、独特の自由さが、多分でるだろうってこと??

p31
俳句の文法は、こういう日本語の自由な表現性をもっとも
よく示している。

スペースの関係で、ここでは俳句の文法を詳説することは
できないが、
名詞の性、数、格、動詞の人称、自制などに
がんじがらめにされているような言語を使っている人間では、
どんなに努力してみても決して、本当のところはわかるものではない。

禅の発想にも、ある程度似たことが言えるのではあるまいか。

===>> う~~ん、むちゃくちゃ飛躍していませんか、
この著者の話の「筋道」は・・・・
それに、「スペースの関係で・・・」って、そこが大事な
ところじゃないのかなあ?

p32
日本人は無常という仏教観が好きだが、頭の中にも、無常の
風が吹いていて、しっかりした体系の構築を妨げている。

日本語はどうも、俳句や短編や珠玉のような随筆に見られる
点的思考に適している。 ・・・「ひらめき」をもつのには、
日本語はなかなか好都合
なのである。

p33
日本人は言語を使用しながら、ともすれば、伝達拒否の
姿勢をとりやすい。 
他人のちょっとした言葉にも
傷つく繊細さをもっていることもあって、自分の殻に
こもって内攻する。 発散しない表現のエネルギーは
鬱積して・・・・爆発するのである。

===>> 確かに日本人は無常ってのが好きですけど、
元々のお釈迦様の仏教ってのはかなり哲学的ですよね、
宗教的と言うよりも。
俳句は最近海外でもやっている人が多いらしいし、
海外の短編やら随筆っていいものが結構あるんじゃないんですか?
「爆発する」のところは、確かに日本人によくあることだと
思いますけどね。

先日NHKの番組、クール・ジャパンで「ストレス」について
やっていましたけど、日本人はストレスをある程度ないと
いけないものみたいに思っていて、一方海外ではストレスは
自分で解消するようにコントロールするものだというような
話でした。
日本人は内にこもってストレスを鬱積させるってのは
本当だと思います。
しかし、それが日本語の非論理性と、「ひらめく」創造性と
関係あるっていうのは、論理が飛躍しすぎていませんか?
まあ、論理的じゃないから、言葉で自分をコントロール
できないってことはあるかもしれないけど・・・

p33
日本語は、どうも出家的創造性に適していると言うことが
できそうである。 論理に行き詰まった西欧の知識人が、
禅に絶大な魅力を見出しているのも故なしとは言えない
ように思われる。

p34
日本語が、いわゆる論理的でないと言われる、まさにその点に
日本語の創造的性格が存する
ということは、われわれを
勇気づけるに足る逆説である。

===>> 「出家的創造性」ですか。
この言葉自体は私は好きですけど。 日本語がそういう言葉だ
っていうことなら、それは嬉しいことですけどね。
私自身は仏教は哲学だと思っていますからね。
たしかに真言密教みたいなのもありますけど。
キリスト教だって、「ひらめき」だとか、「啓示」だとか、
そういう神がかりなものはあると思うんですよねえ。
だから、この辺りの著者の論理は かなり非論理的なものに
感じるんですけど、いかがですか、みなさん。

その7に続く

 

 

 

 

|

« 「日本語の論理」 その5 日本語と英語 翻訳ってなにさ・・ | トップページ | 「日本語の論理」 その7 日本語には文章の原型がない?? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134315/57639214

この記事へのトラックバック一覧です: 「日本語の論理」 その6 日本語と創造性 日本語は坊さん向き??:

« 「日本語の論理」 その5 日本語と英語 翻訳ってなにさ・・ | トップページ | 「日本語の論理」 その7 日本語には文章の原型がない?? »