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2013年6月20日 (木)

日本語の論理(外山滋比古著)を読んでいます -その2

「にほんごの論理」外山滋比古著 中公文庫 です。

日本語にはどのような論理があるのか・・・

p13
「点的論理」

論理についてわれわれは三つの次元を考えることができる。
ひとつは論理学で問題とする形式論理である。
多くの日本人は知識としてこの論理を知ってはいても、
生活には融けこんでいない。

もうひとつは、日本語に即した論理で、これは日本語を
使っているときには多少ともたえず作用しているはずのものであるが、
ほとんど意識されることがない。

この硬軟二つの論理の間に、さきものべたことと関係する
和訳文の論理が考えられる。 これは、外国語と母国語を
比較して外国語の発想と表現が母国語といちじるしくちがう
という実感にもとづく、比較論理とも言うべきものに
よって育てられる論理の意識である。

==>> ここで、著者は、「形式論理は一応問題から外して」
って書いているんですよねえ。
私は名称だけは知っていても、それが何だか知らないので
ちょっと寄り道します。

まず辞書には:

けいしきろんり【形式論理】
命題や推論について,その内容にかかわらず,ただその形式面から真偽を問う論理。

けいしき‐ろんりがく【形式論理学】
正しい思考の構造および過程を、思考の内容を捨象してもっぱらその形式・
法則の面から取り扱う学問。一般に、アリストテレスに始まり中世を通じて
演繹(えんえき)的論理学の体系としてまとめられた伝統的論理学をさすが、
現代では記号論理学をもさす。

・・・・スミマセン、さっぱり分かりません。
実例を見てみましょうか・・・・

「形式論理テスト」
http://www.osu.ac.jp/~kazuto/newpage3.html

要するに、意味の上で実際にそういう人がこの世に「いる・いない」は
全く別にして、言葉の論理の面だけで、数学的にどうか、ってこと
なんですね・・・多分。(笑)

確かに、これは生活には融けこんでいませんねえ。

p14
どんな場合でも、言葉に筋道が通っていなければ、伝達は
成立しようがない。
 「筋」とか「筋道」とかいう語が示して
いるように言語に内在する論理性は何か「線」のようなものと
感じられているのが普通である。

送り手と受け手が未知の人間であるような場合、筋道は
しっかりした線状
をなしていて、受け手がそれから脱落しない
ようになっていなくてはならない。
・・・その典型的な例は法律の表現で・・・

これと反対に、・・代表的な例は家族同士の会話で・・・・
第三者が聞けば何のことかまるでわからぬような省略の多い
飛躍した言い方
をしているが、・・話は通じ合っている。
形式論理から見れば没論理と言えるかもしれないが、
まったく論理を欠いているというわけでもないであろう。

・・要点は注目されるが、それ以外の部分はどうでもよい。
・・・方々が風化して線に欠落ができると、線的な筋が
点の列になって行く。 ・・・

==>>つまり、これが「点的論理」だっていうわけです。
「おい、あれどうなった?」
「あれってなんですか?
「あれだよ、あれ!」
「ああ、あれね。 あれはあれでよかったみたいよ。」
「そうか、あれでよかったのか。」
「いいんですよ、あれで。」

まあ、これは日本語ではよくあるパターンなんですけど、
これって英語にするとどうなんの??

p16
日本語は、・・・島国の言語である。
・・・家族語におけるような論理が社会の広い範囲に流通していると
考えてよい。・・・点的性格の方がよく発達しているのは自然の
ことである。

成熟した言語社会の点的論理を認めるならば日本語はそれなりの
論理をもっていることがわかる。

p17
点的論理の背後には陥没した線的論理がかくれて下敷きになっている

==>> これは、日本語を教えている時に私が心がけている
部分なんです。

最初の内は、その「かくれた下敷き」を入れてフル・センテンスで
教えるんです。 日本語の構文を理解させる為と、将来書き言葉にも
困らないようにするためです。
もちろん、大学なんかに留学する人たちは、大学で使うしっかりした
文章で書かれた教科書やら文献を読む必要もありますからね。

しっかりと日本語の構成を分かったうえで、文のあちこちを
省略しながら、会話に入っていくようにしています。

いきなり日常会話から入っていくと、後で苦労するんじゃないかと
思うんですけど、どうですかね?

その3に続く

 

 

 

 

 

フィリピン バギオ 日本語教育 Philippine Baguio city  Japanesse Nihongo education school

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