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2013年6月 9日 (日)

フィリピン・イロコス地方 世界遺産ビガンを守った高橋大尉 映画 Iliw

先日6月7日の夕方 バギオ・シネマテックで 「Iliw」 という映画を観たんです。

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この映画が どういう映画かといいますと、第二次世界大戦中のフィリピン戦で、ビガンの街を米軍の砲撃から守った日本軍の高橋大尉と 地元の女性フィデラとの恋愛物語です。

映画の詳しい内容はこちらで読んでいただきましょう:

http://plaza.rakuten.co.jp/freemen/diary/200901200005/

それで、問題は この映画のストーリーっていうのが どの程度まで史実を語っているのかなんですが、それについては、こちらの wikipedia ぐらいしかなさそうです:

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%AC%E3%83%B3%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E9%83%BD%E5%B8%82

「アメリカ軍は旧日本軍の侵攻に対抗して、ビガン(Vigan)を砲撃しようとしていた。しかしながら、「もうこの街周辺には日本軍兵士はいないから…」とクレカンフ司教(Fr. Joseph Klecamf, The Parish Priest of Vigan)が、米軍に確約をしたため、この砲撃は取りやめになった。クレカンフ司教は、二人の日本人将校「高橋フジロウナリオカ・サカエ」から、「現地で結婚した私たち日本兵士達は愛する家族を残して敗走するので、戦争によってこの美しい街が爆撃・破壊・略奪されることのないようお願いします。」と懇願された。」

・・とされています。

さて、私が観た映画なんですけど・・・・

映像は 1939年の平和なビガンの様子から始まります。

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そして、主人公の父親が郵便局に勤めるバギオ市でも、穏やかな時が流れ、日本人、日系人の人たちも幸せな生活を送っていたのです。

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しかし、ビガンの空に 日本の戦闘機が現れます。

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そして、バギオにいた主人公フィデラは、戦闘機に手を振りますが、それがアメリカ軍ではなく、日本軍のものであることに気付きます。

何か不穏なことが始まったと・・・・・

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そして、この場面は、バギオ市の名所のひとつともなっている「お化け屋敷」として有名な建物。

元々 修道院として建てられたものですが、その後 Diplomat ホテルとなり、さらに廃墟となりました。

http://www.adaphobic.com/philippines/baguio/the-diplomat-hotel/

さて、映画ですが、ビガンの街に、憲兵隊の高橋大尉が配属されてくるんですね。

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この人が 日本人の俳優 高嶋宏行さんです。

映画の中では、日本人は日本語を話し、フィリピン人はフィリピン語や英語を話すというやり方になっていて、やや違和感がありましたが、まあ制作上難しかったのか、実際の戦時中に憲兵隊の大尉というのは 英語などを話さなかったのか・・・・

おそらく、1941年12月に戦争がはじまり、1945年の終戦までは日本の占領下にあった訳ですから、鬼畜米英の英語なんかは使わなかったのでしょうね。

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この映画は 自主制作映画ということでして、一般の営業ベースでの上映はされていないようです。

イロカンディアというのは フィリピン・ルソン島西北部のイロコス地方のことを言っていまして、そこに世界遺産のビガンの街があるわけです。

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「戦争が1945年に終わった時、日本軍が占拠していた町々は、日本軍と米軍の戦闘や爆撃で 完全に破壊された。」

・・・とあります。

しかし、そうであったのだけれども、この歴史的遺産が残る美しい街ビガンだけは、この憲兵隊の高橋大尉のお蔭で 救われたのだ・・・・ というストーリーになっています。

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・・・そして、世界遺産として 1999年に ユネスコに認められたのだ、と。

さて、映画自体への感想ですけどねえ・・・・

う~~ん、はっきり言えば 「甘い」 ですね。

これには三つの意味があって、

1. 恋愛劇なのか、歴史ものなのか、メリハリが今一つ。

   私自身は歴史的なものとして期待が大きかったんですけどねえ・・・

2. 恋愛劇としても、ストーリーの仕立て方が 納得できない。

   戦時下で何故お互いが恋に落ちたのか・・・

   シナリオが甘いのかなあ~~。

3. これは某フィリピン人の映画好きが言っていたんですが、

   「大尉である高橋以下の憲兵隊、日本軍が甘すぎる。」

   憲兵隊があんなにフィリピン人に対してお辞儀をしたのか・・・疑問。

・・・まあ、私も、戦時下のフィリピンですから、もっと日本軍の悪行などが出てくるんだろうと、期待??していたんですが、それはほとんどなくて、映画としてもメリハリがないな、という感じでした。

実際にビガンでは そんなに日本軍の地元への締め付けが甘かったのかどうか・・・

そういう意味でも興味が湧くところですね。

しかし、それはともあれ、

このように戦争中の物語でありながら、いわば好意的に描いてくれて

フィリピン人の寛容な心には 感謝したい気持ちです。

おそらく 酷い目にあったフィリピン人の人たちは、

この映画を批判するのではないかと思うくらいでした。

こちらはNHKの世界遺産紹介のサイトなんですが、ここでは、

「なぜビガンだけが生き残ったのか、その理由を示す戦争秘話を紹介しています。1943年、日本軍に占領されたビガンに一組の家族がやってきました。日本軍の司令官とその家族でした。司令官は町の人々と分け隔てなく接しました。司令官の妻はフィリピン人で、彼はフィリピンの人と街並みを心から愛したのです。しかし・・・・」

http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cards097.html

ここでは 「一組の家族がやってきた」 と書いてありますね。

映画では、ビガンで出会ったことになっています。

ところで、タイトルの Iliw なんですけど・・・・

辞書を引くと、タガログ語では 「トビウオ」 って出てくるんですよねえ。

どういう意味だろう・・・・

おお、internetは 便利だなあ、ありましたよ。

http://www.gmanetwork.com/news/story/300315/lifestyle/reviews/movie-review-love-war-and-things-best-forgotten-in-iliw

Set in Vigan and Baguio during the Japanese occupation of the Philippines, “Iliw, nos.tal.gi.a” (a Visayan word that means to be grieved and, incidentally, also refers to a snake)

つまり、 Iliwという言葉は ビサイヤ語で 「悲嘆に暮れる」 という意味だそうです。

映画のストーリーに沿って解釈すれば、妻フィデラの悲しみということになるのでしょうか。

・・・しかし、しかし、

なんで ビサイヤ語なのか・・・・

この映画は ビガンがあるイロコス地方で作られた映画なのに・・・

はい、イロカノ語であることがわかりました。

映画通の地元の方に尋ねたところ、以下のような返事が来ました。

they are so wrong.. its not supposed to be in Visayan because it was filmed in Vigan right?.. Iliw means "to miss something or someone" in Ilokano.. "Mailiw ak kenka" means I miss you.. "Mailiw ak ti Vigan" means i miss Vigan...

では、最後に 映画の予告編を どうぞご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=Z8ztyhtgQjA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

まさ様、コメントをありがとうございます。

フィリピンの国内でも、地域によって日本軍への
印象はかなり違うようです。
戦争の始めの頃と後になってからの戦況と、
日本軍の敗戦色が濃くなってからの死に物狂いの
反抗の場所や時期によって、つまり、どんな被害を
日本軍から受けたかによってかなり異なるようです。

また、日本軍の司令官や兵士の地元の人に対する
接し方なども影響したようです。

バギオ市では、抗日ゲリラへの見せしめのために
市場の近くで人を集めて公開処刑をやった為、
その当時の在留邦人ですら その残虐さに
恐れをなしたという話もあります。

私がバギオに来た1990年代には あまり反日的
雰囲気はありませんでしたが、その少し前までは
パレードなどで日本人が行進していると
沿道から非難の声が上がっていたそうです。

バギオからさらに奥の山岳地帯に、日本軍や
在留邦人が追い込まれた後では、飢餓状態で
あったため、悲惨なこともあったようです。


   

投稿: sase tamotsu | 2016年7月31日 (日) 22時46分

ありがとうございました。バギオの日本兵の話は、あまり詳しく資料がないようですね。自分は実は、過去にバギオを訪れたとき、バギオの資料館か何かで、この町を救った日本兵の存在を始めて知り(英文だったので、ちょっと信じられなかったのですが、)今ごろになってネットで調べてみたくなりました。自分はマニラに3年滞在していましたが、どうも日本で語られている日本軍の印象と、フィリピンでのそれとでは、若干印象が違うようで、山下将軍も、結構あちらでは、好意的な感じさえうけました。。
今さらながら、歴史認識の問題で、戦後の政策でいろいろ味付けされていることが多いので、真実は??とういう感じですね。。

投稿: まさ | 2016年7月31日 (日) 21時19分

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