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2013年8月 5日 (月)

フィリピン・バギオ市の歴史的建物 Casa Vallejo カーサ・バリエホ

バギオ市の歴史的建物 CASA VALLEJO カーサ・バリエホ

今は、Hill Station というカフェ・レストランや、Baguio Cinematheque 映画館などが入っている建物です。

014_casa_vallejo
(Facebook より: Baguio "Bagiw" City - Original Settlers )

公式のサイトが見つからないのですが、
このサイトでかなり詳しく この歴史的建物のことが書いてありました。
http://bybeadedstory.blogspot.com/2012/05/casa-vallejo-baguio.html

そして、ここからさらに 以下のサイトへのリンクがありました。
Inquirer マガジンの Revisiting Casa Vallejo という記事です。
http://showbizandstyle.inquirer.net/sim/sim/view/20090725-217208/Revisiting-Casa-Vallejo

この二つのサイトから興味深い内容を拾ってみます。

a historical landmark. One of the few remaining American structures left
in Baguio. A detention center for German prisoners of war in 1917.
A British and Indian refugee center in the 1940s. One of the few structures
that survived the carpet-bombing of the city at the end of the Second World
War.

バギオ市に残された数少ないアメリカ建築のひとつ。
1917年にはドイツ人捕虜収容所。 1940年代にはイギリス・インドの
難民センター。
 第二次大戦での絨毯爆撃を生き延びた数少ない建物。

・・とあります。
1917年というのは第一次世界大戦中で、1940年代というのは
日本軍がフィリピンを占領した第二次世界大戦中のことになります。
絨毯爆撃というのは米軍によるものです

Casa Vallejo was the reason my grandfather moved his growing family to
Baguio, the inn he opened to welcome the builders and the earliest
visitors to that mountain retreat. It was the hotel my mother Justina
Vallejo Garcia equally tended and loved, her occupation and avocation.

この著者の祖父がバギオにやってきて、この建物をホテルにしたとあります。
お客はバギオ市の建設に携わった人たちなど。
この人こそ Vallejoさんだったんですね。

My grandfather was a Spanish soldier who came to the Philippines at the
turn of the century. He married my grandmother, Justina Sanares, and
initially settled in Albay but later moved the family to Manila, where
he ran a small hotel in Intramuros around 1915-23. He was attracted to
Baguio by the government that wanted to establish a resort city and
needed innkeepers, for which they offered government properties for lease.

著者の祖父はスペイン軍人であり、祖母と結婚。
当初はアルバイに住んでいたが、その後マニラのイントラムロスで小さな
ホテルを経営していた。それが1915-23年。
そして、当時の政府からバギオでホテルを経営するようにスカウトされた
ようです。 
この今のカーサ・バリエホの建物は政府からのリースだったんですね。
そして、今も政府機関の所有だそうです。

During the Japanese Occupation, the Japanese officers took over one wing
of the building, so after the war, people thought there was buried treasure
and came to dig around the premises and even through the floor. No treasure
was found, but all furniture, equipment and supplies were looted in the
immediate postwar period. Since it was one of the few large buildings left
standing, many families took refuge in the hotel after the war until they
had their own homes to go back to.

日本軍による占領時代は、建物の一部が日本人将校によって使われた
なので、戦後、そこに財宝が埋められていると思った人たちが敷地内を
あちこち掘り起こしたが、結局なにも見つからなかった、とあります。

そして、戦後は、焼け残った数少ない大きな建物であったため、
家を失った人たちの一時的な避難所となっていた。

The building survived the earthquake of 1990 and in fact again served as a
refuge to frightened residents and guests who were in Baguio at the time,
all of whom insisted on sleeping together in the lobby and dining rooms.
No one wanted to be in the rooms to hear and feel the many aftershocks.

この建物は 1990年のバギオ大地震をも乗り越えました
そして、大地震の避難所として利用されました。
しかし、避難者は、余震を恐れてホテルの部屋の中で眠らず、
皆がロビーやダイニングルームで寝ていました。

But the Department of Environment and Natural Resources, under which
the Bureau of Buildings (for government-owned property) was the overall
authority, began to be difficult. The 10-year leases originally given to
my grandfather were shortened to 5-year terms. In the last two decades,
they decided to give one-year leases, for which they always delayed
signing for one reason or the other.

さてここで、所有者である政府の管理の拙さがいろいろと書いてあります。
環境・天然資源省の下部組織が政府の資産を管理しているようですが、
その役所のちぐはぐなやり方が 歴史的建物にとってはなかなか
やっかいな存在であったようです。
現在はどうなんでしょうかね?

この著者はこの方です:

By Maribel Ongpin
Philippine Daily Inquirer
First Posted 21:54:00 07/25/2009

・・・いろいろとこの歴史的な建物を維持していくには大変な道のりが
あったようです。
実際、1992年頃、私がバギオに初めて 仕事の出張でやってきた折には、
この建物は 床が抜けそうな、まるで幽霊屋敷のような有様でした。

・・・・さて、上のサイトを受けてこのサイトの記事が書かれているんですが・・
http://bybeadedstory.blogspot.com/2012/05/casa-vallejo-baguio.html

A structure that long stood since 1909.  A detention center for German
prisoners of war in 1917.  A dormitory in the 1920s, then transformed
into a hotel by an entrepreneur named Salvador Vallejo. A British and
Indian refugee center in 1940.  Survived World War II's Japanese bombing.
Hit by an earthquake in the 1990s.  And, one of the oldest remaining
American structures in Baguio. 

この文章はほとんど上のサイトと同じなのですが、ひとつだけ違うのは、
「日本軍の爆撃を免れた・・・」と書いてあるところです。
元文には「絨毯爆撃を免れた・・・」とあるんですね。
この絨毯爆撃というのは米軍が行ったものです。
戦争末期の1945年に 米軍がフィリピン、バギオを解放するために
実施した絨毯爆撃のことです。
当時の日本軍には絨毯爆撃をやるほどの物資も力も残っていませんでした。

この歴史的建物である カーサ・バリエホには 様々な幽霊の話が
付きまとっているようです。

A001

おそらく、100年以上の古い木造建築であること、その為に
ギシギシと音がすること、何度も戦争捕虜収容所や避難所になってきたこと・・・
一時はそれこそお化け屋敷のように打ち捨てられた建物であったこと、等々。
様々な理由によって そういう話が噂されるようになったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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